神殺しの花嫁

海花

文字の大きさ
上 下
150 / 173

・・・

しおりを挟む
何処か遠くから誰かに呼ばれたような気がして、幸成は顔を上げた。

しかし仄暗い闇に包まれたまま、先程と全く変わった様子も無く、暫く周りを気にしていたがやがて両手で抱いた膝の間に再び顔を埋めた。

決して真暗では無い筈なのに、この淡い闇が視界の全てを埋め尽くしている。
膝を抱いた両手も、着物の皺すら微かに見えるのに、どこを見ても同じような闇が続いて見えるのだ。

何故自分がここにいるのか解らない。
大声を出しもした、この闇の終わりを探して走りまわったりもした。
しかし終わりもなければ、誰もいない。

何処かへ早く戻りたい衝動に駆られるが、それが何処なのかも、何故戻りたいのかも解らない。
今となっては先程『幸成』と呼ばれた名すら、果たして自分の名前だったのか疑わしく思える。

幸成は僅かに顔を上げると今度は瞳だけで辺りを見回した。
なにか……とても大切なものを忘れている気がするのに、それすら思い出せない。
それが余計不安にさせ、幸成は膝を抱く腕に力を込めた。

するともう一度、先程の声が聞こえた。

「……すまねぇ……幸成……」

名前を呼ばれた時よりはっきりと聞こえた声が、ひどく悲しげで幸成は咄嗟に顔を上げた。

「───琥珀ッ!」

そして無意識に口にした名に胸が苦しいほど締め付けられた。

───こ……はく………………

全てを思い出せた訳では無い。
しかしその名が愛おしいと感じる。

「──琥珀…………」

呼ぶように囁くと、どこからとも無く降った一粒の雫が目の前に落ち、一瞬で闇を払い除けた。




もう見えているのかも分からない琥珀色の瞳が、幸成だけを見詰めた。
せめて幸成だけは、生きて逃げて欲しい。
今ならまだ、幸成を逃がすくらいの時間なら立っていられる。

「…………幸成…………」

光が消えかけた眼差しが、かすれる声が、それでも必死に愛する者へ向けられる。

「………まだ幸成の心配か?…………随分と余裕だな」

皮肉を込めた笑顔にすら反応することも無く、その瞳は一点から動かない。

それにどこか面白くなさそうに成一郎の笑顔が消えると、琥珀の心臓を握る手に力を込めた。
あとはこれを身体が回生する間を与えないよう引きずり出し、握り潰せば全てが終わる。
そしてそれを幸成の口へ入れ、飲み込ませればいい。
多少の計算違いがあったものの、概ね上手くいった。
もう少し……真神の苦しむ顔を拝みたかったが、幸成の怪我を思えば諦めるに足りる。

まだ脈打つ心臓を強く握り締めると、成一郎は満足気に笑った。

───俺の勝ちだ───

しかしその過信と僅かな隙が背中を無防備にさせた。
琥珀だけに気を取られていた成一郎の胸に、不意に熱い程の熱が走った。
そしてつい今まで光を失いつつあった目の前の瞳が、安堵し光を取り戻している。

「────兄上ッ………………」

幼い頃より散々聞いてきた声が、怒りと憎しみを含み、すぐ後ろで聞こえた。

「あなただけは…………許さないッ」




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

柔道部

むちむちボディ
BL
とある高校の柔道部で起こる秘め事について書いてみます。

生意気な少年は男の遊び道具にされる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...