秀才くんの憂鬱

N

文字の大きさ
上 下
50 / 70
イチナとイリナ です。

シキとイチナ です。

しおりを挟む
 弱るシキ。肩から短刀を抜いて、包帯で止血と固定を済ませて、痛み止になる薬草を煎じた薬を飲ませる。
 夜になってもシキは眠りについたままだった。サワとユウは、二人で、シキの手を握る。夜を通して、ずっと、ずっと、シキのことを看るだろう。

「イチナちゃんは、イリナちゃんの側についてあげて」
サワからの言葉だった。イトスギと会わせてしまったこと自体、私のせいだと、シキをみては責めてしまう私を察したのだろうか。


簡易的な屋根の設けられたスペースの隅で、イリナの隣に座る。
「温まるから、これ、どうぞ」
イリナの手に渡したのは、イリナが好きだったキノコの風味が効いたスープ。
イリナは緊張気味にスープを受け取った。
「いただきます」
イリナは口をつける。
なんだか、懐かしい。
「美味しい?」
「はい、美味しいです」
「良かった」
「あの、ごめんなさい。今日はひどい目にあわせてしまって」
イチナは一度、深呼吸をした。
「イリナのせいじゃないよ」
「私は貴女のことも思い出せません」
「イリナは、ゆっくり、思い出を取り戻していけばそれで十分だよ。これからは、ずっと、一緒だから」
イチナはイリナの肩に腕を回した。
この人は、暖かい人だな。思い出してみたい。どうして、思い出せないんだろう。なんか、すごく、懐かしい感じがするのに。
「私は、貴女を思い出せますか?」
「うん、絶対に思い出せるよ。だって、イリナは私の妹なんだから」

 イチナは、イリナを寝かしつける。トントンと呼吸に会わせて、手を当てて、横になったイリナに暖かい服をかけてあげる。


「サワちゃん、ユウくん、イリナ寝たし、一回、休憩取って。ずっと、ここに座っているのは疲れるし、ちょっと、横になるだけでも」
深夜の2時を回っている。二人は私よりもよっぽど、疲れているだろう。
「でも」
「サワ、イチナにシキは頼んで少し休憩をしよう」
ユウが留まろうとするサワに休憩を促した。サワの目の下には大きな隈ができている。



シキとイチナの二人きりになる。

「シキ、死なないでよ」
シキの手を握って、そう言ったイチナ。ゆっくりと上下するシキの胸。大丈夫、シキの体は懸命に生きようとしている。降り注ぐ星の下、シキの呼吸とイチナの呼吸は重なりあう。

 右手が暖かい。運が良かったか、まだ俺の腕は胴体とおさらばしていないんだな。でも、なんで、暖かいんだ?誰かが、俺の手を握っている。起きろ、目を覚まして。まだ、生きてるんだったら、とっとと起きろよ!

シキは、ゆっくりと瞼を開ける。
「…イチナ」
暗がりの中、それは、ほとんど勘だった。正直、俺のとなりに座り、手を握るのが誰かんて見えやしない。イチナが俺の手を握る人物であってほしい。そんなエゴだったかもしれない。
「シキ!」
私の手を握り返してきたシキの手。弱々しいが、がっしりとしたその手は私の手を優しく包み込む。あ、生きてる。そんな風に感じる。私の瞳の真ん中で、輝いているシキのいろんな表情がこれからもまた見られる。そう思った途端に、今まで堪えていた涙が頬を伝い、手の甲に落ちる。
「…な、泣くことないだろ?」
泣かせてしまったと慌てるシキ。
「泣いてない!」
手を離そうとしたイチナ。そのイチナの手をグッと掴むシキの手。
「え?」
シキは、星に願った願いの全てと交換をしても悔いは残らない。そうきっぱりと言い切ることが出来るくらいに、イチナの温もりを感じていたかった。細く柔らかい指と、厚みのない手のひら。俺の手とはまるで違う。イチナの手はこんなにもか細いのか。それでも、この手が俺を救ってくれた。
 こんなにも、弱っている姿を、強がらないで見せることができるのは、イチナだけだ。

「もう少し、私の手を握ってくれないか?」

仰向けのまま、頭だけをコトンとイチナの方に向けて、囁くような声でシキは言った。
 いつもならば、「また、馬鹿みたいなこと言ってる」そう言って、シキの手を払うかもしれない。
 でも、今日のシキの言い方と、シキがイトスギから自分を遠ざけて守ろうとしてくれたこと。こんな言葉が正しいか分からないけど、初めて「かっこいい」そんな風に思ってしまった。強さだけが絶対的な基準じゃない。今日くらいは、この人の手を握り、この人の言葉に頷くことも悪くない。

