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29・奇策

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「サ、サリュ!?」

 アルマは急いで自分の髪留めを外し、倒れたサリュの長い前髪をかき上げて留める。額の傷は防具のおかげか裂傷では無く打撲、倒れた弾みに後頭部を強打したせいで起きる気配がない。回復魔法士が居ないので詳しい状態は分からないが、今は無理に動かさない方が良さそうだ。

「あかんサリュは駄目や!何でこんなピンポイントでサリュに当たったん?偶然やろか…」
「んなもん偶然以外何だってんだ!馬鹿言って無いでテメェもさっさと攻撃しやがれアルマァ!」

 サリュは下位ではあるが珍しい幻影を使う魔法士だ。
 周辺の大気の温度を変化させ、冷気と暖気の境目を強制的に作り出す事によって蜃気楼の様に実際の位置とはズ・レ・た・場所に物体を投影する事が出来る。
 そんな実際とはズレた場所に居るサリュの頭にジョルクの攻撃が的確に当たった事をアルマは脅威に感じた。

(沢山撃てばなんぼかは当たるかもしれへんけど、初っ端の一撃って…ヤバない?)

 ドルニスの土壁アースウォール、サリュの蜃気楼ミラージュ、この二つの魔法を併用する事によってバルト分隊は回復魔法士が必要無い程の『鉄壁』を誇っていた。
 ところがこの短時間で二人もやられ、要の一つであった蜃気楼ミラージュは破られた。それも自分達より格下の分隊にだ。

「ふっざけんなッ!ふざけんなッ!ふざけてんじゃねぇッ!」

ーーーダンッ!

 激昂したバルトは土壁を蹴り付けると目を閉じて深呼吸する。熱くなり過ぎると単純な行動しか取れなくなる事をバルトは良く分かっていた。
 曽かつて短気だった自分がそうだった、それでどれだけの失敗をしたか…。だが分隊を任された事で今は自制する術すべを身につけている。

(考えろ、今大事な事は何だ?・・・そうだ…大事なのは…)

「…ドルニス、周辺全てを土壁で囲え!天井もだ!」
「あかん、籠城するんは悪手やで!?」

「それは援軍が来ねぇ時の話だっ!さっきの合図見たろ?もうすぐロッシ達が合流する。それまでの時間稼ぎだ…」
「うむ、確かに訓練初日でこれ以上負傷者は出したく無い」

(そうだ、なんかより訓練続行出来なくなるのが問題だ。プライド云々じゃねぇ…ここは人数集めて確実に叩く!)



「やったぜ兄貴っ!手も足も出ないって感じだなぁ!」

 みるみるドーム状に土壁で囲われてゆくバルト分隊を見ながらジョルクは上機嫌だ。
 だが、全方位固められるとジョルクの鳥瞰視点ちょうかんしてん魔法も意味が無い。試しに何度か風斧エアーアックスを撃ち込ませてみたが結構強度あるな、あの土壁。

「おい、ジョルク!林の二人はどれくらいでこっちに着きそうなんだ?」
「ん?そうだなぁ…多分7~8分かなぁ」

「間違いなくその二人を待って挟撃ちする気だね」
「兄貴、この隙に逃げちまうか?」
「いや、ここで何とかしとかないと、この先ずっと後ろを狙われる事になる」

 どうする…土壁を壊す?ジョルクの攻撃じゃ無理だった。それなら、同じ場所に何度も攻撃を当てれば!
 …いや、ダメだ。間髪入れずに同じ場所に攻撃出来なければ修復されてしまう。ジョルクはそんなに速く連続で攻撃出来ない。

「あはは、僕にも何か出来れば良かったんだけど…ゴメンね?」

 心底申し訳なさそうにヨイチョが呟く。そうなんだよなー、せめて後一人でも攻撃出来るなら!ヨイチョは生活魔法しか使え無いしなぁ…いや待てよ、生活魔法?

