秀才くんの憂鬱

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出発前 です。

疫病① です。

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 タヨに相談してから、約2週間が経った。日毎に強くなっていく、草薙剣に対する好奇心。その、一方で躊躇う気持ち。


「お帰りなさいませ」
朝、王宮の外周を走って一汗かく。早朝に走るというのは気持ちいい。朝日を浴びることにより集中力も向上するし、体力もつく。警学校の行事にも持久走は組み込まれている。
「ありがとうございます」
差し出された手拭いを受け取って、顔に垂れてきた汗を拭う。
「毎朝、走られて凄いですね」
「習慣なので、逆に、やらないことが違和感で」
最近、走ってる人、少なくなった感じがするけど。
さすが、武の方でも評価が高い男。走ってきたというのに、笑顔を見せるくらいの余裕。
「あの、先ほど卑弥呼様がいらっしゃって、朝御飯を食べましょう と。今日は、おむすびだそうです」
「それは、楽しみです。じゃあ、さっさと着替えないとですね、イチナさん」
「お着物は、お部屋にご用意致しました」
イチナは雑用の全般をこなす。特に、早朝や夜といった、誰もやりたがらない時間を、担当しているようだった。

部屋に戻ると、机の上に濃い青色の着物がおかれていた。艶やかで、柔らかいさわり心地に、これだけ、綺麗な染色。よほどの高級品なんだろうか。新しい服に、思わず笑顔になる。袖に腕を通して、襟元を整え、帯を縛る。花火大会に着ていく浴衣のような見た目だ。鏡の前に立ち、小さく息を吐いた。


部屋から出て、居間へと向かう。朝食は家族揃って食べる。王家と言えども、家族の時間くらいはある。
先に、妹と弟が朝食を待っていた。

 居間にはダイニングテーブルとイスが5脚ある。襖なんかを全て開けて、風通しを最大限にした空間。住居と自然が曖昧な境界線の中に広がっていく。物は少なく整理されて、床は木の板で敷き詰められている。

「おはよう、昨日は暑かったけどよく寝れた?」
妹たちに、そう言いながら、母がいる台所の方へ向かう。
「蒸し暑くて起きちゃった」
弟がそう言うと、妹は同調するように大きく頷いた。
「本当、最近あつくて寝苦しいよね、どうにかならないかな、この夏の暑さ。お兄ちゃん、大陸ではどうなの?」
「向こうの夏だって暑いよ。ここまで、ムシムシって感じではなかったけど」
この、列島のムシムシとした夏の暑さは異常だ。人は、湿度と気温のどちらもを感じ取って体感の暑さを判断する。この国では、湿度が高く、例え気温が低かったとしても張り付くような暑さを感じずにはいられない。
 お母さんは、おむすびに焼き魚のほぐし身を入れている所だった。たんぱく質と炭水化物。朝のエネルギー源としては申し分ない。
「ん、おはよう、手伝ってくれるの?」
「うん、ユリ(妹)たちがお腹すいたって」
「じゃあ、そっちの海苔とって」
「これ?」
「違う違う、右の使いさしの方」
ユウは海苔を取り出して、おむすびに巻いていく。狭い台所での立ち作業というのは、見ている何倍も暑い。額に流れる汗を、手の甲で拭う。
「ありがと」
「これ、持っていったらいい?」
「うん」
ユウは台所から、机へおむすびをいくつも乗せた皿をお盆にのせて運ぶ。

「食べていい?」
「もうちょっと待ってて」
おむすびを前に目を輝かせる弟。それを制止する妹。一般家庭の風景となんら変わりはない。
「ユウ、図書館の本、返した?お父さん今日、図書館に行くから、返しておきたい本があったら」
「いいよ。昨日、延長証もらってきた」
赤い表紙の本。あの、草薙剣のことが載っていた本は延長で借りることにした。多分、誰も読まないだろうし、延長しても問題ないだろう。

「じゃあ、みんな、揃ったね、いただきます」
前からも右からも手がニューッと伸びてきて、おむすびが目の前から消えていく。
出遅れた。僕の分が無くなってしまう!
慌てて、おむすびを二つのまとめて取る。
「まったく、そんなに焦らなくてもいいのに、お兄ちゃん」
そう言ったユリの手には3つのおむすび。
「誰かさんが三つも取るから、僕が焦るんだよ」



