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閃影
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「“工藤哲太”……知っているね?」
「誰だそれ?」
なんの前振りもなく出された名前と、膝に投げられるように置かれた写真を一瞥すると、軽く肩をすくめ梓は鼻で笑った。
いつの間に調べたのか、一度学校で会ったあの茶髪の男と和志が自転車に乗る姿や、駅のベンチで談笑する姿が数枚写っている。
どれもこれも、今はもう梓には見せない笑顔だ。
「───つうか……相変わらず愛想ねぇな……こういう時は世間話から始めるってもんじゃねぇの?」
膝に置かれた写真を手に取り、梓は関心無さそうに秀行に差し出した。
「キミこそ相変わらずだね……しかし残念ながら僕はキミと世間話をする気は無い」
顔色ひとつ変えず言った秀行の表情の無い声が、あまりにこの場に似合いすぎていて梓は呆れたように笑った。
あの日、初めて秀行と顔を合わせてからこうして対峙する事など一切無かった。なにか必要な指示があれば、杉本を通して伝えられる。
その場にいる秀行は何度となく見てきたが、言葉を交わすのもあの日以来だろう。
「まぁ、俺もあんたとくだらねぇ話する気はないからいいけどさ。……生憎俺はそんな名前の知り合いはいねえし、この男も見た事ねぇ。悪いな」
受け取られない写真を秀行の膝の上に置くと、早々に車から降りようとドアハンドルに手を伸ばした梓の背中から
「キミは何か勘違いをしてないか?」
今度は秀行が鼻で笑った。
「まるで……和志の傍にいるのを当然の権利だと思っているように見える」
何処かバカにしたような言葉に梓の手が止まるのと同時に、二人の間の張り詰めた空気を見定めるような杉本の視線がバックミラー越しに向けられた。
「理解っているとは思うが………和志の傍に置くのは、キミでなければならない必要はどこにも無い。例えば……この“工藤哲太”という少年でも……僕は一向に構わないんだよ。勿論、キミが連れてくる内の“誰か”でも構わない」
穏やかな、しかし有無を言わせない威圧感のある声が、梓の身体を縛り付けた。
「僕が和志に『キミとは一切関わるな』と言ったら……あの子はどうするかな……?」
言い付けという名の命令と、順守という名の服従。
「僕の言い付けなど……構わずキミに接するだろうか…………それとも、キミの存在など無かったように振る舞うかな?」
「…………俺を脅してんの?」
「そんなつもりは無い」
冷静さを必死に装いながら、それでも隠しきれないイラつきを含んだ梓の声に、秀行はクスリと笑った。
「ただ、事実を言ったまでだ。和志はそう躾てある」
ドアハンドルを掴んだ梓の手に意識せず力が込められた。
秀行の言う通り、もしそう言われたら和志はなんの躊躇いも見せず自分を黙殺するだろう。身の内はどうであれ、それが和志自身を守る唯一の手段だからだ。
そしてそうすることで梓を守れることも重々承知している。
「その割には……今は手を焼いてるみてぇじゃん」
決して勝てないと理解っている負け惜しみが、思わず口から衝いて出た。
自分が和志に抱いている感情を、和志本人より、或いは梓自身より理解し手玉に取っているこの男に、勝てる訳が無いと理解してしまっている自分への苛立ちからだった。
「そうだね……どうやら彼は……和志にとって特別らしい」
───特別…………
余裕のある声が、余計苛立ちを煽る。
「もし……キミと彼が同等であれば……別だが…………僕の話は君にとって決して悪いようにはならないと思うんだけど……」
虫唾が走るその声が、梓の耳を甘く撫でる。
『哲太』と呼んでいたあの男と自分が同等では無いことくらい、嫌という程自覚している。
秀行が言う間でもなく和志にとってあの男は特別なのだ。
「キミが守ってきた花を……通りすがりに摘まれるのは、本意ではないだろう……?」
───俺が…………守ってきた…………
ドアハンドルから離された手が、秀行の膝の上に置かれたままの写真をゆっくりと掴んだ。
「…………俺に……何をさせたい……」
