テイルウィンド

双子烏丸

文字の大きさ
上 下
193 / 204
最終章 レースの決着

―それでも

しおりを挟む
 ――――

「そんな。じゃあ、あのジンジャーブレッドさんは……」
 同じころ、本物のジンジャーブレッドから話を聞いていた、ミオたち。
「レースに出場していた方は、まさかそのクローン、だったとはな。
 まさかこの私が、気付きもしなかったとは、な」
 レースの実況をしていたリオンドもまた、この事実に驚愕した様子である。
 かつて現役だった頃に、彼はジンジャーブレッドとも戦ったこともあった、加えて実況と言う立場もあり、この事に気づきもしなかったことに……我ながら以外な様子だった。
 ジンジャーブレッド、いや、本名ジンデ・ブレンディーはリオンドに顔を向け、微笑みを見せる 


「……リオンド・マーティス。君とも昔、何度もレースをしたものだ。あの頃のレーサーとしては、恐らく一、二を争う……強敵、であったな」
「お褒めに預かり、光栄だ。――だが、まさかあのジンジャーブレッドがこんなに……」
 確か、年齢としてはリオンドと近いはずだ。
 だが……この車椅子の男は、彼よりも二十、いや三十も老けたような印象だ。


 ジンデは、複雑な様子で、言葉を発する。
「驚くのも、無理はない。
 実は私は……ある時に病が発症してな、筋肉組織と各器官、神経系の原因不明の衰弱を伴う、不治の病だ。
 丁度、二十七年前。あの時から私の身体は徐々に衰弱していてな、レースから姿を消したのも……まさに、そのためだとも」
 今明かされた、彼の真実。
「そんな。――でも、それとレースに出ている、あのジンジャーブレッドと、一体何の関係が」
 今度はアインが、そう訪ねた。
 確かに不治の病にかかり、もはやレースを続けられない状況
に陥ったのは事実だろう。
 ……しかし、それと今の状況が、どう結びつくのかは、分からない。
 

 だがこれにも、理由があった。
 ジンデの表情には、暗い陰が差す。そして説明を、続ける。
「もはやこの身体では……レースに出ることは叶わなかった。だが、それから数十年経とうとも……叶うことなら再び、常勝無敗の伝説のレーサーである、ジンジャーブレッドとしてレーサーに出れたらと――ずっと願っていた」
 まだまだこれからであると言うのに、病によりたった三年で、突然選手生命を絶たれた彼。
 考えれば、その未練は、並大抵のものではないはずだ。
「そんなさ中、ゲルベルト重工の人間がやって来た。
 奴らが持ち掛けたのは……私の遺伝子サンプルと引き換えに、『ジンジャーブレッド』のレース復帰を提案した。
 ……目的は、私のクッキーを元にした、新型戦闘機の開発だ。だが、クッキーの人機一体システムは、並大抵の人間が扱える代物ではない。そこで私の脳髄の一部をクローンとして生産し、生体コンピューターとして搭載する予定……であったのだ」



「はんっ! 聞けば全く、ゾッとする話だぜ」
 思わずティナも、嫌な表情を浮かべる。
 ジョセフもその様子に、苦笑いする。
「これがゲルベルトのやり方さ。人間そのもののクローンは、社会的に禁じられているわけだが、その一部だけならギリギリセーフってわけだ。そしてジンジャーブレッドの脳を載せた戦闘機が、兵器として売れれる……と。
 まぁ、ベットで子供に読み聞かせたい、話じゃあないな」
 そんな会話をする、二人。
 するとアインが――ある事に気づく。 
「ですが、人間のクローンが禁止されているなら、あのジンジャーブレッドだって……」
 彼の言葉に、ジンデもまた、頷く。
「ジンジャーブレッドの復帰とは、予め病となる要素を排除した私のクローンを生み出し、私に成り代わる……と言うことだ。
 向こうもプロトタイプのブラッククラッカーを、操縦するパイロットが必要だった。彼は一つと言うわけだ。
 代わりに私の存在は、なかった事にしてもらってな。病気にかかってからの記録も、ゲルベルト重工が手を回して全て削除して貰った。
 つまり、事が上手く行けば、クローンの方が本物として、これから活躍することに、なるはずだったが……」


「ま、それもゲルベルトの逮捕によって、水の泡だね。
 そうでなくても、クローンの身体には、限界があった。
 確かに病気となる遺伝的要素は排除したものの、無理に改変を加えたせいでその身体は不安定。それに幾らクローンでも、オリジナルのように人機一体型のシステムを使いこなすには、至っていないようだった。
 使う度に全身の負荷がかかり、このG3レースを行うだけでも、もはや精いっぱい。どの道上手く行く計画では、なかったんだ」
 ジョンの言う通り、結局彼はゲルベルトに利用されていたに、すぎなかったのだ。
「……とにかく、この事をレーサーにも、伝えないとね。ゲルベルトの不正行為は、とっくに明らかにされた。もう最後の最後だけど、クライマックスぐらいは。ちゃんとやらせたいだろ?」
 やはり辛そうな、ジンデではあったが……。
「私からも……そう願う。もはやこうなった以上、彼らには迷惑をかけられないからな」
「……ジンデ、さん」
 ミオは気に掛けるも、これはもう、彼自身の問題だ。彼女が口を挟めることでは、ない気もした。
 そしてジョンが、様子を見て、話しを切り出した。
「さて、と。そろそろ彼らにも、伝えることを、伝えないとね。
 ……思うことは、分からなくもないけど」



