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第二十九話 「おまえの身体は、こんなに敏感だったのにな」※

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「どうして……キスを? ……どうして今……っ」
 
 身体中が蕩けそうなキスだった。合わせた唇からラウリという液体が流れて、アンニーナの身体の隅々まで満たしていくよう。この二年望んでいたのに一度も手に入らなかったものが、アンニーナの不倫によって容易く転がり込んでくるのはどんな皮肉か。

「おまえは、俺から逃れられない」

 アイスブルーの瞳に、見たこともない渇望が浮かんでいた。再び顎を掴まれて、アンニーナは目を閉じる。二回目のキスは幾分冷静に受けいれられた。煙草特有の苦味は嫌いだが、夫から口移しされたそれは少しだけ甘く感じる。
 
 ――なんて身勝手な人。
 
 ラウリのせいで、アンニーナの心と身体はぐちゃぐちゃだ。夫が腰を引くと、彼女の膣から萎えた男根が質量を伴ってドロリと抜けていく。アンニーナはタイル壁に手を着いたまま、大きく息を吐いた。いつもより長く挿入されていたせいで、挟まっていた感覚が抜けない。
 
 うつろう意識のなか、念入りに身体を拭かれて寝室に運ばれる。寝室の暖炉がつけられ、服を着こまなくても寒くなかった。仰向けに寝かされ、ガウンを羽織っただけのラウリに馬乗りされる。
 アンニーナは、疲れ切っていた。そもそもリーアに罵られて、二年降り積もった怒りをラウリにぶつけた地点で彼女の気力は尽きている。エサイアスと共寝した段階で、体力は限界を迎えていた。そのうえ、ラウリにまでこうして抱かれてしまったのだ。今日一日で、彼女の一年分の体力気力を使いきった気がする。
 
「もう、無理です……離して、ください」
「寝ていればいい。俺が勝手におまえを気持ちよくさせるから」

 ラウリらしい傲慢なセリフを吐くと、両方の乳房を下から掬いあげ揉みこんできた。アンニーナの目の前で、大きな手にすっぽり包まれた柔肉が卑猥に形を変える。

「あ、……んっ!」

 赤く勃ちあがる乳首が節のある太い指の隙間から覗いていて、アンニーナは居たたまれない。恥ずかしさに視線を外して手の甲を顔に当てると、ラウリがくすりと笑った。彼は身を屈めて絞り出した乳輪を吸い込み、先端を歯で擦って刺激を送る。気持ちよさにアンニーナの秘所はじゅくじゅくと愛液をこぼし、柳腰が本人の意思を無視してビクッビクッと跳ねた。

「う……んっ!」
「おまえの身体は、こんなに敏感だったのにな」
 
 心地よい気怠さと泡立つような快楽に、夫の声が良く聞こえない。アンニーナがぼうっとしている間にラウリは長い指をその豊潤な蜜壺に押し込み、お腹側のザラっとしたところを擦りあげてきた。

「いやあぁ……っ」

 感じたことのない感覚に、彼女は何度も首を振るう。ラウリはそこを何故か重点的に擦ってきた。はじめは違和感しかなかったのに、次第に快感が気泡のように湧いてくる。じゅぶじゅぶっと水音がたって、アンニーナはいけないことをしてしまう予感にぞくりとした。

 ――この感覚。

 もしやと恐怖にかられ、ギュッと身体を縮ませる。
 
「だめ、出ちゃう……っ!」
「いいぜ、遠慮するなよ」
 
 情欲を堪えた笑みを浮かべるラウリが、さらにしつこく攻めてきた。じゅぶじゅぶ、びたびたっと淫音が狭い寝室にひっきりなしに満ちてくる。アンニーナは目を瞑って唇を嚙んだ。

 ――もう、耐えられない……っ!
 
「お願いだから、やめて……っ、はぁあああ……んっ!」

 抑制の効かない排泄感に見舞われ、その直後ぷしゅうっと少なくない液体が迸る音がする。それが自分の股間から出ていると分かったときの動揺ときたら。

「う……ぐ……っ」

 アンニーナの頬を、ボロボロと涙が落ちた。お尻の下が生暖かい。

 ――布団の上で、お漏らししちゃった……っ!

 「泣くなよ。初めて潮吹いて驚いたのか?」

 肩を抱く夫の声は冷静で、何が起きたかよく理解しているようだった。『しお』と言われても塩しか浮かばず、アンニーナは子どものようにしゃくりあげる。

「……おしっこ、じゃないの……?」

 ラウリは額に張り付いた銀髪を掻き揚げながら、天井を見た。
 
「んー? ま、どっちでもいいだろ。出すとすっきりするものだ、細かいことは気にするな」
 
 その言いかただと、どちらか分からない。いや、むしろ『おしっこ』だと肯定している。

――ひどい……っ!
 
