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第五章
「司る」ということ
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保養地の設置が認められた、という長老会議の決定が伝えられてから三〇分ほどで、相談員の多くは「ケルークス」を後にしていた。
必要な情報が聞けたのでそれで十分、と思ったのだろう。
残った魂霊の相談員はドナートと私だ。
「そうか……アーベルたちはテントを荷車で運んでいったのか……テントなどが要らない保養地というのも必要だな……」
ドナートは保養地に対する私の要望を知りたいと言って、何故か以前私がパートナーたちと「光の砂浜」に行ったときことを尋ねてきた。
ドナートの先ほどの台詞は、私が荷車でテントやら酒樽やらを運んだ話をした直後のものだ。
「確かに何も持たず身体一つで来て楽しめる場所もあったほうがいいな。あと、土地の名物とかがほとんどないのには閉口したな……」
「光の砂浜」に行ったときに往復七時間以上かけて離れた場所までスーラの実を分けてもらいに行ったのを思い出した。
精霊の感覚には土地の名産品を楽しむ、というのがないらしいのだが、魂霊は多分そうじゃないと思う。
「それはご苦労だったな。俺などは保養地では何もせずに休めればいいと思うが、それでも地元の食事や酒くらいは楽しみたくはあるな……」
ドナートが苦笑した。
「そうなんだよな……うちのカーリンやニーナみたいに酒を造る精霊はいるから、そうした精霊が造った酒や食べ物を振る舞ってもらえると嬉しいが、こちらが対価を払えないか」
私は自分のアイデアの実現性について口にしながら考えてみたが、商取引の慣習がない精霊界では難しそうだ。
「対価の支払については長老会議と話をしてみよう。商取引や産業などを司る精霊に話をすれば、と思ったが……アーベル、『司る』ってどういうことなのだろうか?」
「……確かに言われてみればよくわからないな。確か研修で講師だったガネーシャが商業を司っていたような気がしたが……」
不意にドナートから尋ねられて私も答えに窮してしまう。
私も何気なしに「司る」という言葉を使っているが、具体的にどのようなことか理解できていないのだ。
「うちのパートナーたちも水場やら風やらを司っていると言われているが……関係性はよくわからんな」
「確かにそうだ。うちのカーリンとリーゼは家の目の前にある泉を管理しているからわかりやすいが、ガネーシャは商取引の管理なんてやっていないよな……」
ドナートと私はそこで考え込んでしまった。
「それほど難しく考えることはありませんよ」
奥でグラスを傾けていた副所長のハーウェックが割り込んできた。
ちなみにグラスの中味はアイスコーヒーだったはずだ。
「どう考えればいいのだ? 話を聞かせてもらいたい」
ドナートがハーウェックにこちらに来るよう促した。
私はカウンターで、ドナートはそのすぐ後ろの席に陣取っていたから、奥にいるハーウェックにこちらに来てもらった方が早い。
「『司る』とは世界と精霊との関係性を示す言葉です。皆さんは精霊界や存在界がどのように創られたのかご存知でしょうか?」
ハーウェックはアイスコーヒーをすすりながら世間話をするかのような口調で尋ねてきた。
話題はこの世界の成り立ちに関する重要なことであるはずなのだが。
「精霊、それも原初の精霊が中心になって最初に精霊界を創り、その後に存在界を創ったと聞いたが」
「原初の精霊の方が精霊界よりも前から存在していたはずですよね? 世界を創る際に初期の精霊も手を貸したようなことも聞いていますけど」
ドナート、私の順で答えて、ドナートと私の二人は顔を見合わせた。
