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第三章

精霊だって存在界のものを食べたいっ!

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「アーベルさん、ちょっと相談にのってもらえないかな?」
「店長から新メニューの開発には是非アーベルにも相談に乗ってもらうべきだ、と言われまして……」
 ある日「ケルークス」に出勤した私は、最近スタッフに迎え入れられたピアとクアンから相談を受けた。
 ちなみにピアは女性型の地の精霊ノーム、クアンは男性型の闇の精霊シャドウだ。
 ただし、外見は普通の人間と大差ない。
 よく見ると今日はクアンが大きな箱を抱えている。
 スイカが丸ごと一個入りそうな大きさ、と言えば伝わるだろうか?

 ちょっと前にユーリから新メニューの開発の相談を持ち掛けられたが、うやむやになっていたことを思い出した。
 彼女はカレーとかラーメンを導入したかったようなのだが、精霊界だと材料調達のハードルがかなり高いのでなかなか難しそうだ。

「相談員は……アイリスの他にはエリシアだけか。フランシスはさっき帰ってしまったからな……」
 他の相談員に入ってもらった方が幅広い意見が聞けそうな気もするが、エリシアなら問題ないだろう。
 フランシスも悪くないと思うのだが、彼は「ケルークス」に長居をするタイプではないから仕方ない。

「ナニナニ? メニューの相談だって? オイラも喜んで乗るよ」
 呼ばれてもいないのにエリシアが首を突っ込んできた。これは予想通りだ。

「ユーリ、貴女もそろそろ出てきた方がいいんじゃない。今なら誰もいないからちょうどいいと思うわよ」
 アイリスがだらしなく手足を垂らしたまま厨房にいるユーリを呼んだ。
 そういえば、今日は珍しく相談員以外の客もいない。

「はーい、今行くわ」
 厨房の方からパタパタと足音が聞こえてきた。
 出てきたのはユーリだけではなく、厨房担当のブリスもいっしょだ。
「ケルークス」のメンバーが勢揃いだ。これは珍しい絵だ。

 ユーリとブリスがテーブルを二つくっつけて、即席の会議席を作った。
「前にユーリが食事となるものを出したい、という話をしたと思うが……それは最後にするので、最初は儂からだ」
 ブリスが細長く平べったい茶色の板のようなものがたくさん盛られた皿を出してきた。
 外見的には乾燥したきしめんといった感じだが、色は薄い茶色だ。

 ブリスが味を見てくれというので、彼を除く全員が一本ずつ手に取って食べてみた。
 食感はスナック菓子だ。ウケという精霊界の食べ物に近い。
 問題は味だ。
 不味い、ということはない。むしろ懐かしい感じだ。
 少し辛いが、唐辛子を多めに入れためんつゆのような味だ。
「これは…・・?」
「うどん味のスナック?」
 精霊界に移住する前、日本人だった私とユーリにとっては親しみを感じる味。
 しかし、エリシアには馴染みがなかったらしく首を傾げている。

「ツアーのときに客の一人から存在界の食べ物の話を聞いてな。こちらには食べ物の種類が少ないから新しい味と食感を出そうと思ってウケに手を加えてみた。存在界の味に興味もあったしな」
 ブリスの説明によると、やはり味付けはめんつゆにヒントを得たらしい。
 彼が工夫したのは、めんつゆの味を精霊界の材料で出したという点だ。
「この前もらったスーラの鞘を軽く焙って粉々にしたものを塩水と混ぜると近い味になるのだよ」
 なるほど、スーラの鞘でそんなことができたとは……実はグラネトエールの材料になるから捨てるところがない。

 アイリスによれば、スーラの鞘の入手には目途が立っているようだ。
 味には問題ないし、コスト的にも「ケルークス」の客に手の出る価格にできるそうだ。
「オイラはこの味は知らなかったけど、結構好きだよ。カレーをかけると日本料理っぽくてもっといいと思うけど」
 エリシアがとんでもないことを言い出した。カレーは日本料理ではないと思う。
 ユーリがそのことをエリシアに説明したのだが、エリシアは納得しない。

「オイラが昔住んでいた近所の日本料理屋の一番人気はフィッシュアンドチップスをのせたカレーだったんだから! ライスかうどんを選べるのさ!」
 ちょっと待て、どういう日本料理屋だ、それは?
 そういえばエリシアの故郷ってどこだったか聞いたことがなかったな。
 それに彼女は十九世紀生まれだったはずだ。そんな昔に彼女が言うような料理があったのだろうか?

