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第八章

356:「タブーなきエンジニア集団」からの離脱

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 OP社の部隊が通過した直後、近くの物陰で一人の青年が通信機を広げた。
 街道の北側が林になっており、そこに彼は潜んでいる。
「トワさん、ですか。ヌマタです。ハドリの部隊がさっき通過しました」
「そうか。明日の早い時間にのこのことやってくる、ということだな。ヌマタ、お前は戻ることができそうか?」
 通信機を通してウォーリーの声が、ヌマタの耳に伝わってくる。
「いえ……いくつか調べたいことがあります。それが終わったらサウスセンターに向かいましょう」
「そうか、気をつけろ」
 この言葉を最後に通信が切れた。
 これがウォーリーとヌマタの最後の会話になろうとは、少なくともウォーリーは考えていなかった。

 ヌマタは通信機を地中に埋めると、OP社の部隊に気づかれないよう、身を隠しながらその後を追った。
 (ハドリ……貴様がこの世の春を謳歌できるのもあと数日のことだ……
 今から地獄に落ちたときの予行演習をしておくのだな……)
 ヌマタは自らの目的を忘れていなかった。
 彼の目的はあくまでもハドリの殺害である。
 ウォーリーと組んだのも、あくまでハドリ殺害という目的を果たすために過ぎない。
 (ウォーリー・トワさんほど自分は他人の役に立てる人間ではない。あれだけの力があれば、彼と同じことをしたかもしれないが……
 自分は浮浪者かテロリストくらいにしかなれないだろうからな)
 だから、後者を選択する、というわけなのである。
 (まあ、俺にはこれが似合っているけどな……)
 心の中でうそぶきながらヌマタは歩を進めていく。
 彼がすぐにウォーリーらの待つ「サウスセンター」に戻ろうとしなかったのは、OP社の職員から次のような会話が聞こえたからだった。
「……宿ってどこだ?」
「街道沿いを歩いていればいいらしい。『オーシャンリゾート』という名前だからすぐにわかる」
 OP社の者の話し声は無駄なくらいに大きいので、ヌマタの耳にもしっかり届いている。

 (そうか、しめた!)
 二ヶ月ほど前、ハドリ暗殺のために彼が罠をしかけた場所の名前が音声となって聞こえた瞬間、彼の心臓は小躍りを始めた。
 数名のOP社の者が部隊から先行し出した。
 ヌマタもそれに合わせて歩を進めていく。
 (くそ……もう少し速く進みやがれ!)
 彼はOP社の先行部隊の歩みが遅いことに苛立ちを覚えていた。
 当面は心配要らないが、この先に林が切れてしまう場所があるのだ。
 そのときは街道の南側へ移動し海岸の岩場に回るつもりだ。
 だが、そのためには一度、街道から見える位置に姿を現す必要がある。
(早く行きやがれ! そして離れろ!)
 ヌマタからすれば本隊と先行部隊の距離が離れたほうが好都合だ。
 先行部隊の一人が携帯端末を手にした。
 そして慌てて、足を速める。
(よし、それでいい)
 ヌマタは息を潜めながら、駆け足で彼等を追った。
 先行部隊が林の切れ目に到達したときには、既に本隊は見えない位置に置き去りにされていた。
 ヌマタは辺りの様子を窺ってから、慎重に海側へと移動する。
 OP社の者と比較するとヌマタの格好は身軽である。
 彼は余裕をもって、先行部隊を追っている。

 日没直前に先行部隊が「オーシャンリゾート」に到達した。
(いいぞ! ハドリもここに来るがいい。ここが貴様の墓場となるのだからな)
 先行部隊が建物の中に入り、フロントで何やら交渉をしている。
 ヌマタはロビーにある喫茶室に入り、そこでコーヒーを飲みながら先行部隊の動向を見守ることにした。
 先行部隊とフロントとの交渉は、長時間に及んでいる。
(ハドリの奴はここへ来るのか……?)
 ヌマタの興味はその点のみである。
 フロントの声はよく聞こえないのだが、イベントホール、という単語がヌマタの耳に残った。
 思わずフロントの脇にある電光掲示板に目をやった。
 そこには、各施設の予約状況が表示されている。
 明日の午後からイベントホールがOP社によって予約されたことを示す表示が、画面に映し出される。
(よし……明日だな……首を洗って待っていろよ)
 ヌマタは平静を装って会計を済ませると、「オーシャンリゾート」を後にした。
 そして、予め準備していたねぐらへと移動する。
「オーシャンリゾート」から歩いて五分ほどの岩山の中にある、小さな横穴が彼のねぐらである。
 人が二、三人居住できそうな広さのあるこの穴は、彼がOP社の動向を偵察するための基地にもなっている。
 固定の通信機器はないが食料や飲料水を蓄えており、二週間程度ならここで篭城することも可能だ。
 ヌマタはここを拠点として、ハドリ殺害の機をうかがう。
 ハドリを殺害するための仕掛けは既に準備してある。
 イベントホール棟の地下にあるバーナーを細工して、保管されている爆発物を爆発させる装置としている。
 ハドリが上のイベントホール棟にいる間に、スイッチを入れてこれらの爆発物を爆発させれば全てが終わる。
 ヌマタにはハドリが上のイベントホールを使う、という確信があった。
 ハドリはしまり屋に見えて、式典好きである。
 何か大きな出来事があれば、それに絡めて派手にイベントを行うのが常であった。
 今回も例外ではないだろう。
 ヌマタは、やや歪んだ笑みを浮かべながら「オーシャンリゾート」の方角を見つめていた。
 弟の生命を奪った男への復讐がもう少しでなされるのだ。
 そして、この地をハドリという悪魔の軛から解放させることができる。
(俺にその名声は要らない……
 必要なのは、あの悪魔の軛からこの地が脱したという事実だけだ。
 俺は……テロリストとして歴史に埋もれる。
 それが……本望だ。
 OP社の犬となるよりよっぽどマシな人生だろうよ……)
 彼には既に生命を捨てる決心があった。
 そして、テロリストの汚名を被る決心もあった。
 だからウォーリーと袂を分かったのだ。
 ウォーリー・トワの名声を傷つけるわけにはいかない。
 ウォーリー・トワは陽のあたる王道をまっすぐに突き進むべき存在だ。
 しかし、物事には陰と陽がある。
 その陰の部分を担う存在が必要だ。
 俺は喜んでその陰の存在となろう……
 ヌマタは、そう決意して彼の決戦に臨んだのだ。
 彼と似たような考えをしている者が、もう一人、OP社と敵対する陣営にいることを彼は知らない。
 このことが後の彼の運命に大きな方向転換をさせるのだが、現在の彼にそのことを知る由などなかった。
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