ここからどう「司る」につながるのかがわからない。
「そうです。世界に存在するもの、これは精霊や魂霊といった生物だけではなく、石などの無生物、そして感情や概念といったものを含めたありとあらゆる存在が生まれる際には、必ず何らかの精霊と結びつきました。世界そのものも例外ではありません。この『結びつく』ことを『司る』というのですよ」
どうやらハーウェックの説明によれば、新しい何かが生み出させるときは必ず何かの精霊と結びつくらしい。
「ならば精霊自身はどうなのだ? 原初の精霊はともかく、他の精霊は新しく造られたはずだ。何らかの精霊が彼らの存在を司っているはずだが……」
ドナートが疑問を口にした。彼の言う通り原初の精霊は世界の誕生の前からずっと存在していたが、他の精霊は原初の精霊や初期の精霊の手によって造られたものだ。
新たに造られたのなら、何らかの精霊が彼らの存在を司っているはずだ。
「原初の精霊を含めてそれらの存在を司る精霊はいますよ。原初の精霊であればケイオス、それ以外の精霊はうちの所長のようなナイアスなどが該当しますね。ケイオスはケイオス自身の存在をも司るといった特殊な精霊ですが……」
ハーウェックがそう答えたが、これは突き詰めると堂々巡りになるだろうと私は思った。
それにこの部分を突き詰めたところで、私やドナートの最終的な目的には到達しそうもない気がする。
「……ありとらゆる存在が精霊と結びつく、というのは理解しました。ところで『揺らぎ』や『溢壊』以外に精霊が司る対象に影響を及ぼすことはないのですか?」
私がそう尋ねたのは、ガネーシャのような商取引を司る精霊が精霊界にこれを広める手立てを持っているのではないかと考えたからだ。
私も忘れかけていたが、保養地周辺の名産品を取引する方法の確立が目的だったことを思い出したのだ。
「基本的に精霊が司る対象に影響を及ぼすのは異常な事態なのですよ。あくまでモノやコトが存在するために精霊と結びつく必要があるだけで、精霊は本来対象に影響を与えません。対象が存在するための環境を提供するのが精霊、というのが近いのかもしれません」
ハーウェックは丁寧に説明してくれているのだが、私には内容が難しすぎるようだ。
わかったようなわからないような、といった感じにしかならない。
「む。ならば『揺らぎ』や『溢壊』はものが存在するための環境が悪化するといった感じか? だから中にあるものに良くない影響を及ぼすのか?」
質問の内容からすると、ドナートは私よりハーウェックの言葉を理解しているらしい。
「その理解で良いと思います。ですので、精霊を通じて司っている対象に影響を与えようなどとは考えないでください。『揺らぎ』や『溢壊』を誘発なんかしたら、下手をすると対象そのものが無くなってしまいますからね」
ハーウェックがとんでもないことを言っているが、恐らくこれは事実なのだろう。
「……念のために教えてください。確か精霊は司る対象が無くなっても存在し続けられたと聞いていますが、魂霊の存在を司る精霊が『溢壊』したりしたらどうなりますか?」
私は恐る恐るハーウェックに尋ねた。
魂霊は不老不死であるが、この場合はどうなるかわからない。
「わからない、ですね……魂霊は人間を疑似精霊に変換した存在ですから精霊と同様、存在が無くなったりすることはないとも考えられます。ですが、魂霊を司る精霊が『揺らいだ』例は知らないですし、実験するなんて恐ろしいことはできませんよ。魂霊って四百体くらいしかいない希少な存在ですから、精霊の立場としては魂霊が消えるなんてことは想像したくもないです。アーベルさんは恐ろしいことを考えますね」
急にハーウェックが早口でまくし立てた。
穏やかな話し方をする彼にしては珍しいが、何故ここで私が責められるのだ?
