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第五章
精霊にとっての「契約」
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「……」
私は今日の相談業務を終えて、わが家へと向かっていた。
行きはアイリスから呼び出されたニーナと一緒だったが、彼女は五時間ほど前に家に戻ったようなので、帰りは私一人だ。
今日は帰る直前まである女性の相談客の相手をしていたのだが、少々面倒なことになった。
いや、これは正しくないな……
面倒に思っているのは恐らく私一人だ。
「精霊と魂霊とで結ぶパートナー契約ですが、未来永劫内容すら変えられないなんて厳しすぎないですか? 精霊がそのような契約を望む理由もよくわからないのですが」
相談客にそう指摘されたのだ。
私は魂霊の相談員としての立場から、私個人がどう感じているかを答えた。
すなわち、
「パートナーたちは皆性質もよいですし、彼女たちを含めて私たちは変化が苦手です。そのような私たちにとって今の契約形態は望ましいものです」
といった内容だ。
しかし、相談客は納得してくれなかった。
アイリスは、
「そういう感覚を持つこと自体が精霊界に向いていないと思う」
と一刀両断してしまった。それもどうかと思うのだが、感覚的には私もアイリスに近い。
結局、アイリスがぶった切ったところで時間切れとなってしまい、相談客は「また来ます」と言って相談所を後にした。
ということは、この相談客はまだ精霊界への移住を諦めていないということになる。
次にこの相談客が来たときに私が対応する可能性は高くないと思うのだが、万が一ということはある。
こうした相談客の相手はエリシアかコレットあたりが上手にあしらうと思うので、彼女たちがいるときに当たってほしいとは思う。
だが、それを願うだけでは相談員としてどうか、という指摘を受けても仕方ない。
この相談客がどうするかはともかく、彼女が納得する答えは用意しておいた方が良さそうだ。
私も契約がどのような意味を持つか深く考えたことがないので、これを機会に私なりに契約の意味を考えても良いだろう。
私は家に戻った後、パートナーたちと三〇分ほどお茶を楽しんでから契約のことについて彼女たちがどう思っているか話を聞くことにした。
今日は皆食事をとるという気分ではなかったそうで、その意味ではちょうどいい。
「……契約、ですか? 私にとってアーベルさんとの契約は無くてはならないもので……今となっては契約がない状態なんて想像できません」
私が契約についてどう思うか、と尋ねると間髪入れずカーリンが答えを返してきた。
その目には一切の迷いも見受けられなかった、と私は思う。
「アーベルさま。精霊にとってパートナーと契約できるというのは、あり得ない水準の幸運なのです。存在界でいうところの宝くじに当たる、といった感じなのです。今まで契約出来た精霊は四千に満たないので……」
リーゼが存在界の話を引き合いに説明してきた。
彼女の言う通り、今まで契約でパートナーを得られた精霊の数は四千弱、精霊の総数は正確なところよくわからないのだけど「垓」に達するのだそうだ。
となると契約出来ている精霊は、一〇の一六乗か一七乗分の一くらい。
宝くじだってせいぜい一〇の七乗か八乗分の一くらいだったはずだから、精霊がパートナーと契約できる確率というのがとんでもなく低いことがわかる。
精霊たちが契約した魂霊に対して非常に好意的なのは、こうした類稀なる幸運、という要素が影響しているのかもしれない。
「ラッキーだったのは認めるけどね、でも契約があるのって安心できるのよ。というか、契約が無いと支えもなしにふわふわ漂っているみたいで不安じゃない?」
メラニーがニーナに尋ねた。恐らくだが、ニーナが話すのを促しているのだと思う。
「……メラニーの言う通りですね。精霊は一人でいることを好みませんし、その……わたくしがわたくしであることを認めて下さる方がいないと落ち着かない、と言いますか……」
ニーナが不安気な顔を見せている。
彼女だけではない、カーリンやリーゼも怪訝な顔をしている。
