上 下
17 / 279

17・夜を駆ける獅子の如く

しおりを挟む


 国境近くの森は深く大型の獣が出る事もあり人が近寄る機会はまず無い。

だが、自領の収穫を増やす為に森の開拓事業に勢力的に取り組む領主もいる。
 一定期間の税の免除や準備金を出す事で人を集め、未だ手付かずの森の開拓を進めて行くのだ。

 スワロもそんな村の一つだ。
村長のダニスはニーガン領の街で衛兵をしていたが、事故で片腕を無くし仕事を続ける事が出来なくなってしまった。

 しかし、ダニスには妻と幼い娘がおり、妻のお腹には新しい生命が順調に育ちつつある。

 こんな時にと途方に暮れるダニスは上司のケインから「村長として開拓民を率いて森を開拓してみないか?」と聞かされ二つ返事で飛びついた。

 ケインは以前からダニスの働き振りや責任感を非常に評価しており、この話が出た時に真っ先にダニスを推薦してくれたのだ。

 片腕というハンデも有り、苦労も絶えなかったが開拓は順調に進み牛や馬などの家畜も増え、作物の収穫もここ最近は安定している。当初15人から始まった村人も十数年経った今では45人にまでに増加した。

 最近では、隣国で戦争が起きるとかで農作物がいつも以上の価格で売れてゆく。戦争で村が豊かになるのは忍びないが、村人が誰一人飢える事無く過ごせる日々にダニスは満足していた。

 そんなある日、ダニスの元へ一通の手紙が届いた。それは自分を村長へと推薦してくれた元上司のケインからの手紙であった。

 ケインは衛兵を退職し今はイアマの街で宿屋を営んでいる事、忙しく人手が足りないので良ければダニスの娘達を雇わせてくれないか、その代わり二人を学校へ通わせるという内容などが書かれてあった。

 まだ小さなスワロ村に学校は無い。ダニスが教えるにも限度がある、何より愛する娘達を学校に通わせてやりたいと常日頃から考えてはいたのだ。ダニスは悩んだ、可愛い娘達と離れて暮らすのは心配だし何より寂しい。

 しかし、気付けば姉妹はもう13歳と11歳だ。
街の子達はもっと早く学校に行っているだろう。
それに、預け先のケインは信頼できる人だ、恩人でもある。それに今回の手紙もきっと、ダニスの娘達を学校へ行かせてあげたいとの配慮なのだろう。ダニスは妻と何度も話し合った結果、姉妹の将来の為にケインに預ける事にしたのだった。



姉妹はいつだって街に憧れていた。
赤い屋根に白い壁、石畳の広い道には可愛い服を着た女の子達が歩き、屋台には見た事無い食べ物が溢れている。

「はぁー、この村には土と草しかないもの。もう見飽きちゃっうよねー」
「おねぇちゃん、街にはあまいお菓子もあるんでしょ~?いいなぁ。わたし、食べてみたいなぁ~」

 国境近くを開拓するスワロの村に行く為には、深い森を通らなくてはならない。その為、街から来る商人達は村に一泊するのだが、宿泊施設が無いので必然的に一番大きな村長の家に泊まる事になる。

 商人達が夕食事に話してくれる煌びやかな街の様子、新しいお菓子の話、薄暗い路地裏にたむろする子供達の噂話。どの話も姉妹にはとても刺激的だった。

「いつか私も街に行ってみたい!」

 姉妹にそんな感情が湧き上がるのは不思議な事ではなかった。だが、村長の娘として村の為に働いて暮らすのだろうと半ば諦めていた。

そんな中、『街で暮らしながら学校へ』なんて話が出たのだ。姉妹は飛び上がって喜んだ。

 奉公先のケイン夫妻はとても優しい人だと聞いているし、簡単な料理や裁縫、掃除なら日常的にやっている。姉妹に宿屋での仕事に不安は無かった。そしてなにより、憧れ続けた街に行けるのが堪らなく嬉しかった。

「それじゃあ、お母さん、お父さん行ってくるねー!」
「うぅ、いってきます~。ぐすっ」

 姉は元気いっぱいに、妹は親元を離れるのが辛いのかベソかきながら街から来た商人達と一緒にスワロの村からイアマへと旅だった。

「行っちまったなぁ…」
「もう、そんなにしょげないの!閑散期には里帰りさせるって手紙には書いてあったでしょう?」
「あぁ~、一気に歳取った気分だよ」
「あら?まだお爺さんになられちゃ困るわ!」

 ダニスの妻は、小さくなって行く馬車を眺めながら項垂れるダニスの背中をバンッと叩いて言った。

「次にあの子達が帰った時、会うのは弟と妹どっちかしらねぇ?」
「え? お、まえ…本当かっ? こりゃ大変だ!」

 慌てるダニスを見ながら妻はお腹を愛おしそうにさすり微笑んだ。



「北西10kmに農村有り、規模小、兵士無し、木製の柵で囲まれてます、農民30~40人」

「夜を待って夜襲をかける。帝国人は全て殺せ」

 斥候の報告を受けたパカレー共和国第六工兵部隊長のネルビスはそう伝えると農村を囲む様に部隊を展開した。

 工兵部隊は土木・建築などの技術に特化した部隊で、敵の陣地や自然障礙の破壊、野戦築城や道路の建設などを手掛ける部隊だ。

 彼等の任務はに複数の拠点を築く事。

 帝国は広く、進軍する為には莫大な兵糧、薪などの燃料、馬の餌などの確保が重要となる。その為、所々に拠点を確保しておく必要があるのだ。

「全員配置に着きました、日が沈み次第作戦を開始します」 

 この規模の農村は拠点としては正直小さ過ぎて物資不足は解消出来ないだろうが、村の近くには街があるものだ。

 街を攻略する為の足掛かりとしては無いよりはマシである。それにパカレー共和国の部隊は殆どが正規軍では無く傭兵だ。進軍から二週間、彼等の統制の為にもこの辺りでガス抜きは必要だろう。

