神殺しの花嫁

海花

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目の端で木の影に隠れる鹿の姿を捉えると、獣の口がほくそ笑み、それと同時にその場から姿が消えた。
そして恐怖すら感じないまま最後を遂げた、その鹿の首を咥えている琥珀の耳に微かだが、遠くからの銃声が届いた。

人間が山に入ってきたのだ。

数年前から人間が獣を狩るのに銃を使うようになり、熊や狼、猪などが標的になっていた。
要は『人間に害をなす』と言われる獣たちだ。

琥珀は咥えていた鹿をドサリと落とすと、口の周りの血を舐め「チッ」と舌打ちした。

───クソが…………

そして再び鹿を咥えると巣穴に向かって風のように走り出した。



口に咥えた鹿の血の匂いとは別の匂いが鼻を衝く。

火薬の匂いと別の血の匂い。

それが巣穴の前で倒れている浅葱からしていると理解出来るまで、琥珀はただ呆然と立ち尽くしていた。
雪の上に飛び散った血が、まるで椿の花弁の様に見え、ボロボロになった毛皮が深紅に染まっている。

「………………あさ……ぎ…………?」

獲物を咥えていることも忘れ名前を呼ぶと、大きな音を立て鹿の身体が雪の上に落ちていった。
自分で意図した訳ではなく人の姿に変化した身体で、琥珀はゆっくりと浅葱の体を抱き起こした。
止めどなく流れる血が琥珀の身体をも紅く染めていく。

温かいのに…………
息遣いも……鼓動も…………
感じられない…………

「………………浅葱…………?」

ただ熱だけを残した獣の死骸を抱きしめる手が震えている。

「…………嘘だ………揶揄ってんだろ…………?…」

今朝まで笑っていた。
今日は調子が良いんだ……そう言って久しぶりに琥珀の頬や髪や……身体を舐めてくれた。
その温かさが嬉しくて
「今日こそデカい獲物を持ってきてやるよ」
自分もそう笑い返した。

「…………浅葱…………?……なぁ…………今日…鹿を仕留めたんだぜ………………なぁ…………」

いつも傍にいてくれた…………。

出会ったあの雪の日を……今でも鮮明に覚えてる。

「…………なぁ……褒めてくれよ…………?良くやった…………っ……て…………」

初めて家族が出来た。
誰かの隣で眠る温かさも
身体を舐めもらう心地良さも
全て浅葱が教えてくれた…………。

何も返さない浅葱の身体が少しづつ冷たくなっていく。
そして琥珀の瞳に浅葱の身体に隠れるように、自分が連れてきた二匹の“弟”の姿が映った。
真紅な血溜まりの中に、やはり動かなくなった小さな身体。


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