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第四章
手荷物の持ち込み
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「……ということで移住の際に枕とカメラを持ち込みたいのですが、何とかならないものでしょうか?」
「移住した後に持ってきてもらう、じゃダメなのかしら?」
今日の相談客は過去に何度か相談に来ている女性で、移住に心がかなり傾いている。
踏ん切りがつかない理由が冒頭の枕とカメラの持ち込みであった。
現在のルールでは精霊界への移住の際に持ち込めるのは身に着けている衣類だけとなっている。
これも裸で相談所に来させるわけにいかないし、移住して裸で過ごせというのはさすがに無理があるという理由だ。
長老会議などは精霊界に存在界から必要以上の物を持ち込むことをあまり良く思っていないのだそうだ。
だそうだ、というのはアイリスからこの話を聞いたからである。魂霊である私が長老会議のメンバーと直接話をする機会などほとんどない。
応接室には相談客、アイリス、私の三名がいるのだが相談客とアイリスが私の方をチラチラ見てくる。
とはいっても私には精霊界のルールを変える力はないし、できる答えには限りがある。
「……枕はともかく、カメラは後日輸送になると何か問題があるのでしょうか?」
枕については考えがあるが、カメラの持ち込みについては私にも良いアイデアが浮かんでこない。
「肌身離さず持っているコなので、できるだけ離れたくないんです!」
そう言って相談客が鞄からカメラを取り出した。
小型の一眼レフのようだ。もっとも、私はカメラに詳しい訳ではないのでそれ以上のことはわからない。
「……どのくらいなら待てますか?」
「うーん……その日のうちに来るなら……」
相談客がカメラについては何とか折れてくれそうな姿勢を見せてくれたが、その直後アイリスが私の耳元に顔を近づけてきた。
「ちょっと、アーベル! カメラはいいとして枕はどうするつもりよ?!」
アイリスの抗議は枕についてのものだ、それならこちらの狙い通りだ。カメラはアイリスに何とかしてもらおう。
「衣服と同じ扱いにしますよ。着脱可能なインナーやフードは過去に持ち込めた実績がありますよね? それと同じようにするのです」
「……ちょっと大きすぎないかしら?」
「コートのインナーを丸めたのとあまり差がないと思いますけどね……」
私のアイデアにアイリスが考えこむ様子を見せたのだが……
「えっ?! 何なに?」
私とアイリスのやり取りが聞こえたのか、相談客が身を乗り出してきた。
移住には少し早いと思われる年齢の方のためか、ノリがいいと思う。
「ちょっと待って! 持ち込みたい枕がどのようなものか知る必要があるわ!」
アイリスが大声を出して相談客を制止した。これで枕の持ち込みは何とかしてくれるだろう。
言葉では確認の必要があるような言い方をしているが、彼女がこういう言い方をするのは十中八九何とかできると確信しているときなのだ。
「どんなのって、普通のこれくらいのサイズのものですよ。低反発っていって、頭乗せると沈むものですけど……」
相談客が手で四角を作ってみせた。正確なことはわからないが、至って普通のサイズの枕のように思える。
「……念のため次回ここに来るときに持ってきてもらうか、何か大きさがわかるものと一緒に写した写真を持ってきてくれないかしら?」
「それなら大丈夫です! 今度持ってきます! いつ来たらいいですか?」
相談客が前のめりになってきた。彼女にとって枕が持ち込めるかどうかは死活問題なのだろう。
「……明後日の昼より後ならいつでもいいわ。今日はこれでいいかしら?」
「わかりました! 明後日仕事が終わった後また来ます。カメラの方もよろしくお願いします」
「……方法を考えておくわ」
今回の相談を終えて、アイリスと私で相談客を入口まで送った。
そして「ケルークス」の店内へと移動する。
「……アーベル、これからもあんな感じの移住希望者が出てくると思う?」
奥の方の定位置となる席にだらしなく腰を掛けたアイリスが疲れた様子で私に尋ねてきた。
