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後編
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「もし……圭介くんの好きな人が菜乃花なんだったら……」
ずっと黙ったままだった沙耶が家のすぐ近くまで来ると、徐に口を開いた。
「……振り向いてもらえるように頑張ろうって思ってた……。だって──菜乃花はアキくんが好きで…………だったら少しは……私も頑張っても良いかな……って……」
ゆっくりと、だけど何かをちゃんと伝えようとしている沙耶に、俺は何も言わず視線を向けた。
「でも……相手がアキくんじゃ………私……勝ち目ないね……」
「…………俺は……アキにとって、ただの友達だから……勝ち目も何も無いでしょ。それ以下にはなれても……それ以上になることは無いから……」
自嘲気味に笑ってしまった俺に、沙耶はどこか悲しげな表情を浮かべた。
「……………………さっきの…………」
立ち止まり、それだけ言いかけて黙りこくる沙耶を俺も黙ったまま見つめた。
「…………さっき……雨宿りしてた時の…………」
───……………ああ…………
煩いほどの雨の音と……菜乃花とキスをするアキの姿…………
「…あれね………菜乃花からしてたんだよ………アキくんは…びっくりしてた………」
「…………え…………」
「私……ずっと見てたから………」
俯いたままそう言ったのが、沙耶の優しさだと思った。
2人のそばから逃げ出した……俺への気遣い……。
「………そっか……」
それでもそれに……俺はほっとしていた。
───アキからしたわけじゃないんだ………。
そんなバカみたいなコトにすら縋りたくなる程………俺は……アキが好きだったから………。
朝から真夏の太陽が容赦なく照りつけていて、昼前の体育の時間にはクラス中その暑さにうんざりしていた。
もちろん俺とアキも例外ではなく、文句を言いながら校庭を走っていた。
「…この炎天下の中走らせるとか………あいつぜってードSだって……」
汗を流しながら体育教師の文句を言うアキに
「………それな……」
俺は一言だけ笑って返した。
あれから3日が経つが、沙耶の口から“俺の気持ち”が漏れることは無く、そして雨の中逃げ出した俺のコトにもアキは触れなかった。
もしかしたら“もう親友ですら、いられないかも”という心配も、少しづつだが俺の中で薄れてきていた。
「しかも女子は体育館とか…………露骨すぎんだろ……」
「くそーッ」と悪態をつきながら走るアキの隣で俺は笑うに留めた。
最近眠れなかったせいか、朝から体調がイマイチで、その時点で笑っているのが精一杯だったからだ。
校庭を2周した辺りから足が重くなり、アキから少し遅れ始めた。
「…………圭介?……」
振り向いた心配そうなアキの顔が、校庭での最後の記憶だった───。
ぼんやりと保健室の天井が視界に映し出され
「あ…………目開いた……」
突然そこにアキの顔が加わった。
「──アキ……!?」
「まぁまぁ、まだ寝てろ」
起き上がろうとした俺の肩をアキは押さえつけそう言うと「先生ー!」カーテンの向こうへ声を掛けた。
「圭介起きたー」
すると養護教諭がカーテンから顔を覗かせ
「──良かった。救急車呼ぼうかって先生達と相談してたのよ?」
ホッとしたように笑いながら中へ入ってきた。
「…………え……」
「具合どう?……頭痛いとか……吐き気するとか……ない?」
「あ…………別に……ちょっと…怠いくらいで……」
「熱も無かったし……じゃぁ様子みて大丈夫かな?私、報告してくるから……もう少し寝てなさいね」
ホッとしたように笑うと、養護教諭はカーテンの外へと姿を消した。
「………………俺…………」
何が何だか解らず、アキを見つめる。
「……走ってて急に倒れたの、覚えてない?」
ポカンとしている俺に呆れたように笑ったかと思ったら、アキの顔がグッと近付き真剣な表情で俺を見つめた。
「ガチでビビったからな!先生達も熱中症じゃないかって騒いで……あと5分目ぇ覚まさなかったらお前、救急車で運ばれてたぞ」
「…………そうなんだ……」
「まぁ、気ぃ失ってたのは5分くらいなもんだったけどな……ここ着いて……すぐ目ぇ開けたから」
保険室の涼しい空気がさっきまでかいていた汗を冷やし、乾かしていく。
俺は何も言わず、窓の外から聞こえる賑やかな声につられるように校庭に視線を向けた。
「……もうすぐ授業終わるな……」