「いや待て。アーベルにそう言わせたのはハーウェックじゃないのか?」
私が呆気に取られていたためか、ドナートが私の代わりにツッコんでくれた。助かる。
「そうでしたっけ? まあいいです。とにかく精霊を使って司る対象に影響を与えようなどと考えるのはよしてください。それにしてもどうしてそのようなことを考えたのです?」
ハーウェックがそう尋ねてくれたおかげで、どうにか本来の目的に戻ることができそうだ。
「先ほどドナートと話していたのですが、保養地には土地の名物が必要だと思うのです。ただ、名物を利用者に分けてもらおうとすると商取引が必要かなと思ったのですが……」
「さすがにタダでものを寄越せというのは横暴だしな。かといって、どのような対価を支払えばいいか見当がつかない」
私とドナートの話を聞いたハーウェックは少し考えてから、
「『ケルークス』や『海の家』といった例もありますし、同じシステムを保養地に導入したらどうかと長老会議に提案してはどうでしょうか? 保養地の選定の場で要望を出せば検討すると思いますよ」
と提案してくれた。
「わかった。ここは選定に関与する俺が責任をもって提案しよう。アーベルの意見も参考になった。それじゃな」
ドナートはメモを取った後、飲み物を飲み干して「ケルークス」を後にした。
本来なら、保養地の設置が許可された時点で帰っても良かったはずだ。
私に意見を求めてきたのは彼なりの気遣いだったと思う。七百体以上のパートナーと契約しているというのは伊達ではないのだ。
「対象が存在するための環境を提供するのが精霊」
このハーウェックの言葉は印象的だった。
私も四体のパートナーたちと契約しているが、彼女たちも何らかの対象が存在するための環境を提供しているはずだ。
「アーベルさん、難しい顔をされていますが、どうされましたか?」
不意にハーウェックに尋ねられた。
「私は魂霊だからよくわかりませんが、精霊は司る対象の存在を意識しているのでしょうか?」
私の口からは、意図もしていないような質問がこぼれ出た。私自身どうしてこのようなことを尋ねたのかわからない。
「精霊によると思いますけどね。私のように金属全般を司っていると、司っている対象を意識することはほとんどないですね。敢えて言えば、金属を身に着けていると落ち着く、といったくらいです。ドライアドのように特定の樹木を司る場合は、それなりに対象を意識していると思いますが、それでも精霊界にある対象限定だと思いますよ」
意図もしていなかった質問だったためか、ハーウェックから得られた答えも私にはしっくりこなかった。
それが顔に出てしまったのだろう、ハーウェックが話を続けた。
「……自身が司っている対象を意識しているかどうかは別にしても、精霊は司る対象に責任を持つ、とは言えるかもしれません。精霊の立場からの勝手な意見ですが、魂霊の皆様にはパートナーの精霊を大事にしてあげることを求めたいです。それが精霊と世界のあらゆる存在を守ることにつながりますから。もっとも、精霊の責任を意識しすぎる必要は無いと思いますけどね」
「……善処します」
私はそう答えることしかできなかった。
ただ、契約しているパートナーたちを大切に扱うようにはしようと思う。
世界のありとあらゆる存在を守るなどという大それた意識ではない。
私がやりたいからやる、でいいのだと思う。
私にとって彼女たちはその価値がある存在なのだから。
必要な情報が聞けたのでそれで十分、と思ったのだろう。
残った魂霊の相談員はドナートと私だ。
「そうか……アーベルたちはテントを荷車で運んでいったのか……テントなどが要らない保養地というのも必要だな……」
ドナートは保養地に対する私の要望を知りたいと言って、何故か以前私がパートナーたちと「光の砂浜」に行ったときことを尋ねてきた。
ドナートの先ほどの台詞は、私が荷車でテントやら酒樽やらを運んだ話をした直後のものだ。
「確かに何も持たず身体一つで来て楽しめる場所もあったほうがいいな。あと、土地の名物とかがほとんどないのには閉口したな……」
「光の砂浜」に行ったときに往復七時間以上かけて離れた場所までスーラの実を分けてもらいに行ったのを思い出した。
精霊の感覚には土地の名産品を楽しむ、というのがないらしいのだが、魂霊は多分そうじゃないと思う。
「それはご苦労だったな。俺などは保養地では何もせずに休めればいいと思うが、それでも地元の食事や酒くらいは楽しみたくはあるな……」
ドナートが苦笑した。
「そうなんだよな……うちのカーリンやニーナみたいに酒を造る精霊はいるから、そうした精霊が造った酒や食べ物を振る舞ってもらえると嬉しいが、こちらが対価を払えないか」
私は自分のアイデアの実現性について口にしながら考えてみたが、商取引の慣習がない精霊界では難しそうだ。
「対価の支払については長老会議と話をしてみよう。商取引や産業などを司る精霊に話をすれば、と思ったが……アーベル、『司る』ってどういうことなのだろうか?」
「……確かに言われてみればよくわからないな。確か研修で講師だったガネーシャが商業を司っていたような気がしたが……」
不意にドナートから尋ねられて私も答えに窮してしまう。
私も何気なしに「司る」という言葉を使っているが、具体的にどのようなことか理解できていないのだ。
