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26・英雄志望
しおりを挟むジョルクは街で大きな店を構える商人の息子で二人の姉がいる。歳の離れた姉達に甘やかされ特に不自由無く育ったジョルクだが、余りにも過剰な姉達の干渉に本人は辟易していた。
「姉様っ!僕だってもう一人で服くらい着れるよ!」
「まぁジョルク凄いわ!でもボタンをかけ間違えているわ、こっちにいらっしゃい」
「あら、雨の日にはこっちの服の方が良いわ?さあっ着替えましょうね」
二人の姉は幼いジョルクが可愛くて、可愛くて、互いに競う様に世話を焼いた。
王子様とお姫様の馴れ初めを描いた絵本を毎晩読み聞かせ、流行りの甘いお菓子でお茶会ごっこを開催、ヒラヒラした可愛い服を日に何度も着せ替えさせてはジョルクを褒めるのだった。
ジョルクは自分が次第に姉達の嗜好に塗れてゆく事が嫌だった。勿論、姉達が悪気があってしている事では無いのは幼いながらに分かっている。そして、強く拒絶すれば大好きな姉達を悲しませてしまう事も。
(だけど、本当は魔物を倒す勇者の絵本が見たいし、甘過ぎるお菓子は苦手だ。服だって街の子達が着ているちょっと破けたぐらいがワイルドでカッコいいのに…)
当初は自分の好みを主張し姉達に反発した事もあったが「あらあら、反抗期かしら?」とちっとも取り合ってもくれない現状に、いつからか諦めの気持ちが大きくなっていった。
そんなある日、父に連れられて初めて観た流行りの演劇がジョルクを一変させた。
ーーー僕、英雄になりたいっ!
ジョルクが初めて観た『英雄』は舞台の上で輝いていた。弱者を庇い、助け、己れを省みず強敵に立ち向かう。誰かの言いなりでは無く確固たる信念を持ち我が道を突き進む。ジョルク理想のワイルドでカッコいい『漢』がそこに居た。
良くある英雄譚であったが、歌を歌うかのように良く通る大きな声で紡がれる魔法の詠唱が、当時画期的な演出だと街で一躍ブームになった舞台である。
ジョルクは父にせがみ、何度もこの演劇を観に行った。そうしてそれは幼いジョルクの心に強く刻まれる事となる。困難や絶望に立ち向かう挫けぬ心を持っているの者が英雄になれるのだという事と癖の強い詠唱を…。
一五歳になったジョルクは、自分の夢の為に騎士団に入団する事を家族に宣言する。
その頃には姉達も皆結婚して子を産んでおり、昔程ジョルクに干渉する事も無くなっていた。店は義兄が継ぐ事になっており、両親は「好きな事をしなさい」と心良く背中を押してくれた。
「おいっ、ジョルク! 一人で突っ込むなっ!?」
「チッ、何で引かねぇんだコイツはっ!」
「くっそ、また負けた…次こそ勝つ!勝って『英雄』になるからなぁ!」
ーーー困難に立ち向かう為には、まず困難に陥らなければならない。
だが通常、戦闘というのは如何に有利に相手と戦うかが肝となる。つまり困難な状況に陥らない様に立ち回るのが基本で、不利な場合引くのは定石だ。
故にジョルクは不利な状況を見るとわざと単独で戦いを挑む様になった。不利な戦いなのだから負けるのは当然だ。そして不運な事に敵との遭遇率が高いジョルクは負けに負け続け気付けば成績は最下位となっていた。そんなジョルクと一緒に組もうとする者は誰も居なくなった。
それでも、ジョルクはまだ見ぬ『英雄』の背中を追い続けた、いつか追い付けると信じて。
そして今、ジョルクが追い求めた『英雄』の背中が目の前にある。いとも簡単に相手の攻撃を弾き飛ばし不敵に笑う圧倒的な存在感。折れぬ盾と心を持つ『漢』の背中が!
◇
「大丈夫か?まずは後ろのヨイチョの所まで行きたい。…行けるか?」
ジョルクは大分へばっている様だが怪我は無い、このまま一息付けばまた動ける様になりそうだ。
「あぁ、大丈夫っ…大丈夫だぜ兄貴っ!」
「お、おぉ?…兄貴??…そ、そうか、うん、じゃあこのままゆっくり後方へ進むぞ」
聞き慣れない単語に違和感を感じながらも、俺達はシールドを正面に構えたままジワジワと下がってゆく。
今の所、相手が一方向に集まっている為、攻撃が来ても対処が出来るが、散開されて多方向から攻撃されると対処のしようが無い。
さらに最悪なのはさっきの分隊が追いついて合流される事だ。遮蔽物がシールドしか無い状態で二人を護るのは正直厳しい。出来ればさっさと林に入ってしまいたい。
(ナルの話じゃ、ジョルクの詠唱は長いんだったな)
最初に浮かんだのはパカレー軍と戦っていたビエル団長だ。最後の大技は詠唱時間が長かったが広範囲に壊滅的なダメージを与えていた。
詠唱ってのは、発動する魔法のイメージを固める為に唱えるらしい。もしかして詠唱を長くすればその分イメージもしっかり出来るメリットがあるんじゃないか?そう、ゲームで言えば【ためる】みたいな感じで。1ターン何もできないが次のターンで攻撃力2倍!ってヤツだ。
「ジョルク、相手を何人か間引いておきたい。魔法でアイツらを弾き飛ばす事は出来るか?」
「あぁ、時間さえあれば出来るっ!」
「よし、じゃあやってくれ!詠唱してる間は俺がお前を護るから安心しろ」
「分かったぜ兄貴っ!俺の魔法、見ててくれよなぁっ!」
ジョルクが詠唱を始めるのを聞き、相手も思い出したかの様に攻撃を放ってくる。が、シールドの形状はかまぼこ型に膨らみがある為、殆どの攻撃は衝撃を逸らされる。その為見た目より腕への負荷は軽い。
クリミアやウルトが放つような腕の太さ程の氷柱を連発されるとシールドごと飛ばされそうだけど。
「大気を纏しィ 一振りの斧ォ! 鋭い刃と成りィ 彼の者を切り刻めッ 行けっ!風斧エアアックスッ!」
ジョルクが放った魔法は弧を描くように相手陣地へと飛んで行く。風は透明な筈なのに軌跡が分かるって事は…
「肉眼で見える程に空気を圧縮して威力を上げたのか!」
相手は迎撃しようと慌てて魔法を放つが、回転が掛かり変則的に飛ぶジョルクの魔法を撃ち落とす事が出来ない!
ーーードガッ!
ジョルクの放った風斧エアアックスは一人の頭に直撃!相手はそのまま地面に倒れ込んだ。
「…あ、あれ?何か思ってたより…普通なんだな…」
あんだけ溜めたんだ、もっとバーンッ!!って周りが爆ぜるくらい派手なイメージしてたんだけど…。
「あぁ!俺の魔法の威力は普通だぜっ!」
「お、おぅ! そうか…」
何でドヤ顔なんだよ、お前…。
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