 これは、アンニーナの尊厳を傷つける行為だ。彼女はぼんぼんと目の前の裸の胸に向かって拳をぶつける。ラウリは昼間彼女が洗濯ばさみを投げつけたときのように『やめろ』とは言わなかった。代わりに、目を細めて笑う。

「おまえは癇癪まで可愛いな。仔猫みたいだ」

 アンニーナがこんなに一生懸命叩いているのに、全然効いてないということか。ラウリの肌は滑らかで張りがあるけれど、とても硬い。彼女が叩き疲れてぐったりしていると、ラウリはいい子いい子と頭を撫でてきた。
 その優しい手つきにアンニーナは泣きそうになる。
 夫のこういう動作がずるいのだ。おそらく本人のなかでは無意識の当たり前で、誰にどんな感情を抱かせるのかわかっていない。ただ彼女だけがその行為に騙されて、都合のいい夢を見る。まだ自分にもラウリに愛される余地があるのではないかと。
 
 悔しさのあまり睨みつけると、目の前でアイスブルーの瞳がキラキラと揺れた。

――綺麗。

 アンニーナはどうしようもなく惹きつけられる。もっとよく見たいと願ったら、ラウリのほうから屈みこんで、彼女の目の下に舌を寄せる。まるで愛し合う者同士の触れ合いのようで、彼女はゆっくりと目を閉じてそれに浸った。

「くそっ……まだ収まんねぇな」

 ラウリの独り言を聞きながら、働かない頭で何が収まらないのだろうと巡らす。だが、正体はすぐに分かった。

「あ、やだ……もう……っ」

 アンニーナは、寝台に胡坐を掻いたラウリが自分を抱きあげたので、身じろぎして逃れようとする。彼女が知るのは後背位と、エサイアスが教えてくれた正常位だけ。知らない体位で抱かれるのは怖かった。
 
「やだ、むり……っ」
「捕まってろ、怖くないから」

 言われて、アンニーナは必死に夫の首にしがみついた。普段はほとんど絡まない肌と肌の接触に、彼女の胸の内がぎゅんッと切なくなる。服を着たまま抱きしめられるときはただただ暖かかったけれど、直接触れ合うと夫の身体がこんなに熱いとは知らなかったのだ。ラウリは軽く彼女の尻を持ち上げると、屹立した雄茎の先端に下ろす。蜜壺は入り口をめくり上げられ、じゅふっじゅふっと水音を立てて飲み込んでいった。

「ああん、あああぁ……っ」

 アンニーナの背中がビクッビクッと反り返る。
 
「くっ、……あんまり締め付けるなよ。持たないだろうが」

 遅漏のラウリの言葉とは思えなかった。身長差でいつもは遠くにある顔には凄絶せいぜつな色気が漂い、それに魅了されたアンニーナは身体のなかと同様心もラウリ一色となる。自分ではどうにもならない身体は、ラウリの心赴くまま揺さぶられ貫かれた。頭の上のラウリの顎が載って、ジョリッとした触覚が紙を通して伝わってくる。

「もう、だめ……むり……っ」
「あとちょっと我慢しろ、はぁ……おまえのなか、温かいな……っ」
「あぁぁ、あぁん、あ……っ」
 
 下からの激しい突き上げで、ラウリの肉棒が深いところまで入り込んでくる。アンニーナは首を反らして、その衝撃と快楽に耐えた。
 ずっと夫から愛されたかった。死ぬまでに一度ぐらい愛情深く抱いてほしいと願っていた。でも、どうしてそれがほかの男性に抱かれた後だったのだろう。そうでなければ、アンニーナはあますことなくこの悦びを享受できたのに。

「この体勢、すごく絞まる……っ、アンニーナ、すごくいい……っ」

 ラウリの雄々しくも官能に塗れた声音が、鼓膜を打つ。アンニーナは訳が分からなくなる官能のなか、寝台で名前を呼ばれたのは初めてだと気が付く。

「あああ、ああぁ……っ!」

 膣奥をえぐるような激しい抽送に快楽の坂を急勾配で駆け上がり、脳味噌のなかが白い光で埋め尽くされた。アンニーナの意識は浮上したまま戻ってこず、そのまま闇に溶ける。
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