「思い入れのある品物を持ち込みたいという気持ちはわからないでもないです。無制限に持ち込みを認めるのはどうかと思いますが、枕とか身の回りの物くらいは認めてあげたいですね」
私は思うところを素直に答えた。
「そうよね……精霊界が存在界の品物で溢れるのは困るけど、身の回りの物くらいは何とかした方がいいわよね。はぁ……」
アイリスがため息をつきながらユーリが運んできたコーヒーのお代わりに手を付けた。
「移住管理委員会と話する内容なの? 私も身の回りの物の持ち込みはできた方がいいと思うけど……」
そう言ってユーリがアイリスの前の席に腰掛けた。
「ルールの変更になると思うから、多分長老会議行きになる話。今回の枕とカメラはルールの範囲で何とかできるけど、具体的な品物を指定しないやり方は揉めそうなのよね……」
アイリスが頭を抱えた。だが、その言葉からすると枕とカメラの持ち込みに関しては目途が立っているはずだ。
「それって『身の回りの物』って指定の仕方がダメってこと? どうしてそうなるのよ?」
ユーリが怪訝そうな顔をしている。
「品物を指定しないと何を持ち込まれるかわからないのよ。精霊や精霊界にとって害になる物は持ち込めないのだけど、何が害になるのかは実際に魔法で変換するまでわからないことも多いから……そこで揉めたりするのは長老たちも嫌がるし……」
アイリスがうんざりした顔をしている。その口ぶりからすると、持ち込みの際にトラブルになるのが嫌だ、ということのようだ。
揉めるのを嫌がるのは極めて精霊らしいなと思うのだが……
「持ち込みに関してはもう少し考えてから長老会議に持っていった方が良さそうですね。ところで枕とカメラの持ち込みは解決できる、ということでいいのでしょうか?」
アイリスのことだから忘れてはいないと思うが、確認のために尋ねてみた。
「枕はアーベルの言う通り服の一部、ということにしてみるわ。上着にマジックテープか何かで止めてしまえば大丈夫でしょう。カメラは出張しているメンバーに持ってこさせるわよ。彼女、ティナと知り合いだからティナに頼めば何とかなるわよ」
ティナというのは存在界に出張しているメンバーで、精霊の種類としてはメラニーと同じドライアドだ。
彼女を知っているのなら、カメラを持ってきてもらうのも何とかなるはずだ。最悪、枕も彼女に持ってきてもらえばよさそうだ。
「それなら大丈夫そうですね。移住時の持ち込み品に関しては移住者を増やすための課題、ですね……」
私は持ち込みの話をこのまま放置しておく、という気になれなかった。
「そうなるわね。私の方でも考えておくわよ。ユーリ、どうしたの?」
ユーリが落ち着かない様子なのにアイリスが気付いた。
「あ、完全に興味本位なのだけど、アーベルはこっちに移ってくるときに持ち込みたいものってあった?」
ユーリが少し聞きにくそうな様子で私に尋ねた。
「別に聞かれて困ることじゃないが、そうだな……私の場合は時間がなかったから相談所にたどり着くことを最優先にしていたな……」
私は移住の際に何かを持ち込むかなんて考えもしていなかった。
というのも、移住した時期には私の生命は風前の灯で寿命が尽きる前に相談所に到着しなければならなかった。
何かを持っていくなどということを考える余裕などなかったのだ。
「あ、そうか……ゴメンね。私はハイキングシューズだったから服扱いで持ち込めたのよね……他の人がどんなものを持ち込みたかったか知れたらと思ったのだけど……」
ユーリが私の事情を思い出したのか申し訳なさそうにしている。
「謝ることじゃないから構わない。正直何かを持ち込もうなどと考える余裕がなかったのだと思う。余裕があればノートパソコンを持ち込もうとしただろうけど、今となってはほとんど必要のないものだから持ち込まなくて正解だったと思う」
「確かに……存在界の情報を知るだけなら、ここにいてもできるんだよね」
ユーリが納得した様子でうなずいている。
「ケルークス」の店内は存在界の電波が入るので、相談所用のノートパソコンで存在界の情報を見ることができる。
フランシスの様に個人のノートパソコンを持っている者もいる。
「正直、精霊界では何があって何がないのかよくわからないところがあったからな。存在界のネットにつながるなんて考えてもいなかったよ。以前と比べれば今は精霊界の情報も多く存在界に出ているとは思うが……」