パートナーたちを不安がらせるのは本意ではないのだが、精霊にとっての契約の意味は知っておきたいし、私にとっての契約の意味も知りたいところだ。
「すまない。皆を不安がらせたくはないんだ。私も皆との契約がない状態を想像できないし、したくもない。ただ、今日相談客から契約の意味を問われて、どう答えたら理解してもらえるか、それを知りたくてこんな話をしているんだ……」
「そういうことですか。ならば、私にとってアーベルさまとの契約は『お家』です。私が安心して居ることができる場所で、私がいるべき場所です」
リーゼが決意したかのような顔で答えてくれた。
彼女の言う「お家」という表現は腑に落ちる。
居場所がないのに不安を感じるのは人間も同じだと思うからだ。
ただ、ひとつ疑問に思う点がある。私は思い切ってリーゼに尋ねてみることにした。
「リーゼ、『お家』というのはわかりやすかった。ひとつ確認したいのは契約は一人でするものじゃない。相手が必要だけど、契約相手はどのような意味を持つのだろうか?」
質問して私は、狡いことをしているなと思ったがもう遅い。
「アーベルさま。相手となるアーベルさまが居ての『お家』なのです。アーベルさまが居なければピースが足らなくなりますから、それは『お家』じゃないです」
リーゼの答えに迷いはなかった。
「……リーゼ、試すような真似をしてすまなかった。私も同感だ。この家にはカーリンもリーゼもメラニーもニーナも皆必要だ。誰かひとりでも欠けたらそれは我が家じゃ無いと思う」
「はい。アーベルさま。ずっと一緒ですよ」
リーゼは静かにうなずいて、私の方に向かってきた。
そして、えいっ、と声をあげると、ソファに腰かけている私の膝の上に座ったのだった。
「リーゼだけずるいですよ。私だって、アーベルさんとの契約が無ければ、私が私で居られないのだから。えいっ!」
今度はカーリンが背中側に回って抱きついてきた。
彼女の場合は、私との契約時に溢壊していたから「自分が自分でない」という状態を嫌というほど知っている。
私の存在が彼女が彼女であることを後押しできているのなら、これほどうれしいことはない。
「アーベル、相談のお客さんはどんな聞き方をしてきたの? もしかしたら契約の意味を取り違えていないか、って気がするのだけど……」
メラニーに問われて、私は相談客に聞かれたことを説明した。
「うーん、永遠に契約が変わらないというところが引っかかっているのか……ちょっと精霊にはわからない感覚かも」
説明を聞いたメラニーが首を傾げた。
「そうですね……契約の内容が変わってしまったら、それこそ落ち着かないと思うのですが……例えば、わたくしの契約の相手がアーベル様から別の方に変わってしまったとしたら……そんなのはとても耐えられません!」
「ニーナ、それはないから安心してくれ。私だってニーナとの契約がなくなったら困る」
ニーナの剣幕に私も口を挟まずにはいられなくなった。
彼女は真剣に私との契約が切れるのではないかと不安に思っているようであったからだ。
そのようなことはないとしっかり否定しておく必要があった。
「ニーナ、アーベルはそんなこと考えていないから大丈夫よ。契約が変わらないことの何が嫌なのか、誰かわからないかな?」
メラニーがニーナをなだめながら尋ねた。
これは人間であった経験のある私が答えなければならないだろう。
「……人間独自の感覚なのかもしれないけど、同じことを繰り返していると飽きるということがあるんだ。恐らくそのことを言っているのだと思う」
「アーベルさまにも飽きる、ということはあるのですか?」
私の答えにリーゼがすかさず聞き返してきた。
「仕事や趣味などでそういうことはあったが……恐らくそれは本当に好きなことではなかったからだと思う。大丈夫、皆に飽きることはないよ」
これは私が断言しなければならない言葉であるし、事実そうでなければならない。
私にとって彼女たちは空気や水といった生きていくために必要不可欠な存在である。
それだけではない。
最初にカーリン、リーゼの姉妹と契約してから四〇年以上が経過しているが、彼女たちと接すると今でも多くの発見がある。飽きるなんてとんでもないことだ。
