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「…なんかあったのか?」
顔を見るなりそう言った哲太に、和志は思わず目を見開いた。
2人の密会も既に何度か数を重ね、哲太専用の出入口と任命された外からの目隠しの為の生垣は、すっかり人ひとりが通れる程の穴が、ぽっかりと開いている。
「別に……何も無いよ」
杉本との朝のやり取りを思い出し、笑顔を作るまでにほんの僅かに時間が掛かった事に、和志は自分でも気付いていた。
秀行の事を考えれば、もう哲太に会うべきでは無いと解っている。ここに来るまでにも散々悩んだ。
1度ここに来なければ次の約束も出来ない。そうすれば二度と会うことも無いかもしれない。
しかし、やっと会えるようになった哲太から、また離れるという選択をすることが和志にはどうしても出来なかった。
「何もねぇことねぇだろ……」
呆れたように溜息を吐くと、哲太は和志の顔を覗き込んだ。
「いつもと全然違う顔してんじゃん。……何かあるならちゃんと言えよ……先生になんか言われたか?」
「……先生には何も言われてないよ……毎日サボってる訳じゃないないし……哲太に言われた通り、ちゃんと教科も変えてるし……」
「じゃぁ……叔父さんって人のことか?」
心配そうに見つめる哲太の声に、僅かにだが怒りの音が含まれていることを和志は敏感に感じとっていた。
哲太には考えられないような今の和志の状況に、叔父に対して少なからず怒りをおぼえているのだろう。
───もし…………俺の全てを話したら……哲太は…………
哲太なら自分の全てを知っても、受け入れてくれるのではないかという、夢にも似た甘い期待を、和志は無理に笑うと胸の奥にしまいこんだ。
「……別にそうじゃないよ………昨夜少し寝不足で………ちょっと眠いだけ」
真直ぐに見つめる、真剣な眼差しを誤魔化すように笑った。
全てを打ち明け、もし、それを哲太が受け入れてくれたとしても、それは自分が持ち続けなければならない重い荷物を、哲太にも担わせようとしているに過ぎない。
自分とは全く関係の無い荷物だとしても、哲太ならきっと手を貸そうとするはずだ。その荷物の重さに押し潰されるかもしれないと解っていてもだ。
───そんな奴だから俺は…………
そしてやはりこんなにも汚れてしまった自分の姿を知られるのが怖かった。哲太の前でだけは、昔のままの“本多和志”でいたい。
「…………それなら良いけどさ……もし…何かあるならちゃんと言えよな……」
それでもどこか腑に落ちないように哲太はそう言うと「あ……」と思い出した様に手に持っていたコンビニのビニール袋を広げ
「ヤベェ……忘れるとこだった。お前とさ、アイス食べようと思って途中で買ってきたんだ」
突然和志に袋に入った棒付きのアイスを手渡した。
「………………え……」
「これさ、新発売で気になってたんだよね。和志……チョコのアイス好きだったよな?」
いつもの階段に腰掛けると、当たり前のように袋を開け、頬張り始めた哲太を和志の丸くなった目が唖然と見つめた。
授業をサボっていることだけでも問題なのに、それに加えその最中にアイスを食べようと言われるとは思いもしていなかった。
「……あれ…………チョコ…好きじゃなくなった?昔はめちゃくちゃ好きだったじゃん」
「好きだけど……だって今……」
“本当なら授業中だよ?”そう言おうとして、結局和志は黙って哲太の横に座ると、アイスのパッケージを開けた。
そう言ったところで「だから?」と返されるだけだと分かったからだ。
「…………美味しい……」
齧り付いた少し柔らかくなったアイスが口の中で溶け、ゆっくりと喉を過ぎると和志は思わず声を上げた。
9月にしては朝から暑く、冷たい舌触りが何とも心地良い。
