鳥籠の花

交差

    夏の終わりを告げる風が風呂上がりの濡れた髪を優しく撫で、微かに揺れる前髪に哲太は目を細めた。
　階下に繋がる店からは、いつものように常連客の賑やかな笑い声が聞こえ、普段は煩く聞こえるくだらない会話とも言えない声が、今は妙に気持ちを落ち着かせた。
　無理してでも気を逸らせていなければ、さっきまで一緒にいた和志のことばかり考えてしまうからだ。

｢課題…………面倒くせぇな………｣

　やる気もない課題のことを口にすると、少し前まで和志が座っていた場所を無意識に見つめた。

─｢一生片想いでいいって決めてるから｣─

　和志の言葉を思い出し、もういるはずもない和志を探して窓の外に視線を向けた。

｢そのまま……帰しちゃったけど………あいつ帰れたかな……｣

　あの後少しだけ話をして和志は帰って行った。
　正直何を話したのか覚えていない程、その場を取り繕うことに必死だった。今思えば何にそんなに焦っていたのか、どうしてあんなに胸が騒いだのか、それすら分からない。ただ子供の頃より白く見える肌と、紅い唇がバカみたいに色っぽく見え、そしてあの柔らかそうな肌に、未だ誰も触れていないのだと思うと、今もやはり胸が騒ついた。

───アホか……和志は男だぞ…………

｢…………最近してねぇし……溜まってんのかな…………｣

　哲太は部屋のドアを細く開けると、余計響いてくる賑やかな声に耳を澄ませた。
　時間的にも両親が2階の自宅に戻ってくることはまだ無い。

｢………久々にAVでも見よっかな……｣

　そうぽつりと呟くと、いつもは感じる事のない後ろめたさに、静かにドアを閉めた。