21 / 53
第二十一話 「あんたはラウリの前から消えな」
しおりを挟む
翌々日は珍しくラウリが休暇をとって、どこへも出かけず家で寛いでいる。アンニーナは彼と一緒にいられるのが嬉しかった。結婚記念日こそ一緒に祝えなかったものの、最近妻として気を使われているのは錯覚ではなかったのだ。夜の営みはここに越してからぱったりと途絶えたが、その分ラウリはお互いの寒さをしのぐように毎晩抱きしめて寝てくれるので、心は満たされている。
アンニーナは夕飯も腕によりをかけて作ろうと意気込んでいた。昨日買い忘れたハーブを買いに行ったその帰りのことだった。
「あら、ラウリの奥様じゃないですか?」
いきなり飛び込んできた女性の声に、まさかと振り返る。ここにいるはずのない王都の果物屋のリーアだった。以前よりやつれた感はあるものの、アンニーナを見る視線には嘲笑と敵対心が込められていた。
「どうして、あなたがここに?」
挨拶の前に、疑問を口にしていた。ある可能性を感じて、急に怖くなってきた。
「お久しぶりですね。奥様の印象が変わったので、一瞬わからなかったです」
「お久しぶり、です」
リーアに渡された腐った葡萄と蛆虫の入った紙袋がフラッシュバックして、心臓がバクバクする。アンニーナは抱えていたカバンをぎゅっと抱きしめた。その怯えこそが相手の加虐心をよりあおっているとは、気が付かない彼女である。
「その程度で、ラウリを自分のものにしたつもりでいるんですか?」
「え……?」
リーアは鼻で笑った。
「知ってます? ラウリは、おとといの晩わたしと食事したんですよ? とーっても楽しかったです」
「嘘……そんなはずないです、あの人仕事だって……」
恐れていたことを口にされ、動揺が止まらない。背の高いリーアに一歩迫られ、見下ろされる。アンニーナはじりじりと後ろに下がった。
「へえ! あなたには仕事だって言ったの? 誤魔化すなんて、ちょっとはあなたのこと意識してるのかしら? でもね、わたしたち居酒屋で向かい合ってお酒を飲んだわよ。彼タバコを吸って……ああ、あなたの前では吸えないって前ぼやいていたわね。可哀そう」
「信じられない。だって……一昨日は結婚記念日だったのに……」
すると、リーアは大きな声で笑いだした。それから勢いづいたように語りだす。
「結婚記念日に違う女と食事したの? なんだ、やっぱり、あなた愛されてないじゃない。彼ね、あなたといるのが退屈だって、早く王都に帰りたいって。わたしとの食事をすごく喜んでくれたの」
震えるアンニーナにはもはや何も言えなかった。
「ラウリ、本当に可哀そう。彼、あなたとは結婚したくなかったのに」
そして何を思ったか、アンニーナの襟元をぐいっと掴むと、血走った目で口元を醜く歪める。
「あんたは、ラウリの前から消えな。目障りなんだよ」
放り捨てるように手を離すと、舌打ちしながら去って行った。アンニーナはショックで、その場に座り込んでしまった。
「アンニーナちゃん、大丈夫?」
「どうしたんだい? あのお姉ちゃんに何か言われたのかい?」
近くの出店の売り子たちがアンニーナのところにやってきて、立ちあがらせてくれる。しかし、アンニーナはろくにお礼も言えなかった。何故なら、思いもよらぬ感情が沸き上がってきたから。彼女は日々をつつがなく暮らすため、強い感情は自らの水底に深く沈めてきた。だが、リーアが投げ込んだ石はその水底に溜まったものを掻きまわし、一気に水面まで押し出してしまう。
「ひどい、こんなの、許せない……っ」
アンニーナがこの時抱いた感情は、ラウリへの憎しみに他ならなかった。
アンニーナは夕飯も腕によりをかけて作ろうと意気込んでいた。昨日買い忘れたハーブを買いに行ったその帰りのことだった。
「あら、ラウリの奥様じゃないですか?」
いきなり飛び込んできた女性の声に、まさかと振り返る。ここにいるはずのない王都の果物屋のリーアだった。以前よりやつれた感はあるものの、アンニーナを見る視線には嘲笑と敵対心が込められていた。
