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第5章
理由
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チロルを大好きなお散歩に行かせない程の何か。
それは一体?
「宇都さん、チロルがお散歩に行かなくなった時どうなさいました?」
「どうって……。すごく心配しました。どこか具合が悪いんじゃないかとか、病気なんじゃないかとか」
「心配で心配で、どなたかに相談なさいませんでしたか?」
「……前の主人に。獣医をしているものですから。普段はそんなに連絡をしませんけど、杏里やチロルに何かあった時は一応。でも、今回ばかりは獣医である彼にも分からなかったみたいで」
「そうですか。ちなみに、杏里さんは獣医である元旦那さんと一緒に暮らしているんですね?」
「ええ」
「杏里さんが宇都さんのお家に遊びに来る事はありますか?」
「まぁ、それなりに。家にはチロルもいますから、来た時は遊んでくれているみたいですけど」
「家におやつは?」
マリさんの質問に、その場にいる皆がぽかんとした。
「おやつ……ですか?」
「はい、おやつです」
マリさんはいつも通りの笑顔で言う。
私は内心冷や冷やしていた。この突拍子もない質問は宇都さんの神経を逆なでしないだろうか。ただでさえ、ロビンソンを訪れるのを渋っていたのに。
けれど、意外にも宇都さんはマリさんの質問に真面目に答えた。
「毎日来る訳ではないので常備はしていませんけれど。おこづかいはあげているので、それで欲しいお菓子等は買う様にしてるわよね、杏里」
宇都さんが杏里ちゃんに向かって、同意を求める。
杏里ちゃんは黙って、グラスの中の氷を見つめている様だった。
「それでは、学校帰りに杏里さんは宇都さんの家に寄ろうと思えば寄る事が出来、自分の好きなお菓子をもらったおこづかいから買う事も出来るんですね」
「はい」
「それでは、今度は杏里さんにお尋ねします」
不意をつかれた杏里ちゃんが顔を上げる。
「チロルはメロンパンを喜んだかな?」
彼女の顔が蒼白になった。
私や柊真君、花梨ちゃんは何も言わない。いや、言えない。だってマリさんが何を言っているのかが分からない。もちろん宇都さんだってそうだ。だけど、誰もが思っていた。
杏里ちゃんの表情。
ただ事ではないと。
「メロンパン……」
宇都さんは呟くように言うと、マリさんに、いや半分は杏里ちゃんに向かって叫んだ。
「それはないわ! 杏里がチロルにメロンパンをあげたか聞いていらっしゃるんですよね? 私は常々言っていたもの。チロルの身体の為にも人間の食べ物はあげないでって。変な事おっしゃらないで下さい」
マリさんは眉を八の字にして、そんな宇都さんを見つめた。
私はてっきり宇都さんの勢いに驚き、呆れてのその表情かと思っていたけれど、そうではなかった。
マリさんは徐に杏里ちゃんの方をみて、案じる様に尋ねた。
「杏里さん、言いにくかったら私から説明します。でも……それでいいですか?」
自分の膝の上で杏里ちゃんがぎゅっと自分の手をもう片方の手で握っている。
マリさんのその発言に、ついに宇都さんが切れた。
「黙って聞いていれば可笑しな事ばかり! もう十分だわ。帰るわよ、杏里!」
宇都さんが立ち上がる。
杏里ちゃんは動かない。
動かないで、マリさんに視線を向けていた。
その視線を、不安げに揺れる杏里ちゃんの視線をしっかり受け止めて、マリさんが頷く。
絶対、大丈夫。
そう言っているかの様だった。
鋭い宇都さんの声が空間を裂く。
「杏里!」
「だって!」
叫んだのは杏里ちゃん。よく通る高めの声が、時を止めた。
「だって、こうでもしないとお母さん、お父さんと話そうとしないでしょ?!」
目元を赤くして、今にも溢れ出しそうな涙を堪えながら杏里ちゃんは宇都さんを見上げた。
それは一体?
