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第九章

404:後継者探し その2

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 OP社のノブヤ・ヤマガタと「リスク管理研究所」所長のトニー・シヴァとの交渉は難航していた。
 ヤマガタはトニーにOP社の次期社長に就任するよう要請しているのだが、トニーは話にならないと要請を切り捨てた。
 ヤマガタもOP社を代表する立場で交渉に当たっているため、そう簡単に引くことができない。
 そのため大して建設的ともいえない議論が延々と続いている。この手の議論はトニーがもっとも忌み嫌うところだ。
 それでもトニーがヤマガタの話に付き合っているのは、現在のクライアントであるためだ。
 下手に交渉をこじらせて、今請けている案件の代金を回収できないなどという事態は避けたい。代金の面だけでいえば、今の案件はそれだけ魅力的なものであるのだ。

 ヤマガタは執拗にトニーに譲歩を迫り続ける。
「……何とかならないものですかね。せめて社長の候補だけでも紹介いただくとかはできませんでしょうか?」
 今までのトニーの対応は半ばヤマガタを馬鹿にしているような格好になるのだが、ヤマガタも必死だった。
 ハドリという強大なトップが失われた今、OP社が瓦解しないためにも新たなトップが必要だということをヤマガタは痛感している。

 トニーは困惑した様子のヤマガタに、それまでとはうって変わった優しい口調で語りだす。その表情も険しいものから多少穏やかなものへと変貌している。
「ならば……こうしましょう。我々は、御社の経営に対して経営企画室のような立場でアドバイスをしましょう。追加費用は発生しますが、より御社に近い立場に立つことになります」
 トニーの提案を聞いたヤマガタは難しい顔をしている。これでは後任の社長を誰にしてよいか見当もつかない。また、追加費用が発生するというのもヤマガタにとっては受け入れにくい。
「次期社長は誰に……?」
 ヤマガタが恐る恐る尋ねた。この答えが得られなければトニーを尋ねた意味がないからだ。
「これはヤマガタさんに就任していただくほかありません。我々は、調査機関として御社に時には厳しい提言も行っています。そして、リスクを調査するという関係上、御社には耳が痛いことも多いでしょう。
 そういった耳の痛い対策を実施するには、トップが内部の人の信頼を得られる方でなくてはなりません」
「シヴァ所長にもその信頼度はあるでしょう?」
 ヤマガタが必死に訴えた。自身にトニーのいうところの「耳の痛い対策を実施するのに必要な信頼」があるとは到底思えない。
 トニーについてもヤマガタは同様に考えていたが、トニーを次期社長に据えれば社の決定に反しない分だけマシのように思える。
「私では駄目です。御社の方々と一緒に汗をかいていません。創業当時からハドリ社長を支えてきたヤマガタさんだからできることです。
 我々はヤマガタさんを全力でバックアップします。対策は実施されてこそ意味を持つものです。そのためには、御社の従業員からの信頼がない『リスク管理研究所』の名前ではかえって害になります。ヤマガタさんの実行力が必要とされているのですよ!」
 言葉の最後の方ではトニーの声は熱を帯びていた。
 八割がたは演技である。
 トニーはここでOP社に対する優位性を確保するとともに、あくまでも自らが責任を問われる立場にならないように気を遣った。
 OP社がどうなろうと、トニーには興味が無い。
 しかし、そのとばっちりを喰うことだけは避けたかった。
 自らに悪い影響が及ばないよう、危険を避けること、その中で自らの利益を最大化すること、これらのことこそが『リスク管理研究所』の所長としてのトニーの真骨頂であった。
 結局、トニーが社長就任を固辞したため、ヤマガタはトニーの提案を携えてすごすごと社に戻るしかなかった。

 社に戻ってヤマガタは主だった者たちに交渉の結果を伝えた。
 ヤマガタの予想に反して、トニーの提案は比較的好評であった。
 実のところ自分が社長にならないで済んだ、と胸をなで下ろす者が多かった結果なのだが。
 こうなってしまえばヤマガタも覚悟を決めるしかなかった。
 「リスク管理研究所」への訪問から約半月後の七月一日、ヤマガタはしぶしぶながらもOP社社長に就任したのである。
 ただし、これは表向きの話で、実態は「社長代行」であったのだが。
 用語の定義には口うるさいヤマガタであったが、この件についてだけはしばしば自身のことを実態に合わせて「社長代行」と名乗ることも少なくなかった。よほど社長に据えられたのが気に入らなかったのに違いなかった。
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