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第九章
415:更なる助っ人
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ロビーがホンゴウをECN社へ連れたきたのと同じ頃、セスは社から早退し、メディットへ薬をもらいに行っていた。
彼は六月二〇日付で正式に退院し、今日が退院後の最初の検診だった。
「もう、いいでしょう。気をつけて行ってきなさい」
セスを診た担当医がそう告げた。
実際はこれ以上手の施しようがないのだが、事実を彼に伝えるのは憚られた。
「ありがとうございます。何かあったら、また来ます」
「そうならない様に気をつけなさい」
「わかりました」
恐らくセスがここへ来ることは二度とないだろう。
来ることがあるならば、それは彼の死の直前であるに違いない。
担当医は自らの持つ知識と技術のすべてだけではなく、この施設に集結したすべてを駆使してセスの病と闘った。
それでもセスの身体が病に勝利するための十分な手助けはできなかったのだ。
悔いは残るが、これ以上は患者を苦しめるだけである。こうするのが最善の策だろう。
セス自身も自分の死期を悟りつつあった。
検査に対する治療の数が減っていたことに気づいていたのだ。
治療が施されない検査がたびたび繰り返されたこと自体、有効な治療方法を見出せないことの証左である、と彼は思っている。
だから、立ち止まることができなかった。
頭の中では猛烈な速度で様々な悪い予想が渦巻いていた。
その不安から逃れるために、彼は「東部探索隊」としてロビーらと行動する道を選んでいたのだ。
しかし、その激しい思索も最近はやや速度を落としているように思われた。
病状が悪化しつつあることと、服用している薬の関係で思考力が低下しつつあったのだ。
そのためか、最近のセスは以前と比較して落ち着いた、という者もあった。
診察室を後にし、会計を済ませるため待合室のソファで待っているときのことである。
セスは不意に背後から肩を叩かれた。
不審に思って振り向くと、スーツ姿の長身の男が立っている。
「アイネス先生……今までありがとうございました」
頭を下げたセスにアイネスは首を横に振ってみせた。
「これからは君のところにお世話になるのだから、そうかしこまる必要はないよ」
「僕のところってECN社、ですか……? なぜ?」
アイネスの格好は、いつもの白衣ではなくスーツ姿だ。
髪や服装にわずかの乱れも見せていないのはいつも通りだが、白衣姿の彼に見慣れたセスにとっては大いに違和感がある。
「ECN社さんで『東部探索隊』のメンバーを募っていることを知りました。私も参加させていただこうと思います。院に辞表を出してようやく受理されましたので、心配要りません」
「ええっ?!」
アイネスの言葉に驚いたのはセスである。
サブマリン島でも著名な医師であるアイネスが、なぜ医学の道を離れるのか?
彼はまだ五〇歳を少し過ぎたくらいの年齢である。少し年を取ったとはいえ、まだまだ活躍の場はあるはずだ。
しかし、セスから見てもアイネスは頼りになりそうな存在に思われた。
アイネスは身体が大きい。
体力勝負になりそうな「東部探索隊」でも十分にやっていけるように思われる。
また、アイネス本人から外科医は体力勝負の部分もあり、体力には自信があるとも聞かされたことがある。
男性メンバーの少ない「東部探索隊」において、有力なメンバーになり得るだろう。
ロビーはともかく、「とぉえんてぃ? ず」の三人はすべて女性であるし、体力勝負となると心もとないように思われる。
女性三人の中では、コナカが比較的体力がありそうだが、それでも女性だしなぁ、というのがセスの思うところだ。カネサキ、オオイダに至ってはとてもではないが、体力があるようには思われない。
セスを連れて「はじまりの丘」から帰るとき、ソリを引っ張っていたのはロビーとコナカなのだ。他の二人は力仕事らしい仕事をしていない。
そのことがセスの頭をよぎったのである。
彼はこの時点でホンゴウの参加を知らされていなかったから、男性メンバーへの渇望がかなり強い状況にある。
慌てて会計を済ませるとセスはアイネスを引き連れてECN社へと戻った。
そして、エリックのもとへとアイネスを連れていく。
セスが戻ってきたことと、連れている人物を見てエリックは戸惑いの表情を見せたのだが、アイネスから説明を受けてようやく事態を飲み込んだ。
アイネスより前にセスが事情を説明しようとしたのだが、興奮した様子でまくし立てるセスの言葉がエリックには理解できなかったのだ。
エリックはメディットに問い合わせてアイネスが退職したことを確認した。