「あ、そうね。私もこっちで何ができるかなんて知らなかったし。情報の少ない海外に旅行するような感覚だったかな? 言葉が通じるから気分的には海外ほど遠くないと思ったけど……」
ユーリの言葉を聞いて、そういう考え方もあるな、と感心した。
精霊の話していることは人間も理解できるし、その逆も同じだ。
言葉が通じるので海外へ行くよりもプレッシャーは少ないように私には思えた。
問題なのは存在界から精霊界へは一方通行で、帰りの切符が入手不可能であることだった。私の場合は存在界で寿命が尽きかけていたから、片道切符であることを気にかける余裕もなかったのだが。
「……何か二人の話を聞いていると、移住に必要な情報が存在界に十分伝わっていないような気がするわね……二人が移住してきたのは少し前だけど、さっきのお客さんの様子を考えると今もあまり変わっていないのかも知れないわね」
アイリスが私とユーリのやり取りを聞いて首を傾げた。
「そういえば、こっちに移住してきた魂霊でも存在界の本やお菓子が入手できるってことを知らないことはよくあるわ。あまりお店に来ない人に多いイメージがあるけど……」
ユーリが雑誌の置かれている棚を見ながらつぶやいた。
アイリスとユーリの指摘に私ははっとさせられた。
言われてみれば確かにそうだ。
前に精霊界での暮らしを紹介するための映像を撮影したことがあったが、それには精霊界での暮らししか記録されていなかった。
私の生活の様子を撮影したときも、存在界から入手したものは映っていなかったはず。
「紹介映像を撮ったときに、存在界のカラーを消しすぎたかもしれないです。フランシスレベルだと極端すぎますが……」
「映像を新しく撮りなおすのは骨だから、ユーリ、今手に入る存在界の品物をリストアップしておいて。存在界に出張しているメンバーに伝えるから」
私の言葉を聞いてアイリスが即断した。
これだけで問題が解決できるわけではないが、移住を考えている人の助けになればいいと思う。
もちろん、移住時の持ち込みに関するルールの変更はすべきだろうし、ああいう態度をとっていてもアイリスはそれをやってのけると思う。
「移住した後に持ってきてもらう、じゃダメなのかしら?」
今日の相談客は過去に何度か相談に来ている女性で、移住に心がかなり傾いている。
踏ん切りがつかない理由が冒頭の枕とカメラの持ち込みであった。
現在のルールでは精霊界への移住の際に持ち込めるのは身に着けている衣類だけとなっている。
これも裸で相談所に来させるわけにいかないし、移住して裸で過ごせというのはさすがに無理があるという理由だ。
長老会議などは精霊界に存在界から必要以上の物を持ち込むことをあまり良く思っていないのだそうだ。
だそうだ、というのはアイリスからこの話を聞いたからである。魂霊である私が長老会議のメンバーと直接話をする機会などほとんどない。
応接室には相談客、アイリス、私の三名がいるのだが相談客とアイリスが私の方をチラチラ見てくる。
とはいっても私には精霊界のルールを変える力はないし、できる答えには限りがある。
「……枕はともかく、カメラは後日輸送になると何か問題があるのでしょうか?」
枕については考えがあるが、カメラの持ち込みについては私にも良いアイデアが浮かんでこない。
「肌身離さず持っているコなので、できるだけ離れたくないんです!」
そう言って相談客が鞄からカメラを取り出した。
小型の一眼レフのようだ。もっとも、私はカメラに詳しい訳ではないのでそれ以上のことはわからない。
「……どのくらいなら待てますか?」
「うーん……その日のうちに来るなら……」
相談客がカメラについては何とか折れてくれそうな姿勢を見せてくれたが、その直後アイリスが私の耳元に顔を近づけてきた。
「ちょっと、アーベル! カメラはいいとして枕はどうするつもりよ?!」
アイリスの抗議は枕についてのものだ、それならこちらの狙い通りだ。カメラはアイリスに何とかしてもらおう。
「衣服と同じ扱いにしますよ。着脱可能なインナーやフードは過去に持ち込めた実績がありますよね? それと同じようにするのです」
