思い出を探して

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プロポーズ

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6年後


 勇元はあれから、怜に親身になって寄り添うことで怜を振り向かせてみせて、大学三年の夏から付き合い始めた。
授業でも、その前後の時間や、昼休み、怜に話かけに言ったり、テコンドーの応援に行ったり、時には、話したくて、わざと筆箱を忘れて行ったりしたこともあった。怜は、ツンと冷たかったけれど、徐々に、勇元に心を開いていった。気が付くと、なんとなく、教室の中に彼の姿を探していたんだ。



 そして、無事に大学を卒業してお互いに社会人として働いていた。
今や、親公認で結婚を前提に付き合っている。

互いに仕事が落ち着いたことをキッカケに次のステージについて話し合うことも増えていた。怜は法科大学院に大学卒業後進学をして、猛勉強の末、弁護士資格を取得。今は父の事務所で働いている。賢太郎は、消防官になっていた。昔、賢太郎の実家の向かいの家で家事が起きたときに駆けつけた消防官がカッコ良かったみたいで、ずっと消防官になりたかったそうだ。




二人は旅館に来ていた。
「おやすみなさい、賢太郎さん」
小さな間接照明の光が二人を優しく包み込むようだ。
 二枚の布団と二つの枕が並び、その上に怜と賢太郎は頭をのせる。旅館特有の畳と布団の香りが漂っている。
「おやすみ。怜さん」
 目を閉じても開けても、怜がすぐ近くにいる。3泊4日の旅行。賢太郎と怜にとって、とても濃密な時間だ。
 二日目の夜。山登りが堪えたのか、二人は「おやすみ」の言葉を交わすとすぐに眠りについた。
  キスを交わしたことは、片手で数えきれるほど。ハグも両手があれば十分の回数しかしていない。手が触れあい、手を繋ぐというのは沢山ある。つまり、そういう関係性なのだ。互いの事を信頼し、尊敬し、そして互いが心地のよい温泉くらいの温度で好きあっている。ゆっくりと時間をかけて、温まってきた。

 深夜 賢太郎はパカッと目が覚める。すると、目の前に怜の顔がある。瞼をピッタリとくっつけ少し笑みを浮かべているような寝顔。わざわざ、声をかけて起こすほどのバカではない。だが、前髪をスーッと上げる。起こさないようにソーッと。
 キスの一つや二つ減るものでもないし。
賢太郎は、目の前の怜にジリジリと近づく。
 きっと、今の怜なら何も気付かず、明日の朝、目を覚ますだろう。
「なに考えてんねん」
鼻息くらいの声量で、賢太郎は思い止まる。
「ごめんなさい」
賢太郎は、ゆっくりと怜が半分はみ出た布団を掛け直す。
 賢太郎も、もう一度寝る体勢に入る。


翌朝、先に目を覚ましたのは怜だった。ソーッと洗面所に向かい顔を洗う。彼氏といっても、道着を来て汗だくだくでメイクが落ちているとこところも見せてきた相手だ。スッピンとかあんまり気にしていない。ただ、先に起きて良かった事が一つある。それは、寝ている間に着ていて、はだけまくっている浴衣姿を賢太郎に見られなくて済むことだ。
 着直して、洗顔が終わると、布団に戻る。
 まだ寝てる。賢太郎さん、昨日、お酒飲んでたから少し響いたのかな?いや、賢太郎さんに限ってそんなことはないか。それにしても、賢太郎さんと2人で旅行なんて久しぶりだし、楽しいなぁ。
「おはよう」
「あ、おはよう。朝風呂、行かない?」
「昨日から言ってたな。この時間やったらまだ、人も少なそうやし、急いで準備するな」
スマホのロック画面の上の方に表示される時計を確認する。賢太郎。時刻は6時14分。
「半に行こっか」
「OK」
賢太郎の浴衣は怜と同じものとは思えないほどはだけていない。
「さすが、全然、はだけてないね」
「まぁな」
 賢太郎は、洗面所で洗顔を済ませる。バスタオルとか諸々を手提げかばんに積める。
「そろそろ行かへん?」
「うん」
 怜は、服を着替え、賢太郎は浴衣のままでお風呂から出てくるそうだ。
 部屋から出て、エレベーターを待つ。
「賢太郎さん、今日の水族館楽しみだね」
「花火もな。僕、花火好きやねん」
「前、一緒に手持ち花火したときも子供みたいにはしゃいでたよね」
「あれ?そうやっけ?自分では抑え気味のつもりやったんやけど」
賢太郎は首をかしげる。そうこうしているうちにエレベーターが四階で止まり、そのエレベータに乗り込む。入ると、賢太郎が一階ボタンを押す。エレベーターは狭くはないが広くもない。自然と賢太郎と間が縮まる。
 優しくて誠実で、小さいことだけど、さりげなくエスコートしたりできるし、気が利くし。それで、時々、無邪気に笑う。本当に私ってこの人の事が好きなんだな。と、怜は改めて実感する。
「どうかしたん?なんか顔についてる?」
「ううん」
「あ、そう」
 一階につくと、エレベーターを出て左側のフロントの前を通りすぎて、大浴場に向かう。
「えーっとなん分後くらいに待ち合わせする?」
「7時10分くらいにせぇへん?」
「りょーかい」
それぞれが、赤い暖簾と青い暖簾をくぐる。
 どのお風呂にも1人から3人がいるという混み具合。
 シャワーを浴びて、体を湯に沈める。とろみのあるお湯が朝の肌に馴染む。お団子ヘアーの怜は、肩まで浸かる。