それに秀行の元へ行ってから、こんな風に外で何かを食べるなんて、したいと思うことすら無かった。
「だろ!?ちょっと前にコンビニで見つけてさ、和志……絶対好きだと思ったんだよね」
嬉しそうにそう言ってまたアイスを頬張った哲太に、和志はまた目を丸くした。
一緒にいない時まで、哲太が自分のことを考えてくれているなんて思いもしなかった。たくさんいる友達の中の1人。ここから出てしまえば、哲太の日常の中に埋もれているのだろうと思っていた。
それが自分程ではないにしろ、側にいない時でも思い出してくれているのだ。
そう思うと急に鼓動が激しくなり、和志はそれを誤魔化すようにアイスを頬張った。
───哲太が……俺の為に………
顔が熱くなり、あんなに美味しいと思った味が、今はまるで分からない。
溶けたアイスが指に落ちていくのさえ気付かずに、和志は必死でアイスを頬張り続けた。
ただ恥ずかしくて──嬉しい……。
「───和志ッ」
すると突然名前を呼ばれ、和志は慌てて顔を上げた。
「──え……」
「おま………夢中で食いすぎ」
呆れて笑う哲太にの視線に、溶けだしたアイスで汚れている指に、初めて気付いた。
「あ………だってッ……アイス…溶けちゃうと思って……」
焦って指を見ようとして傾げた棒から、僅かに残っていたアイスがぽとりと音を立てて落ち、和志の顔がそんなことにすら余計に赤く染った。
「───あ…………」
「慌てんなって……」
それにも笑った哲太の手が徐に伸ばされ
「……ちょっとこっち向いてみ」
温かい指が顎に触れ、赤く染った顔を自分の方に向けた。
「……子供かよ………」
また呆れたように笑うと、和志の唇に着いたチョコレートを当然のように指で拭った。
「お前……ホント変わんねぇな」
そう言いながらその指をペロッと舐めた笑顔に、和志の顔がみるみる紅く染まっていく。
ずっと抱えていた想いが、隠していた感情が、瞬く間に胸を締め付け動くことすら出来なくさせた。
顔を見るなりそう言った哲太に、和志は思わず目を見開いた。
2人の密会も既に何度か数を重ね、哲太専用の出入口と任命された外からの目隠しの為の生垣は、すっかり人ひとりが通れる程の穴が、ぽっかりと開いている。
「別に……何も無いよ」
杉本との朝のやり取りを思い出し、笑顔を作るまでにほんの僅かに時間が掛かった事に、和志は自分でも気付いていた。
秀行の事を考えれば、もう哲太に会うべきでは無いと解っている。ここに来るまでにも散々悩んだ。
1度ここに来なければ次の約束も出来ない。そうすれば二度と会うことも無いかもしれない。
しかし、やっと会えるようになった哲太から、また離れるという選択をすることが和志にはどうしても出来なかった。
「何もねぇことねぇだろ……」
呆れたように溜息を吐くと、哲太は和志の顔を覗き込んだ。
「いつもと全然違う顔してんじゃん。……何かあるならちゃんと言えよ……先生になんか言われたか?」
「……先生には何も言われてないよ……毎日サボってる訳じゃないないし……哲太に言われた通り、ちゃんと教科も変えてるし……」
「じゃぁ……叔父さんって人のことか?」
心配そうに見つめる哲太の声に、僅かにだが怒りの音が含まれていることを和志は敏感に感じとっていた。
哲太には考えられないような今の和志の状況に、叔父に対して少なからず怒りをおぼえているのだろう。
───もし…………俺の全てを話したら……哲太は…………
哲太なら自分の全てを知っても、受け入れてくれるのではないかという、夢にも似た甘い期待を、和志は無理に笑うと胸の奥にしまいこんだ。
「……別にそうじゃないよ………昨夜少し寝不足で………ちょっと眠いだけ」
真直ぐに見つめる、真剣な眼差しを誤魔化すように笑った。
全てを打ち明け、もし、それを哲太が受け入れてくれたとしても、それは自分が持ち続けなければならない重い荷物を、哲太にも担わせようとしているに過ぎない。