やがて深い罠に向かって歩き出した梓に、秀行は妖艶に笑った。
「誰だそれ?」
なんの前振りもなく出された名前と、膝に投げられるように置かれた写真を一瞥すると、軽く肩をすくめ梓は鼻で笑った。
いつの間に調べたのか、一度学校で会ったあの茶髪の男と和志が自転車に乗る姿や、駅のベンチで談笑する姿が数枚写っている。
どれもこれも、今はもう梓には見せない笑顔だ。
「───つうか……相変わらず愛想ねぇな……こういう時は世間話から始めるってもんじゃねぇの?」
膝に置かれた写真を手に取り、梓は関心無さそうに秀行に差し出した。
「キミこそ相変わらずだね……しかし残念ながら僕はキミと世間話をする気は無い」
顔色ひとつ変えず言った秀行の表情の無い声が、あまりにこの場に似合いすぎていて梓は呆れたように笑った。
あの日、初めて秀行と顔を合わせてからこうして対峙する事など一切無かった。なにか必要な指示があれば、杉本を通して伝えられる。
その場にいる秀行は何度となく見てきたが、言葉を交わすのもあの日以来だろう。
「まぁ、俺もあんたとくだらねぇ話する気はないからいいけどさ。……生憎俺はそんな名前の知り合いはいねえし、この男も見た事ねぇ。悪いな」
受け取られない写真を秀行の膝の上に置くと、早々に車から降りようとドアハンドルに手を伸ばした梓の背中から
「キミは何か勘違いをしてないか?」
今度は秀行が鼻で笑った。
「まるで……和志の傍にいるのを当然の権利だと思っているように見える」
何処かバカにしたような言葉に梓の手が止まるのと同時に、二人の間の張り詰めた空気を見定めるような杉本の視線がバックミラー越しに向けられた。
「理解っているとは思うが………和志の傍に置くのは、キミでなければならない必要はどこにも無い。例えば……この“工藤哲太”という少年でも……僕は一向に構わないんだよ。勿論、キミが連れてくる内の“誰か”でも構わない」
穏やかな、しかし有無を言わせない威圧感のある声が、梓の身体を縛り付けた。
「僕が和志に『キミとは一切関わるな』と言ったら……あの子はどうするかな……?」
言い付けという名の命令と、順守という名の服従。
「僕の言い付けなど……構わずキミに接するだろうか…………それとも、キミの存在など無かったように振る舞うかな?」
「…………俺を脅してんの?」
「そんなつもりは無い」
冷静さを必死に装いながら、それでも隠しきれないイラつきを含んだ梓の声に、秀行はクスリと笑った。
「ただ、事実を言ったまでだ。和志はそう躾てある」
ドアハンドルを掴んだ梓の手に意識せず力が込められた。
秀行の言う通り、もしそう言われたら和志はなんの躊躇いも見せず自分を黙殺するだろう。身の内はどうであれ、それが和志自身を守る唯一の手段だからだ。
そしてそうすることで梓を守れることも重々承知している。
「その割には……今は手を焼いてるみてぇじゃん」
決して勝てないと理解っている負け惜しみが、思わず口から衝いて出た。
自分が和志に抱いている感情を、和志本人より、或いは梓自身より理解し手玉に取っているこの男に、勝てる訳が無いと理解してしまっている自分への苛立ちからだった。
「そうだね……どうやら彼は……和志にとって特別らしい」
───特別…………
余裕のある声が、余計苛立ちを煽る。
「もし……キミと彼が同等であれば……別だが…………僕の話は君にとって決して悪いようにはならないと思うんだけど……」
虫唾が走るその声が、梓の耳を甘く撫でる。
『哲太』と呼んでいたあの男と自分が同等では無いことくらい、嫌という程自覚している。
秀行が言う間でもなく和志にとってあの男は特別なのだ。
「キミが守ってきた花を……通りすがりに摘まれるのは、本意ではないだろう……?」
───俺が…………守ってきた…………
ドアハンドルから離された手が、秀行の膝の上に置かれたままの写真をゆっくりと掴んだ。
「…………俺に……何をさせたい……」
やがて深い罠に向かって歩き出した梓に、秀行は妖艶に笑った。
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