秀才くんの憂鬱

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八岐大蛇 です。

八岐大蛇② です。

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 ユウは腰に差した刀を抜いて臨戦態勢に入る。柄が手に吸い付くような感覚。ユウが生まれたと同時に授かった、頭に花菖蒲の模様のあしらわれた刀。今度こそは、この刀を使って、守りたいものを守る。例え、相手が何者であろうと、気持ちで負けない。理屈とか置いといて、この刀に手をかけたということは、僕はそれだけの覚悟を持って挑むということ。
 サワは、アイスピックのように先が尖った武器を持つ。サワは臆病な気持ちを微塵も感じさせない凛々しい顔つきになる。その気持ちはユウとどこか通じるものがあるのだろう。
 ユウとサワは目を会わせる。迷いなど一点もないそのまっすぐな眼差しを互いが信じる。

 サワが、大蛇の真ん中の頭を引き寄せる。大蛇の頭は、壁づたいに駆け抜けていくサワに引き付けられる。ギラギラと欲が表に出たような目と赤黒い舌をチロチロと出す。その姿はどんな架空生物の中でも郡群を抜いておぞましく、現実のものなのか疑わしい。それでも、サワは颯爽と風を切り、飛ぶように走る。八岐大蛇の長い首はなかなかそれに追い付けない。サワは怖がる素振りなんて少しも見せないで、ユウの計画通り、己が身に危険を背負ってでも、八岐大蛇の興味をグーッと引き付ける。

 サワの動き、それにともなって、疎かになった八岐大蛇の防備。サワが引き付けた頭と反対側、左の頭に向けて駆け出したユウ。
サワが作ったチャンス、無駄にできるわけない!

 八岐大蛇の左側の頭は、凄まじい勢いを持って迫り来るユウに気がついて、7つの頭は仲間割れをする。右の頭は、サワを追いかけて、左の頭はユウに応戦しようとする。真反対に引っ張りあう力。
メキメキミシミシと洞窟全体がきしむ音がする。カサカサと頭に砂が降ってこようが関係ない。ここまで来たんだ。そんなことで足を止める訳がない。止められるわけがない。


僕は弱い。
いつも、いつも、誰かや何かに守られてばかりだ。中途半端な立場で、何の特別な才も力も持たずに生まれてきた。でも、僕は知っている。僕が僕を信じて、後悔はさせない努力を積んできた。

「うぉぉー!」

 ユウは、八岐大蛇に向かって、勢いを殺すことなく大きく飛び上がる。上の小さな隙間から射し込んだ強い日の光のスポットライトは体を反らして、翼でも生やしたみたいに飛んでいるユウを照らす。

「跳べー!ユウー!」
サワの声が耳をかすめる。
一歩一歩、空中を走るみたいに八岐大蛇に近づく。八岐大蛇の青みがかった瞳がこちらを鋭く睨み付ける。もう、そんなことは関係ない。後は、物理法則に従って、そこへ行くだけだ。

 洞窟内に浮かび上がった影のユウは、何倍もに大きくなり、やがて、ユウと八岐大蛇の影は境界線を失って一つになる。
視線を落とすとそこには、細かく光沢のある鱗。
ユウは、刀を振り上げる。左手に流れる血液は、強い拍動を受けて、グワッと熱くなる。ギュッと力強く刀を両手で握りしめる。
鱗の隙間をこじ開けるみたいに、目一杯の力を刀にかける。グスッと鱗を破った感覚が手を伝わって、もっと、奥に深く刺す。そうでないと、こちらも無事では済まない。必死に頭を揺さぶってユウを振り落とそうとする八岐大蛇。それを援護するみたいに、シャーと威嚇を露にして攻撃をしてくる他の6つの頭。動く度に、カサカサと上から砂が降ってきた。ユウは、体勢を崩さないように、バランスを取りながら踏ん張る。迫り来る大蛇の蛇に構うことなく、ただ、深く深く刀を刺す。
 青色の蛇の瞳が、上の方から紅く染まって光を失う。小刻みに震えだして痙攣し始めたユウが上に乗った頭。まっすぐに、脳天を突かれた蛇頭は、よろよろと地面に吸い寄せられる。
バフンと大量の砂煙を巻き上げ、地面に倒れこんだ大蛇。ユウは、ゴホゴホとむせて、袖で口元を覆う。ひどい砂煙で、辺りが見えなくなる。これでは、どこから、残りの頭が攻めてくるかつかめない。ユウは、取りあえず、刀を引き抜いてから、手を合わせて冥福を祈る。

「危ない!」
ドン!と強い衝撃がユウの脇腹を直撃して、ユウは突き飛ばされる。背中をガサガサの地面に擦る。
「痛っ!」
それと、ほぼ同時に、空洞を作る天井の一部が、ドガッと落ちてくる。手で頭を守るみたいな体勢を反射的にとってしまう。晴れかかった砂煙に新たな砂煙が上書きされて、何も見ることはできないが、ユウは自分の顔を触って自身が生きているのを確かめる。突き飛ばされた先が、壁の窪んだ所でちょうど落石から身を守ることができた。運が良かった。恐らく、さっきの大蛇が倒れた時の振動で、壁や天井が緩くなったのだろう。重々しい落盤音と、キエー!とかシャー!とか蛇の鳴き声が洞窟内にこだまして増幅される。


「ユウ…」
ユウの腹部にサワの頭がある。苦しそうに絞り出した声で、サワは僕の名前を呼ぶ。
僕は、サワの足の方を見て声が出なかった。サワの太ももには、八岐大蛇の抜けた鋭い牙が刺さる。その傷を負わせた蛇の頭は、瓦礫の下敷きになっていた。動く気配はない。サワは、僕を守るために、身を呈して僕を突き飛ばしたんだ。そう思うと僕の心には、禍々しい八岐大蛇への恨みと、自分の愚かさ加減に腹がたって仕方がない。あと、数十センチでもずれていたら、ユウが負ったであろう傷。ジワーッと血がついた赤い範囲が広がっていく。
「ユウ、助けて…」
「う、うん!」
ユウは、患部の近くを押さえて、血の流れを遮ることで止血しようと試みるが、そうやって圧迫するユウの手まで血が広がって、ユウの手は真っ赤になる。押さえる度に激痛が走るのだろう、サワは体を反らせ、ユウの服をギューッと掴んで離さない。
「僕が絶対に、絶対に、助けるから!」
ユウは溢れそうな涙をこらえて、懸命に止血しようとする。
「お願い!」

    
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