「精霊も好きでもないことには飽きることはありますけど、アーベルさんに飽きるなんて考えられないですよ!」
カーリンが頬を膨らませた。彼女にしては珍しい表情だ。
「人間の事情はわかったような、わからないような、って感じだけど……私たち精霊の多くは契約を望んでいると思うのよねー」
メラニーは渋い表情をしている。
私はどのあたりがわからないのかメラニーから聞き出してみた。
すると、どうも「飽きる」リスクのために「変わらない契約」という支えを忌避するというのが理解できないようであった。
これには他の三体も同意なようで、彼女たちにとって「変わらない契約がない状態」というマイナスは「飽きる」ことのマイナスより遥かに大きいと考えているようだ。
「そうは申しましたが、契約相手がアーベル様でなかったらそう思わなかったですけど……」
「そうねぇ。でもアイリスはここにいる皆をアーベル以外の人と契約させようとは考えなかったと思うよ」
心配そうな顔をするニーナにメラニーがそう言って首を横に振った。
私のパートナーの中でメラニーだけはアイリスによって「造られた」存在だ。
正確に言うとメラニーを造った精霊たちの中の一体がアイリスだったそうだが。
そのためか、私のパートナーの中では彼女が一番アイリスのことをよく知っているように思う。
しかし、私の脳裏に浮かんだのは別のことだ。
「……そうか、それもあるな。パートナーを相談所から紹介されるというのを嫌がる人間もいるかもしれない。自分のことは自分で決めたいという人間は結構いるからね」
私にはちょっと薄い感情なのだが、他人に自分のことを決められるのが嫌だという人間は一定数いる。
精霊と魂霊の契約を考えたとき、相談所から相手を紹介されるのが嫌という人間がいてもおかしくないと私は思ったのだ。
「それは理解できますが、魂霊や精霊が自分でパートナーを探してきて契約してはいけない、というルールはなかったと思います」
ニーナの答えから、精霊にも自分のことを他人に決められたくないという感情を持つ者がいるらしいことがわかった。
彼女の言う通り、契約相手を自分で探すことを禁じるルールはない。
そうやって契約している者もいるにはいるのだ。
ただ、精霊と比較して魂霊は著しく数が少ないから精霊の側から魂霊に出会う可能性は非常に低い。
魂霊の側から見ると、精霊界に移住した直後に知り合いの精霊がいるケースは皆無に近い。
こうした事情から相談所が魂霊に精霊を紹介するケースが多いだけだ。
現在のルールでは契約してしまえば後戻りはできない。
恐らくこれは将来も変わらないと思う。精霊にとってダメージが大きすぎるからだ。
だが、現在のルールでも永遠に契約を続けるべき相手かどうか、時間をかけて見極めることは可能だ。
これが私の得た答えだ。
永遠に変わらない契約が精霊にとって「帰るべき家」である以上、それは尊重すべきだと私は思う。
皆を不安にしてしまったお詫びではないが、そのことを皆に話した。
するとメラニーが、
「精霊って永遠に存在するけど、自分一人じゃ自分として存在し続けられないの。だから集まって過ごすのだけど、それでも欠けたピースがすべて埋まることはない。だから欠けたピースを埋めるため魂霊のパートナーが必要になるの」
としみじみ話してくれた。
これを精霊のエゴと考えるのは簡単だし、私にもそういう考えをする人を批判する気はない。
ただ、私にはしっくりこない、それだけだ。
そもそも人間が精霊の欠けたピースを埋めるために造られた存在だからだ。
その役割を強制されるのは嫌だが、私は今の状態に満足している。たとえ精霊のエゴによる結果だったとしても、私はそれでいいと思っているのだ。
私がパートナーたちに目を向けると、皆、感心した顔でメラニーの方を見ている。精霊たちにはしっくりくる内容なのだと思う。
「あー、これ。アイリスから聞いた話なのよね……」
メラニーが照れくさそうに頬を掻いた。
アイリスの言葉であれば納得だ。彼女は精霊たちの「揺らぎ」を防ぐために苦労して様々な生物を造った。その苦労は筆舌に尽くしがたいものだったはずだ。