それに気付いたのか、アキがぽつりと口にした。
「…………もっと早く倒れれば体育サボれたのに……終わる間際になって倒れるとか……お前らしいよな」
そしてそう付け加え、笑っている。
「まぁ…………オレもだけどさ……」
最後に言った言葉の意味が解らず…………俺は何となくアキへ視線を戻した。
「…………手放しそうになって……やっと気付くんだよな………」
校庭を見ながら、独り言の様に話し続けるアキの意図が解らず、ただ黙って俺はアキを見つめ続けた。
「……ちょっと違うか……」
そう言って……今度は俺に向け苦笑いする……。
「………………菜乃花と……別れたんだ」
────え………………
「……菜乃花と付き合ってみて…………初めて、自分が好きなのは誰か……分かったから……」
どこか自嘲気味に笑うアキから目が離せなくなって、なぜそんなことを俺に言うのか聞きたいのに……
結局俺は…………何も言えなかった。
放課後、“菜乃花と別れた”そう言っていたアキは当然の様に俺が帰り支度を終えるのを待ち、一緒に教室を後にした。
廊下で菜乃花と沙耶にすれ違った時の、気まずそうな2人が、それが真実であると教えた。
そして菜乃花の横から俺に向けて手を振る沙耶に、俺も小さく手を振り返す。
「───なに!?なにやってんの!?……お前ら……そういう仲な訳!?」
怒っているようにも見えるアキの顔が俺と沙耶を遮り、俺の腕を掴んだ。
「───は!?違うわっ!友達だからだろ!」
そして思わず俺もムキになって返し……どこか……ギクシャクしている……。
「なぁ……なんか食って帰ろうぜ……腹減った」
以前のように言うアキに、つい嬉しくなって
「久しぶりに『ラーメン屋』行かねぇ?俺、最近全然行ってない」
アキが菜乃花と付き合いだす前によく行った店の名前を出した。
『ラーメン屋』と言う名のラーメン屋で、アキも俺も、そのネーミングセンスと安さで気に入っていた。
「…………ラーメン屋かぁ……」
「……ヤダ?」
「ヤじゃねぇけどさ…………」
「…………じゃぁ……なんだよ……」
「あの店 美味いけど油っこいじゃん……」
「………………お前……好きだったじゃん……」
───菜乃花と付き合って……好みまで変わったのか……?
「イヤ……好きだけどさ…………今日はちょっと…………口の中とか……唇……油っこくなるじゃん……」
「──はぁ!?女子かよっ!」
「うるせぇなぁ……とにかく!今日は気分じゃねぇの!」
そう言って不貞腐れた様に足を早めたアキに
「……なんだよ……」
俺も足を早めた。
「今日はマッ○!ポテト食いたい!……決まり!」
「なんだよ!ポテトだって充分油っこいじゃん!」
「良いんだよ!ポテトは!」
そんなことを言いながら、笑いながら歩いていく。
久しぶりの感覚が嬉しくて……
また“アキに1番近い存在”に戻れたような気がした。
くだらない話をして、そうかと思えばお互いスマホをいじって……
そしてそれを徐に見せ合って……
居心地が良くて、ついニヤけてしまいそうになるのを俺は密かに何度も堪えていた。
もうすっかり暗くなった帰り道を2人でのんびりと歩く。
空腹も満たされ、欠伸をする俺とは正反対に、途中からアキは何かを考え込む様にずっと黙っていた。
それが気にならないわけじゃ無かったが、菜乃花と別れたばかりで……その事を考えているのかもしれない……そう思うと、何も言えなくて俺も黙ったまま歩いていた。
「……じゃぁ、また明日な」
いつも別れる公園の横で、俺が当たり前の様に口にすると
「──なぁッ!少し……公園…………寄ってかねぇ……?」
アキが俯いたまま口にした。
自動販売機の横にあるベンチに、アキが買ったコーラを手に座っている。
───なに……この気まずい雰囲気…………
そう思った途端……沙耶のコトを思い出した……。
───もしかして…………沙耶から何か聞いたんじゃ…………
急に心臓がバクバクと音を立て始めた。
俺の気持ちを知って…………
それについての答えを言おうとしてるんじゃ……
アキの性格ならよく解ってる。
何につけても白黒ハッキリさせたがる……。
仮に……俺がアキを好きだと知れば……きっと……どんな答えであれ……ハッキリ告げるハズだ…………。
それで例え…………気まずくなってしまったとしても…………
黙ったまま“見て見ぬふり”が出来るようなヤツじゃない───。
「…………昼間さぁ……オレが言ったこと覚えてる?」
「───え!?」
突然口を開いたアキに思わず声が裏返った。
───昼……間…………?
