野良猫と沈丁花

柿崎まつる

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第三話

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 夜道を五分ぐらい歩いたころ、白い二階建てのアパートにつく。LEDの白いライトがこれまた白い扉を照らしていた。このあたり一帯は、山の手にある大規模な工業団地の労働者向けに造成された住宅街だった。茉莉乃まりのの勤める会社もそこにあり、彼女はバスで通っているそうだ。

「ちょっ……、やめろって」

 玄関の灯りをつけると、早速彼女を抱きこんだ。細い骨格の感触、柔らかい肉感。千里せんりが茉莉乃の目線まで屈みこむと、小さな顔がさっき見た沈丁花のように桃色になる。

──かわいいな。

 ぶっきらぼうな言葉を使うのは照れ臭いからだと、気が付いたのはごく最近だ。

「ちょっと待てって……、手、洗いたいから」
「はいはい」

 千里は茉莉乃を抱きしめたまま、キッチンの流しに移動する。彼女の背後からハンドソープを泡立てて、赤いマニキュアをなぞった。サイズ違いのニ十本の指が白い泡にまみれて絡み合う。
 茉莉乃は身体を固くしたまま、小さく悪態をついた。

「なんで、センリに手、洗われなきゃいけないんだよ。俺、幼児じゃないし」
「一度で二人洗えて、時短でしょ? それに子どもには、こんなことできないよ」

 ふっと耳元で囁いてやると、飛び上がらんばかりに驚く。

「やめろよっ」

 一年もセフレをやっているのだから新鮮味も失せるはずだが、茉莉乃は出会ったころと少しも変わらない。千里は笑いながら二人分の手を拭くと、彼女を裏返して抱きしめた。

「茉莉乃ちゃん、一週間お疲れさま」
「あぁ。センリもな」
「逢いたかったよ」
「……」

 返事はないけれど、彼女がこの時間を嫌がってないのは知っている。髪に、額に、鼻先に、口に。ついばむようなキスを繰り返して、相手の反応をうかがう。嫌がっているそぶりはないので、もう一歩踏み込んでみた。

「んんっ、……ふっ」

 柔らかい唇の感触を堪能してから、舌を押し入れる。彼女がさっきまで飲んでいたイチゴジュースの味がした。茉莉乃は男性寄りの言動をとるくせに、珈琲どころかアルコールも飲まない。ついでにタバコの匂いも苦手で、おかげで千里は禁煙に成功したというオチだ。

「ふ……、あ……ふぅ……」
 
 丸みのある白い頬に、手を添える。首を傾けながら角度を変え、深く舌を侵入させた。前歯の裏、奥の歯茎、ぬるっとした感触が茉莉乃の存在を確かなものとして伝えてくる。クチュックチュッと唾液が絡まる音が立ち始めると、彼女の舌がためらいながら絡んできた。
 トレーナーの肩から緊張が抜けたのに合わせ、抱きしめる腕に力を入れる。少しだけキスから解放し茉莉乃が熱い息を吐いたところで、千里は飽きもせずまた唇を味わった。

「んっ……、はぁ、センリ……、やぁ……」
「大丈夫?」

 自ら追い込んだくせに、立っていられなくなった柳腰を抱えこむ。ふいに嗅いだばかりの香りがして部屋を見渡すと、窓際に花瓶に生けられた沈丁花が見つけた。ホワイトを基調とした部屋のなかで、赤い花が際立って見える。

──毒があるとか、詳しそうだったな。茉莉乃ちゃん、この香り好きなのかな?
 
 胸が期待に膨らむような、瑞香。夢のために必死に努力している彼女にぴったりだ。考えていたら、腕のなかの彼女が身じろぎする。

「今日は絶対、ゴムつけろよ」
「なに、危険日?」
「んだよっ、文句あっか?」

 緩慢なキックが飛んできて、千里は大げさに避けた。二週間前、会うのを断られたのは女の子の日だったからか。もしや、他の男ができたのだろうか? 前カレから復縁を迫られたのだろうか? とよぎった不安が雨上がりの霧のように消える。千里のセフレは茉莉乃一人だけど、彼女のそれが千里一人とは限らない。複数いても、とがめられることはないのだ。

「わかってるよ。この一年僕が優等生だったのは、茉莉乃ちゃんが一番よく知っているでしょ?」

 千里はやっとキスから解放したと思いきや、今度は彼女を両腕に抱きかかえた。

「うわぁっ、いきなりやめろよっ」

 落とされまいと必死に首にしがみつくところが、まるで猫のよう。千里の口元は自然と緩んだ。
 白い布団のかかったシングルベッドに彼女を寝かせると、千里は慌ただしくジャケットを脱ぐ。息をのむ茉莉乃に覆いかぶさり、もう一度唇にキスして、首筋、耳と移動していく。

「あ……っ」

 茉莉乃は耳が弱い。耳朶を舐めると、きゅっと首をすくめられた。トレーナーをめくると黒のインナーキャミソールが現れ、千里は二枚同時にバンザイの姿勢で脱がせる。次に現れたのは、これまた黒いレースのブラジャーだった。真珠のような白い肌に映える。グレーの木綿の下着が肌が透けるようなレースの生地に変わったのは、いつごろだっただろうか。

 きめの細かい肌に、自分の頬をこすり付けて存分に愉しむ。千里が特に好きなのは、胸と二の腕と太腿の肉が付きやすいところ。前フックのブラジャーを目で楽しんでから外し、可愛らしいサイズの胸を揉みこむ。付きたての餅みたいに柔らかくて、千里は吸い寄せられるように顔をうずめた。

──至福の時だな。

 一週間の疲れも、この儀式で癒される。

「センリ……っ、それ恥ずかしいから、やめろって……。ホント、親父くさいから」

 同じ姿勢をとり続ける彼に真っ赤な顔で抗議する、千里のセフレ。彼は聞こえないふりをして、乳白色の山頂にある赤い実を摘まんだり、指の腹でぐにぐにと刺激を送った。爪で弾くと、いい音を響かせるのだ。  
 
「あっ、んんんっ、や、……ふぅ」

 嬌声をこぼすまいと手の甲で口を押さえる姿が、そそられた。千里は胸の頂きを両手で刺激しながら、顔だけ下へと移していく。バストからウエストまでの肉の薄い皮膚に唇を当て、小さな花をいくつも咲かせた。へそまで舌でなぞり、また胸へと戻って、つぼみのように赤い二つの頂きをかわるがわる吸いあげる。

「あああぁっ、ダメ、やめ、ろって……っ」
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