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第五章

ロトスで柿の種

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 サーラ、シーラ、スーラ、セーラのポモナ四姉妹のもとを私とメラニーが訪れた二週間後、彼女たちが「ケルークス」にやって来た。
 四姉妹は存在界の食べ物や飲み物を楽しみ、その時店にいた他の相談員などとも談笑する機会を得た。
 帰り際に長姉のサーラが続けられる限りロトスの実を分けてくれると約束してくれた。
 私としては肩の荷が下りた気分だ。

「これがロトスの実ですか! ミニトマトみたいですが……味見してよろしいでしょうか?」
 「ケルークス」の厨房で籠に山のように盛られた赤い実を目の前にして、調理担当のシンさんが興奮気味にまくしたてた。
 周囲には「ケルークス」のスタッフ全員━━ユーリ、ブリス、シンさん、クアン、ピア━━と私、そしてカーリンの姿がある。

「いいわよ。大きな袋で四つももらっちゃったから一〇個や二〇個くらい味見すればいいよネ、アーベル?」
 ユーリが私に許可を求めてきた。
 確かに四姉妹からロトスの実を分けてもらうという交渉をしたのはメラニーと私だが、「ケルークス」で一袋当たり五〇ドロップで買い取ると決めたのはユーリだ。
 だから、どう使おうと私に許可を取る必要はないと思うのだが……

「『ケルークス』の所有物なのだから、ユーリの権限で味見してもらえばいいんじゃないかな」
「そ、そう。じゃあ、シンさん、ブリス、味見していいわ」
 ユーリの許可が出たのでシンさんと同じく厨房担当のブリスが一つずつロトスの実を口にした。

「……酸味の強い柿? いや、洋梨に近いか……思ったより粘り気がありますね……」
 シンさんが興味深そうにロトスの実を味わっている。

「これは出来のよいロトスだぞ。ネクタルやアンブロシアにしても良いが……」
 ブリスが実を手に取ってじっと見つめている。
 酒の名前が出てきたので、カーリンがうずうずしだしてきた。

「ユーリ、悪いけどこちらも味見していいだろうか?」
「アーベル、もちろんよ」
 ユーリに許可をもらって、私はカーリンにロトスの実を一つ手渡した。

「アーベルさん、いいのですか?」
「店長の許可をもらったからな。大丈夫だ」
「ならお言葉に甘えて……」
 カーリンがロトスの実を口にした。
「……この酸味はいいですね。アンブロシア酒を造ってみたいです」
「ならばユーリ、カーリンにアンブロシア酒を造ってもらうよう頼んでよいか?」
 カーリンの言葉をブリスが聞き逃さなかった。
 現在、カーリンが造って「ケルークス」に納めているアンブロシア酒はマナの実から造ったものだ。
 平均すると二週間に三樽のペースの納品になるが、交渉の結果これにロトスから造ったアンブロシア酒を四週間に一樽追加することになった。
 これならカーリンの負担も問題ないとのことだ。

「これを乾燥させてから茹でると米のような食感になるのですか。興味深いですね。やってみましょう」
 シンさんがブリスの魔術の助けを借りながら、ロトスの実を加工していく。
 面白いのは、ロトスの実は乾燥させてもそれほど縮まないということだった。十円玉くらいの大きさの実が、一円玉くらいにしかならない。

「うむ……もち米のような食感ですけど、これだと粒が大きいですね。ちょっと待ってください」
 シンさんが茹で上がった実を包丁でトントンと細かく刻んでいった。

「皆さん、試してみてください」
 シンさんが刻んだロトスの実を皆に差し出した。

 口の中に入れてみると果実っぽい甘みがあるが、食感は間違いなくもち米だ。酸味はほとんどない。
「確かにちょっと甘いけどもち米みたいですね……」
「和菓子にこんなのありそうだけど……柿の種にするにはちょっと甘くない?」
 ユーリが難しい顔をした。確かにあんこを組み合わせれば和菓子になりそうな感じだ。