「宇都さん、チロルがお散歩に行かなくなった時どうなさいました?」
「どうって……。すごく心配しました。どこか具合が悪いんじゃないかとか、病気なんじゃないかとか」
「心配で心配で、どなたかに相談なさいませんでしたか?」
「……前の主人に。獣医をしているものですから。普段はそんなに連絡をしませんけど、杏里やチロルに何かあった時は一応。でも、今回ばかりは獣医である彼にも分からなかったみたいで」
「そうですか。ちなみに、杏里さんは獣医である元旦那さんと一緒に暮らしているんですね?」
「ええ」
「杏里さんが宇都さんのお家に遊びに来る事はありますか?」
「まぁ、それなりに。家にはチロルもいますから、来た時は遊んでくれているみたいですけど」
「家におやつは?」
マリさんの質問に、その場にいる皆がぽかんとした。
「おやつ……ですか?」
「はい、おやつです」
マリさんはいつも通りの笑顔で言う。
私は内心冷や冷やしていた。この突拍子もない質問は宇都さんの神経を逆なでしないだろうか。ただでさえ、ロビンソンを訪れるのを渋っていたのに。
けれど、意外にも宇都さんはマリさんの質問に真面目に答えた。
「毎日来る訳ではないので常備はしていませんけれど。おこづかいはあげているので、それで欲しいお菓子等は買う様にしてるわよね、杏里」
宇都さんが杏里ちゃんに向かって、同意を求める。
杏里ちゃんは黙って、グラスの中の氷を見つめている様だった。
「それでは、学校帰りに杏里さんは宇都さんの家に寄ろうと思えば寄る事が出来、自分の好きなお菓子をもらったおこづかいから買う事も出来るんですね」
「はい」
「それでは、今度は杏里さんにお尋ねします」
不意をつかれた杏里ちゃんが顔を上げる。
「チロルはメロンパンを喜んだかな?」
彼女の顔が蒼白になった。
私や柊真君、花梨ちゃんは何も言わない。いや、言えない。だってマリさんが何を言っているのかが分からない。もちろん宇都さんだってそうだ。だけど、誰もが思っていた。
杏里ちゃんの表情。
ただ事ではないと。
「メロンパン……」
宇都さんは呟くように言うと、マリさんに、いや半分は杏里ちゃんに向かって叫んだ。
「それはないわ! 杏里がチロルにメロンパンをあげたか聞いていらっしゃるんですよね? 私は常々言っていたもの。チロルの身体の為にも人間の食べ物はあげないでって。変な事おっしゃらないで下さい」
マリさんは眉を八の字にして、そんな宇都さんを見つめた。
私はてっきり宇都さんの勢いに驚き、呆れてのその表情かと思っていたけれど、そうではなかった。
マリさんは徐に杏里ちゃんの方をみて、案じる様に尋ねた。
「杏里さん、言いにくかったら私から説明します。でも……それでいいですか?」
自分の膝の上で杏里ちゃんがぎゅっと自分の手をもう片方の手で握っている。
マリさんのその発言に、ついに宇都さんが切れた。
「黙って聞いていれば可笑しな事ばかり! もう十分だわ。帰るわよ、杏里!」
宇都さんが立ち上がる。
杏里ちゃんは動かない。
動かないで、マリさんに視線を向けていた。
その視線を、不安げに揺れる杏里ちゃんの視線をしっかり受け止めて、マリさんが頷く。
絶対、大丈夫。
そう言っているかの様だった。
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「杏里!」
「だって!」
叫んだのは杏里ちゃん。よく通る高めの声が、時を止めた。
「だって、こうでもしないとお母さん、お父さんと話そうとしないでしょ?!」
目元を赤くして、今にも溢れ出しそうな涙を堪えながら杏里ちゃんは宇都さんを見上げた。
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