神殺しの花嫁

海花

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「……こんな夜に動き出すたぁ……よくよく気に食わねぇ……しかも……山に火を放ったのは…もっと気に食わねぇ……」

紫黒が苦虫を噛み潰したよう様に顔を歪めた。
既にあちらこちらから火の粉が上がり、獣の悲鳴や人間共の怒声が聞こえる中、琥珀も苛立ちを抑えること無く舌打ちをした。

───クソッ…………間が悪ぃな…………

本当ならあの状態の幸成を一人にしておきたくなかった。
腕の中で幸成の様子が何故おかしかったのかも、自分へ刀を向けた理由さえ解っていないのだ。
それは幸成を余計不安にさせる。

琥珀がもう一度口の中で苛立ちを音にすると、紫黒が口を開いた。

「…………琥珀……お前はこの火をどうにかしろ。後は俺がどうにかする」

そう言って紫黒の視線がちらりと着替えたばかりの着物を紅く染める胸へ向けられた。

あの部屋で何があったのかは解らない。
聞いたところで、琥珀が言うとも思えなかつた。
しかしもし……胸の傷が心臓まで達しているようなことがあれば、いくら“神”とはいえ何も無い訳がなかった。

「……なに甘っちょろい事抜かしてんだ……?オレが護るものに手を下すってことがどんな事か……存分に味あわせてやるさ」

不敵に笑った琥珀の瞳が既に紅く染まっている。

「………それは……この地のことか?…………それとも幸成のことか……?」

「愚問だろ」

琥珀の返事に紫黒は大きく溜息を吐いた。

「お前は“大口真神”だということを忘れるな。一時の感情だけに身を任せてどうする……」

「オレが何者かは関係ねぇ。護りたい者を護るだけだ……。それにオレは……生まれてから一度だって自分が“神”だなんて思ったことは無ぇ」

その言葉に今度はもっと深く溜息を吐くと、紫黒は諦めた様に肩を竦めた。

自分が主に仕えるようになってから、良くも悪くも他の神々と関わるようになり解ったことがある。
“神”と呼ばれる者たちは意外に『我』が強く、独占欲が激しい。
それにそう簡単に死なない身体を持って産まれたせいか、往々にして無鉄砲だ。
“思慮深く、慈愛に溢れている”などというのは、勝手な思い込みに過ぎない。
稀にそういった者もいるが、それは極稀に過ぎない……。

「……勝手にしろ。俺は黒曜と合流する……お前はあの男を探すんだろ?」

「ああ……奴の息の根を止めるのが一番早ぇ」

「………………無茶はすんなよ」

いつもとは違う紫黒の悲哀に満ちた声に、琥珀の顔が一瞬戸惑う様に歪んだ。
しかしそれをすぐに断ち切るようにニヤリと笑い

「案ずるな。オレは“大口真神”なんだろ?」

そう言った、怒りを殺したその顔に嫌味のひとつでも返そうと紫黒が口を開き掛けた時には、その姿は見えなくなっていた。


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