秀才くんの憂鬱

N

文字の大きさ
上 下
67 / 70
八岐大蛇 です。

光 です。

しおりを挟む
 引き抜かれた剣先から紅い血が滴る。
蛇行した剣は今までに見たことがない、計算し尽くされた芸術作品。5人は大きく天に掲げるようにして、この手に持っているところから、剣先までを見る。
「綺麗だ」
「うん…」
願いを叶える力がある それはこの完璧な剣を前にすると冗談だとは思えない。

ゆっくりと剣を下げる。
「誰が持つ?」
シキは、剣から手を離す。
「私は、ユウが持つべきだと思う」
「え、僕?」
「伝説上の八岐大蛇が存在したんだ。だったら、この剣は青目の王子が持つのが妥当、そんなことは、ユウ自身だって分かるだろう?」
「そうだよ、それに、ユウが言い出さなかったら、私なんてこの旅に出られなかったし」
サワもユウが持つべきだと言った。
「そうそう」
イチナが剣から手を離し、イリナも手を離す。
そうして、剣を握る手の持ち主はユウだけになる。
ユウは深く頭を下げる。
「僕が責任を持って、この剣を帯剣します」
ユウは、剣を上に羽織っていた服でくるんで、それを背中に背負う。

「いい!似合ってる!」
「いや、あんまり、変わらないよ」
そう言いつつ、満更でもなさそうなユウ。





 ユウたち一行は、目的を達成して、洞窟から出てくる。久々の新鮮な空気。大きく伸びをして、肺一杯に空気を取り込む。
ユウは、髪の毛を前から後ろへかきあげた。
見晴らしがいい展望台っぽくなっている洞窟の出口。
サワが、開けた視界のある一点を指差す。
その指先には、山を食べるみたいな大きな橙の夕日。空を淡い赤紫に染めて、雲を桃色に照らす。僕らに今日、何があったかなんて、知らないまま、いつもと同じように静かに沈む夕日。
「なんか、良くない?」
そう言ってこちらに振り向いて笑ったサワ。サワのその子供っぽい仕草に、ユウも思わず笑顔になる。
「そうだな」
ユウはサワの隣に立って同じ夕日を見つめる。サワのその端整な顔が、西日を受けて、より一層美しくなる。なんだろうか、この言いようのない、胸がジワーッと暖かくなる。八岐大蛇と戦った興奮も、剣を手にいれた興奮も、そんなのとはまるで違う、喜びにも似た感情が止めどなく溢れ出してくる。


二人並んだ影が、大きく伸びる。男の影に女の影が寄り添って境界を無くした影は一つの影になる。



シキは、イチナを呼んだ。
「どうしたの?肩の薬草なら…」
イチナは呼ばれたから、来たといった感じで、俺の何も知らない。
「ありがとう」
シキが捻り出した、「愛してる」の代替語。
自由な方の腕で、イチナを抱き寄せた。ドキドキと鼓動が速まり、イチナにも伝わってしまいそうだ。目を瞑って、イチナをギュッと抱きしめた。
「…シキ」
イチナは視線を下に向けて、そう呟いて、シキの腕を振りほどいた。
「え…」
「ごめん」
イチナは戸惑いの顔を浮かべる。その表情の中には、少しばかり俺を拒否するような、そんな感じがした。
シキは落胆を隠す。自分の気持ちを伝えない、隠すこと、それには、慣れっこだから。この関係が俺の一言で無くなるのなんかよりもずっとそっちの方が楽。
「急だった、驚かせてごめんな」
シキは、謝る。
すると、目の前に立つイチナは柔らかく微笑んで、手を差し出した。シキは、服で、手についた汚れを払って、イチナの手を握る。
「私の方こそ、ありがとう、シキ」
「改めて、ありがとう」
俺らは仲間だから。だからこそ、君を好きになっちゃダメだ。


「おーい、3人ともこっちにおいでよ」
サワがシキとイチナとイリナを呼ぶ。
「なんか、見えるの?」
イチナがサワの方に駆ける
「うん、ほら、あそこに村が!」
「あ、本当だ!」
「なんて、村か分かるかい?」
ユウはシキに訪ねてみる。
「分からないな、近づいたら分かるかもだけど、ここからはちょっと」
「取りあえず行ってみないか?米も減ってきているし、傷の手当て用の布も欲しくて」
「了解!」

5人と2頭は再び、歩きだした。
ユウの背中には一本の蛇行剣。5人を繋いだ剣を持って、進む道は、光が射し込む新しい道になる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

