カフェ・ロビンソン

夏目知佳

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第1章

憂うつな気持ち

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今日何度目か分からない溜息を零す。
仕切られたデスクの隙間から、向こう側を覗く。3年先輩の宇都さんの後ろ姿。営業の松村さんから頼まれたコピーを取っている様だ。
胃がキリキリ痛む。卓上カレンダーを見たら17日だった。
宇都さんが私にブチ切れた日からもう3日経つ。その間、全く口を聞いてもらえなかった。男性社員はともかく、他の女子社員はとうにその険悪さに気づいていて、「どうしたの? 喧嘩?」なんて言われる始末。しかも、宇都さんが詳細を語ったのかどうか定かじゃないけれど、「早く、謝った方がいいんじゃない?」と同期の金田えりにはそんな助言すらもらった。謝る事は簡単だ。これでも大人だもの。社会人だもの。理不尽な思いなんて会社で幾度も経験している。
でも、と思う。
こればっかりは、どうも納得出来ないのだ。


★★★


会社にいるのが気づまりで、昼休みはちょっと外へ出る事にした。
宇都さんと揉める前までは4~5人の女性グループで社内の食堂でお喋りしながら食べていたのだけれど。今はそれも出来そうにない。
睨みを利かせた宇都さんが鉄壁のガードで私が近づくのを許してくれないから。ついこの間まで1番親しくしていた先輩だけに、あんな態度を取られるのは辛い。
社員証を持って、エレベーターで1階に降りる。林立するビル群を少し離れれば、ビジネスマン向けの飲食店が今日も大盛況だ。
胃の調子を考えて温かいうどんにしようという考えは店の近くまでやって来て打ち砕かれた。
入口の前に並べられた5脚の椅子は全て埋まり、立ち並んでいるサラリーマンは手持無沙汰でスマホを眺めている。
回転率が良い店だとはいえ、昼休みは有限だ。効率的にいきたい。
「パンでも食べようかな」
もう少し歩けば、イートインコーナーのあるベーカリーがある。
丁度昼時で混んでいそうな気がするけど、こちらのうどん屋さんよりはまだマシだろう。気分を切り替えて歩き出す。
ビル風が髪をなぶっていく。春先とはいえ、まだまだ風は冷たい。
数メートル進んだところで、あるお店の前に小さな黒板が木製のフレームに立てかけて置いてあるのに目がいった。
「眼鏡屋さん?」
透明な入口ドアには早見眼鏡店とある。
覗いてみると、店の奥ではメタルフレームの眼鏡をかけた男の人が接客をしている。
もう1度足元を見遣る。
小さな黒板に控えめな上向きの矢印が記してある。その下に女の子らしい丸っこい字で『パンケーキ有ります』の文字。
「もしかして、こっち?」
眼鏡屋さんの入口の近く、狭い階段がひっそりと2階へ続いている。
小さな照明と階段の隅にちょこんといる青い鳥のフィギュア。まるで、小鳥がこっちにおいでと誘っている様な。
どうしよう。上がってもいいのかな?
パンケーキあるって書いてあるから多分飲食店だよね?
迷ってうろうろしている私の影が眼鏡屋さんの入口ドアに映る。
み、見事な不審者ぶり。
私は、思い切って、1段目に足をかけた。人がいなかったら急いで駆け下りてベーカリーに行けばいい。
踊り場まで駆け上がった私は、その先にオレンジの温かい室内灯を見て、ほっとした。どうやら営業中らしい。
木製のドアは水色。さっきの小鳥と同じ色だ。木のプレートがぶら下がっていて、優しい筆跡で、カフェ・ロビンソンとあった。
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