せめてその苦労に報いるためにも、目の前のパートナーたちに欠けたピースを埋め続けることにしよう。
私は今日の相談業務を終えて、わが家へと向かっていた。
行きはアイリスから呼び出されたニーナと一緒だったが、彼女は五時間ほど前に家に戻ったようなので、帰りは私一人だ。
今日は帰る直前まである女性の相談客の相手をしていたのだが、少々面倒なことになった。
いや、これは正しくないな……
面倒に思っているのは恐らく私一人だ。
「精霊と魂霊とで結ぶパートナー契約ですが、未来永劫内容すら変えられないなんて厳しすぎないですか? 精霊がそのような契約を望む理由もよくわからないのですが」
相談客にそう指摘されたのだ。
私は魂霊の相談員としての立場から、私個人がどう感じているかを答えた。
すなわち、
「パートナーたちは皆性質もよいですし、彼女たちを含めて私たちは変化が苦手です。そのような私たちにとって今の契約形態は望ましいものです」
といった内容だ。
しかし、相談客は納得してくれなかった。
アイリスは、
「そういう感覚を持つこと自体が精霊界に向いていないと思う」
と一刀両断してしまった。それもどうかと思うのだが、感覚的には私もアイリスに近い。
結局、アイリスがぶった切ったところで時間切れとなってしまい、相談客は「また来ます」と言って相談所を後にした。
ということは、この相談客はまだ精霊界への移住を諦めていないということになる。
次にこの相談客が来たときに私が対応する可能性は高くないと思うのだが、万が一ということはある。
こうした相談客の相手はエリシアかコレットあたりが上手にあしらうと思うので、彼女たちがいるときに当たってほしいとは思う。
だが、それを願うだけでは相談員としてどうか、という指摘を受けても仕方ない。
この相談客がどうするかはともかく、彼女が納得する答えは用意しておいた方が良さそうだ。
私も契約がどのような意味を持つか深く考えたことがないので、これを機会に私なりに契約の意味を考えても良いだろう。
私は家に戻った後、パートナーたちと三〇分ほどお茶を楽しんでから契約のことについて彼女たちがどう思っているか話を聞くことにした。
今日は皆食事をとるという気分ではなかったそうで、その意味ではちょうどいい。
「……契約、ですか? 私にとってアーベルさんとの契約は無くてはならないもので……今となっては契約がない状態なんて想像できません」
私が契約についてどう思うか、と尋ねると間髪入れずカーリンが答えを返してきた。
その目には一切の迷いも見受けられなかった、と私は思う。
「アーベルさま。精霊にとってパートナーと契約できるというのは、あり得ない水準の幸運なのです。存在界でいうところの宝くじに当たる、といった感じなのです。今まで契約出来た精霊は四千に満たないので……」
リーゼが存在界の話を引き合いに説明してきた。
彼女の言う通り、今まで契約でパートナーを得られた精霊の数は四千弱、精霊の総数は正確なところよくわからないのだけど「垓」に達するのだそうだ。
となると契約出来ている精霊は、一〇の一六乗か一七乗分の一くらい。
宝くじだってせいぜい一〇の七乗か八乗分の一くらいだったはずだから、精霊がパートナーと契約できる確率というのがとんでもなく低いことがわかる。
精霊たちが契約した魂霊に対して非常に好意的なのは、こうした類稀なる幸運、という要素が影響しているのかもしれない。
「ラッキーだったのは認めるけどね、でも契約があるのって安心できるのよ。というか、契約が無いと支えもなしにふわふわ漂っているみたいで不安じゃない?」
メラニーがニーナに尋ねた。恐らくだが、ニーナが話すのを促しているのだと思う。
「……メラニーの言う通りですね。精霊は一人でいることを好みませんし、その……わたくしがわたくしであることを認めて下さる方がいないと落ち着かない、と言いますか……」
ニーナが不安気な顔を見せている。
彼女だけではない、カーリンやリーゼも怪訝な顔をしている。
パートナーたちを不安がらせるのは本意ではないのだが、精霊にとっての契約の意味は知っておきたいし、私にとっての契約の意味も知りたいところだ。