「いいか、略奪は後だ。速やかに占拠せよ、『夜を駆ける獅子の如く』だ!」

スワロの村が地図から消えたのは、姉妹が街へと旅立ってから半年後の事だった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界転移したら、死んだはずの妹が敵国の将軍に転生していた件

有沢天水
ファンタジー
立花烈はある日、不思議な鏡と出会う。鏡の中には死んだはずの妹によく似た少女が写っていた。烈が鏡に手を触れると、閃光に包まれ、気を失ってしまう。烈が目を覚ますと、そこは自分の知らない世界であった。困惑する烈が辺りを散策すると、多数の屈強な男に囲まれる一人の少女と出会う。烈は助けようとするが、その少女は瞬く間に屈強な男たちを倒してしまった。唖然とする烈に少女はにやっと笑う。彼の目に真っ赤に燃える赤髪と、金色に光る瞳を灼き付けて。王国の存亡を左右する少年と少女の物語はここから始まった!

RiCE CAkE ODySSEy

心絵マシテ
ファンタジー
月舘萌知には、決して誰にも知られてならない秘密がある。 それは、魔術師の家系生まれであることと魔力を有する身でありながらも魔術師としての才覚がまったくないという、ちょっぴり残念な秘密。 特別な事情もあいまって学生生活という日常すらどこか危うく、周囲との交友関係を上手くきずけない。 そんな日々を悶々と過ごす彼女だが、ある事がきっかけで窮地に立たされてしまう。 間一髪のところで救ってくれたのは、現役の学生アイドルであり憧れのクラスメイト、小鳩篠。 そのことで夢見心地になる萌知に篠は自身の正体を打ち明かす。 【魔道具の天秤を使い、この世界の裏に存在する隠世に行って欲しい】 そう、仄めかす篠に萌知は首を横に振るう。 しかし、一度動きだした運命の輪は止まらず、篠を守ろうとした彼女は凶弾に倒れてしまう。 起動した天秤の力により隠世に飛ばされ、記憶の大半を失ってしまった萌知。 右も左も分からない絶望的な状況化であるも突如、魔法の開花に至る。 魔術師としてではなく魔導士としての覚醒。 記憶と帰路を探す為、少女の旅程冒険譚が今、開幕する。

男装の皇族姫

shishamo346
ファンタジー
辺境の食糧庫と呼ばれる領地の領主の息子として誕生したアーサーは、実の父、平民の義母、腹違いの義兄と義妹に嫌われていた。 領地では、妖精憑きを嫌う文化があるため、妖精憑きに愛されるアーサーは、領地民からも嫌われていた。 しかし、領地の借金返済のために、アーサーの母は持参金をもって嫁ぎ、アーサーを次期領主とすることを母の生家である男爵家と契約で約束させられていた。 だが、誕生したアーサーは女の子であった。帝国では、跡継ぎは男のみ。そのため、アーサーは男として育てられた。 そして、十年に一度、王都で行われる舞踏会で、アーサーの復讐劇が始まることとなる。 なろうで妖精憑きシリーズの一つとして書いていたものをこちらで投稿しました。

農民の少年は混沌竜と契約しました

アルセクト
ファンタジー
極々普通で特にこれといった長所もない少年は、魔法の存在する世界に住む小さな国の小さな村の小さな家の農家の跡取りとして過ごしていた 少年は15の者が皆行う『従魔召喚の儀』で生活に便利な虹亀を願ったはずがなんの間違えか世界最強の生物『竜』、更にその頂点である『混沌竜』が召喚された これはそんな極々普通の少年と最強の生物である混沌竜が送るノンビリハチャメチャな物語

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

転生犬は陰陽師となって人間を助けます!

犬社護
ファンタジー
犬神 輝(いぬがみ あきら)は、アルバイトが終わり帰ろうとしたところ、交通事故に遭い死んでしまった。そして-------前世の記憶を持ったまま、犬に転生した。 暫くの間は、のほほんとした楽しい日常だった。しかし、とある幽霊と知り合ったことがきっかけで、彼は霊能力に目覚めた。様々な動物と話すことが可能となったが、月日を重ねていくうちに、自分だけが持つ力を理解し、その重要性に葛藤していくことになるとは、この時はわからなかった。 -------そして、関わった多くの人々や動物の運命を改変していくことも。 これは、楽しい日常とちょっと怖い非日常が織り成す物語となっています。 犬視点で物語をお楽しみ下さい。 感想をお待ちしています。 完結となっていますが、とりあえず休載とさせて頂きます。

最強ドラゴンを生贄に召喚された俺。死霊使いで無双する!?

夢・風魔
ファンタジー
生贄となった生物の一部を吸収し、それを能力とする勇者召喚魔法。霊媒体質の御霊霊路(ミタマレイジ)は生贄となった最強のドラゴンの【残り物】を吸収し、鑑定により【死霊使い】となる。 しかし異世界で死霊使いは不吉とされ――厄介者だ――その一言でレイジは追放される。その背後には生贄となったドラゴンが憑りついていた。 ドラゴンを成仏させるべく、途中で出会った女冒険者ソディアと二人旅に出る。 次々と出会う死霊を仲間に加え(させられ)、どんどん増えていくアンデッド軍団。 アンデッド無双。そして規格外の魔力を持ち、魔法禁止令まで発動されるレイジ。 彼らの珍道中はどうなるのやら……。 *小説家になろうでも投稿しております。 *タイトルの「古代竜」というのをわかりやすく「最強ドラゴン」に変更しました。

処理中です...