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3.宿屋※

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 翌日に昼下がり、庭で土いじりをしていたら、聞きなれない男性の声を拾った。それも複数だ。ディートリンデは嫌な予感しかしなかった。

「ディートリンデは、いたか?」
「こっちにはいないぞ」

 彼女は慌てて倉庫の裏に回るや、両手で口を覆う。
 
 ――いったい、何が起きているの!?

「トーマスも突然どうしたんだ? 自分の女を輪姦まわしてこいだなんて。俺たちはいいけどよ」
「俺が今までトーマスのやつだけいい思いしやがるのが、不公平だと思っていたんだ。やっと、あのむちっとしたケツにぶち込めるぜ」
「やべぇ、俺想像したらもう勃ってきたぜ」

 村の問題児たちが、ディートリンデをわいせつ目的で探している。

 ――どうしよう? 逃げなきゃいけないのに。

 どんな目に遭うのか、考えただけで震えてきた。足がすくんで動けない。そのときだった。突然背後から口をふさがれ、身体を抱え込まれる。

 ――嫌っ! イーヴォ、助けてっ!

 「しぃー」

 聞き覚えのある囁き声に振り向けば、そこには今願った通りの顔があった。

「このまま逃げるから、僕の首に手を回して」
「イー……っ」
「ちょっとだけ我慢してね」

 あろうことか、彼はディートリンデを腕に抱えたまま、獣道を走り出したのだ。村の外に二頭引きの箱馬車が停まっていて、なんと御者まで待機していた。

「どこへ行くの?」
「街の宿屋だよ。大丈夫、彼らは追ってこないから」

 答えたイーヴォの息は、まったく乱れていない。だか、彼はディートリンデを馬車に乗せると、自らは踵を返した。

「え、イーヴォ……?」
「ディーは、先に行っていて。大丈夫、御者は僕の部下だから君に手を出さない」
 
 全く話が読めなかった。納得いかないまま馬車で移動すること、一時間半ぐらいだろうか。久しぶりに来た街は相変わらず活気にあふれている。村の子どもはいつか街で生活することを夢見るけれど、実際に移り住むのはごく一部だ。イーヴォはそれを容易くやってのけ、おまけに軍で部下が出来る程出世したのだ。

「お疲れ、ディー」
「イーヴォ」
 
 馬で先回りしたらしい彼に、出迎えられた。イーヴォに手を握られたまま、馬車を降り宿屋に入った。三階の一等室に通されると、広い部屋に応接セットとベッドが配置してある。ディートリンデは勧められるまま、ソファに腰を下ろした。が、落ち着かない。

 ――こんな高いお宿、初めて来るわ。
 
 彼女は、洗いすぎで擦り切れそうなスカートの布地を、ぎゅっと握り込んだ。宿屋の主人からコーヒーを受け取ったイーヴォがテーブルにカップを置く。ディートリンデは、コクのあるほろ苦い香りに目を閉じた。
 
「何か家に入用なものがあるなら今から取りに行かせるけれど、どうする?」
「いいえ、ないわ」

 両親の墓と家があるけれど、それは持っていけない。トーマスの施しで得た身の回りのものは、持ち歩きたくなかった。
 ジャケットを脱いだイーヴォが、彼女の隣に腰を下ろす。
 
「おじさんが亡くなってから辛かったね。ディー」

 ゆっくりと抱き寄せられ、胸に頭を寄せられる。イーヴォの懐は温かくて、良い匂いがする。彼女は張り詰めていた神経が緩んでいくのを感じた。それに合わせて、ぽつぽつっと落ちてきたものがスカートの生地を濡らす。

「泣いていいよ」

 彼の言葉は、まるで魔法。ディートリンデが自分に掛けた雁字搦めの呪いをそっと解いていく。
 この二年間、自分に起きた災いが一つ一つ脳裏に蘇ってきた。盗賊団にめった刺しにされた父の遺体。突然家に押しかけてきたトーマス。自分を見るや、眉を顰めひそひそと言葉を交わす村人たち。浴びせられる心無い言葉。
 数日もしないうちに明るかった自分の性格がどんどん内向的になって、下を向いて歩くようになった。トーマスのいいなりになって、ただ息を吸うだけの日々。思い出すと、胸が締め付けられるようだ。

「う……ふ……っ」

 ついには声が漏れて、決壊したダムのように涙が止まらなくなった。イーヴォの胸にしがみつく。人の不幸に優劣はないというけれど、この二年間はツラくてたまらなかった。
 どれほど時間が過ぎただろう。三十分? 一時間? イーヴォは、その間ずっと彼女の頭を撫でてくれていた。やがて、ディートリンデはおそるおそる顔を上げる。子どものように泣いたことが今更になって恥ずかしかった。
 イーヴォは優しく彼女を抱きながら、にっこりと笑う。

