テイルウィンド

双子烏丸

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最終章 レースの決着

ラストスパート

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 ――――

 レースの実況映像では。 
〈皆さん、申し訳ない。一度は席を外していましたが……こうしてまた、実況の席に戻れたことを嬉しく思う〉
 実況席には、再びリオンドが戻っていた。
 人質から解放され、それぞれは元の場所へと戻ったのだ。
 これにはレイも、一安心。
〈リオンドさんが戻ってくれて、私も安心したわ。
 だけど――〉
 

 途端、彼女は深刻な面持ちで、こう続ける。
〈優勝候補のジンジャーブレッドは、ある違反が発覚して、失格になったのよね。
 細かい理由は分からないけど……それは、やっぱり残念かしら〉
 リオンドも、頷く。
〈ああ。確かに――無念だ。だが、これは仕方のない、処置であった〉
 一方彼は、事の次第をそれなりに知っていた。が……それは、口外することを禁じられていた。
 ジンジャーブレッドは、今回の事では被害者にすぎない。
 それが失格とは……本当に、無念であった。
〈けど、それも仕方ないわね。
 ……さて、戦闘を行っていたグループは、何故か全員着水していたわけだけど、どうやらまた出発したみたいね。
 どうしてなのか分からないけど、さっそく映像を――〉



 映像が変わり、映し出されたのは、テイルウィンド、ホワイトムーンが並び、そのすぐ後ろにワールウィンド、クリムゾンフレイム、アトリの五機が接戦を繰り広げていた。
〈ふふっ、さっきとは違って、良い勝負を繰り広げているわね! それでこそG3レースだわ! 
 ……うん?〉
 と、レイはある事に気づく。
〈どうしたのかね、レイ〉
〈あの五機の後ろに、もう一機見えるの。……これは!〉
 

 接戦を行う五基の、いくらか後ろに――もう一機のレース機の、姿があった。
 ひし形に近い形を、縦横二重に重ねた黒い機体……それは、ジンジャーブレッドのブラッククラッカーだ。
〈まさか、彼は失格になったのに……まだ続けるつもりか!?〉
 そう、失格になった彼は、いくらレースを続けたとしても、記録に残るわけではない。
 なのにそれを理解していながら、なおも彼は飛行を続けていた。



〈……成程、ね〉
 するとレイは、何やら察したかのように、ふっと微笑む。
〈どうしたのかね、レイ〉
 リオンドにはよく分からなかったらしいが、レイがこう説明する。
〈ふふっ、リオンドさんだって、元はレーサーだったのに、鈍いわね〉
〈……と、言うと?〉
〈つまり、これがレーサーだって、事よ! みんながこうして、ただ純粋に、ゴールに向かって突き進む――それこそが、レーサーよ!〉


 マリンの言葉に、リオンドもはっとする。
〈ほう――そう言うこと、か。確かに、レイの言うとおり、レーサーの本質はまさに、それにある。
 ……ジンジャーブレッド、か。いくらコピーでも、やはり彼もまた一人のレーサーと言うことか〉
〈リオンドさん? ……何か言ったかしら?〉
 後半の言葉が、うまく聞き取れずに、レイは改めて聞き直す。
〈……いや、大したことないさ。それより我々は、彼らのラストスパートを、見守ろうではないか〉
 だがリオンドは、そう言って誤魔化す。
 レイは少し、気にするも――
〈ま、いいか。
 確かにリオンドさんの言う通り、まだレースも残っているし、私たちも応援しなきゃね〉


 そう。残るレースも、あと少し。
 レイもリオンドも、司会と実況の立場もあり、レーサー達最後の勝負を見守る。



 ――――

 戦闘で首位争いをするのは、フウマとシロノ。
〈くくっ! 僕も今度のレースで、僕も成長したんだよ!〉
 二人の機体、テイルウィンドとホワイトムーンは、横に並び拮抗していた。
「――たしかに、今回のG3レースでは、随分健闘しましたね」
〈そう言うこと! ……ていっ!〉