「……ちょっと大きすぎないかしら?」
「コートのインナーを丸めたのとあまり差がないと思いますけどね……」
私のアイデアにアイリスが考えこむ様子を見せたのだが……
「えっ?! 何なに?」
私とアイリスのやり取りが聞こえたのか、相談客が身を乗り出してきた。
移住には少し早いと思われる年齢の方のためか、ノリがいいと思う。
「ちょっと待って! 持ち込みたい枕がどのようなものか知る必要があるわ!」
アイリスが大声を出して相談客を制止した。これで枕の持ち込みは何とかしてくれるだろう。
言葉では確認の必要があるような言い方をしているが、彼女がこういう言い方をするのは十中八九何とかできると確信しているときなのだ。
「どんなのって、普通のこれくらいのサイズのものですよ。低反発っていって、頭乗せると沈むものですけど……」
相談客が手で四角を作ってみせた。正確なことはわからないが、至って普通のサイズの枕のように思える。
「……念のため次回ここに来るときに持ってきてもらうか、何か大きさがわかるものと一緒に写した写真を持ってきてくれないかしら?」
「それなら大丈夫です! 今度持ってきます! いつ来たらいいですか?」
相談客が前のめりになってきた。彼女にとって枕が持ち込めるかどうかは死活問題なのだろう。
「……明後日の昼より後ならいつでもいいわ。今日はこれでいいかしら?」
「わかりました! 明後日仕事が終わった後また来ます。カメラの方もよろしくお願いします」
「……方法を考えておくわ」
今回の相談を終えて、アイリスと私で相談客を入口まで送った。
そして「ケルークス」の店内へと移動する。
「……アーベル、これからもあんな感じの移住希望者が出てくると思う?」
奥の方の定位置となる席にだらしなく腰を掛けたアイリスが疲れた様子で私に尋ねてきた。
「思い入れのある品物を持ち込みたいという気持ちはわからないでもないです。無制限に持ち込みを認めるのはどうかと思いますが、枕とか身の回りの物くらいは認めてあげたいですね」
私は思うところを素直に答えた。
「そうよね……精霊界が存在界の品物で溢れるのは困るけど、身の回りの物くらいは何とかした方がいいわよね。はぁ……」
アイリスがため息をつきながらユーリが運んできたコーヒーのお代わりに手を付けた。
「移住管理委員会と話する内容なの? 私も身の回りの物の持ち込みはできた方がいいと思うけど……」
そう言ってユーリがアイリスの前の席に腰掛けた。
「ルールの変更になると思うから、多分長老会議行きになる話。今回の枕とカメラはルールの範囲で何とかできるけど、具体的な品物を指定しないやり方は揉めそうなのよね……」
アイリスが頭を抱えた。だが、その言葉からすると枕とカメラの持ち込みに関しては目途が立っているはずだ。
「それって『身の回りの物』って指定の仕方がダメってこと? どうしてそうなるのよ?」
ユーリが怪訝そうな顔をしている。
「品物を指定しないと何を持ち込まれるかわからないのよ。精霊や精霊界にとって害になる物は持ち込めないのだけど、何が害になるのかは実際に魔法で変換するまでわからないことも多いから……そこで揉めたりするのは長老たちも嫌がるし……」
アイリスがうんざりした顔をしている。その口ぶりからすると、持ち込みの際にトラブルになるのが嫌だ、ということのようだ。
揉めるのを嫌がるのは極めて精霊らしいなと思うのだが……
「持ち込みに関してはもう少し考えてから長老会議に持っていった方が良さそうですね。ところで枕とカメラの持ち込みは解決できる、ということでいいのでしょうか?」
アイリスのことだから忘れてはいないと思うが、確認のために尋ねてみた。
「枕はアーベルの言う通り服の一部、ということにしてみるわ。上着にマジックテープか何かで止めてしまえば大丈夫でしょう。カメラは出張しているメンバーに持ってこさせるわよ。彼女、ティナと知り合いだからティナに頼めば何とかなるわよ」
ティナというのは存在界に出張しているメンバーで、精霊の種類としてはメラニーと同じドライアドだ。
彼女を知っているのなら、カメラを持ってきてもらうのも何とかなるはずだ。最悪、枕も彼女に持ってきてもらえばよさそうだ。
