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第三章

他の相談所への応援 その1

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「アーベルさんにエリシアさんね。ゴメンネ、忙しいのに遠くまで来てもらっちゃって」
 艶のある長い黒髪の女性が私とエリシアに向かってペコペコと頭を下げた。
 肌の色はピンク寄りの紫 (ディープローズ、というそうだ)で、顔にはオレンジと白のペイントが施されている。
 また、部屋の中だというのに、この女性はコートにマフラー姿だ。

「ゲートからは近かったし、二時間もかからなかったからね。オイラからすれば『ケルークス』へ行くのも大して変わらないよ」
 エリシアが恐縮している黒髪の女性に頭をあげるよう促した。
「そうですよ、フィデリア所長。困ったときはお互い様ですし、早速始めましょうか」
 私は相談客の相手をする場所を探そうと周囲を見回した。
 相談者を待たせていると聞いていたから、挨拶はそこそこにして早速相談に入ったほうが良いはずだ。

 実は今、時の黄の一レイヤにある「精霊界移住相談所」に応援に来ている。
 ここにいる相談員はフィデリア所長と移住者のイレーネさんだけだ。

「そうだねっ! お客さんに準備してもらうから、準備が出来たらアーベルさんとエリシアさんはこっちの部屋でお願いねっ!」
 黒髪の女性━━フィデリア所長━━は、外見よりも年少に感じられる舌足らずな話し方で、私とエリシアを相談を行う部屋へと案内した。

 この相談所、存在界側は南米のどこかにある山の山頂付近に出入口がある。
 山自体は大して高くないらしいが、近くの町まで人の足で二日かかるので、滅多に相談客が来ることはなかった。
 ところが、どういう訳か三〇人弱の相談客がツアーを組んで押し寄せてきたのだ。
 なんでもヘリコプターをチャーターして、ピストン輸送でやってきたとか……

 さすがに三〇人弱の相談客となると、不眠不休で対応したとしても二人で二日くらいはかかる。
 存在界側は相談所以外に何もない山の上なので、相談客を外で待たせるわけにもいかない。
 無理矢理相談所の建物の中に全員詰め込み終えたのがついさっきのことらしい。

「準備できたよ。お客さんは外の椅子に座っているから、前の人から順に呼んでね。じゃ、また後で!」
 フィデリア所長からそう知らされたので、私が部屋のドアを開けて一番前の椅子に座っている相談客を呼んだ。
 フィデリア所長は隣の部屋でイレーネさんと相談客の対応をするそうだ。

「オイラが相談員のエリシア、隣にいるのがアーベルだよ。二人ともの移住者だからよろしく」
 エリシアは相談客相手でも言葉遣いはいつものままだ。このあたりの感覚は人間だった頃に住んでいた国が違うためか、私と彼女の間に差があるようだ。
「私はアデラっていうのさ。こっちではのんびり暮らせるってネットに書いてあったから、話を聞こうと思って来たのだよね」
 アデラと名乗った女性は年齢がよくわからないが、六〇代か七〇代に見える。身なりは良いようで裕福なのだと思うが、どこか疲れているようだ。
「では、私とエリシアから精霊界への移住とはどのようなことか、簡単に説明いたします。質問はいつでも受け付けますので、その都度声をかけてください」
 私はマニュアルに従って、精霊界への移住についての説明を始めた。

「……というのが移住の手順となります。人間の移住を募るのは、精霊のパートナーとなっていただくという目的ですのでその点はご承知おきください」
「そのパートナーっちゅうのはどうやって決めるのだい? 偉い人が勝手に連れてくるのかい?」
 マニュアル通りの説明を私が終えると、間髪入れずに相談客のアデラさんが尋ねてきた。

「こっちから先に相談所の所長に希望を伝えるんだよ。希望とその人の特性を見て所長が合いそうな精霊を選んでくるから、顔合わせをしてパートナー契約するのかどうか決めるんだよ。断るのも自由だから心配いらないよ」
「はーん、所長さんの見る目次第ってことだね。それでアンタらはいい相手が見つかったのかい?」
 エリシアの答えにアデラさんはやや疑わし気な顔をしている。
「オイラは十人ばかりのパートナーの相手をしているし、こっちのアーベルだってパートナーたちとはラブラブだからね。意外にアテになるんだよね、これが」
「惚気話かい。まあいいや。私ゃこの通り結構年いっているからね。今年六八だけど、私みたいに年くって体力がないのはどうやっていくっていうんだい?」
 アデラさんから次の質問が飛んできた。エリシアが肘で私を小突いた。どうやら私に答えろということらしい。

「移住したら人間は魂霊という存在になります。魂霊は飲み食いせずとも生きていけるので、稼ぐ必要もありません。それと体力のことならご心配なく。魂霊の体力は底なしですし、身体の年齢だって好きな年齢になれますから。私も移住してきたとき、五六だったのです」
「はあ、そりゃたまげたねぇ。アンタも隣の嬢ちゃんも若いと思ったけど、そうじゃないって言うのかい?」
 アデラさんが目を真ん丸に見開いた。
「うん、アーベルだって百歳超えているし、オイラは二百歳近くだよ」
「……はあ、私の曾ばあちゃんより上かい?!」

 実はエリシアは「ケルークス」に所属する魂霊の相談員の中で一番年長だ。
 彼女が人間として生まれたのは、辛うじて明治時代、何年か早かったら江戸時代といった頃だと聞いている。もしかしたら江戸時代だったかもしれない。彼女は日本人ではないけど。
 精霊界に移住してきた時期が第二次世界大戦中というのだから、恐れ入る。アデラさんも恐れ入っただろう。