「……菜乃花と別れた理由……本当に好きなヤツに気付いたって言ったヤツ…………」
「…………え…………?あ、ああ…………」
───あれ…………なんか……違う……かも……
「あれさ…………」
そこでアキが言葉を切った。
膝の上でグッと手を握りしめ緊張しているように見えて、俺は眉をひそめた。
「───あれさ、お前なんだわ」
「──────へ………………」
「オレ……………お前のことが好きなんだよ」
アキの言葉に、全てが消えた───。
頭が真っ白になって…………
言葉が……出てこない…………。
「……少し前から……気付いてたんだけど……言ったら……お前が離れてくんじゃないかって思って……言えなかった…………」
───なに……言って…………
「この前菜乃花に……キスされて…………これ以上誤魔化すのは無理だって思ったんだ……菜乃花にも悪いし……オレ自身……これ以上嘘吐きたくねぇな……って……」
───これは…………俺が見せてる妄想か……?
「お前にも…………友達として隠し続けるのは……騙してるみたいで……イヤだし……」
顔を赤く染め一生懸命言葉を紡いでいるアキが、すごくアキらしくて…………
昔からそうだ。何につけても一生懸命で『良いことは良い、悪いことは悪い』そうハッキリしているヤツだった。
『好きなモノは、誰が何と言おうと好き』
そんなアキが昔から好きだった。
俺がずっと好きでいたアキだ───
「…………そんなコト…………あるか…………?」
つい口をついて出た。
───だって…………俺はアキがずっと好きで……それが…………アキも…とか……
「───ごめんっ!お前のことを考えたら言わない方がいいって思ったんだけと……でも……それは──」
「そうじゃない…………」
アキの言葉を遮り、真っ赤になった顔を、真っ直ぐな瞳を見つめた。
「───なん……で………お前……泣いてんの……?……」
「──────え………………」
アキがそう口にしたのと同時に缶を持っていた俺の手にポタポタと雫が落ちた。
「…………あ………………」
言われて気付いた時にはもう、涙が止まらなくなっていて…………
「 ───ごめんッ!!……なんか…………本当ごめん!」
俺の腕を握り、今度は必死に謝るアキが……
その顔も泣きそうに歪んでて……
俺はアキを抱きしめていた。
「…………圭介…………?」
「……俺も…………アキが好き…………」
「───────え………………」
「…………ずっと前から…………アキが……好きだから…………」
そして、やっと……気持ちを告げた。
ずっと、隠していようと決めていた想い。
アキを無くすくらいなら、友達としてそばにいようと決めていた。
「…………え………………」
まさか…………言える時が来るなんて思いもしていなかった……。
「………………ガチ…で…………?」
「……バーカ………こんなこと……冗談で言うかよ……」
アキの腕がギュッと強く俺を抱き締め返し……そして安心したようにため息を吐いた。
「───言って良かったぁ!……もしかしたら……沙耶と付き合いだすんかな……って思ってたから…………」
そして俺の肩に頭を乗っけた。
その重さが、体温が心地好くて……これが夢じゃないと思える。
「イヤ……ガチで言って良かった……………マジかぁぁ………」
アキの腕がギュッと強く俺を抱きしめた。
短めの真っ直ぐな髪が、首に触れてくすぐったくて……
アキの匂いがする……。
「ヤバい……ガチで嬉しいんだけど…………だってさッ!」
突然俺の身体を離し、真ん丸くなった目が見つめた。
「まさか、両想いになれるとか思わないじゃん!?……イヤ……あの雨の日…………ワンチャン思ったけど…………」
真っ赤に頬を染めて嬉しそうに興奮しているアキに思わず笑ってしまった。
今まで見てきたどのアキより、嬉しそうで……
ずっと見てきたから……。
