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しおりを挟む初めて聞く和臣の怒鳴り声に、身体を隠す花瓶から真守は僅かにドアを方を覗き込んだ。
思った通り、和臣はまだ秀行の部屋にいた。
それは恐らく、秀行もまだ中にいるということだ。しかし、和臣の怒鳴り声が秀行に向けられたとは考え難い、そう思えば雅臣もまだ一緒にいると容易く想像つき、真守は無意識に息を潜めた。
雅臣や、ここで何度か見掛けたことのある、自分を押さえつけていた“近藤”に見つかれば、容赦なく摘み出されるだろう。
何度か怒鳴り声が耳に届いた後、突然開けられたドアから和臣が出てきたのが見え、真守は慌てて身体を壁に擦り付けた。
───和臣さん…………
しかし、怒りを含んだ和臣の足音は、躊躇うことなく真守とは逆の方へ向かった。
そして止まること無く階段を駆け下りる靴音が聞こえなくなると、真守は開け放たれたままのドアの中に意識を向けた。
あんな事があった後だ、弟思いの和臣が父に楯突くのは当たり前だ。
しかし、部屋を先に出るのは“雅臣”だろうと思っていただけに、真守は僅かに困惑していた。万が一、雅臣が秀行を連れて部屋を出てしまったら、会うことすら出来るか分からなくなってしまう。
───もう二度と、秀行にあんな真似をさせたくないのに……
無意識に噛み締めた奥歯が微かに音を立てるのと同時に、今度は中から何かぶつかり合うような音が響いた。
その決して小さくはないその音に、真守の身体が微かに動いた。
───秀行……
嫌な胸騒ぎに鼓動が早くなっていく。
「───秀行さんッ!!」
少し置き、中から聞こえた尋常ではない近藤の声に、考えるより先に真守の体は動いていた。
ただでさえ早くなっていた鼓動が、一気に跳ね上がる。
「───秀行ッ」
しかし、開け放たれたドアが隠すことすらしないその場面を、真守は呆然と見つめた。
広がっていく血溜まりの中に倒れた雅臣の身体と、放心したように立ち尽くす秀行の手に持たれた、壊れかけた椅子。
「…………お前のせいで………」
ぽつりと吐いた秀行の瞳が、目の前で立ち尽くす自分など見ていないと分かる。
「………………秀行……」
呼ばれた名前すら聞こえていないのか、雅臣を見下ろす瞳が揺れることすらしない。
「…………兄さん……」
手に持つには不似合いな椅子が、大きな音を立てて床に落ちるのを、真守はそれ以上何も言えず見つめていた。
「……僕を捨てないで………」
愛しいその瞳が、決して自分を映すことなど無いのだと、確信しながら。
───それから数日後、雅臣の死は“階段からの転落死”という不慮の事故として新聞に掲載された。
一部マスコミは色々と騒ぎ立てたが、まるで用意されたかのような下らないスキャンダルの影に、それは不自然な程すぐに消えていった。
これが、幼い頃から自分を犠牲にしてきた、秀行自信が齎した“恩恵”なのだと考えるまでも無く理解った。
そして、自分の意思とは関係なく、本多家の当主に担ぎ上げられた秀行の側にいることが、気付くことすらしてやれなかった俺に出来る、唯一の償いなのだ。
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