上 下
63 / 130
第三章

家でのんびりゲーム

しおりを挟む
「では、失礼します」
 移住希望者や精霊界に興味を持つ者に対する反吐が出るような偏見の数々を見せられて、私はすっきりしない気分で「ケルークス」を後にした。
 ここからは切り替えてパートナーたちと楽しく過ごすことにする。
 存在界からザカリーが持ってきた荷物の中には、私が注文していたゲームと存在界の菓子が含まれていた。
 ゲームはリーゼへの、菓子はメラニーへの土産だ。

 私の足取りは軽くはなかったが、いつもより短い時間で我が家まで到着した。
「戻ったよ。リーゼ、メラニーいるかい?」
「アーベルさま。みんないますよ。メラニーを呼んでくればいいですね」
 リビングの方からリーゼが顔を出してきた。
「手間をかけるけどお願いできるかな。新しいゲームが入荷していたから、メラニーに荷物を渡したら一緒に遊ぼうか」
「はい! ぱっと行ってきちゃいます」
 リーゼが勢いよく階段を上がっていった。

 少ししてメラニーが滑るように階段を降りてきた。
「あ、アーベル、戻ってきたんだ!」
 そして、私の左腕にガシッと抱きついてきた。
 荷物を持っているのが右手でよかったが、そのくらいはメラニーも気を付けているように思う。

「『ケルークス』にお菓子が入荷していたから持ってきた」
 私は右手に持っていた二つの袋のうち、大きい方をメラニーに手渡した。

「やった! 後で皆で食べよ。ありがとぉ♡」
 犬の尻尾がついていたら、間違いなくぶんぶん振り回していただろうというくらいの勢いでメラニーが袋を受け取った。
 彼女は私のパートナーの中では、最も感情が表情に出るタイプだ。
 割と周りをよく観察しているので、気を遣ってくれている可能性はある。
 あまり気を遣わせたくはないが、素直に喜んでくれるのは嬉しいものだ。

「アーベルさま。お姉ちゃんとニーナも呼んできました」
 リーゼがカーリンとニーナを連れて戻ってきた。
「アーベル様。今日はリーゼと遊ばれた後、お食事はとられますか? それとお酒はどうされますか?」
 ニーナが折り目正しく尋ねてきた。
 そこまで丁寧にしなくても良いのだが、彼女はこの方が落ち着くそうだ。
「皆がよければそうしたいけど、どうかな?」
 精霊界に移住してから気分が落ち込むということはあまりなかったのだけど、どうも今日はすっきりしない。
 パートナーたちに甘えることにはなってしまうが、私が沈んでいるのを隠す方が彼女たちは嫌がると思う。

「私はアーベルと食事したい。お菓子も出すから!」
 真っ先に左腕に抱きついたままメラニーが手を挙げた。
「……そうですね。私もちょっと飲みたい気分です」
「わたくしもご一緒したいです」
「ゲームの後なら喜んで、です」
 皆に気を遣わせてしまったようだが、それでも勝手に一人で塞ぎこんでいるよりは良いのだろう、と私は信じることにした。

「なら、三時間後から食事、でいいかな?」
「承知しました。本日の準備はわたくしにやらせてください」
 ニーナが名乗り出た。カーリンはアンブロシア酒造りの作業がまだ残っているらしいし、私はリーゼとゲームをすることになっている。
 私が準備に参加するとリーゼが私と過ごす機会を奪うことになるので、そうしないよう取り決めている。
 メラニーは料理が苦手だし、家の周囲の木の面倒を見る仕事がある。

 ニーナに食事の準備を任せて、私はリビングでゲームの準備を始めた。
 今回入荷したのはゲーム機用のソフト。ゲーム機はアイリスに頼んで魔法をかけてもらい魔力で動作する精霊界仕様にしてもらったので問題ない。
 ちなみにゲームはシリーズ物のRPGだ。第一作は私が高校生くらいのときに発売されたものだから、八〇年以上続いているのではないだろうか?
 人間の感覚だと恐ろしく長いシリーズだと思う。多分、最初の方の作品を作った人たちは生きていないだろうな。

「アーベルさま、隣で見せてください」
 リーゼが私にもたれかかるようにソファに座った。
 この手のゲームを遊ぶときは、最初に私がプレイしてリーゼはそれを見ている。
 私がクリアすると今度はリーゼがプレイして、私がそれを見る、という形だ。

 これで楽しいのかって?
 はじめのうちは私も疑わしいと思っていたが、慣れてくると案外これが楽しい。
 人間だったころは、時間に追われるように遊んでいた記憶があるが、今は時間は無限にある。
 その余裕があるのが良いのだろう。

「設定が終わったら始めるからちょっと待ってて」
「はい、大丈夫です」
 ポチポチと設定を終えて、チュートリアルが始まった。
 前作とゲームシステムに大きな差はなさそうなので、軽く流していく。

「アーベルさま、存在界のゲームや本は続きが出るのが早くていつもびっくりします」
 リーゼがじっと画面に見入っている。
 私はこのシリーズを第一作からすべて遊んでいるが、今作と前作の間は五年開いたはずだ。
 確かに精霊界の時間の流れからすると非常にサイクルが短い。

 まだ話をしたことはないと思うが、精霊界にも話を創作する精霊はいる。
 こうした話は祭りの場で精霊自身によって語られたり、劇として演じられたり、歌として歌われたりする。
 祭りは短いもので二十年周期、長いものだと数千年周期で行われるので、続き物の話の場合次作は最短で二十年後ということになるらしい。
 かくいう私も祭りにはまだ片手の指で数えられるくらいの回数しか行ったことがないのだが。