家族団欒の時間に、男が入ってくる。ピタッと会話が止んで、注目が白衣を着た男に集まった。
「失礼します。ご家族時間に申し訳ございません。女王様、少しよろしいでしょうか」
「お父さん、ちょっと行ってくるから子供たち、よろしく」
「了解」
お母さんは、家族のいる居間を出て白衣の男と廊下へ出ていった。

「誰なんだろう?もしかして、浮気相手だったりして」
ユリがそう言うと、お父さんがすぐに反応した。
「お母さんに限ってそんなことないよ。きっと、薬師関係の人じゃないかな?」
「ふーん」
「ほら、もう時間だから、ユリ、ユシン(弟)、行くよ」

しばらくして、お母さんが帰ってきた。酷く暗い顔をしていた。お母さんはお父さんの方に歩み寄って話す。
「何だった?なんか、暗いけど大丈夫?」
「お父さん、どうしよう…疫病の発生を確認だって」
「疫病?」
「ここ一週間ほどで、急に流行り始めたって。確かに、病人が多いとは思ってたの。それは、すごく感じてたけど、衛生部が、過去の流行り病の記録からこの、感染者数の急増と症状の重さから、疫病っていう判断を下したみたい」
「え?それって」
「まだ、細かい記録がないからなんとも言えないけど、昨晩までの感染者の集計が今朝終わったみたいで」
「疫病の発生なんて、僕らが生まれてから一度もないよ。何したらいいの?国政とか一旦、置いといて、薬師の目線から教えて。それを踏まえて、僕は出来るだけ行動したい」
お父さんは教育部の部長。特に、疫病というのは子供に感染しやすい。それに、教育現場ではどうしても防げない場面が出てきてしまう。
「国政を置いとくなんて出来ないよ!分かってるでしょ。この一週間で疫病発生までになったんだよ、そんな、病気相手に私たちが出来ることは無いよ…」
異常な感染速度。
「考えたら、なにかあるかもしれないよ。僕も考えるよ。特に、学校に関しては任せてよ」
ドンと胸を叩く。
「ありがとう」
「何も、全部を一人で抱え込もうとしないで。あ、そうだ!まず、部長・代表議員会議を開いてそれで、衛生部の専門的な見解を交流しよう。きっと、こういうときは、中途半端にバラバラに政策を打つのは得策じゃない」
「そうだよね」
「ごめん、軽はずみに国政を置いといてとか言って」
「ううん、まずは、やろう」

急いで、召集をかけた。

 
 
そのころ、ユウたちは
「あ、ユウ、なんか最近休み多くない?」
「あぁ、そうだな。みんな、風邪ひいたって言ってたけど」
学校が始まる時間になっても、15個ある椅子の半分も埋まっていない。
「赤い発疹が出るんだって。なんだろうね、みんな一斉にそんなにかかるなんて」
学校が始まる時間になって、星先生が教室に入ってきた。

「あれ、星先生、教室を間違えてるよ」
「いや、ここであってるよ。サワさん、緊急事態。まず、今日は担任の先生は来ない。身体中に赤い発疹が出ているみたいなんだ」
「え?先生も休みなんですか?」
「あぁ。それと、今日は休校だ。欠席者が多すぎる。皆、同じような症状を訴えているし、感染力の強い病気が流行っている。だから、これ以上、広げないために。そういうことだから、五日間休校の報告、頼めるな。あー、そうだ、寮生は寮に戻らせて、そっちで指示を出す」
「はい!了解です!」
星先生は教室を出ていく。
「サワ、なんだった?」
サワは、教壇に立つ。
「申し上げます!席につきなさい。警学校はただいまの時刻を持ちまして休校となりました。期間は五日間。各自、荷物をまとめてください。用意の済んだものから帰路につきなさい。また、寮生は寮に戻りなさい。始め!」
学生長のサワがそう言うと、教室内の5人程は戸惑いながらも教科書を鞄に入れ始める。

そんなに、危ない状態なのか…
今、一体、何が起きているんだ?
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