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第三章

新たな移住者の受け入れ作戦 その2

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「最後の旅を楽しんでもらうサービスなら、イドイさんのところに来ても不自然ではないだろう」
 フランシスが胸を張った。

「待ってくれ、フランシス。そういったサービスを装った車で娘さんを連れ出して運んでくる、というのか? まさか本当にサービスを利用して旅行中に娘さんを奪取するつもりではないだろうな?」
 ドナートが待ったをかけた。
「あくまでこっちで車を用意してサービスを装うつもりだが……」
「だとすると、善良なサービス提供者に影響が出そうなのが気になるな……」
「そんなの架空のサービスの名前にすればいいと思うが……」
「アーベル、ユーリ、どう思う?」
 いきなりドナートがこちらに話を振ってきた。

 ドナートの懸念も理解できる。
「そうだな……無事にイドイさんの娘さんがここに移動できた場合、犯人が特定できない可能性がある。となるとこうしたサービスを提供している人たちに世間が疑いの目を向けるかもしれないな……」
「そうね、あり得ない話ではない。ネットで見た感じだとそれほど認知されているサービスではないみたいだし……」
 あまり関係のない者に迷惑をかけたくない、という考えはユーリも私と同じように持っているみたいだ。

「……それ以前に車のアテはあるのかしら?」
 アイリスが冷静にツッコんできた。それもそうだ。存在界に行っているメンバーの懐事情はかなり厳しいと聞いている。

「車なら持っているメンバーもいるが……下手をすると二度と使えなくなるよな」
「誰かに見られたり、写真を撮られればほぼアウトになるわね……」
「それは困るな……俺の車を使うつもりだったのだが……」
 ワルターが頭を抱えた。

「できれば使いたくはないけど……ワルターの車で建物の入口まで来られる?」
「あん? 車は大丈夫だと思うが……かなり揺れるだろうからな……運ぶのは死にそうな病人なんだろう? そっちがマズいかもな……」
「娘さんの方は何とかするわよ。イドイさんの娘さんを運ぶ前に車に細工をするから、できるだけ早くここに車を持ってきてよ」
 アイリスが何かを企んでいるようだ。何をする気なのだろうか?

「……わかった、と言いたいところだが何をするのかわからねえと俺やここにいるメンバーが納得できないと思うが。魂霊はいいネタを持ってそうだし、アイリスのアイデアに穴があっても補えると思うから説明してくれないか?」
 ワルターがそう言ってくれて助かった。
 今のままではアイリスが何を企んでいるのかさっぱりわからない。
 精霊の感覚は人間とかなり異なる部分があるから、アイリスの企みが存在界の実態に合うかわからない。
 ワルターもその点を不安に思っているのだと思う。

「仕方ないわね。ユーリや相談員には手伝ってもらうつもりだったから話しておくわよ……」
 アイリスがあっさりとワルターの要望を受け入れた。
 アイリスの方が上司の立場であるが、今回は物分かりがよくて助かる。

「……簡単な話よ。魔法と魔術を使って車に細工をするだけ。まず、ワルターに車を持ってきてもらったら、相談員総出で手を加えるのよ……」
 ちなみに魔法とは存在界のものを精霊界のものに変換する、またはその逆のことだ。
 魔術は魔力を用いて何かを変質させることをいう。

 アイリスの策はこういうことだ。
 ワルターの車を相談所に持ち込み、最初に形態記憶の魔術を施す。
 この魔術を施すと、魔術を解除した時点で対象となった物 (生き物はNGとのこと)が魔術を施した時点の状態に戻るそうだ。

 形態記憶の魔術を施した後に、魔法で車を精霊界で存在できるように変換する。
 その後で車に精霊界の塗料で車を塗装する。これは手作業と魔術を併用する。
 塗装後に魔法で車を存在界の存在へと変換する。

 ここまでが第一段階だ。

 第二段階はイドイさんの娘さんを相談所に運び込んだ後、車を相談所に持ち込んで形態記憶の魔術を解除する。
 かなりややこしいが、こうすることでイドイさんの娘さんを連れ出す際に車は「全く別のもの」になるのだそうだ。
 精霊界の塗装を施した後に魔法で存在界のものとすると、塗装が本来存在界に存在しない材質のものになるらしい。
 仮にイドイさんの娘さんを運んでいる最中に塗装がはがれたりしても、形態記憶の魔法解除後の車の塗装と全く別なので足がつかない、ということになる。

 とんでもなく面倒な気がするが、よくもまあこんな手段を考えたものだ。

「それ、タイヤやライトの材質も変わるのか?」
 ドナートが少し考えてから質問した。
「もっちろん!」
 アイリスが自慢げにVサインを出した。
「……そんな方法があるならもっと早く知りたかったぞ」

「ドナートよ、そりゃ無理ってものだ。大抵の精霊はそんなに大がかりな魔術や魔法を使うだけの魔力を持っていないからな。わはは」
 ワルターが豪快に笑った。

「私だって干からびかねないわよ」
 アイリスが拗ねた様子を見せたが、それも一瞬のことだった。

「……車の問題は解決したが、見つからないようにとなるとまだまだハードルが高いな……」
 ドナートが心配そうに地図を覗き込んだ。
 イドイさんの家から相談所に向かう途中までは舗装された道路を移動できるが、その後は山の中を車で移動することになる。
 相談所のある場所は普段車が立ち入らない場所だから、車が通れば目立つことこの上ない。

