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出発前 です。
アキラ です。
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「何、これ、何て読めば良いんだ?」
「見せて」
漢字がずらりと並ぶ。一般人には読めたものではない難解な言い回しばかりのいかにもお偉いさんが書いた文章。このクニの変遷。このクニの政治体制に対する批判が主な内容。なんというか、読み聞かせにはまったく向かない。でも、ユウは簡単に読む。
しかし唐突に目立つ場所に書かれた「賛」というのは読み方が分からない。そして、その文字を取り囲むようにぐちゃぐちゃと塗りつぶされている。
「ザン?」
意味は、いいぞ とかそんな感じなのだが、なんだか気味が悪い。
「いや、発音はそうだけど…でも、急に?この文脈からそれはなんか、意味不明じゃない?それに、周りも塗りつぶされてるし」
「ユウのお母さんなら知ってるんじゃない?」
確かに、女王ならば国史くらい知っているだろう。
ユウは、う~んと背中を伸ばして、紙を光に透かしてみる。
「…これ、もしかして、人名なのかな?」
「人名?なんて、読むの?」
「ここに、書かれてんのこうやって光にすかして見たら、ほら、賛将组织学校系统」
「あ、確かに。あ、あの人じゃない?ほら、ユウがよく言ってた人。日記の」
「カイキさん?漢字が違うよ」
ガラッと音を立てて教室の戸が開く。
「何、してるんですか?今日は学校はお休みですよ」
見ると、そこには30歳くらいの男が立っていた。
「あ、先生、これ、教えてくれませんか?」
先生と呼ばれた男は、ユウとサワの方に近づく。サワは先生と呼ぶが、ユウはそれが誰だか分からない。
「どれどれ?」
「この字です」
男は、ひどく驚いたような顔をした。
「これ、どこで、見つけたんですか?ここの、図書室ではないですよね」
「王宮の図書館です。え、それで、何が書かれていたんですか?星先生」
「アキラ」
「誰なんですかそれ」
「このクニの王様で、今は消息不明。一切の記録を焼かれた人だ。20年くらい前に」
20年前と言ったら、大災害まもなくの頃だ。当然、母は生きているし、カイキの時代とも被っているんじゃないか?
「え、じゃあ、王ってことは、ユウの親戚じゃん。知らないの?」
「知らないよ」
「親戚じゃないよ。だって、賛さんの血を受け継ぐ親戚はいないから」
「え?なんで、あなたにそんなことが分かるんですか?」
「だって、この、賛って人、今の女王の夫だった人だもん。子供も、居なかったし、一人、放浪の旅をして倭国にたどり着いた一般人」
お母さんの、元夫ってこと?
「一般人なのに王ですか?」
「選挙で通った人なんだよ。凄かったね、まるで嵐のようだった」
「ユウ、ヤバイじゃん、新事実過ぎん?」
「女王がね、この賛さんのことは後世に伝えないと言ったんだ。初めての、王命がそれだった」
それで、黒塗りだったんだ。どこか、合点がいくかんじがした。
「いや、星先生、話しちゃったじゃないですか」
「外には黙っててくれないかな、サワさんと、えっと…えーっと」
必死に生徒の名前を思い出そうとする星先生。
「あ、そっか、先生、知らないよね。こちら、ユウ王子です。長いこと、魏へ留学してたから王子と言っても知名度低いけど、警学校は休学してるだけでやめた訳じゃないから実は生徒なんです。こちら、星先生。農学の担当の先生。えっと、不良土壌下における真竹の栽培研究が専門。私、星先生の稲作研究の授業取ってるんだ」
「お、王子様、何ですか…すみません、存じ上げておらず大変な無礼を」
勢いよく頭を下げた、星先生。細身でひょろりとしているが、そのよく焼けた肌を見ていると、夏の農業の大変さを思わせる。
「大丈夫です。それと、母にも秘密にしておきます。僕こそ、名乗らなかったのも問題でしたし、あと、教えてくれてありがとうございます。この賛って言う人のこと」
「ちょうど聞こえてきたんです。カイキっていう名前が。それで、思い出してきたんです」
「カイキさんのこともご存じなんですか?」
