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「昼飯、ちゃんと食ったのかよ……?」
校舎の影になるせいか、普段あまり人が来ない古びたベンチに座る和志は、聞き慣れた声にチラリと一瞬視線を向けると、面倒くさそうに溜息を吐き
「…………暇なの?俺の昼の心配までしてくれるなんてさ」
皮肉を口にした。
「…………“俺”ね……。最近昼食ってねぇだろ。また倒れんぞ」
梓もそれに溜息混じりで返すと、和志の隣へと腰を下ろした。
あの日以降、和志の周りに哲太が来ている様子は無い。
秀行が、何を企んだのかは知らないが、それが上手くいったのだろうと解る。
しかしそれ以上に、和志が傷ついているのも、梓には痛い程解っていた。
「人間てさぁ、そんな簡単に倒れないんだよね…………いっそ……倒れられたら楽なのにね」
和志はそう言うと自嘲気味に笑った。
しかし、いつもなら悪態をつく梓が何も言わないことに、視線をそちらに向けた。
「…………なに……そんな顔してんだよ……冗談だよ!冗談」
初めて見る、泣きそうにも見える梓の表情に、和志はおどけるように笑ってみせた。
「今頃夏バテがきてんのかさ、イマイチ食欲が無いだけ──」
「俺にしとけよ」
和志の言葉が言い終わらないうちに、梓の腕が伸ばされ、細い身体を抱きしめた。
「……梓…?」
「あんな奴やめて、俺にしろよ……」
「……なに言って……」
「お前が、クソ野郎から逃げたくねぇって言うなら……俺がずっとそばにいる………地獄の底までだって、お前となら俺は…………」
梓の、今まで決して見せなかった真剣な声に、呆れたような溜息が、やがて軽口へと変わった。
「勝手に人を地獄に堕とすなよ」
梓の身体を押し離すと、和志は少し困ったように笑った。
「この間のこと気にしてるんでしょ……?あの時は、たまたま体調悪かっただけだって……」
金曜の放課後、おかしくなった自分を一番近くで見ていたのは梓だ。目の前で、正気を失っていく人間を見ているのがどれ程恐ろしかったか、きっと自分には想像もつかない。
「もう、二度とあんなことにはならないよ」
和志はそう言うと、慰めるように優しく笑った。
「─── 一本ッ!」
そう広くも無ければ、年代物と言っても過言では無い道場に、清々しい程の顧問の声が響いた。
しかし、いつもなら僅かにでも高揚するその声にも、澱んだ気持ちが晴れることが無いまま、哲太は道着の襟を直した。
「…………お前なぁ……うちの部員潰す気かよ……」
壁際に置かれたペットボトルに手を伸ばした哲太に、中田が呆れたように声を掛けた。
「顧問はバカみたいにはしゃいでっけど、毎日毎日、手加減無しでお前のストレス発散に使われちゃ堪んねぇんだよ」
和志と会わなくなってから、毎日柔道部を訪れては、晴れることの無い気持ちと、行き場のない想いを稽古と称しぶつけていた。
「…………別に…そんなつもりねぇし……」
「嘘こけッ!幼馴染くんと会えなくなって、ずっとイライラしてんじゃねぇか」
妙に勘のいいこの男を一瞥すると、哲太は残りのお茶を一気に飲み干した。
秀行と話をした日から和志には逢いに行っていない。
あの日、秀行から『和志の病状が落ち着くまで、会わないでほしい』そう言われた。それが数ヶ月なのか、それとも何年も掛かるのか……それすら分からない。
それでも今は、待つことしか出来ないのだと、夕闇の中の和志の姿が蘇っては教えた。
あれが、和志の望むことでは無いのなら、自分と離れることで、あんなことをしなくて済むなら、哲太はいつまででも待つつもりでいた。
例えその時、和志の隣にいるのが“的場梓”だったとしても。
「───クソッ」
そう思いながらも、痛み続ける胸の内を誤魔化すように、哲太は空になったペットボトルを済みに置かれたゴミ箱代わりのダンボールに投げ入れた。