ずっと傍で、アキだけを見てきた。
「お前…………笑ってんなよ!俺はフラれる覚悟だったんだかんな!」
「──ごめん……」
「……本当に………泣くか笑うかどっかにしろよ」
泣きながら、それでも笑っている俺の頬にアキの指が触れ、照れたような笑顔が涙を優しく拭ってくれる。
「あー……でも言って良かった……」
「……うん………アキが言ってくれなかったら……きっと俺…………ずっと…………」
───『親友』という言葉にしがみついてた……。
「ラーメン屋行かなかった甲斐があった!」
「………………え?」
「願掛け!俺もあそこのラーメン、すげぇ食いたかったけどさ……もし…………万が一…………お前も同じ気持ちでいてくれたら………」
そこで言葉を切ったアキの瞳が真っ直ぐに俺を見つめる。
そんな風に見つめられるのが初めてで、知らないアキの表情に、急に胸が苦しい程鼓動が高鳴った。
「圭介と……キスしたいな……って……」
「────え…………」
突然で頭が追いつかない俺の唇に、アキの温かく柔らかい唇がほんの一瞬だけ触れた……。
「だから、ラーメン食わなかった。……なんかさっ、初めてキスすんのに……唇油でベタベタしてるとか思われたらイヤじゃんッ!?」
照れたのを誤魔化してるみたいに早口で捲し立てるアキが、今……一瞬だけ触れた唇も夢じゃないと言っていて……。
でも頭の中が混乱していた俺は、何が何だか分からなくて……。
だって、何度も想像してたから……。
アキの……唇に触れるのを……。
「……気付くの…………遅くてごめんな……」
もう一度、今度はアキから俺を抱きしめた。
温かい腕に、優しい声にまた涙が溢れ出す。
アキの腕の中で必死に首を横に振る俺に、今度はアキが笑った。
そして少し強くなった俺を包む腕の力に、嬉しくて……俺はそれからしばらく涙が止まらなかった。
「圭介、帰り何か食ってこうぜ」
リュックを背負いながら、いつものようにアキが俺に話し掛ける。
放課後の騷ついた、これもいつもと変わらない教室の中。
「んー。……俺今金無いからラーメン屋がいい。あそこならラーメン食えるし……」
何しろ1杯300円という破格の安さだ。
他じゃ300円で腹が満たされる程の物を買えるとは思えない。
「俺もバイトしようかなぁ……」
独り言を言いながら振り返ると、微かに顔を赤くしてどこか面白くなさそうなアキの顔が目に入った。
「……なんだよ……」
眉をひそめ思わず俺も訝しげに返す。
「…………唇……ベタベタするとか……」
ボソッと言ったアキの言葉に、一気に顔が熱くなる。
「───思わねぇよッ!……バカッ」
あの日から……
俺はアキの『親友』から『恋人』へとポジションが変わった。
それでも大して変わらない日常の中で、時々……イヤ……実は毎日……キスをして……人目の無い時は手を繋いで……。
付き合いだして、初めて『ラーメン屋』に行くけど……
アキとのキスはきっとそれでも甘いハズだ。
ずっと黙ったままだった沙耶が家のすぐ近くまで来ると、徐に口を開いた。
「……振り向いてもらえるように頑張ろうって思ってた……。だって──菜乃花はアキくんが好きで…………だったら少しは……私も頑張っても良いかな……って……」
ゆっくりと、だけど何かをちゃんと伝えようとしている沙耶に、俺は何も言わず視線を向けた。
「でも……相手がアキくんじゃ………私……勝ち目ないね……」
「…………俺は……アキにとって、ただの友達だから……勝ち目も何も無いでしょ。それ以下にはなれても……それ以上になることは無いから……」
自嘲気味に笑ってしまった俺に、沙耶はどこか悲しげな表情を浮かべた。
「……………………さっきの…………」
立ち止まり、それだけ言いかけて黙りこくる沙耶を俺も黙ったまま見つめた。
「…………さっき……雨宿りしてた時の…………」
───……………ああ…………
煩いほどの雨の音と……菜乃花とキスをするアキの姿…………