「……甘すぎるというのなら手はあるぞい。これでどうだ?」
 ブリスがすっと手をかざして刻まれたロトスの実に魔術を施した。

 再び口にしてみると、ほのかに甘いがほとんど味がしないレベルになった。
「ユーリ、これならいけるんじゃないか?」
「そうね、お米よりはまだ甘いと思うけどこれなら……いいと思う」
 ユーリのオーケーが出たので、次の工程に進む。

「では、生地を作ります」
 実は私は柿の種がどう作られているのか知らなかったので、シンさんに相談した。
 シンさんも作り方を知らなかったのだけど、ネットなどを駆使して調べてくれたのだそうだ。助かる。
 シンさんは包丁で器用にロトスの実を細かく刻むと、すり鉢でこれと水を混ぜながらすっていった。

「こんなものかな」
 すり鉢ですること数分、ロトスの実は粘り気のある真っ赤な餅のように変貌していた。

「ちょっと、色は何とかならないの?」
 ユーリが心配そうにすり鉢の中を見つめている。

「色は後で考えましょう。柿の種と同じように調理して再現できるかです」
 シンさんはまとまった生地を麺を伸ばすような要領で畳んでは伸ばしを繰り返した。
 そして、包丁で細かく生地を刻んでいく。

「味付けはうどん味のウケとほとんど同じだが……それでいいのか?」
「ブリスさん、それでいいです。ただし、味付けに使うソースの量は五割増しにします」
 ブリスの問いにシンさんがうなずいた。
 考えてみればブリス考案のうどん味のウケは、柿の種の味を薄くしたような感じだ。
 ウケは柿の種と違って食感がコーンスナックのような感じだが。

 細かく刻んだ生地にソースをつけ、オーブンで焼くこと数十分、ロトスの実からの柿の種が完成した。
 形は半円状で、色はかなり赤いが香りは柿の種っぽい。

「皆さん、試食をお願いします」
 シンさんから小皿に盛られた柿の種が配られた。

 皆が柿の種を口にする。

 わずかに甘いが食感は間違いなく柿の種だ。
 甘さの後に辛さがきて……結構辛い。

「柿の種にはなっていますね。何か足りない気がしますが……」
 私は思わずそう呟いてしまった。何かが足りないのだ。
 
「ちょっと辛すぎないかしら?」
 ユーリも不安そうな顔をしている。

「そうか! ピーナッツが足りないのよ!」
 不意にユーリが手を叩いて大きな声を出した。

「そうね、私もピーナッツが欲しいわね」
 いつの間にかアイリスが割り込んできて皿から取った柿の種を頬張っている。

 ユーリの気付きが、この後のスタッフたちの大論争の引き金になった。

「ピーナッツですか。私は不要と思いますが、案はあります」
 シンさんが待ってましたとばかりに、鍋をすっと差し出した。
 形は思いっきり中華鍋だ。中には先ほど作った柿の種と同じような大きさの半円形の白い粒がたくさん見える。

「何これ?」
 ユーリが怪訝な顔をしている。

「マナの生地にディップを練り込んで干した後、炒ったものです。ピーナッツに近いですよ」
 シンさんが鍋の中味を説明してくれた。
 皆で少しずつ手に取って、口の中に放り込んだ。

「……」
 ピーナッツより少し柔らかいが、風味はピーナッツに近い。サクッとしているが、噛んでいるうちに少し粘りが出てくるのも同じだ。

「ちょっと違う気もするけど、これはこれでアリ、ね」
 店長のユーリが納得すれば、他のメンバーが反対する理由はない。
 私はそう思ったのだが、あくまでもこれは「シンさんが作った代用ピーナッツ  (実態は炒りマナ、以降は炒りマナと書く)に関して」であった。