 その証拠にアデラさんはその後も次々に質問してきたけど、どこか遠慮があるような態度であった。
 規定の時間が経過したため、次の相談客と交代する。

 ━━一日半後━━
 まる一日半ぶっつつけで相談客の相手をして、一三人の相談が完了した。
 フィデリア所長の方もほぼ同じペースで相談が進んでいる。
 次の二名が最後の相談客だ。

 相談を受けているうちにある程度わかってきたことがある。
 最初のアデラさんは割と高齢だったけど、他の相談客は三〇代と四〇代が多い。
 そこそこ裕福に見える人たちが多かったけど、皆一様に疲れているように思われた。
 また、独り者ばかりだ。

 力を抜いてのんびり暮らしたいが、そうするためには先立つものが必要となる。
 今の稼ぎをいつまで維持できるかも見通しが立たない中、ネットで精霊界の情報を聞いて皆でツアーを組んで相談にやってきたらしい。

 最後の相談客は凛とした雰囲気の女性だった。名前は名乗らなかったのでわからない。
「相談者の秘密は守っていただけるのでしょうか?」
 開口一番、私とエリシアに向かって有無を言わさない口調でそう尋ねてきた。

「今後の相談や移住後のマッチングに活用するため、移住管理委員会と相談員に情報は共有されますが、その他の者に情報を漏らすことはありません」
 私はマニュアル通りに回答した。
「……わかりました。十分です。移住に関して一通りの説明をしていただいた後、こちらから質問させてください」
「承知しました」
 相談客に主導権を握られた格好になったが、気を取り直して私はマニュアルに従って説明した。

「……説明は以上ですがご質問とは?」
 一通りの説明を終えて、私は相談客に尋ねた。
 気になるのは、説明は聞いておりメモもとっていたのだが、どこか落ち着きがない様子だったことだ。周囲を警戒しているようにも見える。

「何か気になることでもあるのかい?」
「……これから話すことは、外には漏らさないようにお願いします」
 エリシアの問いに相談客は覚悟を決めた様子でこちらにそう告げてきた。

「大丈夫、オイラもここのアーベルも秘密は守るよ」
「わかりました。実はパートナーとの契約の件なのですが、私が女性の精霊をパートナーとして求めるのはあり、でしょうか?」
 相談客は喘ぐような口調で尋ねてきた。これを尋ねるのには勇気が必要だったのかもしれない。
 
 私はこれを聞いた瞬間、アイリスがここに派遣するメンバーとしてエリシアを選んだ理由を理解した。我ながら鈍い。
 この質問にはエリシアが答えるべきだ。

「全然問題ないよ。オイラだって女性のパートナーと契約しているし」
「そ、そういうものなのですか?」
 あまりにあっさりとエリシアが答えたためか、相談客がへなへなと崩れかけた。

「精霊とか魂霊の感覚だと、別にパートナーって性別関係ないんだよね。ちなみにオイラはバイセクシャル、ってやつだから、男のパートナーとも契約しているよ」
 そう、エリシアは「ケルークス」所属の相談員では唯一男女両方のパートナーと契約している。
 本人が希望しない場合は別だけど、精霊界ではこのような指向は恥ずかしいことでも隠すようなことでもない。勿論、他者から咎められるようなことでもない。
 必ずしも多いとはいえないが、同性のパートナーを持つ魂霊は何人かいるし、生物学的な性と自認している性が異なる魂霊もいる。

「……それはいいことを聞きました。ですが……」
 相談客はまだ疑わし気な目をエリシアに向けている。エリシアの言葉を信じ切れていないのだろう。
「ああ、もうっ! わかったよ。パートナーを相談客と会わせるのは禁じられてなかったよね?! ちょっと待ってて!」
「禁じられていないけど、って、おい!」
 私の「禁じられていない」という言葉を聞き終える前に、エリシアが部屋を飛び出した。

「ほら、オイラのパートナーさっ! 右にいる可愛いのがグレース、左の角がセクシーなのがファビオさっ!」
 しばらくしてエリシアは両脇から二体の精霊に抱きかかえられるようにして部屋に戻ってきた。
 グレースは地の精霊ノームの女性型、頭に短い角が二本生えているファビオは男性型の時の精霊グレムリンだ。

「は、はぁ……」
 女性客はエリシアと二体のパートナーを交互に見やりながら困ったような顔をしている。

「他にもいるけど、正真正銘彼らがオイラのパートナーさっ! 気が合えば性別なんて関係ないのさっ!」
 二体の精霊に抱きかかえられたままエリシアがビシッと言い放った。

「そ、そういうことでしたか……失礼しました」
 相談客は素直に自分の非を認めた。

 その後は無事に相談が進んだ。
 フィデリア所長の方の相談も無事に終わったようだ。

「お疲れ様。何とか無事に最初の相談が終わったね。少し休んだら申し訳ないんだけど、二度目をお願い!」
 フィデリア所長が私たちを労いながら、とんでもないことを言い出した。
「へっ?!」「もう二度目をやるのですか?」
 私とエリシアは言葉を失った。
「ケルークス」では最初の相談と二度目を連続してやるようなことはないのだ。
 どんなに短くても一週間程度は期間を開ける。そのことを指摘すると、
「ここは来るのが大変だから、連続して相談を受けることがよくあるんだよね。本当に申し訳ないのだけど、よろしくっ」
 こうして一時間の休憩のあと、二度目の相談を希望する人に対して相談を行うことになった。
 これは骨が折れそうだ。
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