校舎の影になるせいか、普段あまり人が来ない古びたベンチに座る和志は、聞き慣れた声にチラリと一瞬視線を向けると、面倒くさそうに溜息を吐き
「…………暇なの?俺の昼の心配までしてくれるなんてさ」
皮肉を口にした。
「…………“俺”ね……。最近昼食ってねぇだろ。また倒れんぞ」
梓もそれに溜息混じりで返すと、和志の隣へと腰を下ろした。
あの日以降、和志の周りに哲太が来ている様子は無い。
秀行が、何を企んだのかは知らないが、それが上手くいったのだろうと解る。
しかしそれ以上に、和志が傷ついているのも、梓には痛い程解っていた。
「人間てさぁ、そんな簡単に倒れないんだよね…………いっそ……倒れられたら楽なのにね」
和志はそう言うと自嘲気味に笑った。
しかし、いつもなら悪態をつく梓が何も言わないことに、視線をそちらに向けた。
「…………なに……そんな顔してんだよ……冗談だよ!冗談」
初めて見る、泣きそうにも見える梓の表情に、和志はおどけるように笑ってみせた。
「今頃夏バテがきてんのかさ、イマイチ食欲が無いだけ──」
「俺にしとけよ」
和志の言葉が言い終わらないうちに、梓の腕が伸ばされ、細い身体を抱きしめた。
「……梓…?」
「あんな奴やめて、俺にしろよ……」
「……なに言って……」
「お前が、クソ野郎から逃げたくねぇって言うなら……俺がずっとそばにいる………地獄の底までだって、お前となら俺は…………」
梓の、今まで決して見せなかった真剣な声に、呆れたような溜息が、やがて軽口へと変わった。
「勝手に人を地獄に堕とすなよ」
梓の身体を押し離すと、和志は少し困ったように笑った。
「この間のこと気にしてるんでしょ……?あの時は、たまたま体調悪かっただけだって……」
金曜の放課後、おかしくなった自分を一番近くで見ていたのは梓だ。目の前で、正気を失っていく人間を見ているのがどれ程恐ろしかったか、きっと自分には想像もつかない。
「もう、二度とあんなことにはならないよ」
和志はそう言うと、慰めるように優しく笑った。
「─── 一本ッ!」
そう広くも無ければ、年代物と言っても過言では無い道場に、清々しい程の顧問の声が響いた。
しかし、いつもなら僅かにでも高揚するその声にも、澱んだ気持ちが晴れることが無いまま、哲太は道着の襟を直した。
「…………お前なぁ……うちの部員潰す気かよ……」
壁際に置かれたペットボトルに手を伸ばした哲太に、中田が呆れたように声を掛けた。
「顧問はバカみたいにはしゃいでっけど、毎日毎日、手加減無しでお前のストレス発散に使われちゃ堪んねぇんだよ」
和志と会わなくなってから、毎日柔道部を訪れては、晴れることの無い気持ちと、行き場のない想いを稽古と称しぶつけていた。
「…………別に…そんなつもりねぇし……」
「嘘こけッ!幼馴染くんと会えなくなって、ずっとイライラしてんじゃねぇか」
妙に勘のいいこの男を一瞥すると、哲太は残りのお茶を一気に飲み干した。
秀行と話をした日から和志には逢いに行っていない。
あの日、秀行から『和志の病状が落ち着くまで、会わないでほしい』そう言われた。それが数ヶ月なのか、それとも何年も掛かるのか……それすら分からない。
それでも今は、待つことしか出来ないのだと、夕闇の中の和志の姿が蘇っては教えた。
あれが、和志の望むことでは無いのなら、自分と離れることで、あんなことをしなくて済むなら、哲太はいつまででも待つつもりでいた。
例えその時、和志の隣にいるのが“的場梓”だったとしても。
「───クソッ」
そう思いながらも、痛み続ける胸の内を誤魔化すように、哲太は空になったペットボトルを済みに置かれたゴミ箱代わりのダンボールに投げ入れた。
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