「…あれね………菜乃花からしてたんだよ………アキくんは…びっくりしてた………」
「…………え…………」
「私……ずっと見てたから………」
俯いたままそう言ったのが、沙耶の優しさだと思った。
2人のそばから逃げ出した……俺への気遣い……。
「………そっか……」
それでもそれに……俺はほっとしていた。
───アキからしたわけじゃないんだ………。
そんなバカみたいなコトにすら縋りたくなる程………俺は……アキが好きだったから………。
朝から真夏の太陽が容赦なく照りつけていて、昼前の体育の時間にはクラス中その暑さにうんざりしていた。
もちろん俺とアキも例外ではなく、文句を言いながら校庭を走っていた。
「…この炎天下の中走らせるとか………あいつぜってードSだって……」
汗を流しながら体育教師の文句を言うアキに
「………それな……」
俺は一言だけ笑って返した。
あれから3日が経つが、沙耶の口から“俺の気持ち”が漏れることは無く、そして雨の中逃げ出した俺のコトにもアキは触れなかった。
もしかしたら“もう親友ですら、いられないかも”という心配も、少しづつだが俺の中で薄れてきていた。
「しかも女子は体育館とか…………露骨すぎんだろ……」
「くそーッ」と悪態をつきながら走るアキの隣で俺は笑うに留めた。
最近眠れなかったせいか、朝から体調がイマイチで、その時点で笑っているのが精一杯だったからだ。
校庭を2周した辺りから足が重くなり、アキから少し遅れ始めた。
「…………圭介?……」
振り向いた心配そうなアキの顔が、校庭での最後の記憶だった───。
ぼんやりと保健室の天井が視界に映し出され
「あ…………目開いた……」
突然そこにアキの顔が加わった。
「──アキ……!?」
「まぁまぁ、まだ寝てろ」
起き上がろうとした俺の肩をアキは押さえつけそう言うと「先生ー!」カーテンの向こうへ声を掛けた。
「圭介起きたー」
すると養護教諭がカーテンから顔を覗かせ
「──良かった。救急車呼ぼうかって先生達と相談してたのよ?」
ホッとしたように笑いながら中へ入ってきた。
「…………え……」
「具合どう?……頭痛いとか……吐き気するとか……ない?」
「あ…………別に……ちょっと…怠いくらいで……」
「熱も無かったし……じゃぁ様子みて大丈夫かな?私、報告してくるから……もう少し寝てなさいね」
ホッとしたように笑うと、養護教諭はカーテンの外へと姿を消した。
「………………俺…………」
何が何だか解らず、アキを見つめる。
「……走ってて急に倒れたの、覚えてない?」
ポカンとしている俺に呆れたように笑ったかと思ったら、アキの顔がグッと近付き真剣な表情で俺を見つめた。
「ガチでビビったからな!先生達も熱中症じゃないかって騒いで……あと5分目ぇ覚まさなかったらお前、救急車で運ばれてたぞ」
「…………そうなんだ……」
「まぁ、気ぃ失ってたのは5分くらいなもんだったけどな……ここ着いて……すぐ目ぇ開けたから」
保険室の涼しい空気がさっきまでかいていた汗を冷やし、乾かしていく。
俺は何も言わず、窓の外から聞こえる賑やかな声につられるように校庭に視線を向けた。
「……もうすぐ授業終わるな……」
それに気付いたのか、アキがぽつりと口にした。
「…………もっと早く倒れれば体育サボれたのに……終わる間際になって倒れるとか……お前らしいよな」
そしてそう付け加え、笑っている。
「まぁ…………オレもだけどさ……」
最後に言った言葉の意味が解らず…………俺は何となくアキへ視線を戻した。
「…………手放しそうになって……やっと気付くんだよな………」
校庭を見ながら、独り言の様に話し続けるアキの意図が解らず、ただ黙って俺はアキを見つめ続けた。
「……ちょっと違うか……」
そう言って……今度は俺に向け苦笑いする……。
「………………菜乃花と……別れたんだ」
