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6・深緑の鳥と紅いライオン

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ガタゴト ガタゴト

「快晴だな」

馬車の荷車から見る空は青く、信じられない程に高い。

 元の世界の空は、高層マンションや無蔵に広がる電線が空間を切り取ってしまい酷く狭く見えていたものだ。

 俺は2畳ほどの荷車に転がされ、肉の入った樽と共にかれこれ1時間ほど揺られていた。

気温は30°を超えていそうだが湿度が無くカラっとしてる。

おまけに、樽には残念イケメンが凍らせた肉が入っている。おかげでヒンヤリと程よい冷気が心地よい。

ーーイケメンサマ様だ。

偶にガタンッと荷車が跳ねて、樽から凍った肉が俺の頭に落ちて来る以外は概ね快適だ。

 馬が引く荷車を囲む様に軽鎧を装備した4人が歩く。
軽鎧には皆同じ紋章が描かれているのでおそらくは組織、警察かもしくは軍関係者って所か?

 俺に苦い草を食わせた少女は何故か一人、荷車に腰掛けて俺を見ている。金色の髪が風に流れる様を見て綺麗だなと思った。

 別に惚れた訳じゃない、単純に顔立ちが整ってるんだから仕方ないだろう?

 始終大人しく拘束されていたのが良かったのか、手足は縛られてはいるものの監視はさほど厳しくない。目隠しや耳栓をされるなんて事も無かった。

(どっかのTV番組で連行される芸人より人道的だ)

 彼等は青を基準とした軽鎧を装備しているが帯剣はしていない。

軽鎧はゲームでいえば「皮の鎧」ってとこだが、胸部や肩当てには鉄が使われており中々格好が良い。

そしてシンボルマークなのか全員の肩当てには深緑に鳥が描かれていた。

 元の世界に比べ装備が貧弱に見えるが、あの軽鎧にもきっと防御の魔法が付加されてるに違いない。
攻撃も魔法主体であれば帯剣する必要も無いのだろう、何せ銃火器道具無しで熊を倒せる火力を個人で持っているんだから。

(しかし、警察や兵士ならもう少し身体がガッシリとしてそうなもんなのにな…食料事情が悪いのか?)

 軽鎧を装備していても分かる程に細い!
長距離ランナーの体付きに近いかもしれない。引き締まってはいるのだろうが俺から見ると筋肉が圧倒的に足りない!

(食糧不足が原因なら不味いな…俺には早急にタンパク質が必要なのに)

 こちらに来てからというもの川魚と木の実くらいしか口にしていないのだ、このままでは確実にカタボってしまう。

ーーえっ?カタボるとどうなるかって?

カタボる(カタボリック)と筋肉が分解されてしまうのだ。せっかく育てた筋肉を分解されるなんて勿体無い!

…この熊肉ってタンパク質どれ位入ってるだろう?

俺は樽から冷凍熊肉が落ちるたびにコッソリとポケットへと熊肉を隠していった。



 それから2時間くらいガタゴト揺られただろうか、荷車が急に止まった。

荷車の上で仰向けになり、足先だけを上げ下ろしする腹筋運動レッグレイズで腹直筋下部を鍛えていた俺は慣性の法則に従い荷車の縁に頭をぶつけた。

「ちょっと運転乱暴すぎやしない!?止まるなら一声欲しいんだけど!まぁ、何言ってるかはわからないんだけどね?」

 上半身を起こし荷車前方を見ると武装した軍隊っぽいのが見える。

数は10人程度、本隊に合流したのかと思ったが周りの焦り方が違う、臨戦態勢だ。
良く見れば相手側は赤っぽい軽鎧だな。

「紅いライオン?」

 相手のシンボルマークは紅のライオンだ。
コッチにもライオン居るんだなと思いながらも双方の出方を伺う。

場合によっちゃ飛び跳ねてでも逃げなきゃならん、と思ってたらいきなり向こうがぶっ放しやがった!

