孤独少女の願い事

双子烏丸

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復讐へ

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 次の日の土曜日。学校は、休みであった。
 祐羽はとある場所の、すぐ近くにいた。
 右手は上着のポケットに突っ込んでおり、その中に入っているナイフの柄を握っている。
 そこは、祐羽の家族を殺した男が収監されている、街外れの刑務所だ。
 彼女は電柱の陰で、様子を窺う。
 入口の正面には、大型車でも通れるような、大きな正門がある。その左右の端には門番が二人おり、その傍には正門とは別に、小さい扉が二つ存在した。
 

 祐羽は男が出てくるのを、今かと待った。
 待ち始めてしばらくすると、小さい扉の内の一つが、ゆっくりと開く。
 扉からは、軽薄そうな長身の男が現われた。彼が、釈放された殺人犯である。
 男の顔からは、この十一年で何一つ反省した様子は、まったく見えない。
 刑務所の傍で唾を吐き、男はどこかへと向った。
 その男の後を、祐羽は追う。彼女は人気が無い場所で、男を襲うつもりであった。



 男はさらに街の外れに向かい、そこにある林の中へと入った。祐羽もそれに続く。
 林の中を二人は進み、やがて林であまり木々が生えていない空き地で、男はいきなり足を止めた。
 一体どうしたのか? 祐羽は茂みの中に隠れながら、疑問に思った。
 すると男が、彼女のいる茂みを睨む。
 祐羽はびくっとした。

「俺の後をつけている事は、最初から分かっているぜ。――出てきたらどうだ?」

 余裕たっぷりな表情で、男は言う。
 最初は気づかれた事に、一瞬ひるんだが、やがて意を決して、祐羽は男の前に現われた。

「……あなたは私の事を、覚えている? 私はあの時、両親とまだ小さな兄を、あなたの手で殺されたのよ?」

 男は初め、何の事だか分からないようだった。
 しかし、ようやく思い出したらしく、突然ケラケラと笑い出す。

「キャハハハハ! ああ、思い出したぞ! 手前はあの時の小娘か。そう、俺が殺し損なった、あの小娘だな」

 この不快な笑いに、祐羽は苛立つ。

「一体、何がおかしいの?」

 何とか笑いを抑えながら、男が答える。

「クックッ……だってよぉ、手前がいつまでも過ぎた事を、ネチネチとほざくから、それが可笑しくて可笑しくて……」

「私の大事な家族が、殺されたのよ! それを過ぎた事ですって……」

 反省していないどころか、むしろ被害者を嘲笑するかの様な男の態度に、彼女は怒りを隠せなかった。
 男は得意げに両腕を広げ、天を仰ぐ。

「俺はただ、この退屈でクソみたいな人生に刺激が欲しいから、ただ楽しみの為に殺しているだけさ。
 なぁ? お前は俺への憎しみで一杯らしいが、少しは考えたことはあるか? どうしてこの世に生まれたか、命に価値なんてあるかってな。 
 生まれて生きて、いつかは死ぬ。何かを成しても、子孫を残しても……、数百年後には、いつか人間そのものが滅びれば、何一つ残らず忘れ去られ、何も残りはしない。
 そのくせ苦しみばかり多いと来ている、人生『四苦八苦』とは、キャハハ、よく言ったものだな」

 そして何もかも嘲笑するかのように、笑ってみせる。

「……ほらな? 命なんてそんなものさ。それを自分の楽しみのために消費して何が悪い? ちょっとした楽しみで消費した、下らない命、人間の事なんか、俺が考える訳ねぇだろ?」

 最低だった。こんな男に家族が殺され、私の人生を狂わされたなんて……。
 そんな嫌悪感と憎悪に駆られ、祐羽はポケットからナイフを抜くと、男に突っ込んだ。


 だが彼女の衝動的な行動は、とても単純で、予想がつきやすい物であった。
 男は難なくそれを避けると、祐羽のナイフを握った腕を掴んで、強くねじった。

「つっ!」

 痛みのあまり、彼女はナイフを落とす。

「おいおい? 俺に復讐するんじゃなかったのか?」

 続けざまに、男は彼女の腹部に膝蹴りした。
 その激痛に短い叫びを上げ、祐羽は地面に倒れる。

「だがこれでは、無理そうだな? もう少し楽しめると思ったが、がっかりだぜ」

 そう嘲笑しながら、倒れた彼女を再び蹴飛ばす。
 更に強烈な痛みを感じ、腹部を押さえて身悶える。呼吸すら出来ない程の、苦しみだった
 祐羽の苦しむ様子を眺めながら、さも愉快そうに男はけたましく笑う。
 最初、祐羽はナイフを手に、男に復讐しようとしたが、今ではもはや、それすらままならない。
 それどころか、男に痛めつけられ、弄ばれ、恐怖を感じている。
 自分の命なんて、どうなっても良かったはずなのに……恐怖に震えていた。

「このまま一気に殺す事も出来るが、それだと面白くない。十年間も檻の中で退屈してたんだから、その分、楽しまなきゃな」

 男の言葉を聞き、思わず祐羽は涙を流していた。

「誰か……助けて……。ルーネス……」
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