「どうして、あなたがここに?」
挨拶の前に、疑問を口にしていた。ある可能性を感じて、急に怖くなってきた。
「お久しぶりですね。奥様の印象が変わったので、一瞬わからなかったです」
「お久しぶり、です」
リーアに渡された腐った葡萄と蛆虫の入った紙袋がフラッシュバックして、心臓がバクバクする。アンニーナは抱えていたカバンをぎゅっと抱きしめた。その怯えこそが相手の加虐心をよりあおっているとは、気が付かない彼女である。
「その程度で、ラウリを自分のものにしたつもりでいるんですか?」
「え……?」
リーアは鼻で笑った。
「知ってます? ラウリは、おとといの晩わたしと食事したんですよ? とーっても楽しかったです」
「嘘……そんなはずないです、あの人仕事だって……」
恐れていたことを口にされ、動揺が止まらない。背の高いリーアに一歩迫られ、見下ろされる。アンニーナはじりじりと後ろに下がった。
「へえ! あなたには仕事だって言ったの? 誤魔化すなんて、ちょっとはあなたのこと意識してるのかしら? でもね、わたしたち居酒屋で向かい合ってお酒を飲んだわよ。彼タバコを吸って……ああ、あなたの前では吸えないって前ぼやいていたわね。可哀そう」
「信じられない。だって……一昨日は結婚記念日だったのに……」
すると、リーアは大きな声で笑いだした。それから勢いづいたように語りだす。
「結婚記念日に違う女と食事したの? なんだ、やっぱり、あなた愛されてないじゃない。彼ね、あなたといるのが退屈だって、早く王都に帰りたいって。わたしとの食事をすごく喜んでくれたの」
震えるアンニーナにはもはや何も言えなかった。
「ラウリ、本当に可哀そう。彼、あなたとは結婚したくなかったのに」
そして何を思ったか、アンニーナの襟元をぐいっと掴むと、血走った目で口元を醜く歪める。
「あんたは、ラウリの前から消えな。目障りなんだよ」
放り捨てるように手を離すと、舌打ちしながら去って行った。アンニーナはショックで、その場に座り込んでしまった。
「アンニーナちゃん、大丈夫?」
「どうしたんだい? あのお姉ちゃんに何か言われたのかい?」
近くの出店の売り子たちがアンニーナのところにやってきて、立ちあがらせてくれる。しかし、アンニーナはろくにお礼も言えなかった。何故なら、思いもよらぬ感情が沸き上がってきたから。彼女は日々をつつがなく暮らすため、強い感情は自らの水底に深く沈めてきた。だが、リーアが投げ込んだ石はその水底に溜まったものを掻きまわし、一気に水面まで押し出してしまう。
「ひどい、こんなの、許せない……っ」
アンニーナがこの時抱いた感情は、ラウリへの憎しみに他ならなかった。
29
お気に入りに追加
977
あなたにおすすめの小説
あらぁ~貴方の子を孕んでしまいましたわ、えっ?私を妻にする気がない、でしたらこうさせて貰いますっ!
一ノ瀬 彩音
恋愛
公爵令嬢のメリシアには長々とお付き合いしている婚約者がいるのです。
その婚約者は王族でしかも第一王子なのですが、名をルヴァスと言い、私と彼は仲睦まじい以上のご関係。
しかし、ある日、私と彼が愛を育み肌と肌を重ね合わせ、
彼の体液を中へ出してもらうと私は妊娠してしまう。
妊娠した事を彼に伝え妻にして欲しいと言うと彼は乗り気ではなくて、
妻にする気がないと言われ私はある行動に出るしかない!
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
追記
指摘箇所は修正したのです。
【完結】一緒なら最強★ ~夫に殺された王太子妃は、姿を変えて暗躍します~
竜妃杏
恋愛
王太子妃のオフィーリアは、王太子の子を身に宿して幸せに暮らしていた。
だがある日、聖女リリスに夫を奪われれ、自分に不貞の濡れ衣を着せられて殺されてしまう。
夫とリリスに復讐を誓いながら死んだ……と思ったらなんと翌朝、義弟リチャードの婚約者・シャーロットになって目が覚めた!