ーー物凄い暴風が荷車をひっくり返す!

樽と共に地面に叩きつけられた俺は慌てて逆さになった荷車の下に身を隠した。

ガシャンガシャンと周りに氷柱が叩きつけられズタズタになった馬が崩れる、フーッフーッと喘ぎながら馬は俺を見るが俺にはどうする事も出来ない。

「…Νιγκετε!」にげて!

 逆さになった荷車を覗き込んだ金髪の少女が俺を縛るロープを切った。
良く見れば額から血が流れてる、言ってる事はわからないが逃してくれようとしているのはわかった。

「あ、ありがとう!ってここから出たら死ぬんじゃ…」

ドドドド!!

 その時、足下が揺れ土がアーチ状に迫り上がる!それは荷車から道外れの森までの2mを覆った。

ーー少女は森を指差し俺の背中を押した。

土壁にドッ!ドッ!と氷柱が打つ音を聞きながら俺は頭を低くして全力で走り出した。

・・・・少女は付いては来なかった。



森に入り脇見も降らず走る。

方向も何処に向かってるのかも分からず、ただひたすらに森を走る。

途中で大きな猪を見たが俺は構わず走り続けた。

藪に当たり木に遮られ根っこに躓く。

転がり倒れた俺はジッとそのまま地面に伏せる。
ドキドキ跳ねる自分の心音の他に音がしないかを慎重に探る。

(・・・・・・追っては来てないようだ)

地面を伝わり今は遠くなった戦地の音を感じる。

「まだ音が聞こえるって事は戦闘中か…」

仰向けに転がり息を整える。
見上げた空は樹木の葉で覆われ深緑に染まっていた。

(アイツらのシンボルと同じ色だな…)

・・・・・助かった、生き残った・・・・だが釈然としない。

ーー彼等の安否が気になる?

(でも俺が戻ってどうなる?)

未だ自分の力チートもわからず、装備だってジャージだぞ?
氷柱一発食らえは死ぬかもしれないんだ、いいや確実に死ぬ。

 あの少女だってついさっき会ったばかりの他人じゃないか。

「ははっ」

口元が歪み、不条理で心を押しつぶされた様な笑い声が出た。

筋トレして変わったと思っていた。

人の視線が怖かった。
自堕落で太った俺を見る目は、嫌悪、軽蔑、同情ばかりだった。

いや、勝手にそう思いこんでいたんだ。
被害妄想もいいとこだ。

そんな自分を変えたかった。

 ジムに通い、筋トレを習慣化し自分に自信が持てる様になった!何でもやれば出来ると知った!
強くなった気になっていた!

ーーだけど…だけど、何にも変わってなかった…

外見だけ変わっても中身は元のまま。
今だって行かない理由を…
俺は、ひたすら考えてるじゃないかッ!

「俺はッ!何も変わっちゃいなかったッ!!」

ーーあの子は何故俺を逃したんだろう?

土の壁を作ったのはおそらく口髭のおっさんだ。不審者でしかない俺を何故逃した?何の得があるんだ。

しかも、敵は10人も居たんだ。
人の事なんて構ってる場合じゃないだろう!

ーーその時、ザァッーッと風が吹いた。

木の葉が舞う深緑の風だ。
風はつい先程の景色を思い出させる。
少女の金色の髪が風に流れた…ただそれだけの…

「他人だし、言葉だって通じやしねぇ!」

だけど…草を俺に押しつけて少女は笑ってた。

「会ったばかりで名前すら知らねぇ!」

額に血を流しながら逃げろと背中を押した。

「けど…俺の知り合いはコッチじゃアイツらだけだからなッ!」

 筋トレして身体は変わった、次は心を変える番だ。
まだ戦闘の音は地面を伝わり続けてる。俺は自分の頬を両手で張って気合いを入れた。

「戦闘中って事は、まだ生きてるって事だよなッ!」

俺は立ち上がり、元来た方へ駆け出した!
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