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第47話 幼馴染への断罪その2

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 菜乃の破滅は絶対に避けなければならない。
 カレンが菜乃の秘密をばらすと脅迫して、俺に関係を絶つよう要求する。
 彼女を守るため要求に従うとうなずいたとき、不意に愛しい人の声が聞こえた。

 凛としてるのに少し甘くて艶やかに響く声。
 そこには、確かな意志と強い覚悟が感じられた。
 俺が大好きな人、何にも置いて守りたい女性の声だった。

「こんなんじゃ、私は何のために頑張ってるか分からない!」

 立ち上がった菜乃は俺を真っすぐに見ていた。

「菜乃!?」
「大切な人と一緒に居られないなら、もう頑張る気力も湧かなくなっちゃう」

「だめだ菜乃!」
「もう私の秘密なんていい。健太との関係を伝えて、堂々とあなたの隣にいたい」

 彼女は俺に向かって……だけど周りに聞かせるようにゆっくりと言った。
 テンションの上がったカレンが目を見開く。

「ちょっとちょっとー?? あんた、何を勝手に話し出してんのー? 自分の立場さー、分かってんの?」

 菜乃はカレンを見ない。
 ただ、ただ俺を見ていた。

「一生に一度しかない大切な時間を、高校3年生の今を、好きな人と少しでも一緒に過ごしたいから!」

 彼女はそれから俺に向かって声を出さずに口を動かす。
 俺を見つめる美しい瞳が語っていた。
 不思議と菜乃の想いが理解できて、聞こえないはずの声が俺には聞こえた。



 だから……打ち明けたいの!
 健太と付き合ってること。
 我がままでごめんなさい。
 私から秘密にしたいって言ったのに。
 打ち明けるのダメ……かな?



「分かったよ、菜乃」

 彼女の無言の問いに答えた。
 カレンが俺と菜乃を交互に見て首をかしげている。
 俺は立ち上がって、カレンに向き合った。

「ごめん、カレン。嘘をついた」
「なによー。ようやく私に従う気になったのねー」

「違う!」
「え?」

 強い口調で否定した俺の言葉にカレンが少しひるむ。

「聞いてくれ。俺と菜乃は……」

 こんな日が来るなんて。
 小さいころからずっとカレンが好きだった。
 誰よりも大切だった幼馴染みへ、別の人を好きだと伝える日が来るなんて。



「……俺は菜乃を好きだ。付き合っている!」



 教室が静寂で包まれた。

 菜乃の「よかった」というつぶやきが聞こえる。
 彼女は笑顔で俺を見て嬉しそうに、とても嬉しそうにした。
 その笑顔があまりに可愛くて、輝くようなまぶしさに見惚れていると、彼女の瞳が潤んだ……。

「健太、ありがとう」

 そして、涙があふれて頬を伝った。

 綺麗だ。
 菜乃、君は本当に綺麗な人だ。
 そして、そして誰よりいとおしい。
 俺の一言を喜んでくれて笑顔になってくれた。
 泣かせてしまったけれど、これはきっと嬉しい涙。
 ふたりが恋人になれたこと、それが何より幸せなんだ。

 俺は立ち尽くすカレンに向き直る。
 彼女は今の言葉の意味が分からないようだった。
 だから、俺はもう一度言う。

「カレン、俺は姫川さんと……菜乃と付き合ってるんだ。だから、彼女とは今後も話をするし距離も置かない!」
「そ、そんな……姫川が言い寄ってるんじゃないの!?」

「違う。俺が菜乃を好きなんだ。だから俺の意志で彼女と付き合っている!」

 ハッキリとそう言い切った。

 直後、教室に割れんばかりの歓声が響く。
 黙って見ていたクラスの連中が、一斉に大きな声をあげた。

「うぉぉおおおおーー!! 交際宣言かよ!!」
「みんなの前でカッケーー!!」
「中村氏を見直したでござる! あっぱれです!」
「いいなぁ。私もこんな彼氏欲しいー」
「悔しいけど。ちょっと応援したいかなぁ」
「素敵! すっごく青春ってカンジでいいよね!」

 みんなの声援という後押しを受けながら、カレンへ語りかける。

「だからもう、そっとしておいてくれないか?」
「け、健太ー!? 何で私にそんな態度を取ってんの?? わ、私に逆らったら、こいつ破滅するんだよ? 破滅ッ! あんたそれでいいの!?」

 やっぱり……脅しはあるよな。
 ナノンの正体が菜乃だとバラす、このカレンの脅しの根拠は何も解消されていないのだから。
 でも、一体どうすれば……。
 やはり最悪の事態は避けられないのか。

