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正成は顔色ひとつ変えず、嘲笑するように鼻で笑った。
「……生き恥を晒してまでこの儂に進言とは……。言ってみろ。最後にそれくらいは聞いてやる」
───生き恥…………
生きて戻ったことを恥だと言った正成の顔をもう一度見据えると、幸成は畳に額が着く程深々と頭を下げた。
「…………神殺しなど、どうかすぐにお止め下さい。大口真神を殺す必要などありません」
言葉が切れると、虚空とも思える沈黙が幸成を包んだ。
「聞く」と言った父が、本当に聞いているのかも分からない。
果たして言葉がその耳に届いているのか
もしかしたら言葉にした気になっているだけで、実際は自分の口からはなんの音も出てはいないのではないか
おかしなことにそんな不安が胸を襲った。
正成の考えに反する事を言っているのに、全くなんの気配も感じられないのだ。
先程まで肌をピリつかせていた威圧すら感じられなくなっている。
自分しかいない部屋で話している……そんな気させする。
辛うじて、自分を案じている黒川の気が漂っているだけだ。
幸成は顔を上げ、父の顔色を窺いたい衝動に駆られた。
父の言葉に背いて、怒らせない訳が無い。
───ダメだッ!…………
今父の顔を見たら、また何も言えず、言いなりになってしまうと分かる。
畳についた手に色が変わるほど力を入れ、頭を擦り付けたまま幸成は言葉を続けた。
「山神は贄など望んではおりません!人との争いも望んではいないんですッ!……ただ穏やかに………人の様に暮らしているだけで……戦う必要などないんです!──ですからどうか…………」
そこでやっと幸成が顔を上げ父に視線を向けた。
───琥珀の穏やかな時間を、やっと手にした幸せを……守りたい。
その一心で言葉を紡いだ幸成の瞳に映ったのは、なんの感情も感じられない、果たして自分を見ているのかも分からない正成の冷たい眼差しだった。
怒りも無い、蔑んでいるのとも違う。
それすら惜しんでいるような冷たい瞳……。
「…………言いたいことはそれだけか?」
背筋に寒気が走るような、感情のない声でそう言うと、正成は無言で立ち上がり、閉められていた障子を一気に開け放った。
「外に出ろ。幸成」
「…………父上……」
思わず声が震える。
正成が“何の為に”外に出ろと言ったか、その場にいた全員が理解した。
「最後くらい儂の手で逝かせてやる。黒川、刀を持って来い」
「正成様ッ……」
止めに入ろうとした黒川の動きを幸成の言葉が止めた。
「──構いませんッ!……俺は………どうなっても構いません……。しかし……山神だけは……神殺しなどと馬鹿げた事はお止め下さいッ!」
生まれて初めて怒鳴り声をあげ父を非難していた。
幸成はもう恐怖さえ感じなくなっていた。
父がああ言った以上、間違いなく自分を手にかけるだろう。
それならせめて琥珀だけは……。
「化け物などに絆されおって……」
「──化け物などでは無いッ!あの人は……あなたより余程人間らしい!」
「…………“あの人”だと…………?」
隠していた怒りが一気溢れ、正成の目が怒気を孕み揺れた。
跪いた幸成の胸元を掴むと、そのまま開け放たれた庭へ細い身体を投げつける様に放り出した。
「…………その様な卑しい跡を付けおって……儂の目が誤魔化せるとでも思ったか……?」
開けた胸元や裾から、昨夜琥珀につけられた花弁の様な痣が幾つも晒されている。
「……汚らわしい…………」
まるで道端に捨てられた汚物が視界に入ってしまった様に、正成が吐き捨てた。
「それでもこの父の手で介錯される事を有難く思え」
地面に着いた幸成の手が、その砂ごと握られた。
自分の無力さがただ情けなかった。
元々捨てていた命など惜しくない。
本当ならあの祭りの夜、琥珀に噛み殺されると思っていた命だ。
ただ、愛しい者を守りたいが為に、ここに戻ってきたと言うのに……。
───琥珀を……守ることすら出来ないのか…………
「…………父上……」
しかしそこで初めて、止めるでもなく傍観していた成一郎が口を開いた。
