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第参章 葛藤
咆哮
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――――
ルーフェの傷はほぼ治り、体力も以前と同じくらいに回復した。
もはやここにいる必要もない。そう決めたルーフェは、明日には出て行こうと、部屋で荷造りをしていた。
『愛する人を生き返らせるという願いなど無意味だ』
トリウスに言われたあの言葉は、今でも彼の心に引っかかっている。
だが例え無意味と言われようとも、それでも強く求め続けた願いだ、希望がある限り、最後まで追い求めてみせる……。
彼の信念は、折れることはなかった。
そんな時、ラキサが部屋へと入って来た。
彼女は荷造りしている彼の様子を見ると、静かに言う。
「此処を出る準備をしているのね」
「ああ、明日にはな」
「願いは……諦めてもらえましたか?」
しかし彼は首を横に振る。
「……いや、俺は諦める気はない。その気持ちは変わらない」
ルーフェはそう言いこそしたが、最後の部分は嘘だった。
初めの頃は願いを求める事に迷いはなく、その為に人間らしさも捨てていた。
だが、今では……? 彼自身にも分からない。
ラキサは僅かに顔を俯けると、こう伝えた。
「そう……ですか。でも、せめて貴方の、力にならせて下さい」
「力になるって、一体どうやって?」
「ルーフェさん、剣を、貸してもらえますか?」
言われるがまま、ルーフェは自らの剣をラキサに差し出す。
「私にも、魔術の心得はあるの。お父様には禁じられていますが、あの竜と対等に戦うために、この剣に魔法を施します。せめてもの――旅立つ貴方への贈り物として」
彼女は剣を両手に乗せると、目を閉じて呪文を唱える。
手のひらに小さな魔法陣が出現し、そこから暖かな光が、放たれる。
光は幾筋もの糸となって、剣へと絡まり……金色に光輝く模様が刻まれて行く。
それは、まるで一匹の竜のような模様だ
やがて呪文が唱え終わると、輝きこそ消えたが、剣には竜の模様が刻まれた。
ラキサはルーフェに剣を返す。
「これでルーフェさんは、あの冥界を守る竜――常世の守り主を倒せるはずです。
手加減は必要ありません、竜は罪もない人々を…………何人もの人を手にかけたのだから。この力こそ、私からの贈り物」
そう言った彼女は、とても悲しそうな表情を見せた。
「貴方といた日々は、忘れないわ。……どうか、恋人が取り戻せますように」
そして踵を返すと、ラキサは急に部屋を出て行った。
「おいっ! どうしたんだ!」
心配したルーフェは、急いで彼女の後を追う。
先程、部屋から出て行ったラキサを、ルーフェは探した。
彼女の魔力が込められた剣は、身につけたままである。
家の中にもいない。外も今ようやく、探し終えた所だ。
しかし――どこにも彼女の姿は見当たらない
以前のルーフェならこんな行動など、絶対に考えられなかった。
それは、ルーフェ本人が一番分かっている。分からないのは、どうして自分がこう変わったのか。だが、それよりも今はラキサの事が、彼にとって気がかりだ。
……そんな時。
山の上から激しい咆哮が響いた。辺りの空気が震え、遠くからは雪崩が起きたかのような地響きが聞こえる。
ルーフェはその声が、あの竜のものであると分かった。
咆哮は何度も、何度も聞こえ、強い悲痛さを訴えるかのような叫びは、まるで聞くものさえもその感情に引きずり込むかのようだった。
冥界の守り主である竜とは、再び相手にしなければならない、行く手を阻む敵である事は分かっていた。
……だが、強い悲しみの込もった竜の咆哮は、先ほどの少女の悲しみと重なってか、ルーフェは同情を覚えた。
ラキサと竜とは、全く別の存在の、はずだった。なのにどうして二者を重ねてしまったのか、まだ分からない。
――いずれ剣を向ける相手、それだとしても――