 すると、菜乃の近くに座っていた瑠理が立ち上がった。

「カレンちゃん! もういいでしょ!」
「はっ? なんで栗原が口出す訳ー?」

「ふたりの気持ちが通じてるんだよ?」
「通じてる? そんなの私は認めないしー」

 開き直ったカレンは矛先を瑠理に向ける。

「だいたい自分だって健太を好きなくせに! イイ子ぶるな!」

 勝手に瑠理の気持ちを代弁すると、勝ち誇ったように口の端を上げた。

 事務所の自販機前で頬にキスをされたときから、彼女の気持ちには気づいている。
 でもそれは瑠理の気持ちだ。
 決してカレンがクラスメイトの前で暴露していいものじゃない。
 きっと彼女だってつらいはず。
 しかし禁断の凶器を振り回すカレンに対し、瑠理は引き下がらなかった。

「私は健ちゃんを諦めてないよ?」
「じゃー、あんたもこっち側じゃないの! なら喧嘩売んな!」

「でもふたりとは友達だもん」

 瑠理が恥を覚悟で助けてくれた。

 サンキュー、瑠理。
 ならば今度は俺が持ち前の対応力でクラスメイト全員を味方にしてやる。

 いまの一瞬で対立構造のバランスが崩れたのを俺は見逃さなかった。
 それは菜乃のライバル瑠理が味方だと宣言してくれたことだ。
 ライバルである瑠理が菜乃の側についた、なら、敵でもないクラスメイトが菜乃に敵対する理由はもはやない。
 むしろスタンスの不安定なクラスメイトたちがこちらへ傾く理由ができたのだ。

 あとはそっと背中を押すだけでいい。

「俺は菜乃だけじゃなくみんなと仲良くやりたい。笑顔で半年後の卒業式を迎えたいんだ。もちろんカレンとも」

 意識して教室を見回してからカレンをたしなめた。
 するとクラスメイトたちが同調を始める。

「そうだよ。ふたりを邪魔してやるなって!」
「俺は脅迫に加担しないぞ」
「幼馴染みこそ、最大にして最強の理解者ですぞ」
「弱み握るとかやめてあげて」
「もう入り込む余地ないじゃん」
「いいなー。私も卒業までに彼氏欲しー」

 カレンは左右に繰り返し首を動かして、何度も周りを見回していた。
 たぶん探しているのだろう。
 誰か自分の味方がいないのかと。
 だがいくら見回しても自分の味方を発見できず、口を開けて表情を失った。
 全員が自分の敵だと気づいたらしい。

 とうとう錯乱したように俺の前へ出る。

「おかしいでしょー! 私は幼馴染みなのよ! 健太を盗られたのよ! あいつは泥棒でしょー!!」
「違うよ、カレン」

「なんでー!? なんで私が悪者になるのよー!」
「別にカレンは悪者じゃない。でも、菜乃は泥棒でもない――」

 あくまで俺の意志だと伝えなくては。

「俺が菜乃を選んだんだよ」

 ここでカレンがVtuberナノンの正体をバラせば、菜乃は絶体絶命になる。
 いくらクラスメイトたちが好意的でも、黙っていてはくれないだろう。
 あっと言う間にSNSで拡散するのが目に見える。
 さっき、俺と菜乃は付き合ってると告白した。
 バラされればVtuberとして再起不能になるに違いない。

 だけど、もうカレンの脅迫は怖くない。
 なぜならすでに菜乃をVtuberだとバラせないから。
 俺は確信していた。
 カレンは打ち明けられないと。

「バ、バラすわよ!? バラすわよ??」
「……」

「……く、くぅっっ!! 何よぉおおっ!!」
「カレン……」

 カレンが肝心のネタを伝えるこの場の相手たちは、いまや全員が俺たちの味方。
 俺と菜乃の恋人関係をクラスメイトたちが認めたばかりだ。
 このタイミングで悪意ある告白をすれば、公認の恋人を引き裂こうとする卑怯者として、クラス中から呆れられてカレンの人間関係は終るだろう。

 もうカレンにこのクラスで居場所はなくなる。
 卒業までの半年間、クラスからハブられて完全に孤立するのは間違いない。
 カーストを意識するプライドの高いカレンからすれば、それはあり得ない選択なんだ。
 幼馴染みの俺には彼女の思考が狂いなく読めていた。

「もういい! もういいッ!! くっだらない! ふざけんなよ……ふざけんなぁぁああああっっ!!!! 健太のバカ、健太のバカ、健太のバカぁぁああ!!」

 カレンはそのまま教室から駆け出て行った。
 菜乃の秘密を暴露せずに逃げ出したので、俺は内心ホッとして彼女の後ろ姿を見送っていたが……。

「健ちゃんてば! 何してんの、早く行かなきゃ!」

 後ろから声とともに背中をバンと叩かれた。

「る、瑠理! お前、その顔」
「こっち見ないでいいから! 幼馴染みなんでしょ! けじめだよっ! 早くカレンちゃん追いかけて!」

「わ、分かった」

 俺は急いでカレンの後を追った。

 カレンが出て行ったほうへ走りながらも、見るなと言った瑠理の顔が頭をよぎる。
 さっき背中を叩かれて振り返ったとき、彼女は泣いていたように見えた。


※すみませんが「青春ボカロカップ」の選考を考慮して、あと2話でいったんの完結とします。
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