「すまない。皆を不安がらせたくはないんだ。私も皆との契約がない状態を想像できないし、したくもない。ただ、今日相談客から契約の意味を問われて、どう答えたら理解してもらえるか、それを知りたくてこんな話をしているんだ……」
「そういうことですか。ならば、私にとってアーベルさまとの契約は『お家』です。私が安心して居ることができる場所で、私がいるべき場所です」
リーゼが決意したかのような顔で答えてくれた。
彼女の言う「お家」という表現は腑に落ちる。
居場所がないのに不安を感じるのは人間も同じだと思うからだ。
ただ、ひとつ疑問に思う点がある。私は思い切ってリーゼに尋ねてみることにした。
「リーゼ、『お家』というのはわかりやすかった。ひとつ確認したいのは契約は一人でするものじゃない。相手が必要だけど、契約相手はどのような意味を持つのだろうか?」
質問して私は、狡いことをしているなと思ったがもう遅い。
「アーベルさま。相手となるアーベルさまが居ての『お家』なのです。アーベルさまが居なければピースが足らなくなりますから、それは『お家』じゃないです」
リーゼの答えに迷いはなかった。
「……リーゼ、試すような真似をしてすまなかった。私も同感だ。この家にはカーリンもリーゼもメラニーもニーナも皆必要だ。誰かひとりでも欠けたらそれは我が家じゃ無いと思う」
「はい。アーベルさま。ずっと一緒ですよ」
リーゼは静かにうなずいて、私の方に向かってきた。
そして、えいっ、と声をあげると、ソファに腰かけている私の膝の上に座ったのだった。
「リーゼだけずるいですよ。私だって、アーベルさんとの契約が無ければ、私が私で居られないのだから。えいっ!」
今度はカーリンが背中側に回って抱きついてきた。
彼女の場合は、私との契約時に溢壊していたから「自分が自分でない」という状態を嫌というほど知っている。
私の存在が彼女が彼女であることを後押しできているのなら、これほどうれしいことはない。
「アーベル、相談のお客さんはどんな聞き方をしてきたの? もしかしたら契約の意味を取り違えていないか、って気がするのだけど……」
メラニーに問われて、私は相談客に聞かれたことを説明した。
「うーん、永遠に契約が変わらないというところが引っかかっているのか……ちょっと精霊にはわからない感覚かも」
説明を聞いたメラニーが首を傾げた。
「そうですね……契約の内容が変わってしまったら、それこそ落ち着かないと思うのですが……例えば、わたくしの契約の相手がアーベル様から別の方に変わってしまったとしたら……そんなのはとても耐えられません!」
「ニーナ、それはないから安心してくれ。私だってニーナとの契約がなくなったら困る」
ニーナの剣幕に私も口を挟まずにはいられなくなった。
彼女は真剣に私との契約が切れるのではないかと不安に思っているようであったからだ。
そのようなことはないとしっかり否定しておく必要があった。
「ニーナ、アーベルはそんなこと考えていないから大丈夫よ。契約が変わらないことの何が嫌なのか、誰かわからないかな?」
メラニーがニーナをなだめながら尋ねた。
これは人間であった経験のある私が答えなければならないだろう。
「……人間独自の感覚なのかもしれないけど、同じことを繰り返していると飽きるということがあるんだ。恐らくそのことを言っているのだと思う」
「アーベルさまにも飽きる、ということはあるのですか?」
私の答えにリーゼがすかさず聞き返してきた。
「仕事や趣味などでそういうことはあったが……恐らくそれは本当に好きなことではなかったからだと思う。大丈夫、皆に飽きることはないよ」
これは私が断言しなければならない言葉であるし、事実そうでなければならない。
私にとって彼女たちは空気や水といった生きていくために必要不可欠な存在である。
それだけではない。
最初にカーリン、リーゼの姉妹と契約してから四〇年以上が経過しているが、彼女たちと接すると今でも多くの発見がある。飽きるなんてとんでもないことだ。
「精霊も好きでもないことには飽きることはありますけど、アーベルさんに飽きるなんて考えられないですよ!」
カーリンが頬を膨らませた。彼女にしては珍しい表情だ。