自分とは全く関係の無い荷物だとしても、哲太ならきっと手を貸そうとするはずだ。その荷物の重さに押し潰されるかもしれないと解っていてもだ。
───そんな奴だから俺は…………
そしてやはりこんなにも汚れてしまった自分の姿を知られるのが怖かった。哲太の前でだけは、昔のままの“本多和志”でいたい。
「…………それなら良いけどさ……もし…何かあるならちゃんと言えよな……」
それでもどこか腑に落ちないように哲太はそう言うと「あ……」と思い出した様に手に持っていたコンビニのビニール袋を広げ
「ヤベェ……忘れるとこだった。お前とさ、アイス食べようと思って途中で買ってきたんだ」
突然和志に袋に入った棒付きのアイスを手渡した。
「………………え……」
「これさ、新発売で気になってたんだよね。和志……チョコのアイス好きだったよな?」
いつもの階段に腰掛けると、当たり前のように袋を開け、頬張り始めた哲太を和志の丸くなった目が唖然と見つめた。
授業をサボっていることだけでも問題なのに、それに加えその最中にアイスを食べようと言われるとは思いもしていなかった。
「……あれ…………チョコ…好きじゃなくなった?昔はめちゃくちゃ好きだったじゃん」
「好きだけど……だって今……」
“本当なら授業中だよ?”そう言おうとして、結局和志は黙って哲太の横に座ると、アイスのパッケージを開けた。
そう言ったところで「だから?」と返されるだけだと分かったからだ。
「…………美味しい……」
齧り付いた少し柔らかくなったアイスが口の中で溶け、ゆっくりと喉を過ぎると和志は思わず声を上げた。
9月にしては朝から暑く、冷たい舌触りが何とも心地良い。
それに秀行の元へ行ってから、こんな風に外で何かを食べるなんて、したいと思うことすら無かった。
「だろ!?ちょっと前にコンビニで見つけてさ、和志……絶対好きだと思ったんだよね」
嬉しそうにそう言ってまたアイスを頬張った哲太に、和志はまた目を丸くした。
一緒にいない時まで、哲太が自分のことを考えてくれているなんて思いもしなかった。たくさんいる友達の中の1人。ここから出てしまえば、哲太の日常の中に埋もれているのだろうと思っていた。
それが自分程ではないにしろ、側にいない時でも思い出してくれているのだ。
そう思うと急に鼓動が激しくなり、和志はそれを誤魔化すようにアイスを頬張った。
───哲太が……俺の為に………
顔が熱くなり、あんなに美味しいと思った味が、今はまるで分からない。
溶けたアイスが指に落ちていくのさえ気付かずに、和志は必死でアイスを頬張り続けた。
ただ恥ずかしくて──嬉しい……。
「───和志ッ」
すると突然名前を呼ばれ、和志は慌てて顔を上げた。
「──え……」
「おま………夢中で食いすぎ」
呆れて笑う哲太にの視線に、溶けだしたアイスで汚れている指に、初めて気付いた。
「あ………だってッ……アイス…溶けちゃうと思って……」
焦って指を見ようとして傾げた棒から、僅かに残っていたアイスがぽとりと音を立てて落ち、和志の顔がそんなことにすら余計に赤く染った。
「───あ…………」
「慌てんなって……」
それにも笑った哲太の手が徐に伸ばされ
「……ちょっとこっち向いてみ」
温かい指が顎に触れ、赤く染った顔を自分の方に向けた。
「……子供かよ………」
また呆れたように笑うと、和志の唇に着いたチョコレートを当然のように指で拭った。
「お前……ホント変わんねぇな」
そう言いながらその指をペロッと舐めた笑顔に、和志の顔がみるみる紅く染まっていく。
ずっと抱えていた想いが、隠していた感情が、瞬く間に胸を締め付け動くことすら出来なくさせた。
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