秀才くんの憂鬱

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過去と向き合え です。

君を訪ねて ② です。

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「いい湯だったな、のぞきができないのは残念だったけど」
「いい湯なのは、そうだな。のぞきについては知らないけど」
体がポカポカとして、髪の毛からはゆるりと白い湯気がたつ。
「ん?あの、白毛の馬は」
目を凝らすシキ。その視線の先をたどる。
「瑠璃!ってことは、サワとイチナ」
「二人も、今、帰るところなのかな?」
「二人のところ行こう、夕御飯どうするかも聞きたいところだし」
「だな」
前方で、サワとイチナがなにやら商人と話して、肉まんのようなものを買おうとしているのが見えた。


酒屋と市場はさっきよりも活気に満ちて、いよいよ、本格的な酔っぱらいが増えてくる。そして、市場に並ぶ、食材は軒並み価格を落とす。

「あ、これ、好きなんだよな」
茹でられて甲羅を赤くした蟹。小ぶりだが、厚みがあって美味しそうだ。
「蟹ですか?」
「そうそう」
「そんなの、動きが鈍いから私たちにも捕まえられますよ。本当にそんなものにお金を払うの?」
「えー?シキって結構財布の紐固くない?」
「王子とは懐事情が違っているものでね」
「でも、美味しそうだな。久々に食べたいなぁ」
蟹の前で悩むユウ。
「お兄ちゃん、買うの?」
魚屋の店主が、この蟹が良いとか、こっちが安いとか、おまけをするとか、言って、僕が買ってくれるのを待っている。
「ん~」
やっぱり悩むユウ。
隣に、笠を被った女性がふらりと現れる。
「あ、あなたは、先程の」
シキが話しかける。笠を被って顔ははっきり見えないが、この華奢な柳腰に艶のある髪。うん、美人に違いない。
「こんなところで、またお見かけするとは、私たち気が合いますね」
シキは完全に無視される。
「蟹、クレ」
「どちらを」
「一番イイ、クレ」
「あいよ」
女性は、店頭で一番大きな蟹を値段も見ずに簡単に買った。そして、ユウの方を見て、ユウの手にその立派な蟹を持たせる。拒否する暇すら与えない。

「这是我早些时候回来的」(さっきのお返しです)
「シ、谢谢」(あ、ありがとうございます)
「蟹をくださったのか?」
「うん、さっきのお礼だって」

 女は、笠の鍔を持ってクイッとあげる。すると、市場に軒を連ねる屋台の赤い灯りに照らされて、顔が露になる。

ユウの頭の中で、彼女の顔はすぐに過去に出合った人の中から出てくる。

「ん!お美しい」
シキはピクッと眉をあげた。
茶色みが強い髪に、色白の肌に薄い桃色の唇。切れ長の目の中に琥珀のような薄い茶色の瞳。息を吹きかければ消えてしまいそうな、儚く淡い雰囲気を纏った女性。

「…ファン様」
ユウは、彼女の名前を声に出した。

(ここからは、日本語でお楽しみください)

「なんだ、覚えてたならもっと早く気が付いてよ」
「す、すみませんでした。まさか、こんなところにいるとは誰も思いません。そうでしょう?」
ユウは賑やかな市場を指してそういった。
「ちょうど、視察に来ててね」
「御公務も大変ですね。しばらく、列島の諸国を巡るのですか?」
「そのつもり、ここは、邪馬台国と同じくらい来たかったところなの」
「邪馬台国はもうご覧になったのですか?」
「ええ。美しいところだったわ。さすがは、個の列島随一の水と知の都ね。あなたが、通っている警学校も視察にも行ってきたわよ」
「…そう、ですか…」
視察を受け入れることができる。ということは、疫病が弱まったのか?クニが回復に向かっている兆しか。ユウは、ホッと胸を撫で下ろした。
「どうしたの?」
「いえ」


 ユウと芳が話していると、肉まんを食べているサワがこちらに気が付いて振り返る。

「ユウー!」
パッと花開くような笑顔で、大きく手を振ったサワにユウが気づく。サワから目を逸らした芳。

「お友達?」
頭を傾げた芳。
「はい、幼馴染みで、いまは一緒にこうやって旅をしているんです」
「仲が良いのね」
「えぇ、まあ」
「今晩、あの子たちと優とそっちの方と、みんな、泊まっていかない?部屋が余っていて、ちょうど一人で寝るには広すぎて困っているのよ」
「僕らは僕らで宿を取っていますので、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

シキがユウの肩をポンポンと叩く。
「一体なんのお話を?」
大陸の言葉で話されて、会話の途中からまったくついていくことができなくなったシキ。
「ん?あぁ、魏での学友であった芳様が、部屋が余っているので今晩泊まっていかれてはどうですか?って」
「ユウは何て答えたんだ?」
「普通に、もう宿を取っちゃっているから無理ということを伝えただけだよ」
「じゃあ、明日の晩は泊まれますか?って聞いて」


「ん?何、喋ってるの?」
サワたちがちょうど、僕らの目の前、芳の後ろに現れる。
「サワ、ちょっと待って。芳様、明日の晩、伺うことは可能ですか?」
「晩御飯の時間なら。いえ、やっぱり、ユウのためなら、一晩中でも。日暮れ次第いつでも大丈夫」
芳は一歩分ユウに近付いて、艶のある笑みを浮かべた。サワの顔が少しばかりひきつった。
「ありがろうございます。
シキ、日暮れ次第いつでも良いそうだ」
サワは、ユウに聴く。
「ユウ、彼女は誰?町人のふりをするような見た目だが、相当に高貴な方なんだろう?」
目の細かい傘に、金糸の刺繍が入った靴。
「あぁ、彼女は芳様。大陸の魏の第三皇女。同じ高官学校の同級生」
サワはそれを聞いてピンときた。魏でユウと縁談にあがったのはこの人だったのかと。噂には聞いたことがあった。

 魏の使節団を学校代表として迎えたときに、歳と不相応なまでに着飾られ、頭には金のかんざしを4本、胸元には翡翠の勾玉がごろんとついた首飾り、耳には耳の軟骨に沿うように銀の耳飾り、目尻にほんの少し赤いアイライン、発色のよい唇、薄桃色の丈の長い衣装は一際目立っていた。茶会の花はまさしく彼女のことだった。使節団の高官は彼女をひどく気にかけている様子であり、ある者は彼女を、天女と称え、ある者は、傾国の美女と言った。皇族ということもあり、教養、芸術、舞、どれをとっても一級品。第三皇女といえども、そこら小国の王様では敵わない。

あのときは、直接会話などできる身分ではなかったが、こうやって芳様を目の前にすると、案外、小柄な方なのだな。


「ユウ、明日、是非、来てくださいね。私、お待ちしています」

いくら、ユウが列島で一番の大国である邪馬台国の第一王子であったって、芳様からの誘いを断れるわけがない。サワはユウのことをちらりと見た。でも、ユウはまっすぐと芳様の方を見ている。
「はい、では、日が暮れて街に灯りがともる頃に伺います」
胸の前で左右の手で左右の手首を掴んで頭を下げるユウ。


シキが隣に立つイチナにこそっと話しかける。
「ユウにここまでさせるとは一体、どういう女性なのだ?」
「私に訊かれても分からないよ。何を話しているのかも分からないのに」
イチナはサワに視線を投げて、どういうことなのかと尋ねようとした。いつもの、サワならきっとすぐに気がついてくれた。でも、サワはどこか心ここに在らずといった感じで、ユウのことを見つめるばかりだ。


   
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