────え………………
「……菜乃花と付き合ってみて…………初めて、自分が好きなのは誰か……分かったから……」
どこか自嘲気味に笑うアキから目が離せなくなって、なぜそんなことを俺に言うのか聞きたいのに……
結局俺は…………何も言えなかった。
放課後、“菜乃花と別れた”そう言っていたアキは当然の様に俺が帰り支度を終えるのを待ち、一緒に教室を後にした。
廊下で菜乃花と沙耶にすれ違った時の、気まずそうな2人が、それが真実であると教えた。
そして菜乃花の横から俺に向けて手を振る沙耶に、俺も小さく手を振り返す。
「───なに!?なにやってんの!?……お前ら……そういう仲な訳!?」
怒っているようにも見えるアキの顔が俺と沙耶を遮り、俺の腕を掴んだ。
「───は!?違うわっ!友達だからだろ!」
そして思わず俺もムキになって返し……どこか……ギクシャクしている……。
「なぁ……なんか食って帰ろうぜ……腹減った」
以前のように言うアキに、つい嬉しくなって
「久しぶりに『ラーメン屋』行かねぇ?俺、最近全然行ってない」
アキが菜乃花と付き合いだす前によく行った店の名前を出した。
『ラーメン屋』と言う名のラーメン屋で、アキも俺も、そのネーミングセンスと安さで気に入っていた。
「…………ラーメン屋かぁ……」
「……ヤダ?」
「ヤじゃねぇけどさ…………」
「…………じゃぁ……なんだよ……」
「あの店 美味いけど油っこいじゃん……」
「………………お前……好きだったじゃん……」
───菜乃花と付き合って……好みまで変わったのか……?
「イヤ……好きだけどさ…………今日はちょっと…………口の中とか……唇……油っこくなるじゃん……」
「──はぁ!?女子かよっ!」
「うるせぇなぁ……とにかく!今日は気分じゃねぇの!」
そう言って不貞腐れた様に足を早めたアキに
「……なんだよ……」
俺も足を早めた。
「今日はマッ○!ポテト食いたい!……決まり!」
「なんだよ!ポテトだって充分油っこいじゃん!」
「良いんだよ!ポテトは!」
そんなことを言いながら、笑いながら歩いていく。
久しぶりの感覚が嬉しくて……
また“アキに1番近い存在”に戻れたような気がした。
くだらない話をして、そうかと思えばお互いスマホをいじって……
そしてそれを徐に見せ合って……
居心地が良くて、ついニヤけてしまいそうになるのを俺は密かに何度も堪えていた。
もうすっかり暗くなった帰り道を2人でのんびりと歩く。
空腹も満たされ、欠伸をする俺とは正反対に、途中からアキは何かを考え込む様にずっと黙っていた。
それが気にならないわけじゃ無かったが、菜乃花と別れたばかりで……その事を考えているのかもしれない……そう思うと、何も言えなくて俺も黙ったまま歩いていた。
「……じゃぁ、また明日な」
いつも別れる公園の横で、俺が当たり前の様に口にすると
「──なぁッ!少し……公園…………寄ってかねぇ……?」
アキが俯いたまま口にした。
自動販売機の横にあるベンチに、アキが買ったコーラを手に座っている。
───なに……この気まずい雰囲気…………
そう思った途端……沙耶のコトを思い出した……。
───もしかして…………沙耶から何か聞いたんじゃ…………
急に心臓がバクバクと音を立て始めた。
俺の気持ちを知って…………
それについての答えを言おうとしてるんじゃ……
アキの性格ならよく解ってる。
何につけても白黒ハッキリさせたがる……。
仮に……俺がアキを好きだと知れば……きっと……どんな答えであれ……ハッキリ告げるハズだ…………。
それで例え…………気まずくなってしまったとしても…………
黙ったまま“見て見ぬふり”が出来るようなヤツじゃない───。
「…………昼間さぁ……オレが言ったこと覚えてる?」
「───え!?」
突然口を開いたアキに思わず声が裏返った。
───昼……間…………?
