秀才くんの憂鬱

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Break Time 5

Break Time 5 ☕️ 賛(現代社会人の日常)

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※本文に関係ない話なので興味のない方は飛ばして大丈夫です


プロポーズ


これは、今から4年半前に遡る。

 俺は、入念にポケットを確認する。ジャケットのポケットには、婚約指輪。
仕事柄、こういうきちんとした服を着ることは少なくて、上下セットアップのジャケットや、スーツを着るのは参観日くらい。

なん着と選べる程の種類はないが、今日は、紺色のジャケットに中は白色の薄手のセーター。くつは、黒っぽい革靴。悩んだ末に無難な服装になった。


「今日、俺は、日美にプロポーズするんだ」
自分の言葉で、自分を落ち着かせる。


 日美の家の前について、ピンポーンとインターフォンを鳴らす。
インターフォンごしに人が出ることはなく、俺が着いたと同時に、紺色のワンピースを着た日美が玄関から出てくる。
「お待たせしましたー」
日美はカチャカチャと鍵をしめる。
「全然、待ってないよ」

日美と一緒に駅まで徒歩で向かう。日美の家は、賛の借りてるアパートから駅に向かう道にある。
日美の家から片道20分。
「お店、何時って言ってたっけ?」
「7時」
「夜景が綺麗なんでしょ、ネットで先にちょっと見てみた」
「うん、ビルのなかにあるレストランでさ」
「見てみたいなー、やっぱり、ロマンチックだし。賛がそういう店に行こうって珍しくない?」
確かに、思い返してみれば、近所の居酒屋なんかでデートはあっても、ドレスコードのあるような立派なお店にいくのはこれが初めてかもしれない。
「あー、そうかもね。やっぱり、お互い朝も早い仕事だし、なかなか、そういうチャンスないじゃん?」
「まぁね、やっぱり、平日は基本無理だしね」
日美は薬剤師であり、平日、水曜日以外と土曜日が基本的に出勤日。賛は、小学校教師で平日と時々土曜日が出勤日。日曜日しか、二人で一緒にデートするのは難しいのである。
「うん」


 駅に着いて、交通系ICで改札をくぐって、市街地へ向かう電車に乗り込む。休日の昼とあって、席にはまばらに人がいるが、座れないほどではない。

13駅程過ぎてから、電車を降りる。

ホームから出てくると、空はすっかり暗くなっていた。でも、都会って、日が沈んだ後だっていうのにまだまだ明るい。

「賛」
日美が僕の名前を呼ぶ。
「うん?」
「服、似合ってるね」
「ありがとう、マジで、この一週間くらい本気で悩んでたからさ、似合ってるって思ってもらえて、ひと安心だわ。日美のは、俺らが初めて出会ったときの」
「えー!なんで、覚えてるの?」
驚いた様子の日美。
「そりゃ覚えてるよ、それ着て、小学校来たじゃん?俺、その時、日美のこと綺麗な人だなって一目見て思ったんだから」
ちょっと照れて赤くなった賛。
「またまたご冗談を。このワンピースは気に入ってて」
「よく似合ってるよ」
「ありがと」
二人は恋人繋ぎをしながら、ビルへと向かう。

 11月の初頭、日が落ちれば、ビルとビルの間を吹き抜ける風は少しばかり冷たいが、がくがくと震えるほどではない。それでも、二人は寄り添って並んで歩く。


 ビルに到着して、エレベーターに乗り込んで、26階のボタンを押す。静かなエレベーターは一瞬で26階まで賛たちを運ぶ。

「26階です」
エレベーターホールから既に夜景が見えている。出てすぐのところに、雅な花が置かれていて、高級感が漂う。

26階には3つのお店があり、今日はそのうち一店舗。和食コースを楽しめる、だいどう という店。某国大統領夫妻も来店されたことがあるのだとか。

「ご予約名をお伺い致します」
「九条です」
「九条様ですね、どうぞ、ご案内致します」

全席夜景が綺麗に見れる作り。贅沢な空間の作りをしている。高級店ともなると、足元の絨毯でさえ質感が異なる感じがする。

案内された席に座る。
「飲み物は、何にする?」
「う~ん、じゃあ、私はこの日本酒で」
「じゃあ、俺は、こっちの日本酒にしようかな」
「あー、それ、私も迷ったやつだ」
「じゃあ、一口交換こしない?」
賛の提案に日美は親指を立てて、ニコッと笑った。


