29 / 276
29・奇策
しおりを挟む「サ、サリュ!?」
アルマは急いで自分の髪留めを外し、倒れたサリュの長い前髪をかき上げて留める。額の傷は防具のおかげか裂傷では無く打撲、倒れた弾みに後頭部を強打したせいで起きる気配がない。回復魔法士が居ないので詳しい状態は分からないが、今は無理に動かさない方が良さそうだ。
「あかんサリュは駄目や!何でこんなピンポイントでサリュに当たったん?偶然やろか…」
「んなもん偶然以外何だってんだ!馬鹿言って無いでテメェもさっさと攻撃しやがれアルマァ!」
サリュは下位ではあるが珍しい幻影を使う魔法士だ。
周辺の大気の温度を変化させ、冷気と暖気の境目を強制的に作り出す事によって蜃気楼の様に実際の位置とはズ・レ・た・場所に物体を投影する事が出来る。
そんな実際とはズレた場所に居るサリュの頭にジョルクの攻撃が的確に当たった事をアルマは脅威に感じた。
(沢山撃てばなんぼかは当たるかもしれへんけど、初っ端の一撃って…ヤバない?)
ドルニスの土壁アースウォール、サリュの蜃気楼ミラージュ、この二つの魔法を併用する事によってバルト分隊は回復魔法士が必要無い程の『鉄壁』を誇っていた。
ところがこの短時間で二人もやられ、要の一つであった蜃気楼ミラージュは破られた。それも自分達より格下の分隊にだ。
「ふっざけんなッ!ふざけんなッ!ふざけてんじゃねぇッ!」
ーーーダンッ!
激昂したバルトは土壁を蹴り付けると目を閉じて深呼吸する。熱くなり過ぎると単純な行動しか取れなくなる事をバルトは良く分かっていた。
曽かつて短気だった自分がそうだった、それでどれだけの失敗をしたか…。だが分隊を任された事で今は自制する術すべを身につけている。
(考えろ、今大事な事は何だ?・・・そうだ…大事なのは…)
「…ドルニス、周辺全てを土壁で囲え!天井もだ!」
「あかん、籠城するんは悪手やで!?」
「それは援軍が来ねぇ時の話だっ!さっきの合図見たろ?もうすぐロッシ達が合流する。それまでの時間稼ぎだ…」
「うむ、確かに訓練初日でこれ以上負傷者は出したく無い」
(そうだ、賭けなんかより訓練続行出来なくなるのが問題だ。プライド云々じゃねぇ…ここは人数集めて確実に叩く!)
◇
「やったぜ兄貴っ!手も足も出ないって感じだなぁ!」
みるみるドーム状に土壁で囲われてゆくバルト分隊を見ながらジョルクは上機嫌だ。
だが、全方位固められるとジョルクの鳥瞰視点ちょうかんしてん魔法も意味が無い。試しに何度か風斧エアーアックスを撃ち込ませてみたが結構強度あるな、あの土壁。
「おい、ジョルク!林の二人はどれくらいでこっちに着きそうなんだ?」
「ん?そうだなぁ…多分7~8分かなぁ」
「間違いなくその二人を待って挟撃ちする気だね」
「兄貴、この隙に逃げちまうか?」
「いや、ここで何とかしとかないと、この先ずっと後ろを狙われる事になる」
どうする…土壁を壊す?ジョルクの攻撃じゃ無理だった。それなら、同じ場所に何度も攻撃を当てれば!
…いや、ダメだ。間髪入れずに同じ場所に攻撃出来なければ修復されてしまう。ジョルクはそんなに速く連続で攻撃出来ない。
「あはは、僕にも何か出来れば良かったんだけど…ゴメンね?」
心底申し訳なさそうにヨイチョが呟く。そうなんだよなー、せめて後一人でも攻撃出来るなら!ヨイチョは生活魔法しか使え無いしなぁ…いや待てよ、生活魔法?