やがて咆哮は徐々に小さくなり、やがて聞こえなくなった。
ルーフェの傷はほぼ治り、体力も以前と同じくらいに回復した。
もはやここにいる必要もない。そう決めたルーフェは、明日には出て行こうと、部屋で荷造りをしていた。
『愛する人を生き返らせるという願いなど無意味だ』
トリウスに言われたあの言葉は、今でも彼の心に引っかかっている。
だが例え無意味と言われようとも、それでも強く求め続けた願いだ、希望がある限り、最後まで追い求めてみせる……。
彼の信念は、折れることはなかった。
そんな時、ラキサが部屋へと入って来た。
彼女は荷造りしている彼の様子を見ると、静かに言う。
「此処を出る準備をしているのね」
「ああ、明日にはな」
「願いは……諦めてもらえましたか?」
しかし彼は首を横に振る。
「……いや、俺は諦める気はない。その気持ちは変わらない」
ルーフェはそう言いこそしたが、最後の部分は嘘だった。
初めの頃は願いを求める事に迷いはなく、その為に人間らしさも捨てていた。
だが、今では……? 彼自身にも分からない。
ラキサは僅かに顔を俯けると、こう伝えた。
「そう……ですか。でも、せめて貴方の、力にならせて下さい」
「力になるって、一体どうやって?」
「ルーフェさん、剣を、貸してもらえますか?」
言われるがまま、ルーフェは自らの剣をラキサに差し出す。
「私にも、魔術の心得はあるの。お父様には禁じられていますが、あの竜と対等に戦うために、この剣に魔法を施します。せめてもの――旅立つ貴方への贈り物として」
彼女は剣を両手に乗せると、目を閉じて呪文を唱える。
手のひらに小さな魔法陣が出現し、そこから暖かな光が、放たれる。
光は幾筋もの糸となって、剣へと絡まり……金色に光輝く模様が刻まれて行く。
それは、まるで一匹の竜のような模様だ
やがて呪文が唱え終わると、輝きこそ消えたが、剣には竜の模様が刻まれた。
ラキサはルーフェに剣を返す。
「これでルーフェさんは、あの冥界を守る竜――常世の守り主を倒せるはずです。
手加減は必要ありません、竜は罪もない人々を…………何人もの人を手にかけたのだから。この力こそ、私からの贈り物」
そう言った彼女は、とても悲しそうな表情を見せた。
「貴方といた日々は、忘れないわ。……どうか、恋人が取り戻せますように」
そして踵を返すと、ラキサは急に部屋を出て行った。
「おいっ! どうしたんだ!」
心配したルーフェは、急いで彼女の後を追う。
先程、部屋から出て行ったラキサを、ルーフェは探した。
彼女の魔力が込められた剣は、身につけたままである。
家の中にもいない。外も今ようやく、探し終えた所だ。
しかし――どこにも彼女の姿は見当たらない
以前のルーフェならこんな行動など、絶対に考えられなかった。
それは、ルーフェ本人が一番分かっている。分からないのは、どうして自分がこう変わったのか。だが、それよりも今はラキサの事が、彼にとって気がかりだ。
……そんな時。
山の上から激しい咆哮が響いた。辺りの空気が震え、遠くからは雪崩が起きたかのような地響きが聞こえる。
ルーフェはその声が、あの竜のものであると分かった。
咆哮は何度も、何度も聞こえ、強い悲痛さを訴えるかのような叫びは、まるで聞くものさえもその感情に引きずり込むかのようだった。
冥界の守り主である竜とは、再び相手にしなければならない、行く手を阻む敵である事は分かっていた。
……だが、強い悲しみの込もった竜の咆哮は、先ほどの少女の悲しみと重なってか、ルーフェは同情を覚えた。
ラキサと竜とは、全く別の存在の、はずだった。なのにどうして二者を重ねてしまったのか、まだ分からない。
――いずれ剣を向ける相手、それだとしても――
やがて咆哮は徐々に小さくなり、やがて聞こえなくなった。
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