 一瞬、テイルウィンドは優勢となり、機体はホワイトムーンを追い抜いた!
「まさか!」
 フウマが追い抜きを見せ、シロノは驚愕する。
〈どうだい、これで僕も、シロノと同じくらいのプロレーサーってことかな〉
 得意げに、そう言うフウマ。
 対してシロノは……。
「確かに、凄いですね。しかし――まだまだっ!」
 彼は操縦桿を倒し、加速をつける。
 そして得意げだったフウマのテイルウィンド、さっきは追い越したが、再びその同列へと並んだ。
〈やっぱ簡単には、行かないみたいだけどさ、先までは行かせないよ!〉

 

 ――やはり今のフウマでは、一筋縄では行かない、ですか――
 シロノでも苦戦していた、まさにそんなさ中。
 ホワイトムーン、テイルウィンドのすぐ背後まで、高速で迫って来た一機の、深紅色の機体。
 それは紛れもなく、マリン・フローライトの愛機、クリムゾンフレイムだ、
〈私を忘れてもらっちゃ、困るわね!〉
 威勢のいい彼女に、シロノは微笑む。
「もちろん。忘れられるわけが……ありません!」
 これにマリンもまた、ニッと笑い返した。
〈それは何より! ――シロノ! レースもだけど、もし私が勝てたら、ちゃんと私のモノになってよね!〉
 マリンはニヤッとした表情で、そう言った。
 これにはシロノも苦笑い。
「そこはいつも通りなのですね、マリン」
〈当然でしょ! レースは大詰めだし、シロノも張り切っているしね。そんなシロノに、私は勝ちたいってことよ!〉



 クリムゾンフレイムは、その持ち前の高加速で、ホワイトムーンとテイルウィンドの、すぐそこにまで迫り来る。
〈くっ! ……マリンさんまで〉
 これにはフウマも、タジタジ。
〈残念だけど、あなただけに良い恰好はさせないわよ。優勝するのは、私なんだから!〉
「負けられないのは、私も同じ、ですよ。
 ――ですが」

 
 後方を見ると、フィナ、リッキーの更に後方に――ジンジャーブレッドの姿があった。
〈……ジンジャーブレッドさん、やっぱり調子、悪いのかな?〉
 これに、心配するような、フウマ。
 それはシロノも、また同じ気持ちだ。
「ええ。レースをともに再開したのがいいのですが、身体がやはり――」
〈相変わらず、ジンジャーブレッドさんの身体は『退行』を続けている。
 レースまでは保つって言ってたけど……心配だよ〉
 二人は、ともに彼に対して、ある事を気にかけていた。



 ――――

 ――ううっ……はぁっ! やはり、私はっ! ――

 自らの身体が、ゆっくりと縮んで行く感じ、全身の筋肉と骨格、神経系の縮小による、苦痛が襲う。
 

 今や、先頭には五機の機体が飛行しており、周囲のレース機の中では、一番順位が下である。
 ――もう身体も、思うようには行かないか。神経接続も、困難に――
 そう、実際に彼の体は『縮んで』いた。
 元々クローンとして生み出された彼は、人為的な調整と、人機一体システムの使用による負荷がかかっていた。
 

 いくらクローンを作ったとは言え、その適正はオリジナルに及ばずに強化も施され、何とかオリジナルに手が届くほどになったものの……負荷とそして、副作用が起こっていた。
 それは肉体の、退行現象――。機械に覆われ見えないものの、今や彼の身体は十七歳の少年になるまでに、退行していた。
 副作用は今まで薬品で、どうにか抑えてはいたが、もう限界だ。
 ……いや、すでに限界を過ぎているが、どうにか気力でギリギリ持ちこたえているような、そんな状態だ。
 だがそれでも――。


