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第壱章  ――霊峰

問いかけ

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 ―――― 


 傷はまだ治っていないが、その痛みは次の日になれば殆ど慣れた。
 これまでにもルーフェは、旅の中でそんな経験は幾度も繰り返していたからだ。
 扉の前で、彼は剣を握って構えた。
 何処にでもあるような木製の扉、この剣なら、簡単に斬り壊せるはずである。
 ルーフェは構えた剣を、一気に振り下す。
 その瞬間、カキンと響く鋭い音が響く。
 剣は扉に弾かれ、手元から離れて床に突き刺さった。


 ただの木製の扉なら、剣を弾き返せる訳がない。トリウスの言っていた、部屋に結界が張られている話は、嘘ではないようだ。
 そんな時に、先ほど剣ではビクともしなかった扉が開き、再びあの二人、トリウスとその娘、ラキサが現れた。

「無駄だと言うことが、これで分かっただろう? 私の許可が無ければ、君はこの部屋から出られない。下手に体を動かすと傷が開く、それが分かったら、諦めてベッドに戻る事だ」

 呆れた様子のトリウスを後目に、ルーフェは床に刺さっている剣に意識を向ける。
 そして傷ついた身ながらも素早い動きで、剣を抜き取るとその剣先をトリウスに向ける。
 彼の表情は、鬼気迫るものだった。
 それに対し、ラキサは怯えている一方で、トリウスは平然としている。

「なら俺をここから出せ! いつまでも、休んでなんていられるか!」

 トリウスはやれやれと言うように首を振る。

「そこまでに失くした指輪が心配か? それなら……」

「指輪だけじゃない! 愛した人を生き返らせる――――そのただ一つの望みを叶える為だけに、ようやく俺はここまで来たんだ。それを、ここで足止めされるなんて。あの場所で…………彼女が待っているのに!」

 声を荒らげるルーフェに対し、トリウスは真っ直ぐに見据えた。
 やがて彼は、口を開いてこう聞いた。

「――なら君はどうして、その人間を生き返らせたいのかね?」




 ルーフェは戸惑った。
 
――理由だって…………? 何故そんな事を聞く? 失った大切なものを取り戻したいのは当たり前だ。それに理由を求めるなんて――

 その戸惑いに生じた隙を、トリウスは見逃さなかった。
 ルーフェがそう思い悩んでいた一瞬、彼は素早く足払いをかけた。
 体勢を崩されたルーフェは、そのまま前へと倒れる。

「…………!」

 傍でこれを見ていたラキサは、心配になって近寄ろうとした。が、トリウスはそれを片手で制した。
 そして倒れた彼から剣を奪い、今度はルーフェに剣先を向ける。

「君自身の望みの筈なのに、どうやら、それを求める理由を知らないらしい」

 僅かに哀れみを込めて見下ろす彼に、ルーフェはキッと睨む。そして何とか起き上がろうとしたが激痛が走り、身体が思うように動かないせいで、起き上がれない。

「私の言葉を無視して無理したからだ、自業自得だよ。それにその目つき…………、『どうしてその望みに理由が必要か』と言いたいようだな。……丁度良い、休んでいる間に、自分で考えるのだな」

 トリウスは、剣を元あった部屋の隅に戻した。

「剣は元の場所に戻しておこう。だが、ベッドには自力で戻ることだ。少し厳しいかもしれないが、君にとっては良い薬だろう」

 こう言って彼は部屋を出ようとしたが、それをラキサが止めた。

「どうしたラキサ? 何か言いたい事があるのか?」

 ラキサは何かを小声で、トリウスに伝えた。

「何? …………いや、しかしあの男は…………、成程…………ああ、分かった」

 二人はしばらく何かを話し合った後、トリウスがルーフェにこう言う。

「娘が、君の事を心配して、しばらく一緒に居たいのだそうだ。私は部屋を出るが、もし娘に何かあったら…………承知しないからな」

 トリウスはそう強く言い残すと、部屋を出た。
 残ったのはルーフェと、ラキサの二人だけになった。
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