もし、アイネスがメディットに所属したままなら、後のトラブルの原因になると考えたのだ。
更に念を押してミヤハラに相談し、その承諾を得た。
その上でアイネスに参加を希望する理由を求めた。
「私は……あなた方が『タブーなきエンジニア集団』として活動しているのを見て、世の中の動きに強い感心を持ってしまいました。
私の師は『世の中の動きに熱心すぎる者は良い医師になれない』と常々言っていました。医学への興味よりも世の中の動きへの興味が強くなった今の私は『良い医師』にはなり得ないのです。自分の興味を満たすための行動を取るため、メディットを辞してきました」
これがアイネスの答だった。
そこまで言われたら、エリックには止めるすべはない。
ホンゴウが参加したとはいえ、「東部探索隊」にはまだメンバーが足りなかった。
医学の心得があり、見るからに頑丈そうなアイネスの参加は願ったりかなったりである。
エリックにはアイネスの参加を拒否する理由もなかった。
更にアイネスに話を聞くと、ECN社から「東部探索隊」のメンバーを募集する通知があったその日のうちに隊への参加を決めていたそうだ。
事実、アイネスはその日のうちに辞表を提出したらしい。
それが今日まで参加が遅れたのは、院長をはじめとしたメディットの職員からの猛烈な引止めに遭い、辞表がなかなか受理されなかったからだという。
アイネスは二週間以上にわたって粘り強く交渉を続け、今日の昼になってようやく退職を勝ち取ったのである。
退職を勝ち取るまで「東部探索隊」への参加を自粛するあたり、秩序を重んじるアイネスらしい、とセスは思った。
これで「東部探索隊」のメンバーは決まった。
隊長 ロビー・タカミ
副隊長 ヒロ・ホンゴウ
隊員 セス・クルス(「はじまりの丘」拠点責任者)
アケミ・カネサキ
ユミ・オオイダ
サユリ・コナカ
ヴィリー・アイネス
全七名、実質六名の隊がこうして結成された。
それからほどなくして、隊の出発が八月一日と決定された。
これに伴い、カネサキ、オオイダ、コナカの「とぃえんてぃ? ず」の三名は八月一日付で総務からエリックのタスクユニットへと異動することとなった。
彼は六月二〇日付で正式に退院し、今日が退院後の最初の検診だった。
「もう、いいでしょう。気をつけて行ってきなさい」
セスを診た担当医がそう告げた。
実際はこれ以上手の施しようがないのだが、事実を彼に伝えるのは憚られた。
「ありがとうございます。何かあったら、また来ます」
「そうならない様に気をつけなさい」
「わかりました」
恐らくセスがここへ来ることは二度とないだろう。
来ることがあるならば、それは彼の死の直前であるに違いない。
担当医は自らの持つ知識と技術のすべてだけではなく、この施設に集結したすべてを駆使してセスの病と闘った。
それでもセスの身体が病に勝利するための十分な手助けはできなかったのだ。
悔いは残るが、これ以上は患者を苦しめるだけである。こうするのが最善の策だろう。
セス自身も自分の死期を悟りつつあった。
検査に対する治療の数が減っていたことに気づいていたのだ。
治療が施されない検査がたびたび繰り返されたこと自体、有効な治療方法を見出せないことの証左である、と彼は思っている。
だから、立ち止まることができなかった。
頭の中では猛烈な速度で様々な悪い予想が渦巻いていた。
その不安から逃れるために、彼は「東部探索隊」としてロビーらと行動する道を選んでいたのだ。
しかし、その激しい思索も最近はやや速度を落としているように思われた。
病状が悪化しつつあることと、服用している薬の関係で思考力が低下しつつあったのだ。
そのためか、最近のセスは以前と比較して落ち着いた、という者もあった。
診察室を後にし、会計を済ませるため待合室のソファで待っているときのことである。
セスは不意に背後から肩を叩かれた。
不審に思って振り向くと、スーツ姿の長身の男が立っている。
「アイネス先生……今までありがとうございました」
頭を下げたセスにアイネスは首を横に振ってみせた。
「これからは君のところにお世話になるのだから、そうかしこまる必要はないよ」
「僕のところってECN社、ですか……? なぜ?」
アイネスの格好は、いつもの白衣ではなくスーツ姿だ。
髪や服装にわずかの乱れも見せていないのはいつも通りだが、白衣姿の彼に見慣れたセスにとっては大いに違和感がある。
「ECN社さんで『東部探索隊』のメンバーを募っていることを知りました。私も参加させていただこうと思います。院に辞表を出してようやく受理されましたので、心配要りません」
「ええっ?!」
アイネスの言葉に驚いたのはセスである。
サブマリン島でも著名な医師であるアイネスが、なぜ医学の道を離れるのか?