「ご存じも何も、文字を習ったのも農学を習ったのもカイキさんからですし、姉の夫はカイキさんでした。いろいろ、大変だったんですけど」
「え、先生、そうだったんですか!?」
ユウの目の色が変わった。
「カイキさんは、どんな方だったんですか?実は、僕、カイキさんの日記を読んでて、勝手に人の日記を読むことがダメなのはそうなんですけど、でも、日記から凄く真面目で優しく、一途な様子が伺えて、漠然と、憧れているんです。王子としての考えも、一人の人としての姿も」
「先生が子供の頃にカイキさんは姉と一緒に、震災で亡くなっているので、結構、昔の話にはなりますが、凄く先進的な考えを持っていた方だと思います。それに、思いやりが深くて、勇気があって、でも、どこか寂しそうな顔をすることがあって。姉と一緒に居るときは、本当に幸せそうでした。真っ直ぐで、側にいたら安心できる優しい兄って感じでした」
「話に聞くだけでも、ユウが憧れる理由が分かる」
サワもどうやらカイキの魅力に気づいたらしい。
「きっと、苦労の多かった方だと思います。もともと、先生の姉と知り合ったのは、カイキさんが、王宮を抜け出して当時私が住んでいた集落に逃げてきたんです」
「…そう、だったんですか」
王子が逃げるなど、絶対にあってはならない。憧れを抱いていたカイキがそんなことをしていたなんて日記にはなかった。
「王子がどうお考えになるか、私には分かりませんが、私は、逃げることは悪いとは思いません。逃げる自由だって、一人ずつにあるはずですから。
あれ、雨?娘を迎えにいかないと。じゃあ、お二人も気をつけて」
星先生は、教室を出ていく。
夏の天気は、人の気分みたいに変わりやすい。ザーザーと雨足が強くなり出して、ビカッと稲妻が差し込んで、サワがギュット目をつぶった。
その日は、それで、解散した。
自室の分厚い敷き布団に横たわって、天井を見上げた。
母に、賛のことは聞けなかった。今まで、話題にのぼらなかったということは、母自身が思い出すことを望んでいない。父上も、賛の存在は知っているだろうが、そんな会話を聞いたことはない。
「賛、誰なんだ?」
「見せて」
漢字がずらりと並ぶ。一般人には読めたものではない難解な言い回しばかりのいかにもお偉いさんが書いた文章。このクニの変遷。このクニの政治体制に対する批判が主な内容。なんというか、読み聞かせにはまったく向かない。でも、ユウは簡単に読む。
しかし唐突に目立つ場所に書かれた「賛」というのは読み方が分からない。そして、その文字を取り囲むようにぐちゃぐちゃと塗りつぶされている。
「ザン?」
意味は、いいぞ とかそんな感じなのだが、なんだか気味が悪い。
「いや、発音はそうだけど…でも、急に?この文脈からそれはなんか、意味不明じゃない?それに、周りも塗りつぶされてるし」
「ユウのお母さんなら知ってるんじゃない?」
確かに、女王ならば国史くらい知っているだろう。
ユウは、う~んと背中を伸ばして、紙を光に透かしてみる。
「…これ、もしかして、人名なのかな?」
「人名?なんて、読むの?」
「ここに、書かれてんのこうやって光にすかして見たら、ほら、賛将组织学校系统」
「あ、確かに。あ、あの人じゃない?ほら、ユウがよく言ってた人。日記の」
「カイキさん?漢字が違うよ」
ガラッと音を立てて教室の戸が開く。
「何、してるんですか?今日は学校はお休みですよ」
見ると、そこには30歳くらいの男が立っていた。
「あ、先生、これ、教えてくれませんか?」
先生と呼ばれた男は、ユウとサワの方に近づく。サワは先生と呼ぶが、ユウはそれが誰だか分からない。
「どれどれ?」
「この字です」
男は、ひどく驚いたような顔をした。
「これ、どこで、見つけたんですか?ここの、図書室ではないですよね」
「王宮の図書館です。え、それで、何が書かれていたんですか?星先生」
「アキラ」
「誰なんですかそれ」
「このクニの王様で、今は消息不明。一切の記録を焼かれた人だ。20年くらい前に」
20年前と言ったら、大災害まもなくの頃だ。当然、母は生きているし、カイキの時代とも被っているんじゃないか?