優しい言葉も励ましの言葉も、何もかも、この二人の間にはいらなかった。

「…分かった」
頬が緩く赤く染まるのを自覚して、星を見上げた。長い尾を持つ流れ星が空を滑り落ちた。一際目映い光を放つ流れ星。今までに、見た中で最も美しかった。
「綺麗だ」
シキが声を漏らした。
「うん」
イチナは発色の良くなった顔を、ちらりとシキに見せるみたいに頷いた。

ずっと薄汚れていて暗いと思っていた世界に、イチナが隣に居るだけで、どうして、こうも美しくなるのだろうか。死んでも良いと思っていた心が、生きたいと主張をする。もっと、もっと、未だ見ない輝く世界を、見たいと願ってしまう。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

偽典尼子軍記

卦位
歴史・時代
何故に滅んだ。また滅ぶのか。やるしかない、機会を与えられたのだから。 戦国時代、出雲の国を本拠に山陰山陽十一カ国のうち、八カ国の守護を兼任し、当時の中国地方随一の大大名となった尼子家。しかしその栄華は長続きせず尼子義久の代で毛利家に滅ぼされる。その義久に生まれ変わったある男の物語

巫女ヒメ様は、それを告げない

鹿部
歴史・時代
男の背を踏む夢を見る── 不老不死となった弥生時代の巫女・ミトヤは回想する。全てが始まった、あの男との出会いのことを。 紀元前一世紀、弥生時代。北陸地方の小さなムラ。巫女のミトヤの元に、文化の進んだ奴国から来た生口(奴隷)の大男・コウが現れる。親子程に年齢が違う二人だが、ミトヤはコウを一目で気に入り購入して自分の配下とした。技術を持つコウと共に、ムラを大きくしようと画策する。 だが、西の国々はそれより遥かに早く動き出していた。金属の剣を持つ国々が北陸地方とミトヤを得ようと嵐を起こす中、二人は運命に抗いながら次第に愛を育んで行く── ※フレーバー程度のファンタジー要素がある、本格弥生時代設定のお話です。こんな読者様にオススメ! ◎弥生時代(邪馬台国の卑弥呼がいて、古事記や日本書紀でも描かれている神話の時代)の人々がどんな風に生きていたか興味がある  ◎歳の差主従(10代の女の子が主、30代の男が従)のくっつきそうで中々くっつかないモダモダと駆け引きが見たい

鉄と草の血脈――天神編

藍染 迅
歴史・時代
日本史上最大の怨霊と恐れられた菅原道真。 何故それほどに恐れられ、天神として祀られたのか? その活躍の陰には、「鉄と草」をアイデンティティとする一族の暗躍があった。 二人の酔っぱらいが安酒を呷りながら、歴史と伝説に隠された謎に迫る。 吞むほどに謎は深まる——。

(完結)お姉様を選んだことを今更後悔しても遅いです!

青空一夏
恋愛
私はブロッサム・ビアス。ビアス候爵家の次女で、私の婚約者はフロイド・ターナー伯爵令息だった。結婚式を一ヶ月後に控え、私は仕上がってきたドレスをお父様達に見せていた。 すると、お母様達は思いがけない言葉を口にする。 「まぁ、素敵! そのドレスはお腹周りをカバーできて良いわね。コーデリアにぴったりよ」 「まだ、コーデリアのお腹は目立たないが、それなら大丈夫だろう」 なぜ、お姉様の名前がでてくるの? なんと、お姉様は私の婚約者の子供を妊娠していると言い出して、フロイドは私に婚約破棄をつきつけたのだった。 ※タグの追加や変更あるかもしれません。 ※因果応報的ざまぁのはず。 ※作者独自の世界のゆるふわ設定。 ※過去作のリメイク版です。過去作品は非公開にしました。 ※表紙は作者作成AIイラスト。ブロッサムのイメージイラストです。

王への道~僕とヒミカの成長録~

N
ファンタジー
突然、弥生時代にタイムスリップしてしまった「九条 賛」 山賊との交換条件として、王にならないと殺されることに! 少年が倭国の王になる日は来るのか? 必死で駆け抜けていくまったく新しい物語 なんと、王になる条件を満たすために偽装結婚までしちゃう!? しかも、相手は「 」 青春時代物語

王への道は険しくて

N
恋愛
弥生時代を舞台にした長編作品 王への道~僕とヒミカの成長録~のスピンオフ! 本編の内容とはちょっと違う、ヒミカ視点で描かれる賛との日常、恋心 カイキと陽の馴れ初めもガッツリ触れます。それから、シューとカンの結婚秘話もあります!

処理中です...