「人間の寿命は長くないからね。短いものだと年一回くらいのペースで続きを出していたと思う。本なんか二ヶ月とかだったりするけど」
「はあ……追いかけるの大変そうですね」
 リーゼが目を丸くしている。彼女は漫画なども読むのだが、一冊読むのに一ヶ月くらいかけている。
 彼女が追いかけているシリーズはいくつかあるが、幸いにして刊行速度がゆっくりなので、読み終えてないものが積み上がることはない。
 精霊や魂霊には時間が無限にある。
 実は私は四体のパートナーの年齢を詳しく知らないのだが、彼女たちはとてつもなく長い時間生きてきているはずだ。

 かなり昔に精霊は数を増やすことを止めてしまっているので、一番若い精霊でも十億単位の年齢であるという話はアイリスから聞いたことがある。

「時間はいくらでもあるのだし、ゆっくり追いかければいいんじゃないかな」
「アーベルさまの仰る通りですね。あっ!」
 リーゼが声をあげたのは、ゲームで初見殺し的な攻撃を受け、こちらがピンチに陥ったからだ。
「このくらいなら……アイテムを使えば押し戻せるはず……よし!」
 今まで封印していたアイテムを使って、体勢を立て直した。
「さすが……アーベルさまです!」
 無事、敵を撃退して私とリーゼはハイタッチで祝った。
 一人で遊んでいるときと違って、リーゼの反応があるのが嬉しい。

 最初の区切りのポイントまでゲームを進めると、二時間弱が経過していた。
 あと一時間ちょっとで食事だ。
 ゲームを三時間で区切っているのは、ゲーム機の動作時間の関係だったりする。
 うちのゲーム機は魔力タンクを接続して使うが、この魔力タンクに貯めておける魔力が概ね三時間ちょっと分なのだ。

「ここで止めるか、もう少し進めてみるか……」
 このゲームは区切りを過ぎるとしばらく中断できるタイミングがない。
「アーベルさま、もうちょっとだけ進めてください」
「わかった。少し急ぐか」
 リーゼの言葉に背中を押されてゲームを先に進める。
 私も先が気になっていたから、リーゼの言葉が無くても先に進めたとは思うが、判断に時間がかかった可能性がある。

「うーん、いっぱい情報が入ってきますね……」
 ゲームの登場人物や行ける場所が一気に増えた。
 先ほどまでは本編への導入部みたいな感じだったから情報が限られていたが、ここから本編突入ということなのだろう。
 説明が終わったところで四〇分近く経っている。さすがに長い。

「今回行ける場所は五ヶ所か。一ヶ所だけ回って今日は区切りにしよう」
「はい。続きはできるだけ早く始めてほしいです」
「明日カーリンを手伝ってから続きをするかい?」
「はい!」
 明日は「ケルークス」に出勤しないし、カーリンのアンブロシア酒造りの手伝いも午前中で十分なはずだ。
 リーゼをだしにしてゲームを進めるという後ろめたさを若干感じるが、それはメラニーとニーナに埋め合わせをすることで勘弁してもらおう。

「アーベル様。あと十分くらいで準備ができます」
「ニーナ、ありがとう。もう少しで区切りになるから」
 食事の時間を知らせにきたニーナに心の中で詫びながら、私はゲームの途中経過をセーブした。

「アーベルさま、明日が楽しみです」
 私を気遣ってくれているのかもしれないが、リーゼが満面の笑みを見せてくれた。
 これだけでもゲームを進めた価値があるというものだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

ちょっとエッチな執事の体調管理

mm
ファンタジー
私は小川優。大学生になり上京して来て1ヶ月。今はバイトをしながら一人暮らしをしている。 住んでいるのはそこらへんのマンション。 変わりばえない生活に飽き飽きしている今日この頃である。 「はぁ…疲れた」 連勤のバイトを終え、独り言を呟きながらいつものようにマンションへ向かった。 (エレベーターのあるマンションに引っ越したい) そう思いながらやっとの思いで階段を上りきり、自分の部屋の方へ目を向けると、そこには見知らぬ男がいた。 「優様、おかえりなさいませ。本日付けで雇われた、優様の執事でございます。」 「はい?どちら様で…?」 「私、優様の執事の佐川と申します。この度はお嬢様体験プランご当選おめでとうございます」 (あぁ…!) 今の今まで忘れていたが、2ヶ月ほど前に「お嬢様体験プラン」というのに応募していた。それは無料で自分だけの執事がつき、身の回りの世話をしてくれるという画期的なプランだった。執事を雇用する会社はまだ新米の執事に実際にお嬢様をつけ、3ヶ月無料でご奉仕しながら執事業を学ばせるのが目的のようだった。 「え、私当たったの?この私が?」 「さようでございます。本日から3ヶ月間よろしくお願い致します。」 尿・便表現あり アダルトな表現あり

あの、神様、普通の家庭に転生させてって言いましたよね?なんか、森にいるんですけど.......。

▽空
ファンタジー
テンプレのトラックバーンで転生したよ...... どうしようΣ( ̄□ ̄;) とりあえず、今世を楽しんでやる~!!!!!!!!! R指定は念のためです。 マイペースに更新していきます。

処理中です...