「ハイキング道って昼間なら平日でも人いるよね? 人のいない夜中とかだと怪しまれそうだし……」
 イサベルが周囲を見回した。
「そうね……最近はここの周辺を見張っている人間がいるみたいだし」
 アイリスが言う通り、ここしばらくは相談所に悪い印象を持っていると思われる人間が近くのハイキング道に居座っている。

「ルートなら考えがある」
 ワルターが地図に手を伸ばした。

「車に細工を施すときは、こっちだ。夜中に移動すればまず見つからないだろう」
 最初にワルターが指差したのは、車が通れる道で相談所の近くまで移動し、そこから最短距離で山を走って相談所に行くルートだ。

「移住者を運ぶときはこうだ」
 次にワルターが示したのは駅のある方と反対側まで国道で移動する。
 その後、国道をそれて山に入り、そのまま山の中を相談所まで走るルートだ。
 国道をそれるところで見つかりさえしなければ、ハイキング道や集落からは離れているのでまず見つかる心配はなさそうだ。
 問題は……
「ワルター、大丈夫なの? 運ぶのは死期の近い病人よ?」
 アイリスの指摘通り、このルートだとかなり長い時間山を車で走ることになる。
 道路のない場所だし、ワルターの車で病人を運びながら走れるのか?

「時間はかかるが大丈夫だろう。舗装された道路じゃないが途中まで車の通り道がある。工事車両が通る道だが今は工事の時期じゃないからな」
 ワルターがバンと自分の胸を叩いた。

 他に良い代案もなかったので、車のルートはワルターの提示した案通りに決まった。

「ちょっといいかい? ひとつ気になる点がある」
 車のルートが決まったところで、フランシスが手を挙げた。

「何かしら?」
「アイリスはイドイさんとザカリーとで連絡を取るように指示した、でいいのか?」
「そうよ」
「いまからでも連絡方法を変えられないだろうか?」
「えっ?! どうして?」
 アイリスが素っ頓狂な声をあげた。

 フランシスの言葉を聞いて、私もしまったと思った。
 イドイさんが知っているザカリーの連絡先はメールとか携帯の番号だろう。
 そんなもので連絡を取ったら記録が残ってしまう。

 私が思ったことをフランシスが丁寧に説明すると、アイリスが唇を噛んだ。
 やはり精霊は存在界の習慣とか感覚に慣れていないので、こういう抜けが生じることはある。私が気付くべきだったか……

「ザカリー! イドイさんのそばについていつでも話ができるようにしておいて! 私へは念話で連絡を取ればいいわ」
「アイリス、ちょっと待ってくれ。普段いない奴がイドイさんと頻繁に接触していたら逆に疑われるぞ。ザカリーに医者か看護師のコスプレでもさせるつもりか?」
 フランシスが慌てた様子でアイリスの言葉を遮ろうとした。

 ドナートが私に目配せし、私もうなずいた。フランシスはザカリーの性質をよく知らないみたいだ。

「って、アーベル、ドナート、何か言ってくれよ!」
 アイリスが相手にしないので、フランシスが私とドナートに助けを求めてきた。

「ははは、それなら大丈夫だろう」
「だね」
「どうしてなんだ?」
 フランシスが私とドナートに疑いの目を向けた。

「フランシス、ザカリーはタナトスだ。それが答えだ」
 ドナートが意味ありげな笑みを浮かべた。
「タナトス? 高名な精霊だとは理解しているが……それが何か?」
「……」
「フランシス、タナトスは妖精となっても存在感を消すことができる」
 ドナートが黙って笑みを浮かべたままだったので、私が代わりに答えた。
「……そんなことができるのか? 待てよ、それならイドイさんにも存在を認識してもらえないのではないか?」
 普通に考えればフランシスのように思うだろう。
 だが、タナトスは原初の精霊。精霊としての格は初期の精霊であるアイリスより上だ。もちろん、その能力も並ではない。

「フランシス、タナトスは対象を選んで存在感を出すこともできる」
 ドナートが自信満々にそう言い放った。当の本人であるザカリーは申し訳なさそうに頭に手をやっているのだが……

 存在界の人間に存在を認識させなければ、イドイさんがザカリーと一緒にいても存在界の人間にはイドイさんが一人でいるとしか認識されない。
 この状態でザカリーがイドイさんの家に出入りすれば、ザカリーは必要な情報をイドイさんから聞き出せる、というワケだ。

「了解。イドイさんの自宅の近くには『金曜地獄』というカレー蕎麦専門店があるのですよ。これは行くしかないです」
 ザカリーがニヤリと笑った。
 彼は原初の精霊なのに何故か大のB級グルメ好きでもある。
 存在界行きを志願しているのは、自分の趣味が最大の理由なのだと思う。

「まあ、何とか問題は片付きそうね、時間もなさそうだから準備を急ぐわよ!」
 気合の入ったアイリスの声がサロンスペースに響いた。
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