「……菜乃花と別れた理由……本当に好きなヤツに気付いたって言ったヤツ…………」
「…………え…………?あ、ああ…………」
───あれ…………なんか……違う……かも……
「あれさ…………」
そこでアキが言葉を切った。
膝の上でグッと手を握りしめ緊張しているように見えて、俺は眉をひそめた。
「───あれさ、お前なんだわ」
「──────へ………………」
「オレ……………お前のことが好きなんだよ」
アキの言葉に、全てが消えた───。
頭が真っ白になって…………
言葉が……出てこない…………。
「……少し前から……気付いてたんだけど……言ったら……お前が離れてくんじゃないかって思って……言えなかった…………」
───なに……言って…………
「この前菜乃花に……キスされて…………これ以上誤魔化すのは無理だって思ったんだ……菜乃花にも悪いし……オレ自身……これ以上嘘吐きたくねぇな……って……」
───これは…………俺が見せてる妄想か……?
「お前にも…………友達として隠し続けるのは……騙してるみたいで……イヤだし……」
顔を赤く染め一生懸命言葉を紡いでいるアキが、すごくアキらしくて…………
昔からそうだ。何につけても一生懸命で『良いことは良い、悪いことは悪い』そうハッキリしているヤツだった。
『好きなモノは、誰が何と言おうと好き』
そんなアキが昔から好きだった。
俺がずっと好きでいたアキだ───
「…………そんなコト…………あるか…………?」
つい口をついて出た。
───だって…………俺はアキがずっと好きで……それが…………アキも…とか……
「───ごめんっ!お前のことを考えたら言わない方がいいって思ったんだけと……でも……それは──」
「そうじゃない…………」
アキの言葉を遮り、真っ赤になった顔を、真っ直ぐな瞳を見つめた。
「───なん……で………お前……泣いてんの……?……」
「──────え………………」
アキがそう口にしたのと同時に缶を持っていた俺の手にポタポタと雫が落ちた。
「…………あ………………」
言われて気付いた時にはもう、涙が止まらなくなっていて…………
「 ───ごめんッ!!……なんか…………本当ごめん!」
俺の腕を握り、今度は必死に謝るアキが……
その顔も泣きそうに歪んでて……
俺はアキを抱きしめていた。
「…………圭介…………?」
「……俺も…………アキが好き…………」
「───────え………………」
「…………ずっと前から…………アキが……好きだから…………」
そして、やっと……気持ちを告げた。
ずっと、隠していようと決めていた想い。
アキを無くすくらいなら、友達としてそばにいようと決めていた。
「…………え………………」
まさか…………言える時が来るなんて思いもしていなかった……。
「………………ガチ…で…………?」
「……バーカ………こんなこと……冗談で言うかよ……」
アキの腕がギュッと強く俺を抱き締め返し……そして安心したようにため息を吐いた。
「───言って良かったぁ!……もしかしたら……沙耶と付き合いだすんかな……って思ってたから…………」
そして俺の肩に頭を乗っけた。
その重さが、体温が心地好くて……これが夢じゃないと思える。
「イヤ……ガチで言って良かった……………マジかぁぁ………」
アキの腕がギュッと強く俺を抱きしめた。
短めの真っ直ぐな髪が、首に触れてくすぐったくて……
アキの匂いがする……。
