神殺しの花嫁

海花

文字の大きさ
上 下
99 / 173

・・・

しおりを挟む
正成は顔色ひとつ変えず、嘲笑するように鼻で笑った。

「……生き恥を晒してまでこの儂に進言とは……。言ってみろ。最後にそれくらいは聞いてやる」

───生き恥…………

生きて戻ったことを恥だと言った正成の顔をもう一度見据えると、幸成は畳に額が着く程深々と頭を下げた。

「…………神殺しなど、どうかすぐにお止め下さい。大口真神を殺す必要などありません」

言葉が切れると、虚空とも思える沈黙が幸成を包んだ。

「聞く」と言った父が、本当に聞いているのかも分からない。
果たして言葉がその耳に届いているのか
もしかしたら言葉にした気になっているだけで、実際は自分の口からはなんの音も出てはいないのではないか
おかしなことにそんな不安が胸を襲った。

正成の考えに反する事を言っているのに、全くなんの気配も感じられないのだ。
先程まで肌をピリつかせていた威圧すら感じられなくなっている。
自分しかいない部屋で話している……そんな気させする。
辛うじて、自分を案じている黒川の気が漂っているだけだ。

幸成は顔を上げ、父の顔色を窺いたい衝動に駆られた。
父の言葉に背いて、怒らせない訳が無い。

───ダメだッ!…………

今父の顔を見たら、また何も言えず、言いなりになってしまうと分かる。
畳についた手に色が変わるほど力を入れ、頭を擦り付けたまま幸成は言葉を続けた。

「山神は贄など望んではおりません!人との争いも望んではいないんですッ!……ただ穏やかに………人の様に暮らしているだけで……戦う必要などないんです!──ですからどうか…………」

そこでやっと幸成が顔を上げ父に視線を向けた。

───琥珀の穏やかな時間を、やっと手にした幸せを……守りたい。

その一心で言葉を紡いだ幸成の瞳に映ったのは、なんの感情も感じられない、果たして自分を見ているのかも分からない正成の冷たい眼差しだった。
怒りも無い、蔑んでいるのとも違う。
それすら惜しんでいるような冷たい瞳……。

「…………言いたいことはそれだけか?」

背筋に寒気が走るような、感情のない声でそう言うと、正成は無言で立ち上がり、閉められていた障子を一気に開け放った。

「外に出ろ。幸成」

「…………父上……」

思わず声が震える。
正成が“何の為に”外に出ろと言ったか、その場にいた全員が理解した。

「最後くらい儂の手で逝かせてやる。黒川、刀を持って来い」

「正成様ッ……」

止めに入ろうとした黒川の動きを幸成の言葉が止めた。

「──構いませんッ!……俺は………どうなっても構いません……。しかし……山神だけは……神殺しなどと馬鹿げた事はお止め下さいッ!」

生まれて初めて怒鳴り声をあげ父を非難していた。
幸成はもう恐怖さえ感じなくなっていた。
父がああ言った以上、間違いなく自分を手にかけるだろう。
それならせめて琥珀だけは……。

「化け物などにほだされおって……」

「──化け物などでは無いッ!あの人は……あなたより余程人間らしい!」

「…………“あの人”だと…………?」

隠していた怒りが一気溢れ、正成の目が怒気を孕み揺れた。
跪いた幸成の胸元を掴むと、そのまま開け放たれた庭へ細い身体を投げつける様に放り出した。

「…………その様な卑しい跡を付けおって……儂の目が誤魔化せるとでも思ったか……?」

はだけた胸元や裾から、昨夜琥珀につけられた花弁の様な痣が幾つも晒されている。

「……汚らわしい…………」

まるで道端に捨てられた汚物が視界に入ってしまった様に、正成が吐き捨てた。

「それでもこの父の手で介錯される事を有難く思え」

地面に着いた幸成の手が、その砂ごと握られた。
自分の無力さがただ情けなかった。
元々捨てていた命など惜しくない。
本当ならあの祭りの夜、琥珀に噛み殺されると思っていた命だ。
ただ、愛しい者を守りたいが為に、ここに戻ってきたと言うのに……。

───琥珀を……守ることすら出来ないのか…………

「…………父上……」

しかしそこで初めて、止めるでもなく傍観していた成一郎が口を開いた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

柔道部

むちむちボディ
BL
とある高校の柔道部で起こる秘め事について書いてみます。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

生意気な少年は男の遊び道具にされる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

処理中です...