「ヨイチョ!お前、服とか髪とかすぐに乾かせたりする?」
急に肩を掴かみ揺さぶったせいで、ヨイチョの頭はガクンガクン揺れる。突然の衝撃に目を回しながらヨイチョは何とか言葉を発した。
「う、うん。そ、それまず、と、止めてくれる、かな!」
「あぁ、悪い悪い」
「はぁー、頭ぐらぐらする…えっと、乾燥ドライって魔法は使えるよ、でもそれ今必要?」
怪訝な顔をするヨイチョの肩をバンバン叩きながら俺は出力最大で乾燥ドライをかけてもらう。
ーーー勿論、俺にじゃない、あのドーム状の土壁にだっ!
ヨイチョは人よりも多い魔力量を見込まれて騎士団に入団したって聞いた。その魔力でドーム全体を乾燥させ続けるとどうなる?
「こんな広範囲に使うのは初めてだけど…じゃあいくよ!乾燥ドライっ!」
「流石兄貴っ、あの中を熱くして蒸し殺すって事だなぁ!えげつないぜ…」
「そんな事するかっ!鬼か俺は…まぁ見てろ」
ーーーピシッ
ドームの表面に僅かな亀裂が入る。
ーーーピシッビキビキッ!
ドームの表面に縦横無尽に亀裂が走る。塹壕を掘った時に分かったが、ここの土壌は長石の比率が多い。簡単に言えば砂・っ・ぽ・い・、つまり渇くと硬くなる粘土と違い水分が抜けると脆く崩れ易くなる。
ーーービキビキッ!ピシッビキッバキッ!
もうあの土壁に見た目程の強度は無い筈だ。自壊しないだけの強度はある様だけど、そこに強い衝撃を与えたらどうなるかな?
◇
「・・・な、何だこの音は?」
「ちょっ!土壁にヒビ入ってるやんか!」
「ドルニス、どうなってる!早く直せ!」
亀裂からはボロボロと細かい砂がこぼれ落ちる。何度も土壁の修復を試みるドルニス、だがヒビ割れはアッという間に広がってゆく。
「な、何をしたのだアイツらは!…修復が追いつかん!?」
「チッ、アルマ、外はどうなってんだ!確認しろっ!」
(もう、そんなん自分で見ればええのにっ!)
さっきから明らかにバルトの機嫌が悪い。まぁウチらは二人もやられとるし気持ちは分かるけど、うちに当たらんといて欲しいわ。
渋々小さな空気孔から外を見ると、ジョルクとあの男がこちらを見ながらワーワー何かを言っている。だが、特に魔法を使っている様には見えない…。
「別に変わった様子は無いで?アンタの調子が悪いだけなんちゃう?」
「そんな事は無い!私はいつも通りだ、今回の訓練に向けてちゃんと体調を管理してきたの…」
二人の会話を遮る様にジョルクの全力詠唱が聞こえてくる。詠唱を知ってる者には何の魔法が来るのか丸わかりだ。普通は対処されぬ様に小声で呟くものなのに…相変わらず阿呆なヤツ。
『我に集え!大気のォ 精霊ィ達よっ! 繊弱たるもォ 群集と成りぃ!その力を 解放せよッ 風圧ウインドプレッシャーッ!』
(プッ なんや今更風圧ウインドプレッシャーって?そんなん効くかいな)
いくら土壁にヒビが入ってるからといって、風圧ウインドプレッシャーみたいな突風起こす魔法でどうにかしようだなんて舐めすぎてる。
(はぁ、ほんまアホやな)
一応確認の為にと再度小窓を覗いたアルマには、それが何なのかまるで分からなかった。今まで見た事も想像した事も考えた事も無かった物だったからだ。
(・・・・何やのあれ?…こっちに…くるッ!?)
それが何か脳が理解した瞬間、アルマの目は驚愕に染まる!
「ひぃっ 嘘やろっ?」
アルマの目に飛び込んできたのは、まるで砲弾の様な速さでぶっ飛んで来る筋肉の塊だった。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉
Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」
華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。
彼女の名はサブリーナ。
エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。
そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。
然もである。
公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。
一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。
趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。
そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。
「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。
ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。
拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる