鳥籠の花

海花

文字の大きさ
上 下
91 / 98

・・・

しおりを挟む
「昼飯、ちゃんと食ったのかよ……?」

 校舎の影になるせいか、普段あまり人が来ない古びたベンチに座る和志は、聞き慣れた声にチラリと一瞬視線を向けると、面倒くさそうに溜息を吐き

「…………暇なの?俺の昼の心配までしてくれるなんてさ」

皮肉を口にした。

「…………“俺”ね……。最近昼食ってねぇだろ。また倒れんぞ」

 梓もそれに溜息混じりで返すと、和志の隣へと腰を下ろした。
 あの日以降、和志の周りに哲太が来ている様子は無い。
 秀行が、何を企んだのかは知らないが、それが上手くいったのだろうと解る。
 しかしそれ以上に、和志が傷ついているのも、梓には痛い程解っていた。

「人間てさぁ、そんな簡単に倒れないんだよね…………いっそ……倒れられたら楽なのにね」

 和志はそう言うと自嘲気味に笑った。
 しかし、いつもなら悪態をつく梓が何も言わないことに、視線をそちらに向けた。

「…………なに……そんな顔してんだよ……冗談だよ!冗談」

 初めて見る、泣きそうにも見える梓の表情に、和志はおどけるように笑ってみせた。

「今頃夏バテがきてんのかさ、イマイチ食欲が無いだけ──」

「俺にしとけよ」

 和志の言葉が言い終わらないうちに、梓の腕が伸ばされ、細い身体を抱きしめた。

「……梓…?」

「あんな奴やめて、俺にしろよ……」

「……なに言って……」

「お前が、クソ野郎から逃げたくねぇって言うなら……俺がずっとそばにいる………地獄の底までだって、お前となら俺は…………」

 梓の、今まで決して見せなかった真剣な声に、呆れたような溜息が、やがて軽口へと変わった。

「勝手に人を地獄に堕とすなよ」

 梓の身体を押し離すと、和志は少し困ったように笑った。

「この間のこと気にしてるんでしょ……?あの時は、たまたま体調悪かっただけだって……」

 金曜の放課後、おかしくなった自分を一番近くで見ていたのは梓だ。目の前で、正気を失っていく人間を見ているのがどれ程恐ろしかったか、きっと自分には想像もつかない。

「もう、二度とあんなことにはならないよ」

 和志はそう言うと、慰めるように優しく笑った。





「─── 一本ッ!」

 そう広くも無ければ、年代物と言っても過言では無い道場に、清々しい程の顧問の声が響いた。
 しかし、いつもなら僅かにでも高揚するその声にも、澱んだ気持ちが晴れることが無いまま、哲太は道着の襟を直した。

「…………お前なぁ……うちの部員潰す気かよ……」

 壁際に置かれたペットボトルに手を伸ばした哲太に、中田が呆れたように声を掛けた。

「顧問はバカみたいにはしゃいでっけど、毎日毎日、手加減無しでお前のストレス発散に使われちゃ堪んねぇんだよ」

 和志と会わなくなってから、毎日柔道部を訪れては、晴れることの無い気持ちと、行き場のない想いを稽古と称しぶつけていた。

「…………別に…そんなつもりねぇし……」

「嘘こけッ!幼馴染くんと会えなくなって、ずっとイライラしてんじゃねぇか」

 妙に勘のいいこの男を一瞥すると、哲太は残りのお茶を一気に飲み干した。

 秀行と話をした日から和志には逢いに行っていない。
 あの日、秀行から『和志の病状が落ち着くまで、会わないでほしい』そう言われた。それが数ヶ月なのか、それとも何年も掛かるのか……それすら分からない。
 それでも今は、待つことしか出来ないのだと、夕闇の中の和志の姿が蘇っては教えた。
 あれが、和志の望むことでは無いのなら、自分と離れることで、あんなことをしなくて済むなら、哲太はいつまででも待つつもりでいた。
 例えその時、和志の隣にいるのが“的場梓”だったとしても。

「───クソッ」

 そう思いながらも、痛み続ける胸の内を誤魔化すように、哲太は空になったペットボトルを済みに置かれたゴミ箱代わりのダンボールに投げ入れた。


 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

自分の完璧に応えられない妻を売った伯爵の末路

めぐめぐ
恋愛
伯爵である彼――ボルグ・ヒルス・ユーバンクは常に、自分にとっての完璧を求めていた。 全てが自分の思い通りでなければ気が済まなかったが、周囲がそれに応えていた。 たった一人、妻アメリアを除いては。 彼の完璧に応えられない妻に苛立ち、小さなことで責め立てる日々。 セーラという愛人が出来てからは、アメリアのことが益々疎ましくなっていく。 しかし離縁するには、それ相応の理由が必要なため、どうにかセーラを本妻に出来ないかと、ボルグは頭を悩ませていた。 そんな時、彼にとって思いも寄らないチャンスが訪れて―― ※1万字程。書き終えてます。 ※元娼婦が本妻になれるような世界観ですので、設定に関しては頭空っぽでお願いしますm(_ _"m) ※ごゆるりとお楽しみください♪

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。

はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。 2023.04.03 閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m お待たせしています。 お待ちくださると幸いです。 2023.04.15 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m 更新頻度が遅く、申し訳ないです。 今月中には完結できたらと思っています。 2023.04.17 完結しました。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます! すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。

Tally marks

あこ
BL
五回目の浮気を目撃したら別れる。 カイトが巽に宣言をしたその五回目が、とうとうやってきた。 「関心が無くなりました。別れます。さよなら」 ✔︎ 攻めは体格良くて男前(コワモテ気味)の自己中浮気野郎。 ✔︎ 受けはのんびりした話し方の美人も裸足で逃げる(かもしれない)長身美人。 ✔︎ 本編中は『大学生×高校生』です。 ✔︎ 受けのお姉ちゃんは超イケメンで強い(物理)、そして姉と婚約している彼氏は爽やか好青年。 ✔︎ 『彼者誰時に溺れる』とリンクしています(あちらを読んでいなくても全く問題はありません) 🔺ATTENTION🔺 このお話は『浮気野郎を後悔させまくってボコボコにする予定』で書き始めたにも関わらず『どうしてか元サヤ』になってしまった連載です。 そして浮気野郎は元サヤ後、受け溺愛ヘタレ野郎に進化します。 そこだけ本当、ご留意ください。 また、タグにはない設定もあります。ごめんなさい。(10個しかタグが作れない…せめてあと2個作らせて欲しい) ➡︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。 ➡︎ 『番外編:本編完結後』に区分されている小説については、完結後設定の番外編が小説の『更新順』に入っています。『時系列順』になっていません。 ➡︎ ただし、『番外編:本編完結後』の中に入っている作品のうち、『カイトが巽に「愛してる」と言えるようになったころ』の作品に関してはタイトルの頭に『𝟞』がついています。 個人サイトでの連載開始は2016年7月です。 これを加筆修正しながら更新していきます。 ですので、作中に古いものが登場する事が多々あります。

恋ってウソだろ?!

chatetlune
BL
いくらハロウインの夜だからってあり得ないだろ! この俺が酔って誰かと一夜を、しかも男となんて!―数年前元妻に去られて以来、三十路バツイチの佐々木は、広告業界でクリエイターを生業にしているが、撮影されるモデルなどはだしで逃げ出すほどの美貌の持ち主ながら、いたって呑気な性分だ。ところがハロウィンの夜たまたま一人で飲んだのが悪かった、翌朝、ホテルの部屋で男の腕の中で目が覚めて佐々木は固まった。あり得ないだろうと逃げ出したのだが、なんとオフィスに顔もうろ覚えのその男から電話が入り、忘れ物を預かっているという男と再び会うことに。しらふで再会した男はうろ覚えの佐々木の記憶よりもがっしりと大きくかなりハイレベルなイケメンだった。男はトモは名乗り、お互い癒されるのなら、いいじゃないですか、ゲームだと思えば、という。佐々木には抗いようのない波にのまれようとしている自分の姿が見えていた。その先に何が待ち受けているのかもわからない。怖いけれど、溺れてしまいたい自分を佐々木はどうすることもできなかった。だがある日唐突に、二人のゲームは終わることになる。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

幼馴染から離れたい。

June
BL
アルファの朔に俺はとってただの幼馴染であって、それ以上もそれ以下でもない。 だけどベータの俺にとって朔は幼馴染で、それ以上に大切な存在だと、そう気づいてしまったんだ。 βの谷口優希がある日Ωになってしまった。幼馴染でいられないとそう思った優希は幼馴染のα、伊賀崎朔から離れようとする。 誤字脱字あるかも。 最後らへんグダグダ。下手だ。 ちんぷんかんぷんかも。 パッと思いつき設定でさっと書いたから・・・ すいません。

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

処理中です...