 エリシアが力説していたのを興味深そうに聞いていたのはブリスだった。
 彼はメモを取ったりユーリに何やら耳打ちしたりしていた。

 ブリスの料理は採用が決まった。「ウケ (うどん味)」という名称になるようだ。ネーミングはちょっと不安だが。

 どうにかエリシアを落ち着かせたところで、ピアとクアンが話し始めた。
 
「存在界には面白そうな食べ物がたくさんあるのよね。今も少しは扱っているけど、もっと取扱いを増やしたいの!」
「我ら精霊は時間を忘れて語らうことを好む。ウケやマナも良いが、色々な種類を少しずつ楽しめるようなものが欲しい」

 クアンが抱えていた箱を開き、ピアが中から何かを取り出した。
「オイラもこれなら知ってるよ。缶詰じゃないか」
 エリシアが缶詰の一つを手に取った。
「色々入手してきたのだな。どれを新メニューにするのだろうか?」
 私もいくつかの缶詰を手に取ってみたのだが、すべて種類が異なる。
 ツナにイワシのかば焼き、ベーコン、ポテトサラダなどというものもある。
 入手や輸送を考えるとさすがに全種類扱うのは無理がある。

「中味は注文して開けてみてのお楽しみ! ってしたいの」
「何が出てくるかわからない、このドキドキが面白いのだよ。この大きさなら色々な種類を少しずつ楽しめるではないか!」
 なるほど、そうやって楽しみたいのか……

 ふと、私はあることが気になって、アイリスに尋ねてみた。
「アイリス。精霊には食べ物のアレルギーとかってあるのだろうか? 特定の食べ物を食べると身体に変調をきたす、とか……」
「アレルギー? 魔法をかけた人間の食べ物なら精霊は何を食べたって平気よ。極端に熱いのとか冷たいのが苦手な精霊はいるけど……」
 なるほど、精霊に食物アレルギーはなさそうだ。
 缶詰なら常温で出しても問題ないから、アイリスのように極端に冷たいものが苦手な精霊でも大丈夫だろう。

「精霊はいいけど、人間の客に出す場合は注意が必要そうね。人間の場合は中味を選んでもらった方がいいわ……」
 さすがに「ケルークス」の店長を長年勤めているユーリはそのあたり抜かりなさそうだ。
「気になるとしたらコストね。うちの商品だと高い方の部類になると思うのよね……」
 缶詰は種類が多い分、値段も千差万別だ。
「ケルークス」の仕入れ代金は存在界で仕事をしている精霊  (存在界にいる場合は「妖精」だが)の稼ぎを充てている。
 存在界で定職に就いている精霊の数は多くないから、仕入れに充てられる資金は潤沢ではない。 
 だが、クアンやピアの様子を見る限り、缶詰は精霊にウケそうなアイテムではあるので何とか導入してやりたいところだが……

「ユーリ、存在界のお金はそんなに厳しいの?」
 アイリスが問いかけた。いつになく目が真剣だ。
「あ、缶詰って値段の幅がものすごく広いんですよ。それに重たいから大量入荷が難しそうで……」
 ユーリの答えにピアとクアンの表情が曇った。

「クアンが抱えていた箱に缶詰っていくつ入っていたかしら?」
「ええと……二五個あるね」
 エリシアがさっと缶を積み上げてアイリスに示してみた。
 
「このくらいの重さなら一度に一〇〇個くらいは持ってこられるわよ。金額を決めて、この値段で一〇〇個買ってきなさい! とかやればいいんじゃない?」
「それなら金額によっては……できるかな?」
 アイリスの案にユーリがぎこちなくうなずいた。

 ユーリにはもう一押しした方が良さそうなので、私からも一言付け加えた。
「何度か金額を変えて調達してもらって実験したらいいと思う」
「そ、そうすればいいか……」
 ユーリも納得してくれたようだ。これで缶詰もメニューとしての採用が決まった。

「うん、やった」「よかった」
 ピアとクアンの表情がぱぁぁっと明るくなり、ハイタッチで喜びを表した。

 缶詰か……私は寒天が好きなのだが何とか入手してもらえないだろうか?
 精霊界に寒天はないのだが、缶詰でつい思い出してしまった。

「で、最後は私なのだけど……」
 ユーリが何か言いにくそうに私に向かって話しかけてきた。

「??」
 新メニューの開発なら私に向かって話しかける必要はないはずだ。
 アイリスやエリシアもいるのだから、彼女たちの意見も必要だと思うのだが……

「アーベル、わ、私にカレーの作り方を、お、教えて下さいっ!」
 ユーリが額に汗を浮かべて真っ赤になりながらそう私に頼んできた。
 アイリスとエリシアはニヤニヤしながらこっちを見ている。

「カレー? 新メニューってことだと思うが……私は市販のルーを使った作り方しか知らないのだが……」
 一人暮らしが長かったとはいえ、私には他人様に教えるような料理の腕はない。

「で、でも、アーベルは人間だったころにカレーを作ったことがあるって言っていたじゃない! そのやり方でいいから!」
 何だかおかしなことになってきたが、ユーリの頼みだ。
 できるかどうかはわからないが、やれるだけはやってみよう。

「で、ユーリ。私はどこから始めたらいいのかい?」
 教える側なのに我ながら間抜けな台詞を吐いてしまった。
 これではこちらが教わる側みたいだが、何から教えたらいいのかわからないので仕方ないと弁解しておこう。
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