「それなら大丈夫そうですね。移住時の持ち込み品に関しては移住者を増やすための課題、ですね……」
私は持ち込みの話をこのまま放置しておく、という気になれなかった。
「そうなるわね。私の方でも考えておくわよ。ユーリ、どうしたの?」
ユーリが落ち着かない様子なのにアイリスが気付いた。
「あ、完全に興味本位なのだけど、アーベルはこっちに移ってくるときに持ち込みたいものってあった?」
ユーリが少し聞きにくそうな様子で私に尋ねた。
「別に聞かれて困ることじゃないが、そうだな……私の場合は時間がなかったから相談所にたどり着くことを最優先にしていたな……」
私は移住の際に何かを持ち込むかなんて考えもしていなかった。
というのも、移住した時期には私の生命は風前の灯で寿命が尽きる前に相談所に到着しなければならなかった。
何かを持っていくなどということを考える余裕などなかったのだ。
「あ、そうか……ゴメンね。私はハイキングシューズだったから服扱いで持ち込めたのよね……他の人がどんなものを持ち込みたかったか知れたらと思ったのだけど……」
ユーリが私の事情を思い出したのか申し訳なさそうにしている。
「謝ることじゃないから構わない。正直何かを持ち込もうなどと考える余裕がなかったのだと思う。余裕があればノートパソコンを持ち込もうとしただろうけど、今となってはほとんど必要のないものだから持ち込まなくて正解だったと思う」
「確かに……存在界の情報を知るだけなら、ここにいてもできるんだよね」
ユーリが納得した様子でうなずいている。
「ケルークス」の店内は存在界の電波が入るので、相談所用のノートパソコンで存在界の情報を見ることができる。
フランシスの様に個人のノートパソコンを持っている者もいる。
「正直、精霊界では何があって何がないのかよくわからないところがあったからな。存在界のネットにつながるなんて考えてもいなかったよ。以前と比べれば今は精霊界の情報も多く存在界に出ているとは思うが……」
「あ、そうね。私もこっちで何ができるかなんて知らなかったし。情報の少ない海外に旅行するような感覚だったかな? 言葉が通じるから気分的には海外ほど遠くないと思ったけど……」
ユーリの言葉を聞いて、そういう考え方もあるな、と感心した。
精霊の話していることは人間も理解できるし、その逆も同じだ。
言葉が通じるので海外へ行くよりもプレッシャーは少ないように私には思えた。
問題なのは存在界から精霊界へは一方通行で、帰りの切符が入手不可能であることだった。私の場合は存在界で寿命が尽きかけていたから、片道切符であることを気にかける余裕もなかったのだが。
「……何か二人の話を聞いていると、移住に必要な情報が存在界に十分伝わっていないような気がするわね……二人が移住してきたのは少し前だけど、さっきのお客さんの様子を考えると今もあまり変わっていないのかも知れないわね」
アイリスが私とユーリのやり取りを聞いて首を傾げた。
「そういえば、こっちに移住してきた魂霊でも存在界の本やお菓子が入手できるってことを知らないことはよくあるわ。あまりお店に来ない人に多いイメージがあるけど……」
ユーリが雑誌の置かれている棚を見ながらつぶやいた。
アイリスとユーリの指摘に私ははっとさせられた。
言われてみれば確かにそうだ。
前に精霊界での暮らしを紹介するための映像を撮影したことがあったが、それには精霊界での暮らししか記録されていなかった。
私の生活の様子を撮影したときも、存在界から入手したものは映っていなかったはず。
「紹介映像を撮ったときに、存在界のカラーを消しすぎたかもしれないです。フランシスレベルだと極端すぎますが……」
「映像を新しく撮りなおすのは骨だから、ユーリ、今手に入る存在界の品物をリストアップしておいて。存在界に出張しているメンバーに伝えるから」
私の言葉を聞いてアイリスが即断した。
これだけで問題が解決できるわけではないが、移住を考えている人の助けになればいいと思う。
もちろん、移住時の持ち込みに関するルールの変更はすべきだろうし、ああいう態度をとっていてもアイリスはそれをやってのけると思う。
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