「一緒に、王都へ行ってくれるよね?」
「あなた、王都に住んでいるの?」
「そうだよ」

 トーマスから救ってもらったけれど、イーヴォの心中は分からない。彼はハンサムで頭が良くて女性に優しい。ディートリンデより美しい人や一緒にいて楽しい人が、王都にたくさんいただろう。村で村長の息子のしがない愛人をやっていた自分などお呼びでないはず。

「あなたも、わたしを囲うの……?」
 
 彼は碧い瞳を瞬きさせる。その表情が十二歳の頃の彼を思い起こさせた。

「悲しいね。ここに来て、僕の気持ちを疑うなんて」
「だって、……あなたにわたしは相応しくないわ」
「ディーにそんな考えを植え付けた奴を殺してやりたいな」
「こ……殺すのはちょっと」
 
 綺麗な顔で物騒なことを言い出すイーヴォに、ドキマギしてしまう。そんなはずはないのに、彼なら本当にやりそうな気がするのだ。

「聞いて。僕はこの八年間、ディーお姉ちゃんのことしか頭になかったよ。誓っていうけれど、誰とも付き合ったことない」
「嘘よ、そんなわけ……」
「ディーだってそうでしょ? レース刺繍の仲介業者がディーの腕に惚れて街の刺繍工房に誘ったけれど、この村を離れようとしなかった。僕が帰って来るのを待っていたからでしょう?」

 ディートリンデの頬が、熱を帯びる。イーヴォを諦めきれないまま、気が付けば二年が経ってしまった。ぎゅっと抱きしめられる。

「ようやく迎えに来られたんだ。このまま、都へ行って結婚しようよ」

 イーヴォの腕の中は心地よい。怖いけれど、身を任せたい。ディートリンデは勇気を出して、白い頬に手を滑らせた。口を開いては閉じ、開いては閉じ、繰り返してからようやく言葉が出る。

「わたし、がダメなの」

 イーヴォは、何を言われたか分からないと首を傾げた。
 
「その。い……営みが気持ち悪くて、……いつも吐いてしまいそうなの。だから……」
「今は気持ち悪い?」

 心配そうに背中を撫でてくれる。こんなに優しくしてくれるのに、受け入れられないのが悲しい。
 
「いいえ、今は大丈夫よ。でも」
「だったら、どこまで大丈夫か試してみようか」
「試す?」
「ディーが、これ以上は嫌だなって思ったら拒否してほしい」

 試すぐらいならいいかもしれない。イーヴォは優しいから、言葉通り途中で止めてくれるだろう。

「わかったわ」

 ディートリンデは促されるまま、ベッドに腰掛ける。大人が二人いても広々と使える程大きなベッドだ。抱きしめられて、寝台に寝かされて。両手を顔の横に置かれると、イーヴォがどれだけ成長したか実感できる。
 
「好きだよ、ディーお姉ちゃん」

 顎をとられ、彼の唇が降りてきた。チュッとキスされ、彼女の唇はたっぷり濡らされて、次には舌が侵入してくる。
 イーヴォはわずかな時間も惜しいとばかりに、彼女の唇を蕩かせながら、ワンピースの留め具を外しにかかる。器用なその手が生成りの肌着にかかり、ついにはショーツに触れた。
 
「あの……っ、もしかして、下着まで全部脱ぐの?」
「ベッドの上では、そうだよ」
「は……恥ずかしいわ。そこまで、しなくても」
「観るのは僕だけだよ」

 乳房と足の付け根を必死に隠す彼女の手を掴んで、優しく開いていく。

「僕には見せてくれるよね、ディーお姉ちゃん?」

 イーヴォはずるい。昔と同じ仔犬みたいな笑顔で恥ずかしいことを要求してくる。自分が断れないことを知っているのに。ディートリンデは、何をされても耐えようとシーツをギュッと掴んだ。フフッと笑われ、よく出来ましたと唇が降りてくる。自分のほうが二つ年上なのに、子ども扱いしないで欲しい。

「あ……っ、はぁ……んっ」
 
 両の乳房をパン生地のように練られ、時折先端に彼の指が掠る。それを何度か繰り返すうちに、グミのように硬くなっていくのが恥ずかしかった。イーヴォが身をかがめて、これ見よがしに舐めて、乳輪の奥まで探ろうと舌を立たせる。彼女の身体はどうしようもなく火照ってきた。

「ディーの胸は大きくて柔らかくて、温かいね。八年前から、ずっとこうしたかったんだ」
「う、嘘よ。あなたはまだ子どもだったのに、そんなこと考えるはずないじゃない……んっ、ああ……っ」

 イーヴォはディートリンデの羞恥心を呷るように、じゅぷじゅぷと音を立てて乳首を吸いあげる。

「子どもでも、考えることは大人と一緒だよ」
「う……やぁ……っ、やだ、そんなに、いじらないで」
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