「うちのパートナーたちも水場やら風やらを司っていると言われているが……関係性はよくわからんな」
「確かにそうだ。うちのカーリンとリーゼは家の目の前にある泉を管理しているからわかりやすいが、ガネーシャは商取引の管理なんてやっていないよな……」
ドナートと私はそこで考え込んでしまった。
「それほど難しく考えることはありませんよ」
奥でグラスを傾けていた副所長のハーウェックが割り込んできた。
ちなみにグラスの中味はアイスコーヒーだったはずだ。
「どう考えればいいのだ? 話を聞かせてもらいたい」
ドナートがハーウェックにこちらに来るよう促した。
私はカウンターで、ドナートはそのすぐ後ろの席に陣取っていたから、奥にいるハーウェックにこちらに来てもらった方が早い。
「『司る』とは世界と精霊との関係性を示す言葉です。皆さんは精霊界や存在界がどのように創られたのかご存知でしょうか?」
ハーウェックはアイスコーヒーをすすりながら世間話をするかのような口調で尋ねてきた。
話題はこの世界の成り立ちに関する重要なことであるはずなのだが。
「精霊、それも原初の精霊が中心になって最初に精霊界を創り、その後に存在界を創ったと聞いたが」
「原初の精霊の方が精霊界よりも前から存在していたはずですよね? 世界を創る際に初期の精霊も手を貸したようなことも聞いていますけど」
ドナート、私の順で答えて、ドナートと私の二人は顔を見合わせた。
ここからどう「司る」につながるのかがわからない。
「そうです。世界に存在するもの、これは精霊や魂霊といった生物だけではなく、石などの無生物、そして感情や概念といったものを含めたありとあらゆる存在が生まれる際には、必ず何らかの精霊と結びつきました。世界そのものも例外ではありません。この『結びつく』ことを『司る』というのですよ」
どうやらハーウェックの説明によれば、新しい何かが生み出させるときは必ず何かの精霊と結びつくらしい。
「ならば精霊自身はどうなのだ? 原初の精霊はともかく、他の精霊は新しく造られたはずだ。何らかの精霊が彼らの存在を司っているはずだが……」
ドナートが疑問を口にした。彼の言う通り原初の精霊は世界の誕生の前からずっと存在していたが、他の精霊は原初の精霊や初期の精霊の手によって造られたものだ。
新たに造られたのなら、何らかの精霊が彼らの存在を司っているはずだ。
「原初の精霊を含めてそれらの存在を司る精霊はいますよ。原初の精霊であればケイオス、それ以外の精霊はうちの所長のようなナイアスなどが該当しますね。ケイオスはケイオス自身の存在をも司るといった特殊な精霊ですが……」
ハーウェックがそう答えたが、これは突き詰めると堂々巡りになるだろうと私は思った。
それにこの部分を突き詰めたところで、私やドナートの最終的な目的には到達しそうもない気がする。
「……ありとらゆる存在が精霊と結びつく、というのは理解しました。ところで『揺らぎ』や『溢壊』以外に精霊が司る対象に影響を及ぼすことはないのですか?」
私がそう尋ねたのは、ガネーシャのような商取引を司る精霊が精霊界にこれを広める手立てを持っているのではないかと考えたからだ。
私も忘れかけていたが、保養地周辺の名産品を取引する方法の確立が目的だったことを思い出したのだ。
「基本的に精霊が司る対象に影響を及ぼすのは異常な事態なのですよ。あくまでモノやコトが存在するために精霊と結びつく必要があるだけで、精霊は本来対象に影響を与えません。対象が存在するための環境を提供するのが精霊、というのが近いのかもしれません」
ハーウェックは丁寧に説明してくれているのだが、私には内容が難しすぎるようだ。
わかったようなわからないような、といった感じにしかならない。
「む。ならば『揺らぎ』や『溢壊』はものが存在するための環境が悪化するといった感じか? だから中にあるものに良くない影響を及ぼすのか?」
質問の内容からすると、ドナートは私よりハーウェックの言葉を理解しているらしい。
「その理解で良いと思います。ですので、精霊を通じて司っている対象に影響を与えようなどとは考えないでください。『揺らぎ』や『溢壊』を誘発なんかしたら、下手をすると対象そのものが無くなってしまいますからね」
ハーウェックがとんでもないことを言っているが、恐らくこれは事実なのだろう。
「……念のために教えてください。確か精霊は司る対象が無くなっても存在し続けられたと聞いていますが、魂霊の存在を司る精霊が『溢壊』したりしたらどうなりますか?」
私は恐る恐るハーウェックに尋ねた。
魂霊は不老不死であるが、この場合はどうなるかわからない。
「わからない、ですね……魂霊は人間を疑似精霊に変換した存在ですから精霊と同様、存在が無くなったりすることはないとも考えられます。ですが、魂霊を司る精霊が『揺らいだ』例は知らないですし、実験するなんて恐ろしいことはできませんよ。魂霊って四百体くらいしかいない希少な存在ですから、精霊の立場としては魂霊が消えるなんてことは想像したくもないです。アーベルさんは恐ろしいことを考えますね」
急にハーウェックが早口でまくし立てた。
穏やかな話し方をする彼にしては珍しいが、何故ここで私が責められるのだ?