「ヤバい……ガチで嬉しいんだけど…………だってさッ!」
突然俺の身体を離し、真ん丸くなった目が見つめた。
「まさか、両想いになれるとか思わないじゃん!?……イヤ……あの雨の日…………ワンチャン思ったけど…………」
真っ赤に頬を染めて嬉しそうに興奮しているアキに思わず笑ってしまった。
今まで見てきたどのアキより、嬉しそうで……
ずっと見てきたから……。
ずっと傍で、アキだけを見てきた。
「お前…………笑ってんなよ!俺はフラれる覚悟だったんだかんな!」
「──ごめん……」
「……本当に………泣くか笑うかどっかにしろよ」
泣きながら、それでも笑っている俺の頬にアキの指が触れ、照れたような笑顔が涙を優しく拭ってくれる。
「あー……でも言って良かった……」
「……うん………アキが言ってくれなかったら……きっと俺…………ずっと…………」
───『親友』という言葉にしがみついてた……。
「ラーメン屋行かなかった甲斐があった!」
「………………え?」
「願掛け!俺もあそこのラーメン、すげぇ食いたかったけどさ……もし…………万が一…………お前も同じ気持ちでいてくれたら………」
そこで言葉を切ったアキの瞳が真っ直ぐに俺を見つめる。
そんな風に見つめられるのが初めてで、知らないアキの表情に、急に胸が苦しい程鼓動が高鳴った。
「圭介と……キスしたいな……って……」
「────え…………」
突然で頭が追いつかない俺の唇に、アキの温かく柔らかい唇がほんの一瞬だけ触れた……。
「だから、ラーメン食わなかった。……なんかさっ、初めてキスすんのに……唇油でベタベタしてるとか思われたらイヤじゃんッ!?」
照れたのを誤魔化してるみたいに早口で捲し立てるアキが、今……一瞬だけ触れた唇も夢じゃないと言っていて……。
でも頭の中が混乱していた俺は、何が何だか分からなくて……。
だって、何度も想像してたから……。
アキの……唇に触れるのを……。
「……気付くの…………遅くてごめんな……」
もう一度、今度はアキから俺を抱きしめた。
温かい腕に、優しい声にまた涙が溢れ出す。
アキの腕の中で必死に首を横に振る俺に、今度はアキが笑った。
そして少し強くなった俺を包む腕の力に、嬉しくて……俺はそれからしばらく涙が止まらなかった。
「圭介、帰り何か食ってこうぜ」
リュックを背負いながら、いつものようにアキが俺に話し掛ける。
放課後の騷ついた、これもいつもと変わらない教室の中。
「んー。……俺今金無いからラーメン屋がいい。あそこならラーメン食えるし……」
何しろ1杯300円という破格の安さだ。
他じゃ300円で腹が満たされる程の物を買えるとは思えない。
「俺もバイトしようかなぁ……」
独り言を言いながら振り返ると、微かに顔を赤くしてどこか面白くなさそうなアキの顔が目に入った。
「……なんだよ……」
眉をひそめ思わず俺も訝しげに返す。
「…………唇……ベタベタするとか……」
ボソッと言ったアキの言葉に、一気に顔が熱くなる。
「───思わねぇよッ!……バカッ」
あの日から……
俺はアキの『親友』から『恋人』へとポジションが変わった。
それでも大して変わらない日常の中で、時々……イヤ……実は毎日……キスをして……人目の無い時は手を繋いで……。
付き合いだして、初めて『ラーメン屋』に行くけど……
アキとのキスはきっとそれでも甘いハズだ。
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