 ――――

 それは、前半戦が始まる前の、出来事だった。

 あの時フウマが、スカイガーデンポリスの格納区画で、ブラッククラッカーの中に入った時、そこにいたのは苦しそうに呻き、顔を抑えるジンジャーブレッドであった。


 ……そして、彼がフウマに顔を向けた、その時。
 ジンジャーブレッドが見せた、顔の半分――恐らく激痛のあまり、かかじったせいなのだろう――、それは破けて皮膚がだらりと下にさがり、そこから若い青年の素顔が露わになっていた。
 顔の半分は、壮年の男性であるのに対し、もう半分はそれよりもずっと若い、青年の顔。
 それはあまりに――異質であった。

「ジンジャーブレッドさん。……その、顔は」

「――見たな」

 息を荒らげながら、ジンジャーブレッドは睨む。
 これに、戸惑うフウマ。

「でもこれは、一体何なのさ」

「いいから出ていけ。君には、関係な……ぐうっ!」

 再び痛みが襲い、ジンジャーブレッドが苦しそうに胸をおさえる。

「大丈夫!? さっきから、ずっとそんな感じでさ……」

 フウマは傍に駆け寄り、彼の容態を気に掛ける。
 しばらく呼吸が乱れ、呻くも、再び落ち着いた様子のジンジャーブレッドは、申し訳なさそうな表情を見せる。

「……すまない。私のことを気にかけてくれたのに、な」

「僕は、気にしてないさ。それより――ジンジャーブレッドさんは、どうしたの? 
 もし辛いなら、医者に見てもらった方が……」

 だが、ジンジャーブレッドは首を振る。

「いや、いい。これも私の身体に――ガタが来たにすぎない」

「ガタが来ただって!? どう言う、ことなのさ」

 その問いかけに、彼は躊躇いを見せるも、覚悟を決めたように口を開く。

「仕方ない、か。……ここまで来たからには、話すしかあるまい」

 そしてジンジャーブレッドは、自分の身の内を、話し始めた。


 
 ――――

「まさか……そんな事って」
 ジンジャーブレッドの正体は、オリジナルのクローン。
 そしてその目的は、ゲルベルトによる新型戦闘機のプロトタイプ、ブラッククラッカーのパイロット兼生体ユニットとしての役目を、果たすことにあった。
「だがそれが、事実だ。……だが、この事はどうか、他言無用に頼む」
「それはいいけど、でも、身体は――」


 話によると、その身体はもう、限界に近いらしい。
 恐らくこのレースを行えば、本当にどうなるか……。
「それでも、私はレースを続けたいのだ。
 確かに、本物のジンジャーブレッドでは、ないかもしれない。
 ……しかし、一人のレーサとして、最後までやり遂げたい。ゲルベルトの思惑とは、関係なくな。
 それに今は、私こそがジンジャーブレッドだ。その名を託されたからには、退くわけには、行くものか」
 

 そう、経緯はどうであろうとも、彼の信念そして、レースにかける思いはまさに――レーサそのものだ。
 まさに彼は、ジンジャーブレッド、あの伝説のレーサーの名を、引き継ぐだけの資格があった。
「……あなたは、そこまでして」
「もし君が、私と同じ境遇であったとて、きっと……同じ思いを抱くはずだ」
「それは――」
 フウマには、返す言葉がなかった。


「つまり、こう言うことだ。
 ――これから、後半戦が始まる。フウマ、そこでまた君と戦いたい、どうか……また私と相手をしてくれると、約束して欲しい」
 彼――ジンジャーブレッドは、深々と頭を下げる。
 ここまで言われた以上、同じくレーサとして、返す言葉はたった一つ。


「分かった。レースの最後まで、共に頑張ろう」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転校生

奈落
SF
TSFの短い話です

タイムワープ艦隊2024

山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。 この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

政略結婚で結ばれた夫がメイドばかり優先するので、全部捨てさせてもらいます。

hana
恋愛
政略結婚で結ばれた夫は、いつも私ではなくメイドの彼女を優先する。 明らかに関係を持っているのに「彼女とは何もない」と言い張る夫。 メイドの方は私に「彼と別れて」と言いにくる始末。 もうこんな日々にはうんざりです、全部捨てさせてもらいます。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

正妃に選ばれましたが、妊娠しないのでいらないようです。

ララ
恋愛
正妃として選ばれた私。 しかし一向に妊娠しない私を見て、側妃が選ばれる。 最低最悪な悪女が。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

処理中です...