入り込んでしまったシャーロットの記憶を頼りに、オフィーリアは奔走する。
義弟リチャードを助けるため、そして憎き二人に復讐するため、オフィーリアが周囲の人々を巻き込んで奮闘する物語です。
※前半はシリアス展開で残虐なシーンが出てきます。
後半はギャグテイストを含みます。
R15はその保険です。苦手な方はお気をつけて下さい。
【R18】塩対応な副団長、本当は私のことが好きらしい
ほづみ
恋愛
騎士団の副団長グレアムは、事務官のフェイに塩対応する上司。魔法事故でそのグレアムと体が入れ替わってしまった! キスすれば一時的に元に戻るけれど、魔法石の影響が抜けるまではこのままみたい。その上、体が覚えているグレアムの気持ちが丸見えなんですけど!
上司だからとフェイへの気持ちを秘密にしていたのに、入れ替わりで何もかもバレたあげく開き直ったグレアムが、事務官のフェイをペロリしちゃうお話。ヒーローが片想い拗らせています。いつものようにふわふわ設定ですので、深く考えないでお付き合いください。
※大規模火災の描写が出てきます。苦手な方はご自衛をお願いします。
他サイトにも掲載しております。
2023/08/31 タイトル変更しました。
慰み者の姫は新皇帝に溺愛される
苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。
皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。
ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。
早速、二人の初夜が始まった。
【完結】【R18】素敵な騎士団長に「いいか?」と聞かれたので、「ダメ」と言ってみました
にじくす まさしよ
恋愛
R18です。
ベッドでそう言われた時の、こんなシチュエーション。
初回いきなりR18弱?から入ります。性的描写は、普段よりも大人向けです。
一時間ごとに0時10分からと、昼間は更新とばして夕方から再開。ラストは21時10分です。
1話の文字数を2000文字以内で作ってみたくて毎日1話にしようかと悩みつつ、宣言通り1日で終わらせてみます。
12月24日、突然現れたサンタクロースに差し出されたガチャから出たカプセルから出て来た、シリーズ二作目のヒロインが開発したとあるアイテムを使用する番外編です。
キャラクターは、前作までのどこかに登場している人物です。タイトルでおわかりの方もおられると思います。
登場人物紹介はある程度話が進めば最初のページにあげます
イケメン、とっても素敵な逞しいスパダリあれこれ大きい寡黙な強引騎士団長さまのいちゃらぶです。
サンタ×ガチャをご存じの方は、シンディ&乙女ヨウルプッキ(ヨークトール殿下)やエミリア&ヘタレ泣き虫ダニエウ殿下たちを懐かしく思っていただけると嬉しいです。
前作読まなくてもあまり差し障りはありません。
ざまあなし。
折角の正月ですので明るくロマンチックに幸せに。
NTRなし。近親なし。
完全な獣化なし。だってハムチュターンだもの、すじにくまさよし。
単なる獣人男女のいちゃいちゃです。ちょっとだけ、そう、ほんのちょっぴり拗れているだけです。
コメディ要素は隠し味程度にあり
体格差
タグをご覧下さい。今回はサブタイトルに※など一切おきません。予告なくいちゃいちゃします。
明けましておめでとうございます。
正月なのに、まさかのクリスマスイブです。
文字数→今回は誤字脱字以外一切さわりませんので下書きより増やしません(今年の抱負と課題)
皇帝陛下は皇妃を可愛がる~俺の可愛いお嫁さん、今日もいっぱい乱れてね?~
一ノ瀬 彩音
恋愛
ある国の皇帝である主人公は、とある理由から妻となったヒロインに毎日のように夜伽を命じる。
だが、彼女は恥ずかしいのか、いつも顔を真っ赤にして拒むのだ。
そんなある日、彼女はついに自分から求めるようになるのだが……。
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
侯爵夫人の甘やかな降伏
尾崎ふみ緒
恋愛
サマセット侯爵エドワード・タウンゼントを伯父に持つジェレミーは、伯父の右腕として公務を支える日々だった。そして、侯爵とは親子ほども歳の違う伯父の侯爵夫人ヘレンとは兄妹のように親密な関係でもあった。
だが、ジェレミーには仲が良い彼らにも決して言えない秘密があった。
それは、ヘレンへの恋心。
自分の思いを押し殺し、彼らのために生きる日々だったが、ジェレミーの思いは突如として暴発してしまう……。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる