一輪の花

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カフウへ

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花束を持って、貴女へ会いに行きたい  か…

 イチナはカフウからの手紙を続けて二回読んだ。そうして、大切に懐へしまった。
王宮に務め、季節はすっかり冬になっている。手紙もそう何通も出せる環境にはない。基本的には、王宮へ入る手紙は全て検閲対象だ。ただ、侍女と下女宛の検閲対象にならない手紙を入れる日もあるが、それは、三ヶ月に一度。王女付きの下女への恋文は当然、普通なら検閲に引っ掛かって通ってくることはない。今日は入宮して一度目の検閲なしの手紙が入ってくる日。ウキウキしながら待っていた。

「あら、何をしまったの?」
後ろに居たのはユリ王女。
「知り合いからの文です。途中上がり、おめでとう と」
「イチナちゃんにも手紙が来てたの?羨ましい、私に来るのは、変な男からの手紙と、政治関連のばっかりでつまらない」
「私の場合はこの一通だけです」
別に何のおとがめがあるというわけではないが、イチナはカフウと結婚していた過去のあることを隠して王宮で生活していた。ここでは、王家を支えることが最優先事項であり、自分のことは二の次にする者が多い。故に、簡単に帰ったりすることはできない。年季が開けるまでは、一度も帰れないだろう。それどころか、一体、いつ年季が開けるのだろう。
「そうだったの、お返事は出すの?」
「はい、とても、心温まる文でしたので」
「まあ、それは良かったわね。ここは、今、人手も足りているし、お返事を書いておいで。文はいただいた感動が新しいうちの方が良いお返事を書けますよ」
「ですが、まだ、勤務時間ですし、私用で抜けるわけには」
「私が認めるわ」

夕食も終わり、ゆっくりと過ごすだけだと笑った王女。

イチナは、王女へ一つ頼みごとをする。

「ユリちゃん」
やっぱりこの呼び方には少し抵抗があるが、王女が喜んでくださるなら。
「何?」
「王宮から、夜景を見たいです」
「良いわね、行きましょう」
王女はバルコニーへ出る。フワリと風にあおられて広がった裾と、乱れかけた髪の毛を押さえる。

「…綺麗」
バルコニーの柵に手をかける。ふわりフワリと細かい雪が舞っていった。積もりはしなさそうだが、手の甲に雪がのる。
「本当ね、綺麗」
イチナは目を凝らして、自分の村の方を見る。
「あっちに何かあるの?」
「家です、私たちの家があります」
目を細めて探す。
「見えるかしら?」
「きっと、きっと、見えます」
「貴女がそこまで言うってことは見えるってことなのね」
どれだけ、目を凝らして探しても、見つからない。立つ煙をくぐり抜けて、矢倉を飛び抜けて道の遥か先を見ても、どうしても、分からない。
イチナは、柵に置いた手をどかした。
「…見たいだけなのかもしれません」
「いいの?」
「えぇ、すみません、変なことを言って」
「ううん。貴女のおかげで、今日の夜景を見れたわ、ありがとう」

王族というのは、家が広いばかりではなく、心も広いそうだ。カフウと妹に会えないこと以外は実に充足した日々だ。この事を返事の文にしたためようか。


[カフウ様へ

 お手紙ありがとうございます。続けて二回読んでしまいました。
 王女様に頼んで、王宮からの夜景を見ましたが、私たちの家を見つけ出すことは出来ませんでした。やはり、遠く離れているのですね。
 王宮での暮らしは私には贅沢すぎるような毎日です。食事も寝所も、美味しいし、整頓もされています。王女様も優しく、関係も良好です。

花束の入った花瓶が似合いそうな部屋で、私は、今、この手紙をしたためています。今宵は望月で、窓から差し込む月光が手元を照らしています。

 毎夜、冷たい風が、私を貴方の元へ誘おうとするのは、一人が寂しいと嘆く貴方の想いが風に乗っているからでしょうか。それとも、私が、こんなにも貴方に会いたいと願うからでしょうか。
 ふと、ここへ訪ねてくることはないか、偶然に村へ帰ることが出来ないか、夢では会えないか。そんなことばかり、一人になると考えてしまうのです。いつかの貴方の心が、今の私には分かります。
 貴方に会えない日が重なるのがこんなにも辛く思えるのは私が、これまでも、今でも、これからも、貴方の掛け替えのない存在でありたいと思うからでしょうか。

 これから、私と貴方は別々の道を、必死に生きていくと思います。いつ年季が開けるのか まだ、私には分かりません。
 大変な時にも、嬉しい時にも、常には貴方が側に居ない。しかし、例え、手を伸ばして届かなくとも、心は繋がっていると信じています。
 私は、花束では無くとも、貴方にとっての一輪の花でありたい。ずっと、貴方を優しく微笑ませることのできるような存在でありたいのです。花束のような壮大な幸せを見つけることは大変です。私は、たった一輪の花に見つけられる幸せを一つずつ集めて、貴方と一緒に過ごしていました。そのことが、私には世の言葉では言い尽くせないほど、美しい思い出として、心を照らしてくれます。どれだけの、月日が流れようと、それは揺るぎません。

お互いに、頑張ろう。また、絶対に逢えるから。神様だって、そんなに意地悪じゃないはずだし。
 いつも、貴方のこと、応援してるよ。毎日、大変なお仕事お疲れ様。ちゃんと、ごはん食べてる?変な飲み屋にも行ってない?無理しすぎてない?そんな心配、貴方には無用だったかな。やっぱり、私には背伸びした粋な文も何も書けないから、最後はこんな風になっちゃった。

もしも、貴方が寂しいと感じるときには、この手紙を読んでください。そうすれば、貴方の心に春風を吹かせましょう。

イチナ                  ]






 俺は、イチナからの手紙を大切にしまう。

 それから、母のもとへ出向いた。顔なんて絶対に見たくない。今日は母に依願退職届けを出しに行く。
 俺には最初に俺をクビにした司法長官から提案があり、これからは、母の部下という役割を捨てて、司法長官お抱えの人材として、南支部に籍を置く。母の毒騒動を耳にした長官が、俺を憐れんだのか、もう一度、俺を買ったみたいなことだ。ただ、仕事に穴は開けられないので働くところは変わらない。だが、長官は俺の今までの仕事ぶりを評価し、手取り収入は増える見込みだ。さらに、王都への派遣も決まった。まあ、言わば、社長が変わって出世したのである。
 これで、仕事でも家族としても、母とは今後一切関わらなくても良いし、母に評価されて得られる給金で暮らす必要もない。それだけで、俺自身の心は少しばかり軽くなった。

依願退職届けが受理されたことを確認した後、地区本部の宮殿のような建物を出る。

大きく伸びをしたカフウ。
見上げた空には、雲一つない。蒼天が白い太陽を際立たせている。少しばかり柔らかくなった風が、カフウの指をすり抜けた。その風の抜けた先、春を告げる小さな黄色の一輪の花がフワリと揺れた。

「待ってるよ、イチナ」



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