「え、じゃあ、王ってことは、ユウの親戚じゃん。知らないの?」
「知らないよ」
「親戚じゃないよ。だって、賛さんの血を受け継ぐ親戚はいないから」
「え?なんで、あなたにそんなことが分かるんですか?」
「だって、この、賛って人、今の女王の夫だった人だもん。子供も、居なかったし、一人、放浪の旅をして倭国にたどり着いた一般人」
お母さんの、元夫ってこと?
「一般人なのに王ですか?」
「選挙で通った人なんだよ。凄かったね、まるで嵐のようだった」
「ユウ、ヤバイじゃん、新事実過ぎん?」
「女王がね、この賛さんのことは後世に伝えないと言ったんだ。初めての、王命がそれだった」
それで、黒塗りだったんだ。どこか、合点がいくかんじがした。
「いや、星先生、話しちゃったじゃないですか」
「外には黙っててくれないかな、サワさんと、えっと…えーっと」
必死に生徒の名前を思い出そうとする星先生。
「あ、そっか、先生、知らないよね。こちら、ユウ王子です。長いこと、魏へ留学してたから王子と言っても知名度低いけど、警学校は休学してるだけでやめた訳じゃないから実は生徒なんです。こちら、星先生。農学の担当の先生。えっと、不良土壌下における真竹の栽培研究が専門。私、星先生の稲作研究の授業取ってるんだ」
「お、王子様、何ですか…すみません、存じ上げておらず大変な無礼を」
勢いよく頭を下げた、星先生。細身でひょろりとしているが、そのよく焼けた肌を見ていると、夏の農業の大変さを思わせる。
「大丈夫です。それと、母にも秘密にしておきます。僕こそ、名乗らなかったのも問題でしたし、あと、教えてくれてありがとうございます。この賛って言う人のこと」
「ちょうど聞こえてきたんです。カイキっていう名前が。それで、思い出してきたんです」
「カイキさんのこともご存じなんですか?」
「ご存じも何も、文字を習ったのも農学を習ったのもカイキさんからですし、姉の夫はカイキさんでした。いろいろ、大変だったんですけど」
「え、先生、そうだったんですか!?」
ユウの目の色が変わった。
「カイキさんは、どんな方だったんですか?実は、僕、カイキさんの日記を読んでて、勝手に人の日記を読むことがダメなのはそうなんですけど、でも、日記から凄く真面目で優しく、一途な様子が伺えて、漠然と、憧れているんです。王子としての考えも、一人の人としての姿も」
「先生が子供の頃にカイキさんは姉と一緒に、震災で亡くなっているので、結構、昔の話にはなりますが、凄く先進的な考えを持っていた方だと思います。それに、思いやりが深くて、勇気があって、でも、どこか寂しそうな顔をすることがあって。姉と一緒に居るときは、本当に幸せそうでした。真っ直ぐで、側にいたら安心できる優しい兄って感じでした」
「話に聞くだけでも、ユウが憧れる理由が分かる」
サワもどうやらカイキの魅力に気づいたらしい。
「きっと、苦労の多かった方だと思います。もともと、先生の姉と知り合ったのは、カイキさんが、王宮を抜け出して当時私が住んでいた集落に逃げてきたんです」
「…そう、だったんですか」
王子が逃げるなど、絶対にあってはならない。憧れを抱いていたカイキがそんなことをしていたなんて日記にはなかった。
「王子がどうお考えになるか、私には分かりませんが、私は、逃げることは悪いとは思いません。逃げる自由だって、一人ずつにあるはずですから。
あれ、雨?娘を迎えにいかないと。じゃあ、お二人も気をつけて」
星先生は、教室を出ていく。
夏の天気は、人の気分みたいに変わりやすい。ザーザーと雨足が強くなり出して、ビカッと稲妻が差し込んで、サワがギュット目をつぶった。
その日は、それで、解散した。
自室の分厚い敷き布団に横たわって、天井を見上げた。
母に、賛のことは聞けなかった。今まで、話題にのぼらなかったということは、母自身が思い出すことを望んでいない。父上も、賛の存在は知っているだろうが、そんな会話を聞いたことはない。
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