突然現れた自称聖女によって、私の人生が狂わされ、婚約破棄され、追放処分されたと思っていましたが、今世だけではなかったようです

珠宮さくら
恋愛
デュドネという国に生まれたフェリシア・アルマニャックは、公爵家の長女であり、かつて世界を救ったとされる異世界から召喚された聖女の直系の子孫だが、彼女の生まれ育った国では、聖女のことをよく思っていない人たちばかりとなっていて、フェリシア自身も誰にそう教わったわけでもないのに聖女を毛嫌いしていた。 だが、彼女の幼なじみは頑なに聖女を信じていて悪く思うことすら、自分の側にいる時はしないでくれと言う子息で、病弱な彼の側にいる時だけは、その約束をフェリシアは守り続けた。 そんな彼が、隣国に行ってしまうことになり、フェリシアの心の拠り所は、婚約者だけとなったのだが、そこに自称聖女が現れたことでおかしなことになっていくとは思いもしなかった。

「君は保留だった」らしいです

カレイ
恋愛
「僕は貴族に生まれたけれど、浮気しないし、ずっと君一筋だよ」 「わかってくれ、君を愛してるんだ」  これらはヴィオラの夫……ルーカスがよく言う言葉。  最初こそその言葉を信じ彼を愛していたものの、冷たくなっていく夫にヴィオラは次第に愛想を尽かしていく。  しかも夫は浮気しているらしい。  そこで浮気現場を押さえて問い詰めると、ヴィオラに対しルーカスはこう言ってのける。 「君は保留だった」  なら、その保留に捨てられてくださいな。  

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

けん玉ロード

Leon
青春
主人公の「剣沢翔(つるぎさわ かける)」は私立新山(にいやま)中学1年生。いつも遅刻ギリギリで登校するため、「新山のギリセのヒーロー」と自称するが周りからは「遅刻マスター」と呼ばれている。  その日の帰り道、翔は近くの公園で昔懐かし「けん玉」をしている少年を見かけた。彼の名は「玉木流時郎(たまき りゅうじろう)」。  彼にすすめられて、翔は初めてけん玉を手にした。するとビックリ!けん玉が突然輝き、喋り出したのだ。  それに勘づいた流時郎は一翔を練習に誘い、大会に出ないかと提案した。  果たして翔はどこまで成長していくのか?そして光輝くけん玉の正体とは?今始まるけん玉ストーリー。

【本編完結】転生モブ少女は勇者の恋を応援したいのに!(なぜか勇者がラブイベントをスッ飛ばす)

和島逆
ファンタジー
【後日談のんびり更新中♪】 【ファンタジー小説大賞参加中*ご投票いただけますと嬉しいです!】 気づけば私は懐かしのRPGゲームの世界に転生していた。 その役柄は勇者の幼馴染にして、ゲーム序盤で死んでしまう名もなき村娘。 私は幼馴染にすべてを打ち明け、ゲームのストーリーを改変することに。 彼は圧倒的な強さで私の運命を変えると、この世界を救う勇者として旅立った。前世知識をこれでもかと詰め込んだ、私の手作り攻略本をたずさえて――……! いやでも、ちょっと待って。 なんだか先を急ぎすぎじゃない? 冒険には寄り道だって大事だし、そもそも旅の仲間であるゲームヒロインとの恋愛はどうなってるの? だから待ってよ、どうしてせっかく教えてあげた恋愛イベントをスッ飛ばす!? 私の思惑をよそに、幼馴染は攻略本を駆使して超スピードで冒険を進めていくのであった……。 *ヒロインとの恋を応援したいモブ少女&応援なんかされたくない(そして早く幼馴染のところに帰りたい)勇者のお話です

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

平民と恋に落ちたからと婚約破棄を言い渡されました。

なつめ猫
恋愛
聖女としての天啓を受けた公爵家令嬢のクララは、生まれた日に王家に嫁ぐことが決まってしまう。 そして物心がつく5歳になると同時に、両親から引き離され王都で一人、妃教育を受ける事を強要され10年以上の歳月が経過した。 そして美しく成長したクララは16才の誕生日と同時に貴族院を卒業するラインハルト王太子殿下に嫁ぐはずであったが、平民の娘に恋をした婚約者のラインハルト王太子で殿下から一方的に婚約破棄を言い渡されてしまう。 クララは動揺しつつも、婚約者であるラインハルト王太子殿下に、国王陛下が決めた事を覆すのは貴族として間違っていると諭そうとするが、ラインハルト王太子殿下の逆鱗に触れたことで貴族院から追放されてしまうのであった。

異界の探偵事務所

森川 八雲
ミステリー
探偵の蒼葉次郎が不可思議な事件を解決する

処理中です...