 刺身にすき焼きに蟹、一日でこんなにも高級食材を口にすることはない。どれも、美味しい。ただ、ポケットの中の物と、日美を目の前にすると、緊張してしまう。

「賛、なんか緊張してる?」
「え?う、ううん、あ、こっちの柚子の食べた?凄く美味しかったよ」
日美に心を見透かされたみたいな感じがして、とっさに嘘をついて、話題を変えてしまう。
「私は、ちょっと緊張してるよ」
微かに頬を赤く染めた日美はフフッと微笑んだ。
「え?どうして?」
「どうしてかなー? ん!確かにこの柚子の美味しいね」
「だよね!」
子供っぽい笑顔を見せた賛。



最後、デザートが運ばれてくる。
季節のフルーツを使った大福。上に抹茶の粉がかかって、色合いも素敵だ。
「なにこれ、可愛い」
「この時期はシャインマスカットを使ってるんだって」
「へー」
日美は大福をつまみ上げるように持ち上げて、ハムッと噛む。シャインマスカットを包む白い求肥が伸びる。
「美味しい?」
「最高」
「じゃあ、僕も」
モグモグと噛んで味わう。確かに、美味しい。

運ばれてきた全ての料理を完食する。

テーブルに残ったのは、二杯の酒。窓の外には夜景が広がる。日美は、夜景をうっとりと眺める。少々、酔いが回ったのか、耳の先が少しピンク色になっている。

「賛」
「日美」
 
同時に互いの名前を呼んで、声をかけてしまう。
「どうしたの?先に」
「ううん、賛が先に言って」
「あー、えっと、えっと、こ、このあと、どうする?って聞きたくて、今、9時だから、まだ、終電とかまで時間ならあるし」
俺のバカ!なんだよ、意気地無し。
ここまで、やって来て、プロポーズしない。そんな話があるか。今日は、日美にちゃんと、「結婚してください」って言うんだろ?俺。
「う~ん、せっかく、ここまで着たなら、海の方まで歩く?」
「結構、距離あるよ?」
このビルから海までとなると、3キロ以上はある。
「良いじゃん、賛とちょっとでも、長い間一緒にいたくて」
日美は、机の上にある賛の手をそっと握った。


「俺、ずっと日美と一緒にいるよ」


何気ない調子で当たり前のことのように賛はそう言った。
 日美は「えっ」と驚いたような顔をする。
日美の鼓動は速まる。世界から賛の言葉以外の音が消えて、視界に入る夜景なんか気にならなくなって、ただ、全神経が賛に集中する。

賛自身、自分から飛び出した言葉に驚く。
でも、後悔は無い。

「あ、えっと、その、これは、」
照れやら緊張やらで日美をまっすぐ見ることができない。

「分かってるよ、でも、聞かせて」

日美の一言が俺のいろんな感情を一つ、一番大事な気持ちにまとめる。

俺は、顔をあげて、日美をまっすぐに見る。

 うん、俺は、この人を一生愛している。一番側で、一番幸せにする。俺らで幸せになる。


「俺と結婚してください。日美を愛しています、この世界の誰よりも」
ポケットから取り出した指輪の箱を、日美の前でパカッと開ける。


日美の瞳に、透明な涙がたまっていく。日美は、少し目元を押さえてから、満面の笑みを見せた。

「よろしくお願いします」

そう言ってから、日美は指輪を手にとる。左手の薬指にそれをはめる。
日美は大切そうにそれを見る。

「キラキラ、賛、ありがとう」
「こちらこそ、指輪、似合ってるよ」

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