一足先に、お風呂から上がったのは怜だ。こういう場合って、男性が待ちくたびれるということが大いにありそうだが、怜も賢太郎も、基本的には時間ピッタリくらいに来るのでそういう喧嘩とかはない。
「あ、待たせた?」
「ううん」


部屋に戻る。
「洗面所、借りるね。メイクしなくちゃ」
怜は、洗面所にメイク道具を持ち込む。
「はーい」

賢太郎は、服を着替え始める。さらっとしたカジュアルなシャツと、紺色の薄手の長ズボン。どちらも、怜がプレゼントした服だ。そして、賢太郎の一番のお気に入り。
「お待たせ」
怜のストンとおろした髪の毛は実に艶やかで、お洒落なワンピースを着て出てきた。
「朝御飯、楽しみやな」
「確か、バイキングだったよね」
「うん」
「なに食べようか、今から迷っちゃう」
賢太郎はクスッと笑う。
「そろそろ、行こっか」
「そうだね」
怜は賢太郎の手を握って部屋を出る。

 食事処に着くとわらわらと人が沢山居て、空いている席を探すのも一苦労。かと思いきや、海が望める一番良い席に案内された。
「お持ちしておりました、どうぞこちらへ」
「ありがとうございます」
「ごゆっくり」
案内してくれた人は背筋をピンと伸ばしたまま、去っていった。
「取りに行こ」
「そうやな」
腹八分。最後に、賢太郎が珈琲を持ってきてくれた。
「ありがと」
「どういたしまして」
珈琲を飲みながら、今日の予定を確認。午前は、海沿いの公園の散歩そのまま水族館に行ってお昼御飯もそこで食べる。一旦、旅館に戻って花火会場まで歩いていく。花火を見て旅館に帰る。




海沿いを手を繋ぎながら散歩する。歩調は一緒。仕事からもっとプライベートの話までたくさんお喋りをした。


「明神さんにはいつ挨拶をしに行ったらいいんやろ?」
「もう、賢太郎さんと結婚を前提に付き合っているのは知ってるし正式に結婚が決まってからでいいんじゃないかな。」
「それが終わってからやな、お義父さんって呼ぶんは」


「結婚してさ、子供が出来たらどっちに似るかな?」
「どっちでも、めっちゃかわいいやろぉな」


「仕事でさ、民事なんだけど本当に言ってることがどっちもどっちでさ」
「やっぱり、あるんだ、そういうこと」
「あるあるだよ」

賢太郎と話しているときが怜は一番楽しい。


 水族館に行くと、子供のように心踊らせる賢太郎が居て、一緒に笑いあって、時々真剣な顔で魚を解説する姿は学者のようで聞き入ってしまう。自分が知らないことをベラベラと話すのは好きではないという人もいるだろう。でも、怜にとっては賢太郎が熱心に解説するのを聞くのも見るのも、楽しいと思っていた。
暗い館内で、並んだ二つの影からは時々笑い声が聞こえてくる。




運命の時間が近付いてきた。賢太郎は心を落ち着かせるので精一杯。ポケットに入れた指輪は何度確認したことか。

「ここからやったら、花火がよく見えるんちゃうかな」
「人も少ないし穴場だね」

 花火が始まった。ドンという音が響く。夜空に散りばめられたカラフルな火花は刻一刻と姿を変えながら散っていく。パッと咲いた花火は、誰もが目を引く大きさ。小さな花火が後を追うように咲く。息をするのも忘れてただ花火を見る怜。そんな怜を見つめる賢太郎。
止めどなく、打ち上げられる花火。賢太郎はもはや花火どころではなかった。
いつ、言うべきか。


「あの、怜さん」
「何?」
振り向いた怜の後ろで大きな赤い花火が夜空に咲いた。

「僕と結婚してください。怜さんと一緒に幸せな家庭を作っていきたいです」


その一脚のベンチの辺りだけ空気が無くなった。花火の音は聴こえない。ただ、賢太郎の声だけが怜の鼓膜を震わす。怜は一度、二度、目を押さえて、賢太郎が差し出す指輪を左の薬指につけた。
「これが、私の答えです。賢太郎さん、ずっと、これからもよろしくお願いします」
さらりと言った言葉は賢太郎が一番求めていたもので、嬉しくて嬉しくて。
「ありがとう、ありがとう怜さん!」
怜を抱き寄せる。そして、キスをした。スッと唇が触れ合うくらいだったが十分。
どんな言葉が、この感情を言い表せるに適しているか、分からない。それでも、怜も同じ感情を抱いていて、心が一つに繋がったような感覚がした。



 旅館に戻って、話すことがたくさんありすぎて、寝るまでずっと互いに喋り続けた。二人は布団に入って、賢太郎が右。怜が左を向く。すると、ちょうど相手の顔が正面に見える。
「僕には、いささか幸せすぎるな」
「何言っているの、これからもっともっと幸せになるんだよ」
「そうやな。」
手を伸ばし、怜の頭を撫でる。側にいる人をここまで愛おしく思う日が来るなんて、怜に出会う前には夢にも思わなかった。怜は、くすぐったそうに笑った。


きっと、これからいろんな事が二人の前に立ちはだかるだろう。それでも、支え合って越えていく。僕らは、そう決めたんだ。


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