「人間の事情はわかったような、わからないような、って感じだけど……私たち精霊の多くは契約を望んでいると思うのよねー」
メラニーは渋い表情をしている。
私はどのあたりがわからないのかメラニーから聞き出してみた。
すると、どうも「飽きる」リスクのために「変わらない契約」という支えを忌避するというのが理解できないようであった。
これには他の三体も同意なようで、彼女たちにとって「変わらない契約がない状態」というマイナスは「飽きる」ことのマイナスより遥かに大きいと考えているようだ。
「そうは申しましたが、契約相手がアーベル様でなかったらそう思わなかったですけど……」
「そうねぇ。でもアイリスはここにいる皆をアーベル以外の人と契約させようとは考えなかったと思うよ」
心配そうな顔をするニーナにメラニーがそう言って首を横に振った。
私のパートナーの中でメラニーだけはアイリスによって「造られた」存在だ。
正確に言うとメラニーを造った精霊たちの中の一体がアイリスだったそうだが。
そのためか、私のパートナーの中では彼女が一番アイリスのことをよく知っているように思う。
しかし、私の脳裏に浮かんだのは別のことだ。
「……そうか、それもあるな。パートナーを相談所から紹介されるというのを嫌がる人間もいるかもしれない。自分のことは自分で決めたいという人間は結構いるからね」
私にはちょっと薄い感情なのだが、他人に自分のことを決められるのが嫌だという人間は一定数いる。
精霊と魂霊の契約を考えたとき、相談所から相手を紹介されるのが嫌という人間がいてもおかしくないと私は思ったのだ。
「それは理解できますが、魂霊や精霊が自分でパートナーを探してきて契約してはいけない、というルールはなかったと思います」
ニーナの答えから、精霊にも自分のことを他人に決められたくないという感情を持つ者がいるらしいことがわかった。
彼女の言う通り、契約相手を自分で探すことを禁じるルールはない。
そうやって契約している者もいるにはいるのだ。
ただ、精霊と比較して魂霊は著しく数が少ないから精霊の側から魂霊に出会う可能性は非常に低い。
魂霊の側から見ると、精霊界に移住した直後に知り合いの精霊がいるケースは皆無に近い。
こうした事情から相談所が魂霊に精霊を紹介するケースが多いだけだ。
現在のルールでは契約してしまえば後戻りはできない。
恐らくこれは将来も変わらないと思う。精霊にとってダメージが大きすぎるからだ。
だが、現在のルールでも永遠に契約を続けるべき相手かどうか、時間をかけて見極めることは可能だ。
これが私の得た答えだ。
永遠に変わらない契約が精霊にとって「帰るべき家」である以上、それは尊重すべきだと私は思う。
皆を不安にしてしまったお詫びではないが、そのことを皆に話した。
するとメラニーが、
「精霊って永遠に存在するけど、自分一人じゃ自分として存在し続けられないの。だから集まって過ごすのだけど、それでも欠けたピースがすべて埋まることはない。だから欠けたピースを埋めるため魂霊のパートナーが必要になるの」
としみじみ話してくれた。
これを精霊のエゴと考えるのは簡単だし、私にもそういう考えをする人を批判する気はない。
ただ、私にはしっくりこない、それだけだ。
そもそも人間が精霊の欠けたピースを埋めるために造られた存在だからだ。
その役割を強制されるのは嫌だが、私は今の状態に満足している。たとえ精霊のエゴによる結果だったとしても、私はそれでいいと思っているのだ。
私がパートナーたちに目を向けると、皆、感心した顔でメラニーの方を見ている。精霊たちにはしっくりくる内容なのだと思う。
「あー、これ。アイリスから聞いた話なのよね……」
メラニーが照れくさそうに頬を掻いた。
アイリスの言葉であれば納得だ。彼女は精霊たちの「揺らぎ」を防ぐために苦労して様々な生物を造った。その苦労は筆舌に尽くしがたいものだったはずだ。
せめてその苦労に報いるためにも、目の前のパートナーたちに欠けたピースを埋め続けることにしよう。
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