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逆算方程式
しおりを挟むライゼル、そしてミーシャの二人は、宇宙船の操縦室にいた。
「……何とか一安心ね。あの時のゲルベルトの顔と言ったら……いい気味だわ!」
彼女は笑いながらそう言った。
「社長、クゥの様子は?」
一方ライゼルは、心配げに訊ねる。
「さっき見に行った様子だと、肌の血色、脈拍は、順調に戻りつつあるわ。薬の副作用で、翼は干からびて、背中から取れちゃったけど、それ以外は良好よ」
ライゼルは安堵の表情を浮かべた。
「そろそろ……、目を覚ます頃ね。ライゼル、様子を見に行って来てくれないかしら?」
ミーシャにそう言われて、ライゼルは席を立ち、操縦室の出入り口の扉を開いた。 すると……。
「ライっ!」
扉を開いた途端、嬉しそうな声とともに、クゥが部屋に飛び込んだ。彼女の背中には、もう翼は無かった。
突然の事にビックリして、ライゼルは固まった。
「……もう目を覚ましたのか? 体は、大丈夫か?」
クゥは元気そうに、その場でくるりと回った。
「うん! よく眠った時みたいに、とても気持ちいいよ。背中も、とても軽くなったしねっ!」
ライゼルは、下を向いて、黙っていた。
「どうしたの? ライ?」
彼の様子を不思議そうに、クゥは首をかしげた。
すると、突然ライゼルは彼女を強く抱きしめる。
「えっ……!」
クゥの顔が、赤くなる。
「良かった。本当に……良かった。君が、無事でいてくれて」
感動で目を潤ませながら、ライゼルが言った。
「少し、苦しいよ。でも……、ライの体、温かくて……気持ち良いな」
クゥは嬉しそうに微笑んで、彼女もライゼルを抱きしめた。
二人が幸せに抱き合う姿を、ミーシャは横目で、微笑ましく眺めていた。
何故クゥが、今こうしているのか?
それは、ミーシャが考えついた策のおかげだった。
時は、最後のワープを終え、小惑星帯を抜けた頃にさかのぼる。
ライゼルとクゥは、操縦室でミーシャと会話をしていた。
〈……! ライゼル、それって冗談でしょ?〉
「もう決めたことだ。俺は、クゥをアンジェリオに送る。エクスポリスとは三日分しか距離の違いが無い。だから、何処かで時間を取られていると思っている間に、無事送り届けられる。逃がした事に気づいた時には、もう後の祭りさ」
〈自分の言っている事、分かっているの? それは明らかに犯罪行為よ〉
「もちろん分かっている。けど、他に方法が無いじゃないか」
ミーシャは次に、クゥに訊ねる。
〈クゥは、それでいいの?〉
黙って、クゥは頷く。
それを聞くと、彼女は少し悩んだ。そして慎重に言葉を選ぶかのように、話した。
〈貴方はそれで良いかもしれないわ。同じ種族の中……特に指定保護されている種族なら、下手な調査は出来ないしね。けど、ライゼルは違う。どこまでも警察に追いかけられて、捕まるわ。積荷の盗難に加えて、指定保護種族への干渉、とても重い罪よ〉
クゥはショックを受けた。そして、ライゼルを見た。
「僕に、嘘をついたの? 大丈夫だって、言ったよね?」
ライゼルは彼女から目をそらす。
「君を助ける道はそれしか無い。例え俺がどうなっても……」
そんな様子に、ミーシャは溜息をついた。
〈愛する者を守る為の、自己犠牲って訳? ヒロイックなのは嫌いじゃないけど、もっと良く考えてみたら?〉
彼女は続ける。
〈方法は、もう一つあるわよ。それも二人とも、助かる方法がね。ただし、クゥ、貴方にリスクを背負ってもらうけどね〉
「一体、どんな方法だ?」
ミーシャが話す方法は、次の通りだ。以前クゥが使っていた銃の玩具、あれを更に改造して、物体をより速く射出可能にする。次にライゼルが宇宙空間に出て、玩具に小惑星の欠片を詰め、船の酸素タンクに向けて撃ち穴を空けて、事故に見せかける。そして……最後に用いるのは、積荷の一つである薬物。ミーシャが積荷の資料を確認した時、その薬物の中に、生物を仮死状態にする薬があると判明した。薬をクゥに用いて仮死状態にし、彼女を死んだと思わせる事で、依頼人から助け出す方法だった。
しかし、問題点があった。それは、クゥに投与する薬だ。薬の投与量は、生物により異なる。アンジェリアンにこの薬を投与した例は無い。人間に近い事から、彼女への投与量は、人と同じ量にする予定だ。だがもしかすると、何らかの後遺症や副作用が出る可能性もある。最悪の場合には……。
「冗談じゃない! クゥにそんな危険があるなんて!」
説明を聞いて、ライゼルは声を荒らげて、強く反対した。
〈可能性としては、一応少ない方よ〉
「それでも危険があるなら、俺の方法がまだ良いに決まっている!」
〈……本気で言っているの? 自分がどうなるか分かっているはずでしょ? これなら、貴方も助かるのよ〉
「別に俺は助からなくてもいい! クゥさえ無事なら……」
「止めてっ! ライ!」
クゥの声を聞いて、振り向いた途端、いきなり平手打ちが飛んできた。
パシッ!その音とともに、ライゼルは自分の頬に痛みを覚える。
彼は頬を押さえて、呆然とした。
「何で……? 俺は、君の事を思って……」
「僕が助かっても、そのせいでライが傷つくなんて……悲しいよ。だから、止めて……そんな事を言わないで」
クゥは、今にも泣き出しそうな表情だった。
そして今度はミーシャに言う。
「ミーシャさん、そうすればライも助かるの?」
〈ええ。でも、何度も言うけど、貴方の安全は保障できないわよ?〉
「クゥ、頼むから考え直してくれ」
ライゼルの頼みに、クゥは首を振る。
「いつもライは……僕を助けてくれた。今こうして言葉が話せるのも、色んな事を考えたり、知る事が出来たのも……全部、ライがいてくれたからだよ。今度は……、僕がライの力になりたいんだ!」
ライゼルは、クゥの瞳を見た。その紅い瞳は、まっすぐに彼を見つめていた。
〈どうするの? ライゼル?〉
そして彼は言った。
「まさか、そこまで言われるなんて。……分かった、クゥ、その方法で行くさ。けど…………、どうか、無事でいてくれ」
最後の言葉は、ライゼルの心からの想いだった。
「……うん!」
クゥは精一杯の笑顔を、彼に見せた。
これが、事の真相である。
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