彼はまだ五〇歳を少し過ぎたくらいの年齢である。少し年を取ったとはいえ、まだまだ活躍の場はあるはずだ。
しかし、セスから見てもアイネスは頼りになりそうな存在に思われた。
アイネスは身体が大きい。
体力勝負になりそうな「東部探索隊」でも十分にやっていけるように思われる。
また、アイネス本人から外科医は体力勝負の部分もあり、体力には自信があるとも聞かされたことがある。
男性メンバーの少ない「東部探索隊」において、有力なメンバーになり得るだろう。
ロビーはともかく、「とぉえんてぃ? ず」の三人はすべて女性であるし、体力勝負となると心もとないように思われる。
女性三人の中では、コナカが比較的体力がありそうだが、それでも女性だしなぁ、というのがセスの思うところだ。カネサキ、オオイダに至ってはとてもではないが、体力があるようには思われない。
セスを連れて「はじまりの丘」から帰るとき、ソリを引っ張っていたのはロビーとコナカなのだ。他の二人は力仕事らしい仕事をしていない。
そのことがセスの頭をよぎったのである。
彼はこの時点でホンゴウの参加を知らされていなかったから、男性メンバーへの渇望がかなり強い状況にある。
慌てて会計を済ませるとセスはアイネスを引き連れてECN社へと戻った。
そして、エリックのもとへとアイネスを連れていく。
セスが戻ってきたことと、連れている人物を見てエリックは戸惑いの表情を見せたのだが、アイネスから説明を受けてようやく事態を飲み込んだ。
アイネスより前にセスが事情を説明しようとしたのだが、興奮した様子でまくし立てるセスの言葉がエリックには理解できなかったのだ。
エリックはメディットに問い合わせてアイネスが退職したことを確認した。
もし、アイネスがメディットに所属したままなら、後のトラブルの原因になると考えたのだ。
更に念を押してミヤハラに相談し、その承諾を得た。
その上でアイネスに参加を希望する理由を求めた。
「私は……あなた方が『タブーなきエンジニア集団』として活動しているのを見て、世の中の動きに強い感心を持ってしまいました。
私の師は『世の中の動きに熱心すぎる者は良い医師になれない』と常々言っていました。医学への興味よりも世の中の動きへの興味が強くなった今の私は『良い医師』にはなり得ないのです。自分の興味を満たすための行動を取るため、メディットを辞してきました」
これがアイネスの答だった。
そこまで言われたら、エリックには止めるすべはない。
ホンゴウが参加したとはいえ、「東部探索隊」にはまだメンバーが足りなかった。
医学の心得があり、見るからに頑丈そうなアイネスの参加は願ったりかなったりである。
エリックにはアイネスの参加を拒否する理由もなかった。
更にアイネスに話を聞くと、ECN社から「東部探索隊」のメンバーを募集する通知があったその日のうちに隊への参加を決めていたそうだ。
事実、アイネスはその日のうちに辞表を提出したらしい。
それが今日まで参加が遅れたのは、院長をはじめとしたメディットの職員からの猛烈な引止めに遭い、辞表がなかなか受理されなかったからだという。
アイネスは二週間以上にわたって粘り強く交渉を続け、今日の昼になってようやく退職を勝ち取ったのである。
退職を勝ち取るまで「東部探索隊」への参加を自粛するあたり、秩序を重んじるアイネスらしい、とセスは思った。
これで「東部探索隊」のメンバーは決まった。
隊長 ロビー・タカミ
副隊長 ヒロ・ホンゴウ
隊員 セス・クルス(「はじまりの丘」拠点責任者)
アケミ・カネサキ
ユミ・オオイダ
サユリ・コナカ
ヴィリー・アイネス
全七名、実質六名の隊がこうして結成された。
それからほどなくして、隊の出発が八月一日と決定された。
これに伴い、カネサキ、オオイダ、コナカの「とぃえんてぃ? ず」の三名は八月一日付で総務からエリックのタスクユニットへと異動することとなった。
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