思い出を探して

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記憶を失うまで

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賢太郎は、おぉ!と歓声をあげる。
「どうかな?」
「めっちゃ似合ってるやん!」
純白のドレスに身を包む怜。ウエディングドレスを選ぶのがこんなに楽しいとは思わなかった。
「さっきのとどっちが良いかな?」
「今、着ているやつの方が似合ってんで。裾にかけて、フワーっと広がってる感じがめっちゃ良い!」
即答。ここまで褒めてくれると嬉しい。
「じゃぁ、こっちで」
「はい、わかりました」
試着室に戻って、着替える。結構、面倒な作業だ。

「ドレス、着てる怜さん、めっちゃキレイやったで」
店を出ても、賢太郎の目に焼き付いた怜の姿は離れない。
「ごめんね、買いたいなんてわがままいっちゃって」
「一生に一回のことやもん、それくらいのわがまま全然オッケーやで。まぁ、値段見たときはちょっとビビったけど」
賢太郎は、フッと息を吐く。ドレスの相場を甘く見ていた。
「17万円だもんね」
ウエディングドレスとしては、特段、高いわけでもなければ、安い訳でもない。でも、怜らしいドレス。袖のレースが可愛らしい。
「でも、何でレンタルでもドレスは着られるのに買うことにしたん?」
「着て、将来子供ができたときとか女の子だったらリメイクしてベビードレスとかハンカチにするのもありかなって。男の子だったら、部屋に飾ってたまに眺めても良いし。それに、大切な思い出だもん、何か形に残しておきたくてさ」
賢太郎には無い発想だった。
「なるほどな」
「賢太郎さんは、どんな服にするの?色とか」
「う~ん、どうしよっかな、モーニングコートの黒が一番着たいんやけど、僕って小さいし、多分やけど似合わへんのちゃうかなって」
燕尾服みたいな服で、昼間における最上級正装。
「立ち振舞いも堂々してるし、姿勢も良いから大丈夫だって」
「あー、でも白のタキシードも見たら、かっこよかってんな」
「うん、それも良かった」
2人は、肩を並べて楽しそうにお喋りをして、具体的になってきた結婚式に夢を膨らましている。東京の騒がしい空気から切り離されたような2人の会話。信号のついた横断歩道。ビルに囲まれた都会の真ん中 信号のついた横断歩道。ビルに囲まれた都会の真ん中。


 信号はやがて、青になり、わらわらと歩行者は動き出す。
怜は賢太郎と結婚式への夢を膨らませて、楽しそうに笑っていた。

バン! 

怜に向かって車が突っ込んだ。その衝撃で車は止まって、怜は数メートルは吹き飛ばされた。
本当にスローに見えた。怜の瞬き一つ、指の動き一つ、そんなものがやけに鮮明に見えたんだ。夏の蜃気楼に揺れる怜のどんな些細な仕草も、その瞬間だけが引き延ばされたようなそんな感じだった。
銃声かと思わせるような、重い音がビル群に響く。白い車のボンネットには赤い血が付着した。
賢太郎は慌てて怜に駆け寄る。
「怜さん!怜さん!」
歩行者信号は赤に変わって、車の信号は青になるが騒然とした事故現場が広がった前で誰も動けない。
「返事してや!」
ダメだ。サーッと血の気が引いていく感じがした。いや、僕は消防士やろ。冷静に状況を判断して、助けを求めたら良いねん。
脈拍を確認して、息があることに一安心。
通報をして、救急車が到着するまで懸命に声かけをする。
賢太郎は辺りをキョロキョロと見るが、誰も手を差しのべようとはしてくれない。興味と哀れみの眼差しだけが賢太郎と怜に降り注がれる。

「俺らも手伝います。何したらいいっすか?」
怜さんはスカートだ。でも、使えそうな上着もない。
「何か、バスタオルみたいの持ってませんか?」
「これで良かったら」
助けに来てくれた、いかにも部活終わりの大学生三人組の一人が大判のスポーツタオルを貸してくれる。それを怜さんの足元に広げ、盗撮防止。それから、回復体位をとって、テキパキと指示をしながら待つ。
「車の中の方はどうなっていますか?」
「エアバックに顔面押し当ててます」
それでは気道を確保されていないかも。
「呼吸は?」
「弱ってる感じがします」
「では、少し、体勢を変えて鼻と口で呼吸できるようにしてください!」
頼むから、二人とも死なないで。
焼け石のように熱くなったアスファルト。賢太郎の額から顎を伝った汗が、怜の手にピチャンと落ちる。

 救急車がサイレンを鳴らしながら、到着する。怜は担架で救急車のなかに運ばれる。
賢太郎は救急車に同伴で乗り込む。
狭い車内にはコードと機械がところせましと備えられている。
「こちら、明神怜さん、28歳、女性 
持病なし。血液型はO」
「怪我の状態は分かりますか?」
「心肺ともにあります。ですが、出血があり、意識もはっきりしていません。車にはねられた衝撃でおよそ3から4メートルはとばされました。どうか、助けてください」
「はい、最善を尽くします」


 怜は病院に運び込まれ、そこで、その日の中に手術を受けることになる。
賢太郎は日頃は信じていない神に、祈るより他はなかった。白い廊下と壁、無機質な空間の中でただ一人、怜を待つ。

 運転手は、運転中に突然意識を失っていたことが判明。正直、そのドライバーにどんな感情を抱くのが普通であるか、賢太郎には分からない。もしも、明らかな悪意や、過失があったとするならば、ドライバーを憎んだり、訳を問い正し法的な措置をもって彼を貶めることも出来たかもしれない。でも、これは、そうではない。結果として、怜が轢かれて、今、こうやって手術を受けている事実があったとしても、それは、誰のせいにもならない。

長い溜め息が、消える。



翌日
「右腕の骨折が一番大きな怪我ですね」
レントゲンを見せられると、ぱっくりと骨が割れていた。
「交通事故の場合、すぐには症状がでない怪我もあります、なのでしばらくは入院になりますね」
「入院ですか、治るのはいつくらいでしょうか?」
「そうですね、腕の方は2ヶ月と言ったところですかね。手術で腕にボルトのようなものをはめて、固定をしています」
「そう、ですか」
結婚式には間に合う。良かった。
肩の荷がフッと軽くなる。


 怜は意識を取り戻した。
「ん?ここどこ?」
辺りをキョロキョロと見回すような素振りを見せた怜。病室の怜のベッドの横の椅子から賢太郎はガタッと立ち上がる。
「怜さん、昨日はほんまにゴメン!もっと、はよ気づいてたら」
「お!怜、気が付いたか?」
お父さんも同じ病室に居て、同じように怜のことを覗き込む。
「ん?お父さん?え?隣は誰?あの、すみません、誰ですか?」
「え…?」
目の前が真っ白になった。怜が、そんな冗談を言うような人ではないからだ。
「もう、やめてや、賢太郎やろ」
「すみません、分かりません」
「冗談きついで、婚約者やん」
「…何を言っているんですか?人違いではないですか?」


    
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