 不意にユーリが量りを持ってきて、柿の種と炒りマナの重さを量り始めた。

「ええっと……このくらいかな」
 ユーリは量った柿の種と炒りマナを一つの皿にまとめ、混ぜ始めた。
 混ざったのを少し手に取って口の中に放り込む。

「……ちょっとピーナッツ分が少ないか……」
 そう呟いて、炒りマナを量って先ほどの皿に追加した。
 味見、炒りマナか柿の種の計量、追加を繰り返すこと数回、ユーリが納得した表情でうなずいた。

「柿の種五五、ピーナッツ四五の割合がいちばんしっくりくるわ。この比率で行きましょう!」
 ユーリが高々と宣言して、皿を皆の前に差し出した。

「……ちょっとピーナッツ成分が多すぎないか? 私はピーナッツ成分不要なのだが」
「そうだの。儂も同意見だ」
 シンさんとブリスがユーリの配合した柿の種を口にしてほぼ同時に首を横に振った。

「私にもピーナッツ分が多いような気がするな。少し待ってくれ」
 それまでほぼ無言だったクアンが柿の種と炒りマナを量って混ぜ始めた。

「私はこれだな……柿の種八、ピーナッツ二だ」
 クアンが自信満々に自分で配合した柿の種の皿を差し出した。

「ピーナッツが足りないって!」
 クアンの皿の柿の種を頬張ったピアが不服そうな顔をした。
 そして自らも柿の種と炒りマナを混ぜ始めた。

「私は柿の種二、ピーナッツ一がいいと思う!」
 ピアが自分が配合した皿を差し出した。

「アーベルさん、私は柿の種三、ピーナッツ一がいいと思います」
 いつの間にかカーリンまで配合率の争いに参加している。これは収拾がつきそうもない。

「アーベルはどうなのよ?」
 不意にアイリスが私に話を振ってきた。いい迷惑なのだが……
「そうだ、アーベルの話も聞きたい」
 ユーリも私に詰め寄ってくる。

 困ったことになったな、と思ったが不意に私の脳裏にいいアイデアが浮かんだ。

「……お客が自分で配合率を決める形にすればいいのではないですか?」
 私の答えに皆が顔を見合わせた。

「それよっ!」
 ユーリが手を叩いて私に賛成してくれた。助かった。
 存在界に住んでいた時代にこうしたカスタマイズが可能な飲食店があったことを思い出せてよかった。

「それはいいですね。配合率なら注文を受けてからでも調整可能です。一パーセント単位で調整してやりますよ」
 シンさんが腕まくりしてみせた。

「辛さが調整できるといいわね」
 アイリスが余計なことを口してくれた。
「辛さ……」
 アイリスのアイデアにシンさんが言葉を詰まらせた。

「難しいの?」
 アイリスが首を傾げた。
「辛さはソースで決まりますが、注文を受けてからいちいちオーブンで焼いていたらやってられないですよ」
 シンさんが難しい顔をした。

「まあ、作り置きができるから……三、いや五段階くらいに分けて在庫しておくことは可能か……それでいいですか?」
 少し考えてからシンさんがそう提案した。
 他のメンバーの顔色をうかがっていたので、「辛さ変更はできません」とは答えにくかったようだ。
 ユーリやアイリス、ピアあたりが手ぐすね引いて待っているような顔をしていたから無理もない。

「……品質を安定させるためにはもうちょっと調整が必要ですが、お客様にお出しする目途は立ちました」
 シンさんがぺこりと頭を下げた。近いうちに精霊界の材料だけで作られた柿の種を「ケルークス」で楽しめる日が来るだろう。

「それでユーリ、存在界の柿の種とはどう区別するの?」
 またしても揉めそうな質問をアイリスがぶっこんできた。
 しかし、ユーリは首を横に振って他者が意見することを許さない。

「精霊界のは『ロトスの柿の種』、存在界のは『存在界のカキノタネ』にします。わかりやすいのが一番!」
 ユーリの鶴の一声でメニューに載せる名前は決まった。
 「ロトスの柿の種」を「ケルークス」で楽しめる日が今から楽しみだ。
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