「いや待て。アーベルにそう言わせたのはハーウェックじゃないのか?」
私が呆気に取られていたためか、ドナートが私の代わりにツッコんでくれた。助かる。
「そうでしたっけ? まあいいです。とにかく精霊を使って司る対象に影響を与えようなどと考えるのはよしてください。それにしてもどうしてそのようなことを考えたのです?」
ハーウェックがそう尋ねてくれたおかげで、どうにか本来の目的に戻ることができそうだ。
「先ほどドナートと話していたのですが、保養地には土地の名物が必要だと思うのです。ただ、名物を利用者に分けてもらおうとすると商取引が必要かなと思ったのですが……」
「さすがにタダでものを寄越せというのは横暴だしな。かといって、どのような対価を支払えばいいか見当がつかない」
私とドナートの話を聞いたハーウェックは少し考えてから、
「『ケルークス』や『海の家』といった例もありますし、同じシステムを保養地に導入したらどうかと長老会議に提案してはどうでしょうか? 保養地の選定の場で要望を出せば検討すると思いますよ」
と提案してくれた。
「わかった。ここは選定に関与する俺が責任をもって提案しよう。アーベルの意見も参考になった。それじゃな」
ドナートはメモを取った後、飲み物を飲み干して「ケルークス」を後にした。
本来なら、保養地の設置が許可された時点で帰っても良かったはずだ。
私に意見を求めてきたのは彼なりの気遣いだったと思う。七百体以上のパートナーと契約しているというのは伊達ではないのだ。
「対象が存在するための環境を提供するのが精霊」
このハーウェックの言葉は印象的だった。
私も四体のパートナーたちと契約しているが、彼女たちも何らかの対象が存在するための環境を提供しているはずだ。
「アーベルさん、難しい顔をされていますが、どうされましたか?」
不意にハーウェックに尋ねられた。
「私は魂霊だからよくわかりませんが、精霊は司る対象の存在を意識しているのでしょうか?」
私の口からは、意図もしていないような質問がこぼれ出た。私自身どうしてこのようなことを尋ねたのかわからない。
「精霊によると思いますけどね。私のように金属全般を司っていると、司っている対象を意識することはほとんどないですね。敢えて言えば、金属を身に着けていると落ち着く、といったくらいです。ドライアドのように特定の樹木を司る場合は、それなりに対象を意識していると思いますが、それでも精霊界にある対象限定だと思いますよ」
意図もしていなかった質問だったためか、ハーウェックから得られた答えも私にはしっくりこなかった。
それが顔に出てしまったのだろう、ハーウェックが話を続けた。
「……自身が司っている対象を意識しているかどうかは別にしても、精霊は司る対象に責任を持つ、とは言えるかもしれません。精霊の立場からの勝手な意見ですが、魂霊の皆様にはパートナーの精霊を大事にしてあげることを求めたいです。それが精霊と世界のあらゆる存在を守ることにつながりますから。もっとも、精霊の責任を意識しすぎる必要は無いと思いますけどね」
「……善処します」
私はそう答えることしかできなかった。
ただ、契約しているパートナーたちを大切に扱うようにはしようと思う。
世界のありとあらゆる存在を守るなどという大それた意識ではない。
私がやりたいからやる、でいいのだと思う。
私にとって彼女たちはその価値がある存在なのだから。
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