上 下
10 / 11

お祭り編 ~攻略~

しおりを挟む
    夕方の空にパンパンと音だけの花火の音が響いている。
「俊!早く!祭り始まるぞ!」
    浴衣に着替えた葵が俺が着替え終わるのを今か今かと落ち着きを無くして待っている。今日はこの辺では一番大きな祭りの日で葵は朝からソワソワしていた。何しろ相当前から浴衣を準備して夏休みを待ちわびる小学生の様に楽しみにしていたからだ。
「ちょっと待ってよ……」
 動画を見ながら何とか葵には浴衣を着せたけど……。これが自分が着るとなると本当に難しい……。
 俺は父さん達の寝室で、唯一ある姿見を見ながらお腹の前で何度もやり直し、やっと帯を結ぶと背中に回して何とか形付た。そしてようやく出来たことに大きなため息をついた……。
 ───疲れた…………。
「俊?出来た?」
 葵が顔を覗かせる。着替えている間中何度見にこられたことか……。
「出来たよ」
 俺は苦笑いして葵を見る。
「……俊……やっぱり良く似合う」
 葵がそばまで来ると俺の肩を持って
「俊は絶対生成りが似合うと思ったんだ…。すごく可愛い」
 嬉しそうに笑った……。
 ───それは…19の男に向けた褒め言葉だろうか…………。
 濃紺の浴衣を着て適度に開いた胸元からキレイな鎖骨が見えて…俺から見たら葵の方が余程……ドキッとする程色っぽくて…浴衣が良く似合っている……。
「─俊……」
 葵が色っぽい目付きで見つめ、俺の顎を持ち上げるといつもの様に口付けた。熱い舌が俺の全てを絡め取る様に蠢いて思わず声が漏れる……。
「───脱がしたい…………」
 俺の耳元で葵が囁いた……。
 ───え…………?
「ちょっ…ちょっと待ってよ!」
 ───待て待て待て!!…冗談じゃない!どんだけ苦労して着たと思ってんの!?
「……なんで?」
 俺の首筋にキスをしながら葵が聞いてくる。せっかく着た浴衣がはだけ始めて俺は本気で焦りだした。
「なんでって……やっと着たんだけどっ!」
 俺は珍しく葵の身体を押し退けた。
 すると葵が面白くなさそうに俺を睨みつける。
「浴衣なんかまた着ればいいじゃん……」
 ───いやいやいや……簡単に言い過ぎだろ……
「葵だって…早く祭り行こうって言ってただろ!?また同じ時間待つの!?祭り終わっちゃうだろ!?」
 俺はこれ以上葵の機嫌を損ねない様に言葉を選んで説得した。これでまた着直すなんて事になったら…絶対心が折れる!
 葵はしばらくの間何かを考える様に俺を睨み付けていたが、ふと少し強めの力で俺の肩を押した………。
 「……………え…………?」
 俺はバランスを崩し父さん達のベッドに倒れ込んだ。葵がベッドに膝をつき俺に覆い被さると
「俺とするの………嫌だってこと………?」
威圧的に見下ろす………。
 ———違う!違う!……確かに今すぐしたいかと言われれば『したくない!』でもそれは『浴衣を着直すのが嫌』なだけで…………。だって……本当に大変だったから………。
 だけど…俺はこうなった葵にそんな道理が通じないのをちゃんと解っている………。焦る頭でこの場をどう切り抜けるか考える。
「そんなこと言ってないだろ?……今は時間無いし……俺は帰ってからゆっくりしたいなって………」
 俺の言葉に葵は首を軽く傾げ俺を訝しげに見つめ
「それもそうだけど………」
ポツリと呟く。
 ———ナイス!俺!それでも少しは葵の扱い方が上手くなってきた気がする………
 しかし………葵の顔が近付いてきて、再び俺にキスをして首筋に舌を這わせる………
「今もして……帰ってからもゆっくり…すればいいじゃん……」
 そう言うと首筋にキスをして軽く歯を立てた。
 ———確かに…………………
「———あっ……ん………」
 思わず声が漏れる……俺の弱いところをよく解ってる………。
 ———全然…ダメじゃん……俺………葵の攻略……全然出来てないよ……。
 落ち込む俺に気付きもせず……葵の長い指が浴衣の裾を捲り俺の下着の中に滑り込んだ…………。

 「俊!早くしろよ!」
 葵がまた俺の着替えを覗きに来て呆れたように戻って行った。俺は何とか帯を結び終え形を整える。
 ———さすがに2回連続で着ると少しは早くなるな………。
 さっき着た時には無かった首筋の赤いアザを鏡に近付いて指で触る。浴衣だからどうやっても隠せない。俺は小さくため息をつき肩を竦めると
「お待たせ」
と、葵の元へ向かった。
「遅いよ!早く行こう!」
と嬉しそうに笑う葵に思わず苦笑いする。
 ———いつか……葵を攻略出来る日は………来るのだろうか……



 
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

代わりでいいから

氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。 不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。 ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。 他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...