「ヨイチョ!お前、服とか髪とかすぐに乾かせたりする?」

 急に肩を掴かみ揺さぶったせいで、ヨイチョの頭はガクンガクン揺れる。突然の衝撃に目を回しながらヨイチョは何とか言葉を発した。

「う、うん。そ、それまず、と、止めてくれる、かな!」
「あぁ、悪い悪い」

「はぁー、頭ぐらぐらする…えっと、乾燥ドライって魔法は使えるよ、でもそれ今必要?」

 怪訝な顔をするヨイチョの肩をバンバン叩きながら俺は出力最大で乾燥ドライをかけてもらう。

ーーー勿論、俺にじゃない、あのドーム状の土壁にだっ!

 ヨイチョは人よりも多い魔力量を見込まれて騎士団に入団したって聞いた。その魔力でドーム全体を乾燥させ続けるとどうなる?

「こんな広範囲に使うのは初めてだけど…じゃあいくよ!乾燥ドライっ!」
「流石兄貴っ、あの中を熱くして蒸し殺すって事だなぁ!えげつないぜ…」
「そんな事するかっ!鬼か俺は…まぁ見てろ」


ーーーピシッ

 ドームの表面に僅かな亀裂が入る。

ーーーピシッビキビキッ!

 ドームの表面に縦横無尽に亀裂が走る。塹壕を掘った時に分かったが、ここの土壌は長石の比率が多い。簡単に言えば砂・っ・ぽ・い・、つまり渇くと硬くなる粘土と違い水分が抜けると脆く崩れ易くなる。

ーーービキビキッ!ピシッビキッバキッ!

 もうあの土壁に見た目程の強度は無い筈だ。自壊しないだけの強度はある様だけど、そこに強い衝撃を与えたらどうなるかな?



「・・・な、何だこの音は?」
「ちょっ!土壁にヒビ入ってるやんか!」
「ドルニス、どうなってる!早く直せ!」

 亀裂からはボロボロと細かい砂がこぼれ落ちる。何度も土壁の修復を試みるドルニス、だがヒビ割れはアッという間に広がってゆく。

「な、何をしたのだアイツらは!…修復が追いつかん!?」
「チッ、アルマ、外はどうなってんだ!確認しろっ!」

(もう、そんなん自分で見ればええのにっ!)

 さっきから明らかにバルトの機嫌が悪い。まぁウチらは二人もやられとるし気持ちは分かるけど、うちに当たらんといて欲しいわ。

 渋々小さな空気孔から外を見ると、ジョルクとあの男がこちらを見ながらワーワー何かを言っている。だが、特に魔法を使っている様には見えない…。

「別に変わった様子は無いで?アンタの調子が悪いだけなんちゃう?」
「そんな事は無い!私はいつも通りだ、今回の訓練に向けてちゃんと体調を管理してきたの…」

 二人の会話を遮る様にジョルクの全力詠唱が聞こえてくる。詠唱を知ってる者には何の魔法が来るのか丸わかりだ。普通は対処されぬ様に小声で呟くものなのに…相変わらず阿呆なヤツ。

『我に集え!大気のォ 精霊ィ達よっ! 繊弱たるもォ 群集と成りぃ!その力を 解放せよッ 風圧ウインドプレッシャーッ!』

(プッ なんや今更風圧ウインドプレッシャーって?そんなん効くかいな)

 いくら土壁にヒビが入ってるからといって、風圧ウインドプレッシャーみたいな突風起こす魔法でどうにかしようだなんて舐めすぎてる。

(はぁ、ほんまアホやな)



 一応確認の為にと再度小窓を覗いたアルマには、それが何なのかまるで分からなかった。今まで見た事も想像した事も考えた事も無かった物だったからだ。

(・・・・何やのあれ?…こっちに…くるッ!?)

 それが何か脳が理解した瞬間、アルマの目は驚愕に染まる!

「ひぃっ 嘘やろっ?」

 アルマの目に飛び込んできたのは、まるで砲弾の様な速さでぶっ飛んで来る筋肉の塊だった。
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