「……生き恥を晒してまでこの儂に進言とは……。言ってみろ。最後にそれくらいは聞いてやる」
───生き恥…………
生きて戻ったことを恥だと言った正成の顔をもう一度見据えると、幸成は畳に額が着く程深々と頭を下げた。
「…………神殺しなど、どうかすぐにお止め下さい。大口真神を殺す必要などありません」
言葉が切れると、虚空とも思える沈黙が幸成を包んだ。
「聞く」と言った父が、本当に聞いているのかも分からない。
果たして言葉がその耳に届いているのか
もしかしたら言葉にした気になっているだけで、実際は自分の口からはなんの音も出てはいないのではないか
おかしなことにそんな不安が胸を襲った。
正成の考えに反する事を言っているのに、全くなんの気配も感じられないのだ。
先程まで肌をピリつかせていた威圧すら感じられなくなっている。
自分しかいない部屋で話している……そんな気させする。
辛うじて、自分を案じている黒川の気が漂っているだけだ。
幸成は顔を上げ、父の顔色を窺いたい衝動に駆られた。
父の言葉に背いて、怒らせない訳が無い。
───ダメだッ!…………
今父の顔を見たら、また何も言えず、言いなりになってしまうと分かる。
畳についた手に色が変わるほど力を入れ、頭を擦り付けたまま幸成は言葉を続けた。
「山神は贄など望んではおりません!人との争いも望んではいないんですッ!……ただ穏やかに………人の様に暮らしているだけで……戦う必要などないんです!──ですからどうか…………」
そこでやっと幸成が顔を上げ父に視線を向けた。
───琥珀の穏やかな時間を、やっと手にした幸せを……守りたい。
その一心で言葉を紡いだ幸成の瞳に映ったのは、なんの感情も感じられない、果たして自分を見ているのかも分からない正成の冷たい眼差しだった。
怒りも無い、蔑んでいるのとも違う。
それすら惜しんでいるような冷たい瞳……。
「…………言いたいことはそれだけか?」
背筋に寒気が走るような、感情のない声でそう言うと、正成は無言で立ち上がり、閉められていた障子を一気に開け放った。
「外に出ろ。幸成」
「…………父上……」
思わず声が震える。
正成が“何の為に”外に出ろと言ったか、その場にいた全員が理解した。
「最後くらい儂の手で逝かせてやる。黒川、刀を持って来い」
「正成様ッ……」
止めに入ろうとした黒川の動きを幸成の言葉が止めた。
「──構いませんッ!……俺は………どうなっても構いません……。しかし……山神だけは……神殺しなどと馬鹿げた事はお止め下さいッ!」
生まれて初めて怒鳴り声をあげ父を非難していた。
幸成はもう恐怖さえ感じなくなっていた。
父がああ言った以上、間違いなく自分を手にかけるだろう。
それならせめて琥珀だけは……。
「化け物などに絆されおって……」
「──化け物などでは無いッ!あの人は……あなたより余程人間らしい!」
「…………“あの人”だと…………?」
隠していた怒りが一気溢れ、正成の目が怒気を孕み揺れた。
跪いた幸成の胸元を掴むと、そのまま開け放たれた庭へ細い身体を投げつける様に放り出した。
「…………その様な卑しい跡を付けおって……儂の目が誤魔化せるとでも思ったか……?」
開けた胸元や裾から、昨夜琥珀につけられた花弁の様な痣が幾つも晒されている。
「……汚らわしい…………」
まるで道端に捨てられた汚物が視界に入ってしまった様に、正成が吐き捨てた。
「それでもこの父の手で介錯される事を有難く思え」
地面に着いた幸成の手が、その砂ごと握られた。
自分の無力さがただ情けなかった。
元々捨てていた命など惜しくない。
本当ならあの祭りの夜、琥珀に噛み殺されると思っていた命だ。
ただ、愛しい者を守りたいが為に、ここに戻ってきたと言うのに……。
───琥珀を……守ることすら出来ないのか…………
「…………父上……」
しかしそこで初めて、止めるでもなく傍観していた成一郎が口を開いた。
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