 
 ――私は最後まで、持てる限りの全力を尽くすのみだ!――
 ジンジャーブレッドは全神経を集中し、再びレースへと……。



 ――――

 ――ジンジャーブレッドめ、やっぱり無理しているじゃないかよ――
 リッキーは、背後を飛行するジンジャーブレッドに、苛立ちを隠せずにいた。
 ――体に無理をかけてるとは思ってはいたものの、やはりもう……無理なんじゃないか?――
 確かに、もはやジンジャーブレッドは満身創痍。
 リッキーのワールウィンドはお得意の加速で、後方より迫ろうとするブラッククラッカーを振り切ろうとする。
 今のジンジャーブレッドなら、十分にリッキーにも勝機があると、そう考えていた。
 

 
 ……だが、そのような期待は、裏切られた
 高速で飛行するワールウィンドだが、大気の流れに乗り、ブラッククラッカーは出力を一気に上げて急接近を始めた。
 ――くっ! 一気に攻めるか。だが今の状態では、俺を抜くことは――
 そうリッキーは考え、ディフェンスをかけるべく動作を行おうとした、その瞬間。
 

 ディフェンスをするよりも、早く、ブラッククラッカーはワールウィンドを追い抜いた。
 それはたった、数秒の出来事。リッキーには成すすべがなかった。
 ――野郎……心配して、損したぜ。やっぱり伝説のレーサーは、伊達ではないと言うことだな――
 リッキーは敗北して悔しさがあったが、同時に安堵もまたあった。
 ――さて、ここは油断した、俺のミスだ。……残りはこっちも、もっと張り切らないとな。
 G3レース、最後のクライマックスでもあるんだからよ!――
 だがリッキーもまたレーサーだ。ラストスパートまで、全力で行く。



 ――――
 そしてまた、フィナの方も。
 ――ゴールまで、あと少しですね――
 大海原の真上を、飛行するレース機の数々、フィナのアトリもその中の一機。
 彼女は現在四位。……なかなかに、厳しい状態だ。
 ――ちょっと大変、かもしれないけど、私だってまだ出来るんだから――
 

 
 そう、先頭を行くのは、クリムゾンフレイムに、ホワイトムーンに、テイルウィンド。
 どちらもこのG3レースを潜り抜けた、プロレーサーの機体だ。
 ――皆さん、本当に凄いですね。けど私も、お姉ちゃんの分まで頑張らなきゃだしね――
 フィナは、途中でリタイヤとなった、ティナのためにも頑張っていた。


 ここで引き下がれない……そんな中、ジンジャーブレッドのブラッククラッカーが彼女に迫る。
 ――いくらジンジャーブレッドさんが、相手だったとしても――
 向こうの機動力は、人機一体システムにより桁外れの性能であるものの、アトリもまた引けを取らない。
 

 両機はその機動力を生かし、攻防を繰り広げる。
 アトリはブラッククラッカーに、先を越されないように、相手と渡り合う。
 ――私は、トゥインクルスター・シスターズのフィナ! そう簡単に……っ!
 だが、ジンジャーブレットとそして、ブラッククラッカーが上手だった。
 アッと言う間に、ブラッククラッカーが圧して行き、そして――ついに彼女の機体を、越して行った。


 ――くっ! してやられたわ! さすがジンジャーブレッドさん……ですね――
 視線の先には、ブラッククラッカーが追い抜きそして、先を行く三機へと、迫るのが見える。
 ――残るは、あと少し……ですしね。やっぱり皆さん、頑張ってますね――
 そしてそれは……自分も同じ。フィナもまた、レースに集中し直す。
 追い抜いたブラッククラッカーに、向かって行くアトリ……そしてその後ろからは、リッキーのワールウィンドも同様であった。


 ―――

  いよいよ、遥か遠くに――ゴールが見えて来た。
 それは出発地点と同じ地点、オーシャンポリスに浮遊する、巨大な黄金リングだ。
 最も……それはずっと遠くに、点に近いくらいの小ささで、見えるくらい。
 ようやく最後の最後の、ラストスパートである!
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