カフェ・ロビンソン

夏目知佳

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第1章

女店主、マリさん

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「マリちゃんはネーミングセンス無ぇからなぁ」
新聞を広げていたおじさんがカカッと笑い声をあげた。
すると、1人掛け席に座っていた二人の女性がそれぞれ吹き出した。
2人とも手で口元押さえ、必死に堪えている。
「宮司さんには言われたくない。ちょっと今私を笑っている人達、お代は2倍でお願いしますね」
カウンターの奥で作業していた『マリさん』は腰に手を当て、私たちの方を睨んだ。口元は笑っている。
アップにした髪、黒縁の眼鏡。スカイブルーのシャツを襟を抜いて、腕まくりして着こなしている。
ほっそりとした首筋はどこか儚い印象を受けるのに、冗談を言う口ぶりはハキハキとしていて姉御肌っぽい。
なんとなく、着物が似合いそうだ。
「マリさんがウチ喫茶店っぽいメニューばかりだからちょっとカフェの風を吹かせてみたいって言って考案したパンケーキなんですよ」
「眼鏡屋さんの前にあった黒板を見て気になって来たんです」
それを聞いて、マリさんが明るい声をあげる。
「ああ、良かったね! 柊真君。やっぱり柊真君が書いて正解」
「え! あの字、君が書いたの?」
私は驚いて声をあげた。
ウエイター君もとい月野柊真君が項垂れる。
「好きで書いたんじゃないですよ。マリさんは英語の筆記体は上手いのに日本語は俺以上の悪筆だし、花梨ちゃんは逆に達筆過ぎて書道展みたいになるし、1番カフェっぽくなったのが俺の字で……」
意外過ぎる。
「私の経験から言って字の下手な男は良い人間である事が多いわよ。上手過ぎるのは信用ならないわね」
「褒めてるんですか。貶されてるんですか」
「褒めてる褒めてる」
マリさんはしょげてしまった柊真君を適当に励ますと、私ににっこり笑顔を向けた。やっぱり、涼し気な和風美人だ。
「もちろん、お望みであればロビンソンオリジナルシンプルプレーンなパンケーキもお出し出来ますよ。お試しになってみませんか?」
私は、プレーンのパンケーキをお願いする。
マリさんの言う通り、パンケーキはふわっふわだった。
添えてあるミルクピッチャーの中にとろりとした蜂蜜がたっぷり入っていて、1枚はプレーンでペロリ。
もう一枚は贅沢に蜂蜜付けにして食べた。これだけゆっくりと気兼ねなくお昼を食べたのは久しぶりだ。
パンケーキと一緒にホットミルクも頼んだら、柊真君がそっと教えてくれた。
「そのミルク、余った蜂蜜をちょっと入れてみると激ウマですよ」
試してみると、ふわりと良い香りが鼻に抜けて、少し香ばしい風味がした。
どこのミルクですか? この蜂蜜、どこに売ってるんですか? と感動する私に、マリさんはふふっと笑って、人差し指を唇の前に添える。
「その魔法のミルクは企業秘密です。ぜひ、また飲みにいらして下さいね」
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